34話 眠れる鬼の美女
「今度こそ、ガチで詰みだな……」
「1たいでアレだったからのぅ。ついでに、おっきなオマケもおるのじゃ」
ダグラスは、この山を一人で定期的に越えているくらい強い。コアトルビーが何体もいたところで、普通に戦えば負けはしないはずだ。だとすれば、恐らくダグラスを倒したのはコイツ。
……つまり、コイツはレベル40のダグラスよりも強いということだ。
俺達の前に姿を現した異様なサーベルベアは、こちらを見下ろすばかりで、すぐに攻撃をしてくる気配はない。
このまま見逃してくれればいいが……まあ、ありえないよな。見逃すのであれば、わざわざ姿を現す必要がない。
こっちの出方を窺ってる、ってところか。優位に立ってるアピールしやがって、鼻につく熊畜生だ。
おかしい点はいくつもあった。
本来の蜂は、巣を脅かしたり、敵対行為をとったものを襲う習性がある。それなのに最初から俺達を狙っているようだったし、ダグラスを囮にして待ち伏せまでしてみせた。
最初に襲ってきたコアトルビーをダグラスが倒した時、こんなことも言っていた記憶がある。
『しかし、おかしいのォ。聖水を使っておるから、コアトルビーなんぞ近づいてくるはずないんじゃが……それにドロップも見当たらん……』
きっとコアトルビーはこの山では見慣れた魔物だ。しかし、レベル40のダグラスが聖水を使っていて襲ってくるのは、きっと普通であればありえないことなのだろう。
それにこのAFOは、魔物を倒した時のドロップ率が100パーセントという良心的なゲームでもある。
ドロップ率が100パーセントなのに、なぜドロップが見当たらなかったんだ?
ついでに言えば、俺のステータスもおかしい。
---ステータス---
名 前:安倍晴明
レベル:1
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どうして俺はコアトルビーを倒したのに、レベルが上がっていないんだ?
見ての通り、俺はレベル1である。レベル1からレベル2に上がる経験値なんて、最弱のスライムでも2,3体倒せば足りる程度だろう。
それが、レベル20前後のモンスターを倒して1つも上がっていない。これはどう考えてもおかしい。
もしかして、あのコアトルビーは……。
――モンスターではなく、あのサーベルベアの武器のようなモノなのではないか?
例えるならば、アーチャーの弓矢。いくら弓矢を叩き落としたところで、それは経験値1にもなりはしない。または、サモナーの召喚獣。召喚獣をいくら倒したところで、サモナーを倒さなければ戦闘は終わらない。
あのコアトルビー共はサーベルベアの支配下にあり、サモナーと召喚獣のような関係になっている可能性が高い。メチャクチャは話だが、いくら倒してもドロップアイテムはないし、サーベルベアを倒さない限り経験値も入らないということだ。
「レベルが上がるんなら、ちょっとは希望も見えるんだけどな……」
つまり、俺達はレベル1であのサーベルベアと戦わなければいけないわけだ。レベル40のダグラスを倒すようなヤツと、レベル1の俺達が。
しかも、こちらには意識不明のダグラスがいる。まず背負って逃げることは無理だし、置いていくこともできるはずがない。戦いは避けられないということだ。
「だったら、あの熊畜生を熊鍋にしてやるしかねぇよな」
「オマケに、ハニートーストつきなのじゃ」
俺とモミジは一度顔を見合せて笑い、同時に武器を構える。そんな俺達を見て、サーベルベアは楽しそうに口を歪めて笑ったように見えた。
どうやらヤツは、そこそこ頭がイイらしい。罠を張って敵を騙したり、包囲して敵を追い詰めたり、今も弱者が抗う姿勢を見て嗜虐的に笑いやがった。頭がイイ上に、非常にイイ性格してやがる。
「……まずは、1体増やして様子見ってわけね」
サーベルベアが指示したのだろう。コアトルビーの集団から2体だけが出てきて、目の前で顎を鳴らして威嚇をはじめた。当のサーベルベアは、切り株に腰かけて観戦モードだ。自分は戦わずに見学とは、熊畜生の分際でいい御身分ですなぁ。
「絶対に引きずり出してやるぜ!」
「やるのじゃ!」
俺とモミジは一斉に武器を振るい、コアトルビー2体に襲い掛かった。
「ぐっ……ッ! 悪いモミジ、1体そっちに流れた!」
「まだダイジョーブなのじゃ!」
あれから2体をなんとか倒し、次に3体と増えたがそれも倒した。
