35話 ローアングル・サンクチュアリ
「……モミジなのか?」
目の前に突然現れた黒髪の美女に、ドギマギしながら尋ねる。
オータム・リーブス・タイフーンによって消えたモミジと、さっきまでモミジがいた場所に出現した黒髪の美女。何が起こったのかまるで頭が追いついていないが、ここに因果関係がないとは思えない。
「ふむ。モミジであるとも言えるし、モミジでないとも言える」
しかし、返ってきたのは答えとは言えないようなものだった。どっちやねん。
モミジであるとも言えるらしいし、ひとまずはモミジってことでいいか。
「今はそれどころじゃないと思うがのぅ?」
「そ、そうだな」
ふっ飛ばされたサーベルベアは起き上がり、唸り声をあげてコチラを威嚇している。
攻撃を一度防ぐことができただけで、いまだにピンチであることは変わらないのだ。ヤツから先ほどまでの油断ともいえる態度が無くなっている分、ピンチ度は増したかもしれない。
「お、おい。大丈夫なのか? 俺は一歩も動けないぞ」
式神召喚で対峙した彼女は、確かにとても強力だった。
しかし、彼女がモミジであるならば、式神召喚によってレベル1になっているはず。その状態でサーベルベアとコアトルビーの群れを撃退できるとは思えない。
「言ったじゃろう。妾はモミジであって、モミジではない」
サーベルベアが嗾けた3体のコアトルビーが、棒立ちのモミジへと迫る。用心深い性格のヤツは、まずコアトルビーで様子見をするつもりらしい。全くもって陰険な熊畜生だ。
3体のコアトルビーは途中で散開し、3方向から同時に攻撃を仕掛ける。
「まずい! 避けろ!」
警告の声は間に合わない。
俺は、モミジが貫かれる光景を想像した。
「――だから、こんなこともできる」
しかし、モミジが何の気負いもなくそう言うと、持っている刀から赤黒い炎が噴き上がった。そしてハエでも払うように、刀を無造作に振るう。
たったそれだけで、3方向から針を突き出していたコアトルビー達は体を両断され、全身が赤黒い炎で包まれて墜落していった。
それはまるで絶望や憎悪、怨念という負の感情を燃料としているような、まさに地獄の業火と呼ぶに相応しい炎だ。炎に巻かれたコアトルビー達は地面でしばらく地獄の苦しみに悶えた後、光の粒子となって消えてしまった。
「い、一撃!? それに、その炎は……」
なんじゃいあの凶悪な色をした炎は。俺との戦いで出されなくて本当によかった……あんなのを出された日にゃ、土下座して降参する他ない。
「あの時は自我が奪われておってのぅ。今は絶好調じゃ」
舞うように刀を振り回し、次々と襲い掛かってくるコアトルビーを細切りにしている。繊細に、時に大胆に舞う彼女の剣技に、今が戦闘中であることも忘れて見入ってしまう。
そして、俺のローアングル姿勢から見える、大胆にはためく裾の間から覗く新雪のような柔肌にも見入ってしまう。コアトルビーの攻撃が激しくなるにつれて、モミジの動きもどんどん激しくなり、雪原の更にその奥地が――――。
「おっと、刀が滑ってしもうた」
寸分の狂いもなく股間に吸い込まれる刀。
俺の股間でインディペンデンス・デイ。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
やだ、アタシ、女の子になっちゃった?
「安心せい、峰打ちじゃ」
よかった。ペニシニア合衆国の独立は阻止されたのだ。
「って、よくないわ! パンツくらいサービスして見せてくれてもヴォェッ!」
「今日の刀はよく滑るのぅ~」
ら、らめぇ……召喚の時にソコはもう開発済みなのぉ……。
太くてカッチカチの刀でズンズンされひゃったらぁ、晴明、トんぢゃうぅ!
