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57話 家族たちは今、その裏側には

 

 執務室に到着した後。早く手紙のことをヴィンス聞きたい、という気持ちを一旦抑えて、ドロテアは直ぐ様ヴィンスの補佐へと入った。


 そして仕事が落ち着いた頃、ヴィンスに話があるからと言ってドロテアは自ら彼の手を取る。珍しがるヴィンスに「とりあえず行きましょう!」と声がけをしつつ、とにかく早く個室に入りたかったドロテアは、書庫へと足を踏み入れた。


 書庫には既に何人かの文官がいた。ドロテアは二人きりになるべく、書庫の奥にある個人用の読書スペースへと向かい、扉を締めてからドロテアはヴィンスと向き合うと。


「──それで、二人で話したいとは何だ、ドロテア。いきなり書庫の奥まで連れてきて、そんなに俺と二人きりになりたかったのか?」

「…………っ」


 ドロテアはいつの間にやら壁際に追い込まれ、ヴィンスのたくましい両腕によって逃げ道も塞がれてしまう。


 背中にはひんやりとした壁、鼻を掠めるのは本特有のインクの匂い、目の前には狼特有の金色の瞳に、ニヤリと上がった口角。壁一枚隔てたところには文官たちが居るというのに、どうしてこんな体勢になっているのだろう。


 背徳感のような感覚がドロテアを襲う。今でさえ冷静さを保つのに躍起になっているというのに、ヴィンスはそれだけで止まらなかった。


「ああ、そうか。昨日の返事を聞かせてくれるのか?」


 耳に顔を寄せ、そう囁くヴィンスに、ドロテアの顔はぶわりと赤くなった。

 ヴィンスが指す返事とは、彼が告白してくれたことに対してだということは手に取るように分かったのだが、如何せん今二人きりになりたかった理由はそれではないので、ドロテアは必死に首を横に振った。


「……何だ、違うのか。それじゃあ、どうした? 何かあったんだろう?」


 ドロテアの雰囲気から、意地悪をするのはやめようと思ったのか、ヴィンスはドロテアの真ん前から横に移動すると、背中を壁に預けた。


(よ、良かった……緊張したわ……)


 荒くなった呼吸を整えたところで、ドロテアは封筒をヴィンスに見せながら口火を切った。


「今朝、ロレンヌ様から手紙が届いたのです」

「! 夫人から? ……それで?」

「手紙には、現在私の家族がどうなっているかと、()()()()()経緯が書かれていました」

「………………」


 ヴィンスはそのとき一瞬口を閉ざすと、「夫人め……」とポツリと呟いた。

 聡いヴィンスには、ドロテアの雰囲気や、ロレンヌからの手紙が届いたという事実から、大方のことが予想出来たのだろう。


 ドロテアはもう一度便箋を取り出してそこに目を通すと、切なげな目でヴィンスを見つめた。


「……家族たちは今、ロレンヌ様──ライラック公爵家が保有している土地の一部で暮らしているようです。古いけれど生活するには困らない家と、数ヶ月分のお金を手にして。家のすぐ近くにはミレオンという野菜を扱う広大な畑があり、そこの農家さんの手伝いをしながら、毎日働かせてもらっていて……働きによっては正規雇用してもらい、今後生活に困らないようになる、と」


 ドロテアはそれだけ言うと、手紙を片手にヴィンスの目の前へと移動する。

 それからそっと空いている方の手を伸ばすと、ヴィンスの手をぎゅっと包み込んで、彼の顔を見上げた。


「ヴィンス様が、手を回していてくださったんですね」

「…………」

「減刑の手続きも、家族が再出発出来るように手筈を整えてくれたのも、ヴィンス様が全て……なさってくれたのですね……っ」


 ロレンヌからの手紙には、その他にも色々なことが書かれていた。


 まず一つ目は、ドロテアの家族がサフィール王国でやり直すために、住む家や働き口などを提供するのを協力してほしいと、ヴィンスが頭を下げに来たこと。


「シェリーは、ヴィンス様やディアナ様にあんなに酷いことを言ったのに……どうして、ロレンヌ様に頭を下げてまで……」


 ヴィンスもディアナも、小娘の戯言に本気で怒るような器ではない。だから、シェリーに対して過度な刑罰は求めないだろうとは思っていた。


 けれど、減刑の手続きを済ませ、ロレンヌに頭を下げてまで家族の再出発を整えてくれるなんて誰が想像出来ただろう。


(ま、さか……)