今はまたもや1体増えて、4体を同時に相手取っているところだ。3体の時の基本方針は、まず盾を持っている俺が2体を相手にする。全体攻撃の火雨でモミジを援護しながら、モミジが1体を倒したら合流して、残りを殲滅するというものだった。全体攻撃ってホント便利。
しかし、4体になるとそうもいかない。ヘイトをなんとか集めることで俺が3体を相手にしていたが、ついに1体が俺から離れてモミジの方へ行ってしまった。剣と盾がある俺とは違い、モミジは刀一本で戦っている。複数相手は厳しいはずだ。
「俺が足を止める! その間に1体だけでも片付けてくれ! ★朱雀の印 火雨★」
「まかせるのじゃ!」
すっかりと手に馴染んだ火雨を使い、コアトルビーを怯ませることに成功した。
モミジはきちんと有言実行し、火の雨で足を止めている間に1体にロックオンして重点的に攻撃を加え、なんとか倒しきることができたようだ。
『くまてつ』はコアトルビーの返り血を浴びて、キラリと怪しい光を増している気がする。いつもは幼女玩具にしか見えないが、今はなんだか怪しい妖刀の雰囲気だ。
しかし、モミジもレベル1でよくやるよ。的確に相手の弱い部分を攻撃する器用さは脱帽ものである。
これで残りは3体。さっきと同じ方法でいけば、今回も俺達の勝ちだろう。レベル20と言っても大したことねぇな。これなら何体来ようが負ける気がしねえぜ。
そう思って視線を前に戻すと――。
――――丸太のような巨大なナニカが、俺に迫ってきているのが見えた。
「やばッ――!?」
「晴明!」
この距離で回避はもう無理だ。俺は咄嗟に剣を放り投げ、両手で鉄の盾を構えた。
「か――はッ……!」
気がつくと、俺は木の幹に打ち付けられていた。直前の記憶が朦朧としている。どうにか、自分が生きていることだけは分かった。
しかし、まさに『どうにか生きている』といった状態だ。HPは完全にレッドゾーンだし、盾は完全にひしゃげて『くの字』になってしまっている。鎧もその余波を受けてだろうか、腹の部分が大きく凹んでしまった。正に満身創痍という言葉がピッタリの、酷いものである。
「晴明! いきておるか!?」
「な、なんとかネ……」
いつもなら小粋なジョークでも挟んでやるところだが、さすがにそんな余裕はない。走り寄ってきたモミジに不格好な笑みを返すので精一杯だ。
俺のそんな様子を見て、モミジは一瞬だけ安心したような顔をしたが、すぐに真剣な表情へと切り替わる。
「晴明、まだたたかえそうかの?」
「ははっ、ちょっとばかしキツイ、かも……」
なにせ体が言うことを聞いてくれない。指先一つでさえ、満足に動いてくれないレベルだ。全身を複雑骨折しているかもしれない。そんなバッドステータスがあるのかは知らないけれど。
「一撃で、これかよ……」
コアトルビーと上手く戦えていたことで、どこかサーベルベアも余裕だと考えてしまっていたのかもしれない。
俺達の間には、覆しようのないレベルの壁というものがある。レベルの壁とはつまり、命をかけて殺し合いをした数。俺とヤツでは、よちよち歩きを覚えたばかりのベイビーとアメリカの特殊部隊くらいの差だ。勝負にすらならない。
「……チ、クショウ」
絶望的なこの状況。
しかし、俺はもう諦めないと誓ったんだ。
最後の最後まで、あのサーベルベアを倒す方法を探し続けてやる。
体の骨は折れても、心までは折ってやらないぜ!
「と、決意を胸にしているわけですが。指一本動かないんだよね……」
「なさけないのじゃ……」
そんなこと言われても、しょうがないじゃないか。ゲームのシステムは根性論なんか考慮してくれないんだから。
威力は下がるが、印を結ばなければ火雨をもう一発打てる。しかし、そんなヘナチョコな魔法一発で倒せるならこんなに苦労していない。
一体どうすればいいんだ……他に何か、この窮地を脱する方法は……。
待てよ、最近なにかヒントみたいなモノを聞いた気がするぞ。
思い出せ……あれは……。
『ママ~、おなかがすいたでちゅ~。おっぱいのみたいでちゅ~』
『キモイ』
おっと、思い出す場面を間違えた。
えっと、たしか……。
『危険だと思ったら、これを思い出して』
『ちゅっ』
『んっ……いい? 忘れないで』
「……そういえば」
『モナクス』を出発する時に交わしたハクとのやり取り。
今まさに、その『危険』なのではないか?
性的な興奮を抑えられなくなって危ない時に、ハクとのキスを思い出してナニを鎮めろという意味かと思っていたが……。
ハクはこの緊急事態を予感しており、その対処方法を教えてくれていたのではないだろうか?
