第19話 殺害に向かう車内
「何をやってんですか」
ベッドの上に座った怜がため息交じりに言った。
視線の先には両膝をつき申し訳なさそうにしている彰がいた。
「いや……ホントすいません」
結局彰は、司が犯人かどうか探りを入れることが出来なかった。彰はそのことを怜に打ち明けていた。
「一応メールだけは送ったんだ。これなんだが」
彰はメール画面を開き怜に手渡した。
タイトル:蘇りに関して
本文:去年の冬、暴走族が事故死した。今回の蘇り事件との関連性について、思い当たる節はないか?
「まあ……でも、普通聞けないですかね。これは」
メール本文を見て怜は笑った。
あまりに現実とかけ離れた内容だということが文章にするとより際立って認識されたのだろう。怜はそのまま携帯を返却しながら続けた。
「現在……我々の仲間を四人、彼女の尾行をさせています」
「ああ、そうなの……?」
初めからあてにされていなかったことを察し、彰は少し落ち込んだ。
「ええ。彼女は今夜、何らかのアクションを起こすでしょう。襲撃が失敗に終わったわけですからね。そこで彼らには、彼女が大人しく帰宅するのかどうか……見届けてもらう手筈となっています。そして今夜……我々全員で白黒つける。黒であるならば……そのように対処します。その場合、貴方を一人ここに残すのは危険ですので……途中まで共に移動して頂きます。そして――」
「え? ちょ、ちょっと待ってくれ」
怜が言い終わる前に、彰は慌てて言った。
「全員で白黒つけるって……何をする気だ?」
彰の脳裏には、昨日の襲撃の後に彼女の言った魔女狩りのような話がよぎった。
「……お察しの通りの内容です」
その言葉に彰は怒りがこみ上げ、すぐさまその作戦を非難しようとした。
だがしかし、彰はそのまま口を閉ざした。非難する為の言葉が思いつかなかったのである。
あれこれ無責任に言うのは簡単である。しかし、いざ自分が同じ立場であったなら一体どのように行動するだろうか。そのことを考えるとどんな言葉を考えてみても全てが薄っぺらい考えのように思えた。
そんな彰の様子を見て、怜は自嘲気味に言った。
「仕事だから……とでも言えば聞こえは良いんですがね。結局……力なく、他に方法が思い浮かびませんでした。犠牲が増える前に、我々は行動します」
そう言い終わると、怜はベッドから立ち上がり窓の外を指さし続けた。
「あそこの黒いバンの横にいる男……今、煙草を吸っているようですが……天笠良介と言います。途中まで我々とあの車で移動した後、貴方にはあの男と一緒に逃げて頂きます」
外を覗くと、車は家から少しだけ離れたところに止められていた。
運転席側のドアの脇に男が一人、空に向かって白い煙を吐いているところであった。
見るとスーツ姿をした二十代後半くらいと思われる、短髪の気難しそうな男であった。
車の助手席にはもう一人誰かが座っていることから、どうやらあの天笠という男が運転手を務めるのだと分かった。
「難のある性格……まあ我々は皆そう言った人間ばかりですが……彼は頼りになりますのでご安心を。ではこの後について、質問はありますか?」
彰は質問に対して手短に「いや」とだけ答え、外にでる準備を始めた。
後はただ言われるがまま車に乗り、守られているだけでいい。それだけでこの巻き込まれたトラブルから解放される。そういうことであった。
それから暫くした後、怜の携帯電話へ着信が入った。
「遅かったですね……」
怜は意外そうな顔をして電話に出た。
「はい、どうしました?」
『俺だ、金山だ。女がようやく学校を出やがった。報告は以上』
受話口から漏れる声は彰の耳にまで届いていた。随分と大きくそして野太い声だと思ったのも束の間、すぐさま電話は切られたようであった。
怜はため息を一つつくと、神妙な面持ちで「では出発しましょう」と部屋を出て行った。
