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魔女の掌 ~プランとギリル~

キノコはお休みです。

どうにも胸騒ぎが収まらない。


そのせいで集中が乱れ、せっかくキノコが持って来てくれた薬草を無駄にするところだった。


プランは鍋を回す大匙を手にしたまま、まだザワザワする嫌な予感に眉間を深くする。

さて、どうするか。

胸騒ぎの原因を探しだせばいいだけだが、おそらく、それはプランの家の外側で起きている。つまりダンジョン内で何かが起きている、そう感じるのだ。


プランはドワーフだ。

手先が器用で力持ちのドワーフは戦う者も多いが、プランは残念ながらそんな力は無い。なので、この危険な洞窟に単身飛び出すという事は出来ない。

どうにか探索しようとするなら、あの戦闘馬鹿ギリルにでも頼むしかないだろう。


この頃はキノコという遊び相手が出来て上機嫌な戦闘馬鹿は、暇さえあれば洞窟を徘徊している。

異変があればすぐに連絡してくるはずなので、胸騒ぎは気のせいかもしれない。

しかし長年のカンが、それを気のせいで片付けてはいけないと告げている。


何せここは最高難易度ダンジョン『魔女の掌』。

戦う力の無いプランがここで生きていけるのは、そういったカンが良くあたり、馬鹿に出来ないからでもある。


ふと、プランは大匙を回しながら、今思いついた事を真剣に考える。


(そうだよ、ここは『ダンジョン』だ。魔物や罠、自然の脅威って不安もあるが、可能性が一番高いのは『侵入者』だね……)


外部からの侵入者。

人間の冒険者や旅人、討伐隊。はぐれモンスター。

それが、入ってきた?

可能性はある。それに対して胸騒ぎを覚えるのも、プランからしたら当たり前だ。

プランはここで生活している。

例えダンジョンといわれる場所でも、プランをはじめ住んでいる者には生活圏なのだ。

そこを荒らされるのに不快と不安を覚えないはずが無い。


(まだ決まったわけじゃない。でも、そうだとしたら……)


こんなにヤキモキするなら、キノコに頼んでも良かったかもしれない。


あの子供はギリルの戦闘についていける恐るべき技量を持つし、何より『魔女』の養い子なのだ。

このダンジョン『魔女の掌』では何者も手を出せない。

あの最強種ライドラドラゴンも関わらないようにするべき子供なのだ。


(いや、違う。ダンジョンの中、私らみたいに住んでる者は手を出さない。魔物は手を出しちゃいけないと本能的に悟る…。だが、『外部』の奴は……?)


小さな子供にしか見えないキノコ。

もし、本当に侵入者がいて、キノコを見つけたら?

キノコにはくれぐれも注意するように言って帰したが……。




「ババア~!いるかー!?」


その時、やけにデカイ呼び声でプランは我に返った。

気がつけば鍋が少し焦げている。だがそんな失敗はとりあえず置いてしまっても構わない。


プランは大声の主、ギリルを素早く迎え入れて用件を問う。


「いやいや、参ったぜ!キノコに『独楽』潰されてよ!ホントにスゲエ奴で……」

「で、『独楽』の修理の依頼だね?了解したよ。そのかわり一つ頼まれておくれ」

「……はぁ?どしたよ?やけにアッサリしてんな?」


確かにいつものプランなら、ギリルに依頼されてもしばらくは渋る。

ほいほい利用されるのも癪だし甘い顔をすると図に乗るので、三回に一回程度で引き受けるのだ。


だが、今は時間が惜しい。

もちろん核心があるわけではないが、侵入者がいたとして、キノコに出会ったとして、それでキノコに何かあったなら。


『魔女』が怒る。


怒らせてはいけない存在が、激怒する。

それは天災よりも激しい災害となって、世界を揺らすだろう。

彼女はドラゴン等より、触れてはいけないモノなのだから。


プランは自分の考えをギリルに話し、キノコを見つけて連れ帰るように頼んだ。

それを聞いていたギリルは、徐々に苦い顔になり、耐えるように拳を握り出した。


「……そうか、そりゃマズイ。プラン婆、まだ胸騒ぎはするんだな?」

「するね。で、今あんたが来た道にはキノコはいなかったんだね?異変もなかったかい?」

「ああ、キノコには会ってないし、いつも通りの洞窟だった」


なら、キノコはもう家に帰ったのかもしれない。

なら、キノコは無事かもしれない。


しかし、と二人は考える。


「キノコが帰っていたとしても、何かが起きてはいると思うよ」

「ババアのカンは当たるからな、信じるさ。最悪キノコが巻き込まれてなきゃいいんだ。あいつの行動範囲はこのあたり一帯、ダンジョン深部だからな。異変が入口付近ならキノコは行かないだろ?」

