そんな……!
「あ、姉がくれました」
「姉。姉というのは、君にとっては義理の姉に当たり、わたしにとっては大切な妹のイリシーヤのことかな?」
ロージーは一瞬、私をチラッと見て、ぎこちなく頷いた。すると兄は、実に優しい眼差しを私に向ける。
「イリシーヤ、君はこちらのロージー令嬢に、このペンダントを進呈したのかい?」
「カディウス殿下、私はそのペンダントを、肌身離さず大切に持っていました。でもロージーに奪われたのです。返して欲しいと頼んでも、返してくれず、今のように身に着けていました」
「嘘よ! ひどいわ、パメラお姉さま! そんな嘘をつくなんて。私がそんなことするわけないでしょう」
ロージーは突然そう言うと、ペンダントをはずした。さらもマクシエンを押しのけるようにして、身を乗り出すと、私の手にペンダントを握らせる。
「このペンダントと私は、関係ありませんわ!」
これにはみんな、ドン引きしている。
あくまでしらを切るつもりなのだろうけど、誰もロージーを信じているとは思えない。マクシエンでさえ、ロージーの表情の変化を目の当たりにして「第二王子と皇太子が言っているようなことを、ロージーはやっていたんだ」と理解しているのに。
「カディウス殿下。見苦しいものをお見せしてまい、申し訳ありません。この屋敷の使用人は全員連行し、話を聞き、実態を解明します。……ロージー令嬢、大変申し訳ないのですが、あなたにも話を聞く必要があります。ライヴリィ男爵、彼女の身柄を王都警備隊に預けていただけますか?」
ヴィクターの言葉にライヴリィ男爵は「問題ありません。お預けします」と答え、ロージーは「お父様、私は何もしていません!」と叫ぶ。だがライヴリィ男爵はそれを無視すると、ロージーはマクシエンに助けを求める。
「ねえ、マクシエン様、私、冤罪よ。助けてください! 私はあなたの婚約者でしょう?」
「いや、すまない。ロージー。君とは婚約できない。それにまだ正式な書類を交わしたわけではない。婚約者だなんて、気安く呼ばないで欲しい」
「そんな……!」
こうして泣き叫ぶロージーが退出となると同時に「マクシエン、少し二人で話をしようか」と、ライヴリィ男爵はマクシエンを連れ、応接室から出て行った。
「やれやれ。皇女である我が妹が、こんな劣悪な人間と暮らしていたなんて……。本当に辛い思いをさせたね。イリシーヤ」
兄は辛そうな顔で私を見て、さらに「申し訳なかった」と言葉を重ねる。でもこれは兄一人の責任ではないので、「カディウス殿下、私が生きているだけでも奇跡と思い、これ以上、自身をお責めにならないでください」と伝えた。
何せ赤ん坊でさらわれているのだ。どこかに置き去りにされ、そのまま獣に害されたり、餓死したりする可能性もあったのだ。それが虐待をされていたとはいえ、生きているのだから。
「心優しい子に、イリシーヤが育てってくれて良かったよ」と微笑んだ兄は、話を再開させる。
「すべての事情を知ったライヴリィ男爵は、イリシーヤが皇女に復権できるよう、協力してくれることになっている。こんな事態になっていることに気が付けず、また継母に全て任せきりだったことを、とても反省していた。彼はこれを機に、鉱山の事業は部下に任せ、自身は子供の保護施設を作ると言っていたよ。イリシーヤのように、虐待されている子供を、助けたいと言ってね」
兄の話を補足するように、ヴィクターが「虐待されている子供が、貴族の令嬢や令息の場合。彼らを保護すれば、それは貴族の権利に手を出すことになります。よってそう簡単に、事は進まないかもしれません。ですがライヴリィ男爵の活動を、後押ししたいと思います。国として、虐待される子供を減らすような法案を、進めて行きたいと思っていますよ」と教えてくれた。
これにはいろいろと「なるほど!」と心の中で唸ってしまう。
この世界では、前世のように子供の人権を尊重する風潮はまだない。でもこれをきっかけに、子供の人権に目が向けられるようになれば、虐待が減るかもしれない。