〇
二人は車のもとへと向かった。
二人に気が付いた天笠は煙草を灰皿に捨て、後部座席のドアを開けた。
「黒明彰です。よろしくお願いします」
彰が頭を下げると、天笠も笑顔で「ああ聞いてる。天笠です。どうぞ、乗って乗って」と促した。
予想に反して軽い印象を受けたが、視線を合わせることなくドアを乱暴に閉めた彼に対し彰はあまり良い印象を受けることはなかった。
全員が乗り込んだことを確認すると、車は司の家へと向けて出発した。
車内は煙草と消臭剤の匂いで充満しており、彰の隣に座った怜も口元をローブで覆い不快そうにしていた。
車の助手席に目をやると、怜と同じ真っ黒なローブで身を包んだ、気難しそうな男性が座っていた。
ローブでハッキリとは分からなかったが、肌の色や顔立ちからしてアジア圏出身の外国人のように思われた。インテリ風のメガネが印象的であり彰はそちらの人物にも挨拶をした。
だがその男はほとんど彰の方を見ることなく、無言で小さく会釈を返すだけであった。
「そいつはハッサンってんだ。見ての通り愛想がない」
天笠はそう言うと一人笑った。
荒い運転により揺れる車内では、時折舌打ちをうつ天笠以外に声を発するものはいなかった。
普段からこうなのであろう。彰を除き、別段会話が無いからといって居心地悪そうにしている者はいなかった。
「あの……」
これから自身の身を守ってもらう立場ということもあり、彰は堪らず怜に向かって無理やり話を切り出した。
「なんでしょう?」
「……現状どのくらいの割合で、彼女が犯人だと言い切れるんですか?」
「なんとも言い難いです。根拠がなかなか」
やはり怜本人も、結局は直感に頼った行動でしかないと自覚していた。
その一方で、彼女の立場からしてみればこれ以上被害を出すわけにはいかないということを彰はよく分かっていた。
だがそれでも、彰の心の中にはこの作戦を良しとできない感情が渦巻いていた。
そんな時、再び怜の電話に着信が入った。
「はい」
『金山だ。女の様子がおかしいぞ。どうも北側の郊外へと向かっているようだ』
「北側の郊外……? あちらはもはや、人が近寄るような地域ではないほどに荒れ果てて――いや、そういえば確か、彼女の昔の実家がそちらに……」
『本当だな? やはり俺が言った通り、今すぐあの女を殺ったほうが良いだろう? 明らかにおかしな行動だ』
「確かに、何か裏がある可能性は十分に考えられますね。ですが……今まで通り慎重にお願いします」
金山はギリリと歯を噛みしめた。
「慎重に、だと? クソ! 連絡は以上だ!」
悪態と共に電話は切られた。
「尾行だっつってんのに、なんで大声出すかねぇあのおっさんは。我々の行先も北の郊外、彼女の元実家ってことで?」
「お願いします」
電話のスピーカーから漏れる金山の声は運転席の天笠まで届いていたようであり、すぐさま行先は変更された。
「しかし……はは、これは確定ですかなぁ。彼女が犯人ってことで」
天笠がおどけた口調で言った。
「まだ……わかりませんが、どうでしょうね」
怜は多少遠慮がちに答えているようだった。おそらく隣の彰に気づかっての事であろう。
そんなことにはお構いなしに、天笠は続けた。
「今日に限って行先を変える。普段なら寄り道せずに一直線に帰っていたはずだ。どう考えても確定でしょう?」
「……」
「金山は今すぐにでも動きたがってますよ? あいつは仲間の一人、秋山ってのを先日殺されてるんだ。なんなら――」
「まだ――」
怜は若干語義を強め、天笠の言葉を遮るようにして言った。
「――まだ、確証は無いんです」
「……あぁ、はいはい」
天笠は鼻で笑うようにして口を閉ざした。
どうやら怜の仲間である彼らの中でも、意見は一致していないようであった。
指揮を任されている怜にしてみても決断しかねているようであった。