「侵入者が深部に到達する可能性はあるんだろう?」

「それはあるな。装備を固めてレベル上げて準備と遺書を仕上げれば、来れる奴はいる。でもな、今は冬だ。ここは大陸横断山脈、冬山に登る馬鹿はいない」

「金があれば整えられる、とも言えるね」

「そもそもダンジョンに入るのは一攫千金狙いの冒険者が多い。ましてやここは魔女様の洞窟だ。より確実に用意しないと死ぬのが分かりきってる。それだけの金があるなら冒険者は引退して豪遊してるよ」


だが、聞けば聞くほど話せば話すほどにプランの不安が増す。


「何にせよ、頼むよギリル。キノコが無事ならそれでいいんだ。確かめてきておくれ」


プランとしては出来るだけ真摯に、切実に頼んだつもりだった。しかしギリルは微妙な顔つきでプランを見つめて来る。

酸っぱいものでも飲み込んだ後のような顔だ。


馬鹿にしてるのかとプランは思う。

真面目に話してるのに、なんて奴だ。これだから戦闘馬鹿は、と。


「……なんだい、その顔は」

「いや、プラン婆でも頭下げる事、あるんだなと」

「……頼んでるんだ、当たり前だろ?」

「俺は『独楽』の修理の対価で引き受けるつもりだった。ババアもそう言っただろ?だから頭まで下げる必要はないはずだ。交換条件なんだから。頼むにしたってもう少し偉そうに頼んだはずだ、前のババアならな」

「……」

「しかも『キノコが無事ならそれでいいんだ』ね。ずいぶんと優しいババアになったな、『病疫のプラン』がよ」


嫌な字名をギリルは告げる。


それは世間がプランにこびり着かせた悪名だ。

その名で忌み嫌われたプランはこのダンジョンに逃げ隠れた。随分昔の話だが、風化するには短い月日であり、悪名だった。

その字名の真相はどうであれ、酷い仕打ちを受けプランの性格もネジ曲がった自覚はあった。

だからまた、捻くれた返事をしてしまう。


「キノコに何かあったら大惨事だからね、心配してるのは私の生活がかかってるからだよ」

「そりゃ建前だろ?まぁ、キノコを気に入ってるのは俺も同じだ。魔女様は怖いが、キノコが心配ってほうが強いな」

「あんたこそ……心配、なのかい?」


プランからすれば、ギリルが『心配する』というほうが仰天だ。

『人喰い』『咎人』と言われた男が他人を心配するのかと。

以前なら他人も自分も戦う『道具』くらいにしか考えていなかったはずだ。道具は使ってこそ道具、と自らを酷使して命を食い散らかしていた。 


「壊れてる俺にも、それなりに心はあるんだよ。まぁ、キノコを殺ルのは俺だってのが大半かな?」


そういうや否や、ギリルは矢のように飛び出していった。

音もなく穴を駆け上がり、滑るように洞窟を疾走していく。

残念ながらプランには姿を目で追うことすら出来ないが、なんとなく、ギリルが照れていたように感じた。


プランを指摘して、同じように返され、図星に照れて逃げ出した。


「……心配するってのは、別に恥ずかしい事じゃないんだけどね」


だが、プランもごまかそうとした手前、ギリルの照れはよく分かる。


プランもギリルも、他人を信じず拒絶して馴れ合わない人生を送ってきた。

騙して殺して、欺いて陥れて、血ヘドを撒き散らして泥の中を生き抜いてきた。

それが今更、人並みに誰かを心配したりするのは、なんとも言えずムズ痒いのだ。対応に困る、自分自身に困るのだ。


これはあの子供のせいだ。

あの子がプランを『人』に戻してくれたからだ。


醜く爛れたプランを真っ直ぐ見て、怯えず話し、尊敬を送ってくれたキノコ。

肩を揉み、荷物を運び、労ってもらうなどプランは初めてして貰った。

好意の茶を『病疫』だと投げつけずに、美味しいと飲んでくれたキノコ。


小さなキノコ。


自分の体質に悩んでいたが、世の中にはもっと酷い毒を撒き散らす輩がウジャウジャいるのだ。それに比べたらキノコは無害だろう。

いや、或いは、プラン達に変化をもたらしたのがその『毒』なのかもしれない。


「毒は転じて薬に成るからね……」




◇◇◇




ギリルは岩肌が剥き出す洞窟内を風のように駆け抜ける。

広大なダンジョンはギリルにとって住み慣れた家であり運動場だ。迷路のような道も罠の配置も熟知している。

身体強化等しなくても疾風のように突き進むギリルは、床を壁を天井すら足場にして止まることはない。


(…カァーッ!なんだ?なんでか逃げちまった!)


走りながらギリルは赤面寸前だった。


まるで恥ずかしい秘密を知られたかのような焦燥がギリルを駆け巡る。

恥ずかしい事ではない、当たり前な感情なのだと頭では理解している。だが、長年の人外生活はその当たり前が許されない環境だった。


心配等しては、付け込まれる騙される裏切られる、そういう人生だったのだ。

人間らしい感情は弱みでしかなく、明るく振る舞いながらも自身の暗い闇を大事にしていた。それが生きる力になったからだ。


なのに、自分で言ってしまった。

キノコが心配だと。


自分を否定するかのような発言に、恥ずかしくなって逃げ出した。


(あーっ?俺はガキかー!?恥ずかしいから逃げるなんてっ!)


