第21話 彼女の動機
激しいエンジン音を響かせながらやってきた怜たちの車は、住宅街の中の開けた場所で急停車した。
周囲に見えるいくつもの細い路地は壁や地面が崩壊しており、辺り一面が黒い灰だらけとなっていた。
車の前方のドアが勢いよく開かれ、運転席側からは怜が、そして後部座席側からは彰が降りてきた。
二人は前方に立つ廃墟ビルの屋上を見上げた。
そこには大きな翼を広げ、二人をじっと見下ろす司の姿が見て取れた。
また、ビルの屋上周辺の上空には何体ものエンジェルが飛び交い奇声を発していた。
彰は司に対して声をかけたかった。
本当に彼女が殺人を行っているのか、もしそれが本当であるならば、その動機や経緯、何故自分を殺そうとしているのか。それらについて聞きたかった。
とにかく何でもいい、山積みになった疑問を少しでも晴らさねばならないと、彰はそう感じていた。
だが、この場の異常な光景を前にして彰は言葉が出ずにいた。
その時、彰はふとエンジェル達の群れの中心で大きな黒い塊がエンジェル達の間を行ったり来たりしていることに気が付いた。
まるでキャッチボールをしているかのようにも思えたが、すぐにその正体が何であるかに気が付き彰の表情は強張った。
司がエンジェル達に目配せをすると、その中の一匹がその黒い塊を掴み二人の方へと急降下を始めた。
彰はすぐさまアンプを手にして身構えた。
だが、エンジェルはそのまま二人の前方へと黒い物体を叩きつけるとすぐさま群れの中へと戻っていった。
見るとその物体は、手足を失いまるで達磨のようになった金山の死体であった。
身体の表面のいたるところが黒い灰となっており、死体は激しく損傷していた。
一方、頭部は先ほど地面に叩きつけられた衝撃で割れただけであり、灰にはなっていなかった。おそらく苦しめることを目的に頭部への攻撃はされず、殺さずじっくりと痛めつけられたのだろう。
思わず彰は吐き出しそうになった。
しかし、それを必死にこらえながら彰は司の方へと向き直った。
自分が何故自らこの場へとやってきたのか。そのことを思い起こし、震える足を抑えようとした。
〇
「貴方も一緒に行くと?」
「人が足りない。そうでしょう?」
彰は怜をしっかりと見つめ言った。
「つまり、一緒に彼女を殺してくれるんですね? その決心ができたと」
「それは――」
彰は再び不良達が廃工場で浮浪者を殺害していた瞬間を思い返した。
彼らは何の躊躇いもなく浮浪者を殺害した。自分もあの男たちと同じ様に司を躊躇いもなく殺せるだろうか、自分もあの男たちと同じようになってしまえるのかと考えた。
彰は手に持った司の写真をギュッと強く握りしめ、そして自分が心から正しいと思えることに従って言葉を発した。
「――正しい情報を知ったうえで、判断する。最善策が何であるかは自分で決める」
天笠が不快そうに舌打ちをしたような気がした。
だが、彰は意に介さずまっすぐに怜の方を見つめた。
自分は決してあの不良たちと同じにはならない。そう決心したのだと、彰の瞳は語っていた。
「まあ……あなたの護衛につけるはずであった人間が一人、戦力となるわけですから……私は良いですよ。その代り、貴方を守りぬくことは非常に困難ですので、死ぬ覚悟はしておいてください」
怜は呆れたような顔をしながら前へと向き直った。
他の二人も特に異論はないようであり、彰も共に戦うこととなった。
その後、人数が増えたことによる若干の作戦変更が怜の口から伝えられている中、彰は固く握った手の中にあった司の写真をポケットにしまい、戦いにそなえて心を落ち着かせようと大きく息を吐いた。
〇
――そうだ、俺は知るためにここに来たんだ。
体の震えを吹き飛ばさんとするかのように、彰は大きく息を吸い、叫んだ。
