魔女の掌 ~匂いの先~
キノコはまだお休みです。
注意! 少々、グロい表現あります。少々じゃなかったらすいません……。
ぼろぼろになったローブの人間が、何故かキノコの匂いを付けている。
スンッと鼻を鳴らしたギリルは面白くないという顔付きで、沈みこむ人間からローブを剥ぎ取る。半ば引き裂きながらの剥ぎ取りは容赦がない。
出てきたのは強面の成人男性。それなりの強さを誇示するであろう鍛えた肉体に優秀そうな武具を付けている。
最もせっかくの武具も、ギリルの暴力で凹んだりしているが。
逆にいえば、武具の犠牲で男は死なずに済んだということだ。
(ふーん、ミスリル銀製か。大したもんだが、使う奴はそうでもないな。何か身分証でも持ってないのか?)
失神しているのか抵抗しない男を転がして、ギリルの追い剥ぎは続く。
高価なミスリル銀の剣や胸当て、腰袋の中身を漁ってはみるが、男の身分は分からない。
ひとつ分かったのは、キノコの匂いはローブが一番ついているという事。
ということは、この男はキノコに接近はしても接触はしていないのかもしれない。
それは、どういうことを意味するのか。
その時、男の衣服からコロリと何かが転がり落ちた。ボタン、いやメダルらしきものをギリルは拾い、それをマジマジと見定める。
(……こりゃあ確か……)
見たことがある紋様が刻まれたメダルは、ギリルにある組織を浮かびあがらせた。
後は直接聞くのが一番だろう。
ギリルは男の首筋を指先で一度叩く。
それだけで失神していたであろう男が跳ね起きた。
「!!ッ……な、なんだ!?……ウウッ?」
恐らくローブと同じようにぼろぼろになっているであろう自身の体に呻く男。
ギリルはつまらなそうに、男に声をかけた。
「おい、お前誰だ?キノコをどうした?」
聞かれた男はそこでようやくギリルに気づき、自身を負傷させた相手に目をむけた。
その目が驚愕に見開かれる。
洞窟の住人には見慣れたギリルの様相は、初めて見る者には恐ろしい化け物に見える。
浅黒い肌とキノコは思ったが、実際は赤黒く変色していて血管が波打つように隆起している。鋼のような巨体は目の前が大岩で塞がれたよう。手足の爪は伸びて固く、ナイフのように鋭い。衣服は擦り切れ汚れたズボンのみ、ボサボサの髪は漆黒で隙間からは爛々と輝く瞳が睥睨している。
洞窟には基本明かりはない。
光苔がたまにあったり発光石が落ちていたりするので完全な暗闇とは言えないが、明かりも無しに歩くのは危険だ。
幸いな事にこの付近は発光石が転がっていて、薄ぼんやりしていた。
そこにそびえ立つ巨漢。
鬼のような風貌。
男は一瞬で恐慌に陥りかけたが、ギリルは慣れたように男を指一本で制した。
男の目玉に向けて爪を伸ばすだけだ。
「騒ぐな、失神するな、面倒かけるな。聞かれた事に答えろ。何者だ?」
今にも突き刺してきそうな刃物のような爪を見て男は悲鳴を堪える。逆らえば殺される事を瞬時に悟った。
それを見てギリルは考える。
(……立ち直りが早いな。場数は踏んでいる、か。兵隊…か?)
冒険者にしては装備のわりにレベルが低い。
レベルが低くても国に属するなら支給品で補える。軍人なら戦場を経験していて当たり前だ。
「答えろ」
「……っ……オレは…ザリオンの兵士で…」
「ザリオンだ?嘘はよせよ」
ザリオンは『魔女の掌』に隣接する小国だ。
歴史はあるが弱小国家であるためダンジョン攻略するような軍事力はないはずだ。早い話が貧乏国だからミスリル銀を集める事も、ダンジョンに兵士を寄越す事もできない。自国の防衛で手一杯なはずだ。
「『啜る悪意』のモンだろ?お前」
「!!」
男が目に見えて動揺するのを、ギリルは呆れた顔で見やった。
試しに引っ掛けるつもりで言ったのに、もう少し感情を抑えるべきところだろう、今のは。
メダルに刻まれた紋様は闇社会を牛耳る、『啜る悪意』の認証紋だ。
光があれば闇がある。国家に後ろ暗い案件は山ほどある。だから、闇社会と適度に付き合うのは仕方ない事だ。ザリオンがなんらかの悪事で『啜る悪意』と手を組んだとしてもギリルはそんなものだと思う。
あの組織ならミスリル銀程度は容易く手に入るし人材も豊富だから、ダンジョン探索に派遣する事も可能だ。
だが双方に、はっきりいえば『啜る悪意』にメリットがないのだ。
確かに『魔女の掌』は最高難易度だけあってモンスターを倒して手に入る素材も、過去の冒険者の遺品やドラゴンの宝物等も価値がある。ザリオンが隣にある宝の山を攻めたいと考えたとしておかしくはない。
しかし、そういった報酬があったとしても『ここ』はそれ以上にリスクが高い。
『啜る悪意』が手を貸す理由には弱い。では、何故ザリオンと協力しているのか?
この男もその関連で侵入してきたのか?