 思考を働かせると、ハッとしたドロテアは一瞬目を見開く。


 そんなドロテアに対して、ヴィンスは彼女の手に包み込まれた自身の手に、空いている方の手を重ね合わせた。


「前にも言ったが、俺やディアナはお前の妹に何を言われても気にしない。ただ、俺はドロテアに辛い思いをさせてきたお前の家族が、正直憎かった」

「……はい」

「…………だが、建国祭のとき、ドロテアの家族は謝罪を口にした。俺は一度の謝罪で全てを許せるような聖人ではないが──少なくとも、ドロテアの心には響いていると思った。ドロテアは家族に反省を求め、しっかりと自分たちで生きていってほしいと願っていると、俺は()()()そう解釈した。だから──……」


 そう話すヴィンスに、ドロテアの鼻の奥はツンとした刺激を覚えた。

 込み上げてくる涙を必死にこらえながら、ドロテアは手紙にある二つ目の疑問を口にする。


「それなら……家族の再興のためにヴィンス様が関わったことは内緒にして、全てロレンヌ様の慈悲深さゆえの行動ということにしてほしいと言ったのは、どうしてなのですか……?」


 ヴィンスの行動に後ろ暗いことなんて何一つない。寧ろ、全てはドロテアを思っての行動だというのに、どうして隠そうとしていたのだろう。


(…………もしかして)


 そのとき、先程の彼の()()()という言葉を思い出したドロテアの頭には、とある予想が頭を過る。

 ヴィンスの言いづらそうにしている表情を視界に収めながら、ドロテアは口を開いた。


「私がこれ以上、家族のことで罪悪感を覚えないようにですか?」

「………………」

「ヴィンス様、そう、ですよね?」


 確信を持ったように問いかければ、ヴィンスは「聡明なのも考えものだな」と言って苦笑を零した。


(やっぱり、そうだったのね……)


 シェリーがヴィンスやディアナに暴言を吐いたことで、ドロテアの中には彼らに対する申し訳ないという気持ちがあった。たとえシェリーが謝罪し、ヴィンスたちが気にしていなくともだ。


 そんな中で、ヴィンスが家族のために動いてくれたのだと知ったら、ドロテアはより一層罪悪感に襲われるのかもしれない。──きっとヴィンスはそう考えて、ロレンヌに隠すよう言ったのだろう。


「……それに、俺がやったことなんてたかが知れている。家はきちんと手入れしなければすぐに駄目になるし、金は散財すれば一ヶ月も持たずに空になり、農家は厳しいと有名なところで、真面目にやらないとすぐにクビになるだろう。……これしきのことで、ドロテアが罪悪感を背負うのは、俺の望むところではなかっただけだ」


 そう語るヴィンスは、本当に大したことをしていないと言っているように見える。いや、見せているのだろうとドロテアには分かってしまった。


(いきなり平民になったシェリーたちにとって、ヴィンス様がしてくれたことはいくら感謝しても足りないようなこと。……このお方が、それを分からないはずがないもの)


 先程の勝手にという発言も然り、今のだって、きっとドロテアを思っての言葉なのだろう。


(このお方は、なんて──)


 ヴィンスの深い愛情を改めて知ったドロテアは、心の中にあった二つの悩みが面白いくらいにパンッと弾けた。


「──それにしても、夫人には秘密にしておいてくれと頼んだんだがな。まさかこんなにあっさりバラされるとは」


 嫌悪感は一切なく、不思議そうに言うヴィンスに、ドロテアは手紙の内容を思い返した。


「ロレンヌ様からのお手紙には、夫婦になるなら必要な秘密と、必要のない秘密があると書いてありました。それでいくと、今回のことは秘密にする必要はないと判断した、と」

「ほう」

「この秘密は明かしたほうが二人の絆が強くなると確信している。だって貴方たちより長く生きていますから、とのことです」

「……ハハッ、勝てないな、夫人には」


(あっ、笑った……)


 くしゃりと笑うヴィンスを見ると、これ以上ないくらいに幸福感に包まれる。ずっと笑っていてほしい。幸せであってほしいと、ドロテアは心の底から思う。



(……もしかしたら、ヴィンス様もそうなのかもしれない)


 今回の件は、ヴィンスの深い愛ゆえの行動だということを、ドロテアはしっかりと理解している。ドロテアがヴィンスに笑顔や幸せを望むように、きっと彼も──。


「ヴィンス様」


 言うべきなのは「申し訳無ありません」ではないのだろう。見せるべきなのは、罪悪感に塗れた顔ではないのだろう。


「家族のこと、そして私のことを気にかけてくださって、本当にありがとうございます」


 ドロテアはそう言って、まるで花が咲いたような笑みを向ける。


 すると、耳と尻尾をピンと立てて、やや照れたように微笑むヴィンス。


 そんな彼に愛おしさが溢れ出したドロテアは、爪先立ちになると、ヴィンスの襟元を引いて彼に顔を近付けた。


 ──かぷ。


「…………!?」

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