「聞きたいことがある!」
司をまっすぐに見据えた彰に対し、司もまた視線を彰の方に向けていた。
やがて司は微笑むと、その場から立ち上がり身体を灰へと変えていった。
司の周囲が黒い灰の渦で覆われたかと思うと、渦はそのまま径を大きくして周囲を飲み込んでいった。
司の周囲にいたエンジェル達も灰へと姿を変えたのだろう、おびただしい量の灰が周囲一帯を覆い尽くしていった。
「私もよ。そもそも、あなた方をここへ呼んだのは私ですしね」
周囲を包んだ渦の中で、司の声が響いた。
どこから聞こえてきたのかは見当がつかなかった。渦を為す灰と同様、声の発生源もまたあらゆるところに存在するように思われた。
黒い渦はやがて散り散りとなって辺りへと降り注いでいき、辺りの地面を黒く染めていった。
そして、残った灰の一部の渦が彰達の前で収束したかと思うと、それは司、そして一体のエンジェルへと姿を変えていった。
そのエンジェルは他の個体と比べて美しい顔立ちをしていることが見て取れた。髪は長く風になびいており、まさにそのシルエットは天使のように思われた。
司は不敵な笑みを浮かべ、彰と怜を見て言った。
「お仲間は他にもいたと思うけど?」
怜は何も答えなかった。その様子を見て司は鼻で笑った。
「そう……ではそちらからどうぞ? そちらも私に何か聞きたいことがあるんですってね?」
彰は司の目をまっすぐと見据えて問いかけた。
「この一連の事件……人を蘇らせ、そして人を殺しているのは、全部自分の意志でやっているのか? もし、君の後ろにいる化け物が――」
「全て、私の意志よ。まさか、私が操られているとでも思ってくれたのかしら?」
司はハッキリと言い切った。
「どうして……そんなことをするんだ?」
「そんなこと?」
「何故人を殺していく」
「そうね……簡単に言うと、『仕返し』ね」
「仕返し?」
「貴方も見たでしょう? 工場でお爺さんが殺されちゃって。辛かったでしょうに、力が無いから抵抗もできずに死んじゃった。誰も助けてくれずに、ただ自分が悪いんだって、そう言われながら死んでいった。私はそういうのが許せないの」
「……だから、力を与えていると?」
「ええ、そうよ。ただそれだけ。力ない者を切り捨てていいというのなら、たとえやり返されたって、それもまた自業自得よね」
司は悪びれる様子もなく、淡々と語っていった。
「それは……人殺しじゃないか」
「私たちも殺されたわ。直接的にしろ、間接的にしろ。だから私たちはこうして生き返って、仕返しをするの」
「……」
彰は言い返す言葉に詰まってしまった。そんな様子を見て司はさらに続けた。
「私もね、命を救ってもらった一人なの。貴方たちも知ってるんでしょう? 私の家と、家族が『燃やされちゃった』こと――焼け死ぬってね、本当に苦しいのよ」
もはや何を言ったとしても彰の言葉ではどうにもならないと思えた。
そして何より、彰は司のやっていることが悪いことなのだと、許されない事なのだと、そう言い切るだけの根拠が思い浮かばないでいた。
「病院から大量の入院患者が消えたのも、貴女が?」
怜が口を開いた。
司は先ほどまでの表情とは打って変わって、怜を鋭く睨みつけて言った。
「そうよ」
「そちらはどのような考えで?」
「この力はもっと素晴らしいことに使えると思ったの。重い病気の人達。寝たきりで、苦しんでいる、でももっと生きていたいって、そう願っている人たちにとって、この力は救いになる。だから契約したの。貴女達黒づくめの屑どもを殺すお手伝いをしてくれたら、代わりに自由に羽ばたける翼をあげるって」
「契約の対価として貴女は魂を得る。代わりに人々は、灰の身体を手に入れたと」
――魂を……契約の対価に?
