第20話 金山とエンジェル達との交戦
金山をリーダーに据えた男たち四人組は、身を低くし物陰に隠れていた。
恐怖で震えの大きくなった体を必死に押さえつけ、息を殺すのも精一杯の様子であった。
彼らの視線の先には司の姿があった。
彼女は先ほどから暗闇の中に浮かぶ自動販売機の明かりの中で立ち止まり、しきりに携帯電話をいじっていた。
どこかへメールでも送っているのだろう。金山はそう考え、仲間の三人に目配せをしアンプを取り出した。
メールを送っている間は注意力は散漫となっているはずである。加えて自動販売機や携帯電話の明かりに目が慣れてしまっている今ならば、暗闇からの襲撃には対処が難しい。そう考えてのことであった。
四人はゆっくりと腰を持ち上げ、彼女に気付かれぬよう静かに距離を詰めた。
さながら獲物に飛びかかる前の野生動物のように一瞬のタイミングを見計らい、滑らかに動き続けた。
その時、司の携帯電話から明かりが消えた。
メールを送り終え、電源をオフにしたのだろう。彼女はそのまま携帯電話を鞄にしまい、ファスナーを閉じて鞄を肩にかけ直し再び歩きだした。
司が背を向けたその瞬間、四人の男たちは一斉に疾走を始めた。
金山を先頭に、一直線に駈け出した彼らの目にはもはや獲物である司の姿しか映し出されてはいなかった。
司も彼らに気が付いたのかすぐに振り返った。
だが彼女の視界が捉えたのは、既に武器を振りかぶり今にも振り下ろさんとする男たちの姿であった。
「おおああああぁぁ!」
アンプは彼らの血の高鳴りに呼応し、赤く光を発していた。
男たちの絶叫と共に、アンプは彼女の顔面へと振り下ろされた。
作戦は上手くいったように思われた。
だが、彼らの武器が彼女の顔を捉えるそのすんでのところで、男たちは闘争本能に支配されていく脳の片隅にわずかな恐怖、そして、後悔の気持ちを覚えたような気がした。
男たちの視線の先、アンプから発せられた赤い光に照らし出された彼女の表情は、とても冷たい目をしたままうっすらと笑顔を浮かべていた。
〇
「おおっと!」
同時刻、運転席の天笠が何かに気が付いたように声を発した。
「見えましたか? 天笠さんにも」
「ああ、遠くで一瞬、赤い光が見えたかな」
「まずいですね……」
車のスピードは一段と増した。
その時、彰の携帯に着信が入った。
見るとメールを一件受信しており、差出人は司となっていた。
彰は急いで本文を確認した。
本文:お付きの方々と一緒にいるんでしょう? 直接会って話しましょうよ。私もその人たちに聞きたいことがあるの。
彰は直ぐにこれを怜たちに報告した。
「我々もバレてましたね」
その言葉を聞き、天笠が笑みを浮かべて言った。
「そうすると、金山達はどうなったんでしょうなぁ?」
「連絡はつきませんので……交戦中か、あるいは――」
「死んだか、ですわな」
天笠は鼻で笑った。
その頃、金山達は怜の言う通り交戦中であった。
だが、正確には必死に逃げ回っている、というのがこの状況を言い表すにはふさわしい有様であった。
胸に入れた携帯電話には怜からの着信が入っていたが、とても携帯を取り出す余裕はなかった。
「何匹出てきやがるっ……!」
金山は狭い路地を走り抜けながら視線を周囲に巡らせた。
不意に右側の壁から金山目掛けてエンジェルの腕が襲い掛かるのを、間一髪の所アンプで受け止めた。
力を放出するのが遅かったのか、金山の持つアンプは先端が灰と消えてしまった。
「クソ!」
金山は瞬時に反撃に出て、アンプで壁を消し飛ばした。
だが、翼を持つエンジェルはすぐに攻撃の間合いの外へと飛び去ってしまう。
先ほどからエンジェル達は、狭い路地を利用して身を隠し、壁や地面、天井などの死角から攻撃を繰り出していた。
攻撃の瞬間のみ壁を灰へと変え、死角から襲い掛かってくるため、金山は防戦一方となっていた。
先ほどのように反撃に転じようとも、エンジェル達はすぐさま飛び去ってしまうため、決定打を与えることも出来ずただ体力だけが消耗していった。
あの時、金山達が四人がかりで司に攻撃を繰り出した瞬間、辺りは一瞬で灰により闇に包まれ四人の攻撃は空を切っていた。
辺り一面に灰が渦巻く視界の悪い中、金山は瞬時に危険を察知して渦の外へと走り出したが、背後の渦の中からは三人の悲鳴が響いていた。