ギリルの爆走により洞窟の床が削れていく。


しかし元より戦闘馬鹿の脳は、些細な事は気にしないので直ぐに自問自答も終わる。次いで考えるのは最近の戦闘相手であるキノコの事だ。


ギリルは野生の獣並に五感が発達している。

なのでキノコを探すとなると、嗅覚で臭いを追うのが最も速い。幸いにしてキノコは特徴的な匂いを纏っている。

不快ではない良い匂いなのだが、ギリルは少々危険な匂いだと分析していた。本能が告げる警告によれば『虫を食う花』の匂いと似ているのだ。


(そういや毒花も匂いが強かったりするな。キノコの毒体質の匂いなのか?)


とすると良い匂いと感じた時点で、毒の術中に嵌まっていることになるだろう。

キノコが無自覚に振り撒いている匂いなので、実際のところはわからないが。


ギリルは鼻を鳴らしてキノコの匂いを辿った。


(…こっちか?キノコの奴、入口の方に向かったのか?)


広大な『魔女の掌』だが、キノコが行動する範囲はそう広くない。


魔女の言い付け通りに深部からは出ないようにしているはずのキノコだが、何故か匂いは入口方面に向かっている。

単に寄り道しているだけかもしれないが、プランの予感の件がある。

もし本当に侵入者がいたとして、そいつらは当然深部に向かってくるはずだ。入口に向かうキノコと出会う確率が高くなった。


(マズイ事になってないといいんだがっ……っ?!)


通路を走るギリルの感覚に何かが引っ掛かった。

魔力感知は不得手なギリルだが、その分、野生の勘がずば抜けている。

違和感は通路の先、一本道をこちらに来るようだが、暗闇すら見通すギリルの視力には何も映らない。

妙な事だが、ギリルは焦らず『独楽』をそれに向かって放つ。


音も無く鋭く投擲された『独楽』は空を切る。


(違う、避けたな?)


プランの胸騒ぎは的中したようだ。


(人間にしろ魔物にしろ、侵入者発見だ!)


ニタリと口角をあげるギリル。


ダンジョンに住む者の大半は隠れて生活している。プランのように戦闘力がない者はダンジョンが危険という事もあるが、存在が知れただけでも討伐隊が来るような者ばかりなので、息を潜めているのだ。


しかしギリルは常日頃から徘徊している。


それは侵入者を『狩る』為だ。


魔物も罠もくぐり抜けて深部まで来る侵入者は滅多にいない。だからこそ進行してきた者は『強者』で間違いない。

戦う事が生きがいであるギリルにとって、そういった相手は歓迎したい『喧嘩相手』なのだ。ちなみに『喧嘩』は『殺し合い』と同意である。


それによって外部の情報や物資が手に入る事もあるし、なにより住人の安全にも繋がるので皆黙認している。

諦めているとも言うが。

実際ギリルが倒した侵入者の中には住人狙いの賞金稼ぎもいたりしたので、役に立っているのである。


ギリルは獲物に喉を鳴らし加速する。

見えないが、いる(・・)

『独楽』を避けた以上ある程度は強いはずだ、ギリルを楽しませてくれるだろう。キノコのように。


(っ!ヤベッ!キノコの無事を確認しないうちは殺せねぇっ!)


爪で襲いかかる寸前に思い直した。

侵入者がここまで来ているなら、キノコと接触したかもしれない。

姿が見えない事も含めて尋問した方がいい。


なので咄嗟に変えた拳で殴り付けてしまった。ギリルにしたら爪で刺されたり裂かれたりしたら真っ二つになって死んでしまう、という配慮からだが、拳だろうと致死率はあまり変わらない。

それがギリルの暴力だ。


事実殴られたモノ(・・)は吹き飛び、奥の壁に激突した。轟音が洞窟を揺らす。


「……おお、ヤバかった!間一髪だな!」


見えるのはめり込んだ壁と零れた血のみ。

だがギリルはそこにまだ居る侵入者を感じている。死んではいない。

意識もあるようだが逃げる力は無いようだ。


ギリルは壁に近づき、多分居るであろう場所に『独楽』をぶつける。すると、苦悶する声と同時に手応えがあり、空間が滲むように歪む。

現れた。

正体が見えた。


「人間か……。何処の奴だ?」


強いは強いが、相手不足だとギリルは悲観した。

キノコの方がまだ強い。

ひょっとしたら、このダンジョン最弱モンスターの蜘蛛より下かも知れない侵入者だ。

なんでこんな深部まで来れたのか?


ギリルはローブを頭から被った侵入者を確かめるように見つめた。そして鬼のような形相に一瞬で変わる。


「……あぁ?……どういう事だ?」




その人間は、微かにキノコの匂いを纏っていた。






ギリルさんは30才くらいのムキムキ筋肉おじさんです。

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