そう考えると、あの意味不明だったハクの行動にも納得がいくというもの。
この状況でキスをして何が変わるとも思えないが……どっちにしろ、俺には他にできることもない。今は藁にでも縋るしかないんだ。
「モミジ」
「なんじゃ、晴明。なにかホウホウがおもいついたかのぅ?」
「キスをしよう」
「ふむふむ、キスをしてサーベルベアをたおすのじゃなんですとぉ!?」
モミジが初めて見る面白い顔をしている。ははは、女の子がそんなにアングリと口を開けたらみっともないぞ?
「晴明のせいなのじゃ! こんなジョーキョーでなにをかんがえておるのじゃ!? おかしいじゃろう! ジョーシキてきにかんがえて!」
大ピンチの中で突然「キスをしよう」とか言われたら、普通の人であれば同じ反応をするだろう。
だが、悠長に話し合っている暇はないのだ。ここは早急に説き伏せなければいけない。『T●E 交渉人』で磨いた俺の交渉術、とくとご覧あれ!
「モミジ、俺を信じてくれ。そして考えて欲しい、俺が常識など持ち合わせているわけがないということを」
「たしかにそうなのじゃ」
これが俺の必殺技、『論点のすり替え』だ。見てみたまえ、モミジの納得した顔を。腕を組んでしきりに頷いているぞ!
「でも、それとこれとはべつなのじゃ」
こいつは強力な返し技だ。完全なる論破をみた。もう俺に使える交渉スキルはない。
ふいに、モミジの後ろにのっそりと立ち上がる大きな影。
――いつのまにか、サーベルベアがすぐ近くまできていた!
「モミジ、マズイ! はやくキスを! 俺にキスをしてくれ! それも濃厚に! 情熱的に! 官能的にィ!」
「で、でも……」
サーベルベアが腕を振りかぶるのが見える。俺とモミジをいっぺんに叩き潰すつもりだろう。
どこか呆れた表情をしている気もする。「敵の前でイチャイチャはじめるとか正気か? もういいや、不快だしサッサと殺しちゃおう」みたいな。
「いいからキスをするんだよォ! ヘイ! キース! キース!」
「――ああああ! もう! わかったのじゃ! すればいいのであろう、すれば! このヘンタイ!」
丸太のように大きな腕が頭上から迫る中、モミジがやっと決断したようだ。「もうどうにでもなれ!」とでもいうように、目を瞑って顔を近づけてきた。
そして重なる唇。
鼻孔をくすぐる金木犀のような甘い香りと、蜂蜜のように甘い唾液。
ああ、なんだか、ちょっと懐かしい。やっぱり、このキスは――――。
さらさらと、ふいに深紅の風が吹き抜けた。
その風は赤い竜巻となって、まさに俺達を叩き潰そうとしてたサーベルベアを吹き飛ばす。
そしてヘビのようにうねりながらコチラへ近づいてきて、モミジを柔らかく包み込んだ。どんどん赤い風の密度が濃くなっていき、ついにはモミジが竜巻に飲み込まれて見えなくなってしまう。
「目がァァァ!」
ついでに、風で巻き上がった砂が俺の目にダイブインしてきた。
ヤバイ! 俺の雀の涙ほどのHPが削られちゃう! 目に砂が入って死に戻りなんてカッコ悪すぎるだろ! ああ、眼球で砂が躍り狂ってる!
「相変わらず、おもしろいうつけじゃ」
そんな一人で悶絶する俺を、誰かが見下ろしている。
両手足が満足に動けないため、必死に息を自分の目に吹きかけて砂を飛ばし、視界の確保を図った。なんとか砂を排除することに成功したようで、徐々に視界が戻ってくる。よかった、バルスしなくて。
「なっ……」
回復した視界に飛び込んできたのは、コチラを覗き込む深紅の瞳。そして新雪のように白い肌と、対照的な黒いロングヘアー。
ここまでは見慣れたものと大差はない。
問題は、視線を下げた場所に存在する――。
「ゴ……G!?」
そこに、あるはずのない桃源郷。
ついさっきまで荒れ地だった場所に、この世の楽園が誕生していた!
「ま、まさか……」
「この姿では久方ぶりじゃの、晴明」
俺と変わらない身長に、その身長よりも大きな刀を軽々と持つ立ち姿。
モミジをそのままステータス『妖艶』に極振りしたような、まさに『傾国の美女』と言うべき圧倒的な美形。
式神召喚で対峙した、黒髪の美女の姿が、そこにあったのだ。
投稿をはじめて1か月が過ぎていたようです。
処女作がランキングに乗って、こんなにたくさんの方に見てもらえるなんて想像もしてませんでした。
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これからも投稿がんばります!(`・ω・´)