彰は驚き司を見た。だが、司は怜の言葉を否定することなく、むしろ平然としている様子であった。
彰は思わず言葉を漏らした。
「それじゃあ、まるで君たちは――」
「悪魔のようだって言いたいんでしょう? でも私にしてみれば天使に思えるわ。だって私たちの魂を救ってくれたんですもの。肉体という枷を捨て去ることで、私たちは救われた」
言葉を失う彰とは対照的に、怜はポツリと「なるほど……」と呟くと少しだけ悲しそうな顔をした。
話が途切れたことで、今度は司の方から質問を投げかけていった。
「じゃあ私も二つ、質問があるわ」
司は二本指を立て、怜の方に向けて続ける。
「まず一つ目。貴女たちよね? 散々私の邪魔をしてくれたのは――貴女達は一体、何者なの?」
「化け物を……殺すことを目的とした集団です。それらは存在するだけで社会に大きな影響をもたらしてしまう。だから我々はその影響の大きさ……振れ幅を最小限にとどめ、秩序を維持する」
「そのために、私たちを殺しにかかるという訳ね。そこの芋虫になった男も私たちの仲間を大勢殺してくれたわ。それが貴方たちの正義ってわけ?」
司は金山の死体を指さし、あざ笑うように言った。
「我々はただ……使命に従い、それを実行するだけです」
その言葉を聞き、司は高笑いをした後侮蔑の目を向けながら言った。
「何も考えてないってわけね。『仕事だから』かぁ。まあ、大方予想通りってところだけど。じゃあ最後に一つ、どうしても聞きたかったことがあるの」
怜は腕時計をチラリと見て「いいですよ」と促した。
「あの廃墟でのこと――あれは、私は『誘い込まれた』ってことでいいのかしら?」
――あの廃墟でのこと?
彰は一瞬、司が何を言っているのか分からなかった。
あの廃墟とは、浮浪者の男が殺されたあの廃工場である。
あの場所にエンジェルが現れ、浮浪者もまたエンジェルへと姿を変えた。そしてその浮浪者をタイミングよく現れた怜が殺害した。
ならば誘い込まれたとは、あの浮浪者が殺害される出来事こそが罠であり、つまり司たちエンジェルをおびき出すための餌として浮浪者は殺害されるよう仕向けられたということになる。
そのことに気が付き、彰は怜を見た。
短い間であったが行動を共にした怜達がそのような下劣な真似をする人間ではないと、そう思う気持ちの一方で、司の言い分からすれば、自分が今命を狙われている原因が怜達にあるとも言えるということになる。
彰は怜が否定してくれることを願い、固唾を飲んで怜の返答を待った。
だが、怜の返答は彰の期待に反するものであった。
「いかなる手段を用いてでも、我々は化け物を殺す。それが……仕事ですから」
それが怜の答えであり、つまりは司の言うことが正しいということであった。
その返答に、司は先ほどまでとはうってかわって激しい憎悪の表情が抑えきれない様子で、それでも冷静さを装おうと口元に笑みを浮かべながら言った。
「ああ、そう。やっぱり、そういうことなのね」
フフッ、フフッと司が笑う一方で、彰は信じられないような気持ちで怜の方を見ていた。
もはやこれでは怜達と共に戦うことが正しいのかも、彰には分からなくなってしまった。むしろ司の言い分もまた理解できる以上、自分の命を狙うことを止めてもらうよう説得することこそが正しい道のようにも思えてしまう。
「吐き気がするわ」
司が吐き捨てた。全くその通りだと、彰もそう思ってしまう。
だが、その時彰は月明りに浮かぶ怜の表情を見た。
迷いや後悔、そして力なく、ただそれでも生きていくため、ただ歩みを進めるしかないといった弱り果てた少女の表情をそこに見た。
――「恨まれること、よくありますよ」
確か彼女はそう言っていた。その時の表情もまたどこか弱々しいものであったように思い返された。
そして彰は考えた。それが彼女の本意でないのならば、今やるべきことは彼女を疑うことではないはずであると。
「――どちらが正しいか、どちらが悪いかは後だ。とにかく今は、争いを終わらせる!」
彰はアンプを構え、司の方へと向き直った。
見ると司の周囲には微かに黒い灰がまとわりついており、その灰となっているエンジェルが彼女の耳元で何か囁いた気がした。
司はその瞬間、笑みを浮かべることを止め、そして叫んだ。
「アンジェラ!」
彼女の叫びと共に、彼女の背後にいた美しいアンジェラと呼ばれた一体のエンジェルが、けたたましい叫びを上げた。
その叫び声に呼応するかのように、周囲に振り注ぎ一帯を黒く染め上げていた灰が、次々とエンジェルへと姿を変えた。
子供から老人まで様々な外見をしたそれらは優に百体を超えており、エンジェル達は一斉に怜と彰へと襲い掛かってきた。
「全員まとめて殺してやるのよ!」
見ると実体化したエンジェル達の一部は二人の方ではなく、別の二方向に真っ直ぐ飛んでいくのが分かった。
あの怜たちの会話を行っている最中、エンジェル達は見当たらなかった天笠とハッサンの居場所を探し出していたようであった。