それからしばらくの静寂の後、思い切って彰は口を開いた。
「……俺も一緒に、司のところへ行ったら、邪魔になりますか?」
運転席で天笠が鼻で笑った気がした。
だが、彰は怜をじっと見据えていた。これほどまでに決定打に欠ける状況下なら、司の友人である自分なら何か役に立てるのではないかと考えたからだった。
その様子を見てしばらく黙ったままであった怜が、懐から数枚の写真を取り出し彰に渡した。
「この写真は?」
写真の中には、幸せそうにしている家族が写っていた。桜の舞う中、学校の校門を背景に両親の間で幸せそうに笑う女の子の写真。
その写真を見た時、彰は直ぐにピンときて写真をめくった。
写真の中の女の子は、中学生、高校生へと成長していった。どの写真においても、彼女は幸せそうな笑顔を浮かべているように見えた。
「司さんの写真です」
怜は彰の目を見て言った。
「彼女の人生のほんの一部です。彼女はこんなにも幸せに生きていた。もしも……彼女が犯人であったとしましょう」
怜は視線を彰から外し、遠くの方を見ながら続けた。
「それがどこで何故、彼女の人生は大きく変わってしまったのかは分かりませんが――貴方は必要とあらば、躊躇いなく彼女を殺すことができますか?」
『殺す』という言葉を聞いた時、彰は思わずドキリとした。
考えてみれば当然のことであった。だが、いざ実際にその問題に直面すると彰はすぐに答えを返すことが出来なかった。
気が付くと、彰は手に持った写真に視線を落とし手を震わせていた。
写真の中の彼女の笑顔は、ひどく眩しく見えた。
「難しいですよね。それが普通なんですが」
それからしばらくの間、車内は再び静寂に包まれていた。
彰は写真を見つめたまま思いを巡らせるだけであった。
次第に司の実家に近づいてきたのか、辺りから街の賑わいは消えていき、車内に差し込む明かりも無くなり写真は見えなくなった。
「あと数分もすれば俺たちも着くんじゃねえか? 金山の連絡はまだですかね?」
天笠がそう言い終わったとほぼ同時に、再び怜の携帯電話が鳴り響いた。
「はい」
『金山だ』
心なしか金山の声は震えているように聞こえた。
その違和感には怜も感づいていたようで、すぐに何があったのかを問いただした。
金山はごくりと息を飲むと、絞り出すような声で答えた。
『……我々四人、今から奴を殺害する』
「は?」
思いもよらぬ返答に、怜は困惑した様子であった。
『奴はこちらの存在に感づいている……こちらを見て、確かに笑ったんだ! 今すぐ殺らなきゃこちらが殺られる!』
先ほどまでの豪快な声とは打って変わって、耳を澄ましても上手く聞き取れないほど小さく弱々しい声であった。
「本当ですか? であればすぐに撤退を――」
『秋山が殺されたとき、俺は確かに見た。いや、顔は見ていない……だがあの背格好、この匂い。アイツが黒幕で間違いないんだ! おそらく、奴の準備は万全だ!』
「落ち着いて下さい。すぐにそこから離れて――」
『周囲には多数のエンジェルを潜伏させているはずだ……逃げられっこない。だが、今なら! 今ならこちらは四人! アイツは一人! 今ならまだ、奴を殺せるはずだ!』
もはや金山は聞く耳を持たない様子であった。
酷くおびえた様子でまくし立てる彼の声を聞き、天笠は鼻で笑った。
「急に恐さに耐えられなくなったんでしょうなあ。周囲から街灯が無くなって、人気も無くなって、それで気持ちが飲まれて。今やこの様ってわけですよ」
怜は天笠の声に耳を貸すことなく続けた。
「落ち着いて、戻ってきてください。なおさら慎重に行動すべきです。指示に従わないのであれば――」
『慎重に行動した結果が、秋山だろう!』
直ぐに電話は切られてしまった。
「所詮、烏合の衆ってことで」
天笠は吐き捨てるように言った。
怜は小さくため息をつき「……急ぎましょう」と言った。