作戦は完全に失敗であった。
すぐさま怜たちと連絡を取ろうとした矢先、金山は周囲を既に複数のエンジェルが取り囲んでいることに気が付き、ひたすら攻撃をしのぐしかない形となっていた。
「化け物のくせに連携なんかとりやがって! 付かず離れずでじっくりと仕留めようって魂胆か!」
それならばと金山は少し開けた場所に出ると走るのを止め、周囲を警戒しながら息を整えた。
どの道、攻撃を防ぐ際に自身の持つアンプの発する赤い光で居場所がばれてしまうならば、むしろ死角のない場所の方が安全であると考えたからだった。
狙い通り、エンジェル達は正面から襲い掛かるのは危険だと考えているのか、物陰からこちらの様子を伺っているだけであった。
だが、それも時間の問題であり、すぐにエンジェル達が集結し周囲を取り囲まれてしまうのことは明白であった。
そうなる前に、金山は次の一手を考えなければならなかった。
「司令塔がいると考えれば、そいつを叩けばあるいは……」
金山は司令塔と思われる存在を探した。
おそらく、それはこちらの様子がうかがえる高い場所にいる。
そう考えて辺りを見回すと、すぐにその姿を見つけることが出来た。
五、六階建ての廃墟ビルの屋上。
そこに翼を大きく広げた一体のエンジェルと、屋上の淵に座って金山を見下ろしている司の姿があった。
その姿を視界に捉えるやいなや、すぐさま金山はそれに向かって一直線に駈け出した。
目を見開き、視線の先に司を捉えたまま疾走する姿はさながら鬼のようであり、周囲にいたエンジェル達はその様子に怯んだようにも見て取れた。
そんなエンジェル達の脇を金山が突破する時、彼のローブは炎のように赤い光を放ち、それに触れたエンジェル達を木端微塵に粉砕していった。それはアンプから発せられる光を身にまとい突進するという応用を効かせた技であった。
その様子を見て、先ほどまで無表情であった司の片頬はピクリと引きつった。
「ほんと……どうしてこうも害を振りまくのかしら」
司がゆらりと立ち上がった。
彼女の背後にいたエンジェルは黒い灰へと姿を変えていき、司の周囲は一気に黒い灰で覆われていった。
そしてそれとほぼ同時のタイミングで、司の視界の前に激しく発光するアンプを大きく振りかぶり、今にも振り下ろさんとする金山が下方から現れた。
金山は足に赤い力を纏い、廃墟ビルの壁面を砕きながら一気に駆け上ってきたのであった。
「今更目暗ましなど! 遅いわあああ!」
灰もろとも司を消し飛ばすつもりで、金山は一気にアンプを振り下ろそうとした。
だがその瞬間、金山の身体を激しい激痛が襲い彼は驚きの表情を浮かべた。
「――っな⁉」
周囲を覆った灰の中から、二枚の大きな翼が金山の両肩を貫いていた。
金山の両肩は瞬時に黒い灰へと化し崩れ去り、切断された両腕は光を失ったアンプとともに地面へと落下していった。
「エンジェルは……灰になっているはずでは……?」
突き出された二枚の翼は力強く左右に開かれ、それに伴い周囲に漂っていた黒い灰は霧散し視界が開けた。
そこに現れた司の姿を見て、金山は苦々しく呟いた。
「お前自身も、化け物だったか……」
月に照らし出された司の姿は、もはや通常の人間のそれではなく、他のエンジェル達と同様背中に二枚の大きな翼を有していた。
両腕を失い、屋上床へと倒れ込んだ金山は尚も立ち向かうべく、司を睨みつけながらもがいていた。
幸か不幸か、灰と化した両肩の切断面からは血はにじみ出しているものの、炭化した血管は塞がっているのか大量出血は免れていた。
苦しそうにもがく金山を見て、司は笑みを浮かべながら彼を見下ろして言った。
「貴方達のその力、触れたものを消し飛ばす厄介な能力の様だけど、随分と体力の消耗が激しそうじゃない? だからなんでしょう? いつも少しずつしか使わない。なら――」
不気味に笑う司。
その周囲には、既に大勢のエンジェル達が飛び交い集結していた。
「――大勢で襲われたなら、ひとたまりもないんじゃない?」
アンプを失い力を発することが困難となった金山の表情には、先ほどまでとは打って変わって恐怖の色が浮かんでいた。
もはや彼の闘争心は、アンプにより強制的に奮い立たせられることもない。
司はそんな彼の顔を覗き込み、そして笑った。
「あら? それとも、もうお終いなのかしら?」