「……式神から契約解除できないのが残念じゃ」
そんな軽口と俺の股間を叩きながらも、モミジは軽々とコアトルビーを殲滅していく。
敵も戦力を全力投入してきているようで、地面に落ちたコアトルビーの数は10や20では利かない。ヤツもかなり必死のようだ。しかし、それだけの数を相手にしても尚、モミジには余裕が有り余っているように見えた。
「その桁外れの強さは……」
「これが妾の力なのじゃ。どうじゃ、惚れ直したかのぅ?」
流し目でコチラを見て、得意げな顔をするモミジ。妖艶な雰囲気を醸し出すその顔が、今は悪戯っ子のようにオチャメな表情を浮かべていて、そのギャップに俺はテクニカルノックアウト。美しいだけではなく、かわいいとか反則だろう。
式神召喚でも思ったが、意外と性格は初心でカワイイんだよな。最初にキスした時なんか、トロンとした恋する乙女の表情をしていたし、最後も自分からキスしてきたクセに顔を真っ赤にしていた。
普段は妖艶な美女なのにイチャイチャする時はカワイイお姉さんになっちゃうとか、どこのアダルトゲームのヒロインだよ。世界中の童貞の夢をかき集めて熟成させたら、こんな理想の女性像が出来上がりそうだ。是非ともお突き合いしたい。
「……改めて言葉にされると、少し照れるのぅ。最後キモイが」
「おっと、滑る刀がないから、つい口が滑ってしまった」
「……残ったあそこの熊を片付ければ、あと葬る必要があるのは、お主だけじゃのぅ」
あれ? 夏の夕暮れに出現する蚊柱みたいな数がいたのに、コアトルビーがどこにもいなくなっているよ?
さすがに勝てないと悟ったのか、「あそこの熊」と言われた瞬間に逃走を図るサーベルベア。だが、モミジが刀を一振りするだけで赤黒い炎が地面から噴き上がり、すべての逃走経路が塞がれてしまった。熊、涙目。
もうこれどっちが襲ってるのか分からねえな。
「だが、油断するな。ヤツはけっこう……アレー?」
隣にいるモミジに話しかけたつもりだったが、いつのまにか消えている。
ふと、遠くで聞こえる大きな風切り音と、何かが地面に落ちる音が大小2つ。
何が起こったのか理解できなかったが、音の発生源を見て、すぐに納得した。
いつのまにかサーベルベアに接近したモミジが刀を振るい、首を撥ね飛ばしたようだ。最初の落下音は首が落ちた音で、次は首を失った体が斃れる音。
「ええー……」
なんだろう、「スゴイ!」とか「ヤッター!」とか喜ぶ前に、ドン引きしてしまった。
あれだけ苦しめられたサーベルベアが、モノの一太刀で光の粒子となって消えてしまったのだ。俺の覚悟とか、決意とか、諦めない心とかその他モロモロが、行き場をなくしてオロオロしてる……モロモロがオロオロ……ぷぷっ。
そして鳴りやまぬレベルアップのファンファーレ。すごく気になるけど、どうやらそれどころじゃないらしい。
「さて、お主で最後じゃヘンタイ」
俺の首筋に刀を添えるモミジ。
おかしいぞ? 俺は味方なんだけどね?
「味方? 自分の代わりに戦ってくれている式神の下着を覗く下衆が、味方と申すか?」
「覗いていません」
たまたま姿勢がローアングルで、たまたま見えそうになってしまい、たまたま食い入るように視線をやってしまっただけだ。決して覗き見なんてしていない。
「そうかそうか。見ておらぬか」
「俺がそんなヘンタイなわけないだろう!」
俺の誠意が通じたのだろう。首筋に張り付いていた刀が遠ざかった。
まったく、濡れ衣もいいところだぜ。
「そういえば、今日は何色の下着をはいておったかのぅ。ド忘れしてしもうた」
「全くしょうがないうっかりさんだな。キレイな純白だろヴォエッ!」
首筋に食い込む刀と、同時に股間を踏み潰す下駄。
そ、そんな……2点攻めなんて! 刺激がつよしゅぎるぅ!