それにライヴリィ男爵は、あんなに鉱山に執着していたのに! 部下に任せるなんて。この心境の変化は、よっぽどだと思う。それだけ、私を継母任せにしていたことを、後悔していると理解できた。
続けて兄は、マクシエンとの婚約について、こんな風に話してくれた。
「スクリフ子爵の嫡男との婚約は、勿論、破棄とするよ。イリシーヤが、使用人のように働かされ、嫌がらせを受けている事実。あの彼が、気づいていないはずがない。ロージーという令嬢に心を奪われ、見て見ぬフリをしたわけだ。そんな奴と大切な妹を、結婚させるわけにはいかないからね」
さらに継母とロージーについてもこう付け加えてくれた。
「当然、継母とその娘、この二人についても、ヴィクター殿下がきっちり法と照らし合わせ、対処してくれる。憂いは晴れた。安心するといい」
「ありがとうございます、カディウス殿下。ヴィクター殿下、よろしくお願いいたします」
私の返事を聞いたカディウスは、クスクスと笑い、こう指摘する。
「イリシーヤ。君はわたしの妹だ。わたしのことは“カディウスお兄様”とでも呼んでくれればいい」
「は、はいっ、カディウスでん、いえ、カディウスお兄様!」
カディウス……兄は楽しそうに微笑み、そこで私に尋ねる。
「いろいろなことを聞いて、驚いてしまっただろう? イリシーヤからわたしに、尋ねたいことはあるかな?」
それはもう沢山あった。生みの親である両親――皇帝陛下夫妻の様子。ウィンザーフィールド帝国に関する情報。これから私はどうなるのかなど、多分、一日では語り切れない気もした。
「沢山、尋ねたいことがあります。でも一番気になるのは……。今後のことでしょうか」
すると兄は「それはそうだろうね」と頷き、ゆったりとした動作でヴィクターを見た。
「まずは母国へ戻られ、皇帝陛下夫妻にお会いになりたいですよね。そこで皇女に復権され、そして……」
そこでなぜかヴィクターは言い淀んだ後、兄に尋ねた。
「兄と妹として、再会を喜び、お二人で語り合いたいと思っていることでしょう。ですがその前に、わたしと皇女様の二人で、話す時間をいただいてもいいでしょうか?」
「勿論ですよ、ヴィクター殿下。あなたには多大な協力をしていただきました。イリシーヤもヴィクター殿下と話すので、問題はないだろう?」
「ええ、問題ございません」
慣れた口調で返事をしているけど、もう全身がくすぐったい気持ちでいっぱいだった。何せイリシーヤと呼ばれることにも慣れていなければ、“皇女”だなんてもっと慣れていない。
皇女? 私が? 悪役令嬢パメラ改め、皇女イリシーヤ!?
この驚きの展開に、まさにハラハラドキドキ。アドレナリンが全開な気がする。
こうして私はヴィクターと二人、温室へ向かった。
ライヴリィ男爵の屋敷で、温室が一番落ち着ける場所だと思う。屋敷の敷地は元々広いので、温室も広々しており、噴水まで設置されていた。
その噴水の側には白い丸テーブルと椅子があり、ライヴリィ男爵と騎士と三人で、よくお茶をしたものだった。
「珍しい木がありますね。王宮の温室でも見たことがない」
ヴィクターは温室に入ると、沢山の花々と木々に、目を輝かせた。
好奇心溢れるその横顔は、なんとも微笑ましい。そこで今さら思い出す。彼はヒロインの攻略対象だったのよね、と。でもヒロインに攻略されることもなく、婚約者もいない。
「王宮の温室と言えば、巨大なラフレシアの花が有名ですよね」
「! ラフレシアのことをご存知なのですか!? 人食い花ではと言われ、この花だけは独立した温室で栽培されているのですよ」
あまり公にされていない情報だったのかしら? ゲームではヴィクターから見せてもらっていたのだけど。背中に汗を感じつつ「で、殿下、座りましょう」と着席を促し、なんとか有耶無耶にする。
さらに蒸し返されないよう、「ところで折り入っての話とは、何でしょうか?」と尋ねた。
するとヴィクターは少し視線を泳がせ、「実は」と口を開く。























































