59話 断りと、愛を
ヴィンスと分かれてから、ドロテアはハリウェルの行方を探していた。
部屋にいないことは確認済みなので、もしやと思い城の敷地内にある鍛錬場に行けば、そこには一人で剣を振るうハリウェルの姿があったのだった。
「ハリウェル様!」
「……! ドロテア様、どうしてこちらに……!」
休暇だというのに、髪の毛から汗が滴るほど鍛錬を積んでいるハリウェルにドロテアは駆け寄ると、息を整えてから彼を見上げた。
「鍛錬中にお声掛けをして申し訳ありません。もし良ければ、鍛錬が終わってからお時間をいただけませんか? 昨日の件、お話したくて……」
「……! 分かりました。丁度鍛錬を終えようと思っていたところですから、少し場所を変えましょうか」
ハリウェルはそう言うと、近くに置いておいたタオルを取って首にかけてゆっくりと歩き出す。
そんなハリウェルの後方、彼との距離は一メートル程度のところをドロテアは歩くと、着いたのは鍛錬場からほど近くにある騎士たちの休憩場だった。
そこにはガゼボがあり、ドロテアとハリウェルは向かいの側のベンチに腰を下ろした。
「ドロテア様、わざわざ声をかけてくださってありがとうございます。私に気遣いは無用ですので、はっきりと仰ってください」
このガゼボにも特殊な加工がしてあり、ここでの会話は敷地内全体には伝わらないようになっている。
もちろん普通に話す分には辺りに聞こえるが、見たところ誰も見当たらない。ドロテアは自分に活を入れるために膝の上に置いた拳をぎゅっと握りしめた。
「では、単刀直入に言いますね。……私は、ハリウェル様の思いには応えられません。申し訳ありません……」
ドロテアはいつもより低い声でそう言うと、深く頭を下げる。
今まで誰にも見向きされなかった私が告白を断るなんて何様なのだろうと、そんなふうに思わないでもないが、こういうことは互いのために有耶無耶にしてはいけないと思ったから。
「顔を上げてくださいドロテア様」
「………………」
ハリウェルの指示に従い顔を上げれば、彼はそれ程悲しそうではなかった。どころか、スッキリしたような顔つきに見えてならなかった。
「ありがとうございます、しっかりと返事をしてくれて」
「ハリウェル様……」
「それに、むしろ頭を下げなければいけないのは私の方です。陛下に忠誠を誓った身でありながら私欲に溺れ、ドロテア様を困らせるなど……。このことは昨夜、陛下にはお話されたのですか?」
「はい。ヴィンス様に隠すべきではないと判断しました。けれどヴィンス様はハリウェル様に怒ってなんていらっしゃいませんでした。……少しだけ嫉妬はしていましたが」
素直に伝えれば、「ハハッ!」と白い歯を見せて笑うハリウェル。
もっと重々しい空気になるかもしれないと予期していたが、一夜明けたからなのか、ハリウェルの性格のおかげなのか、吹いている爽やかな風のような空気感がそこには流れていた。
「やはり陛下は懐が広いお方でいらっしゃいますね。──ドロテア様は、陛下のそういうところが好きになったのですか?」
そう問われたドロテアは「それもありますが……」と小さな声で答えて、慈しむように微笑んだ。
──確かにヴィンスは懐が広い。
ハリウェルが立派な騎士になるためにこれまでしてきた努力や人生を尊重したり、ロレンヌに頭を下げてドロテアの家族を助けたり、彼の懐の広さを知る機会はこれまで沢山あった。
その他にも、ヴィンスの王として民や国のことを誰よりも考えているところや、思慮深いところ、察しが良いところ。ときおり意地悪を言うところや、嫉妬心が強いところも、全部魅力的で、大好きだけれど。
「ヴィンス様は、誰よりも優しいんです」
「…………」
「自分が傷付いたり、損をするかもしれなくても、他者を優先してしまうような、そんな人なんです」
ハリウェルのことだって、嫉妬するくらいなら自分の気持ちを優先させれば良いのに。
ドロテアの家族のことだって、ドロテアの気持ちを思いやって隠さなくても良いのに。
それは、まるで損な役回りに見える。けれど、ヴィンスはきっとそんなふうに思っていないのだろう。
家族や妹、周りのために今まで必死に頑張ってきたドロテアには、そのことが痛いほど分かった。
「私は、そんなヴィンス様を支えたい。……あのお方が苦しいときに、側にいたい。この思いはきっと、ヴィンス様より先にハリウェル様に出会っていたとしても、持っていたと思います」
昨夜のハリウェルの質問の答えになっているだろうか。そう不安に感じたドロテアだったが、ハリウェルが大きく頷いていることにホッと胸を撫で下ろす。
(それに、私はヴィンス様の婚約者として……未来の妻として、ヴィンス様が愛するこの国を、より良くしたい。私の知識がお役に立てるなら、それは国のため、ヴィンス様のためが良い)
たとえ平民という身分であっても、そのことでヴィンスが嫌な思いをすることがあっても、もうこの気持ちを消すことなんて出来そうになかった。
ヴィンスの隣に自分以外の婚約者が、妃がいる未来なんて想像したくない。
(だって、もう無理なんだもの)
その瞬間、眉の辺りに決意の色を浮かべたドロテアの髪が、柔らかな風にふわりと揺れる。
思いだけに留めるはずだったのに、風に背中を押されたかのように、その言葉はついに溢れ出した。
「ヴィンス様のことが好きだから──……」
それから十秒にも満たないよう沈黙の後。
「ははっ」とハリウェルが笑い声を漏らしたことで、ドロテアは自身がとんでもないことを口にしたことに気が付いた。
「や、え、あ、えっと、今のは……! つい、その……! 今のはどうか忘れてください……! 私ったらなんてことを……!」
「謝らないでください! 私も徹底的に言われたほうが諦めがつきますから!」
「〜〜っ、そういうつもりではなかったのです……! 申し訳ありません……っ」
「いえ! ドロテア様の気持ちがはっきりと分かって、むしろ清々しい気持ちです」
こう言ってくれてはいるものの、申し訳無さやら羞恥心やらで全身が熱い。
ドロテアは何度もハリウェルに謝罪をしてから手でパタパタと顔を仰ぐと、目の前の彼がおもむろに立ち上がった。
「ハリウェル様……?」
そしてハリウェルは、王城の方向を見ながらこう囁いた。
「しかし、こういうことは御本人に仰ってあげませんと」
「え?」
まさか、とドロテアはハリウェルの視線の先を追う。
「──ドロテア」
「……! ヴィンス様が何故ここに」
想い人──ヴィンスの登場に、ドロテアは反射的に彼に駆け寄った。
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