「妾はのぅ、ウソツキがこの世で一番嫌いなのじゃ」
「ご、ごごご、ごめんなさい! ガッツリ見ました! 初めて女の子のパンツみて興奮しちゃったんです! スクリーンショットもすぐ消すので許してくだひゃいい!」
「すぐ! 消せ! うつけがッ!」
あっ! アカン! そんなに押されたら、中身が出ちゃう!
く、くそぉ……今晩のオカズにしようと思っていたのにぃ……。
俺は泣く泣くローアングル・サンクチュアリを消去した。
「まったく……もっと色々とお話ししたかったのにのぅ。晴明のヘンタイ」
「うっ、返す言葉も御座いません……」
見ると、モミジの体が端の方から赤い葉っぱに変化して、風に散らされてゆく。どうやら美女モードは制限時間があるようだ。ああ、俺のGが……。
「晴明、一つだけ忠告じゃ」
モミジはそう言うと、俺の耳元に口を寄せてくる。金木犀の甘い香りがふわりと飛び込んできて、すっかり嗅ぎなれているはずなのに、ドキドキとしてしまった。
「今回は仕方なかったかもしれんが、『???』は使ってはならぬ。それは理の外へと近づく力じゃ」
「それは、どういう……?」
『???』のスキル名を喋ったと思われる個所だけ、壊れたラジオのように音割れが発生して聞き取ることができなかった。聞き取れなかったにも関わらず、頭では『???』のことだと理解できているという不思議な感覚。
「こういう場面でのキスは控えろという意味じゃ、ヘンタイ」
そう言いながらオデコを小突かれた。俺はこの短時間で、何回ヘンタイと呼ばれたんだろうか。そんな耳元で「ヘンタイ」とか言われると、ゾクゾクするからもっと言って欲しい。叶うならば更に上級レベルの「ドヘンタイ」でお願いします。
しかし、やっぱりキスがスキル発動のキーになっていたのか。どんなスキルやねん。
「理の外ってなんだよ?」
「どうせ言っても晴明じゃ理解できん」
おい、完全に俺を馬鹿にしているな?
「……そろそろ時間のようじゃ。今回も『おあずけ』じゃな」
「遺憾の意であります」
「ふっ、悔しそうな顔じゃのぅ。求められるのは、妾もうれしい」
俺の頬を一撫でしてから、ゆっくりと離れてゆくモミジ。
背中を向けているから表情が分からないが、その後ろ姿はなんだか寂しそうに見えた。
「いつか、本物の妾を見つけ出してくれるかのぅ?」
背中を向けたまま、聞こえるか聞こえないか微妙な声で、モミジが呟く。
本物のモミジとは何か、どうやって見つければいいのか、正直分からないことだらけだ。
それでも……。
「ああ。絶対に見つけ出してやる」
そんなに不安そうな声で言われたら、男はこう言うしかないじゃないか。
俺は母さんに、「男は女を守るもの」だと教え込まれているんだ。母さんの教えは絶対遵守。
こういうことで大事なのは『できるかできないか』よりも、『やるかやらないか』だ。やらなければ確率は永遠に0パーセントだし、やれば0パーセントに近いくらいの確率だとしても、それでも0ではなくなる。惚れた女のためとあらば、やるっきゃないでしょう。
振り返ったモミジは、一片の迷いもなく言い切った俺を驚いた顔で見つめ、それからくしゃりと笑った。妖艶な雰囲気の彼女からは想像もつかないほど、無邪気な笑顔だった。
「またいつか、のぅ。安倍晴明よ」
俺とモミジが契約したあの日と、一言一句変わらないセリフ。
瞳から頬に伝う雫をこぼしながら、しかし子供のように無邪気に笑いながら。
彼女は風に乗って、どこかへ飛んで行った。
「……うにゃうにゃ……ソンギリするカクゴがなければ……カブにてをだしちゃダメなのじゃ……」
風が去った後には、気持ちよさそうに眠る小さな女の子。
平和そうに眠る顔をみて、戦闘の終了を実感した俺は――。
「どんな……寝言やねん……」
張り詰めていた緊張の糸が切れ、ついには意識を手放してしまうのだった――。
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あと2話で長かった第一章も完結です。