だがしかし、今はザリオンと『啜る悪意』の関係はどうでもいい。本当ならザリオンと『啜る悪意』が何か企んでいるかもしれないので、火の粉が降る前に対処した方が良いのだろうが、残念ながらここは無法地帯のダンジョンだ。
侵入して来なければギリルには関係ない。
問題は『啜る悪意』という闇社会の人間がキノコと接触したらしいという事だ。
「ま、そんな嘘はどうでもいい。それよりキノコをどうした?」
「……き、キノコ?」
「見てない会ってないは通用しねぇぞ?髪の白い子供だ。何処にいた?」
「ッ……!」
「…会ったな?それでどうした?」
この男の本来の目的は知らないが、キノコを見て何もしないとは考えられない。
場所が場所だけにモンスターと間違えて戦闘になったかもしれないが、キノコなら逃げ切れる。
キノコの性格からすると、騙されて連れ去られるというほうが納得出来てしまう。
「……そうか!お前もあの化け物の仲間、魔物だなっ!」
何やら激昂したらしい男は、吠えながら右手を僅かに振った。
(なんだ?)
途端、男の姿が滲むように消える。
(ああ、右手にマジックアイテムでもあるのか。『隠蔽』の上級魔法だな、こりゃ。ははっ!五感を遮断するのか?スゲェなっ!)
ギリルは慌てない。
五感で相手を見つけられないなら、野生のカンがある。なにより一度見破った魔法であるし、今度は目の前で発動されたのだ。
完全に消える、その刹那にギリルは爪を突きだした。
『啜る悪意』の男は、それなりに手練だ。
『姿を消す』という優位制が、更にその自信を固めていた。実際このダンジョンに入ってから魔物とはあまり戦闘せずに済んでいる。あったとしても姿が見えない自分が圧倒的な勝ちを奪ってきた。もちろんそれは男の実力ではなく組織より与えられたマジックアイテムのお陰だが、自分に気付かず過ぎていく魔物を眺めているうちに勘違いを肥大させてしまっていたのだ。自分は強い。このダンジョンでも敵無しだと。
だからギリルを侮った。
先程見つけられたのは偶然だと、この『隠蔽』が見破られるはずはないと。流石に正面からぶつかってはこの化け物には勝てないが、まさしく『一瞬』で消えれば、逃げられる。追いつけまいと。
指先を避けて逃げれば、こちらから反撃してやろうとも考えた。勘違いで勘違いをした。
ギリルはその魔物を狩る人間だ。
もう少し冷静に考えれば、或いは男の勘違いも無かったのだろう。
『魔女の掌』深部を駆け回る強者は、一瞬の『刹那』に対応出来なければ生きていけない。
結果、
「ぎゃあああぁぁっっ!!?」
少しだけズレたギリルの指が男のこめかみを滑って耳を切り裂いた。
絶叫と、ちぎり飛んだ耳が壁に血飛沫とともに叩きつけられる。
指先の感覚にギリルはニタリと笑ってしまった。
(懐かしいな。人間の肉の感触だ……)
人間を狩るのは久しぶりだ。このダンジョンにはなかなか人間が来ないので、ギリルの相手は専ら魔物なのだ。
叫ぶ男は透明になったままだが、血が滴り落ちていて居場所が丸わかりである。ギリルの感覚だと頬骨も削ったようだし重傷だ。
「なに消えてんだよ?話、途中だろ?」
久方振りの血肉の匂いがギリルの高揚を誘う。昔はそれで大変な目に遭った。周りの奴らが。
それすら楽しくて、遊びながら笑いながら踏み付けて走っていた。
『あそぼうあそぼう遊ぼうアソボウ!!』
そう言ってたくさん遊んで、たくさん血を被って……。
(……あそぼう……遊ぼうぜ……)
噎せかえる血臭の幻がギリルをあの頃に呼び戻そうとするが、最近嗅ぎ慣れた匂いに踏みとどまる。
キノコの微かな匂い。
(……ああ、そうだ……キノコを探さなきゃ…)
花の匂いに似たキノコの香りが、ギリルを呼び戻す。
バカ正直な白い子供。
追いかけると逃げて、すぐに騙されるバカなキノコ。
必ず挨拶をしてくれるキノコ。
キノコを探さなくては。
ほんの少ししか匂わないのに、強烈な覚醒作用だ。
正に麻薬だな、とギリルは自嘲気味に笑う。
(麻薬だって使い方次第で気付け薬になる。……ありがとよ、キノコ)
ギリルの戦闘狂は病気だ。完治しないと分かっている。
だが、なり振り構わずそうなるのはギリル自身も嫌気がさしているのだ。
今、キノコがそれを止めてくれた。
「ああっ!痛!痛いっ!!何が……っ!あああっ!」
位置からして地面を転げ回っているような男は、騒ぎ続けている。仮にも『啜る悪意』の構成員ならもう少し我慢を覚えるべきではないか?とギリルは考えた。
巻き散る血の量は相当だ。
さっさと治療しないと死ぬだろう。
そうなる前に聞く事は聞かねば、とギリルは男の頭あたりを掴み上げた。
「っ!ひぃぃっ!?」
「お、ちゃんと掴めた掴めた!あー、まだ透明?だな。どんな顔してんだか分かんねえなぁ。ま、血だらけなのは分かるけどな」
「あ、ひぃ、痛いっ…やめ、助けて……」
「はいはい、俺はもうなんにもしねぇよ。で?なんでキノコが化け物なんだ?戦ったのか?」
「…う、うぁ、ち、違う……戦いなんて……あ、あれは……っ」
矜持も外聞もなく泣き声を出しながら話す強面の男など、見ていて楽しいものではない。その点は透明で良かったとギリルは思った。
今しがた言った通り、もう自分がこの男に手を出すのはやめてやろうと思う程度には、透明で良かったと思ったのだ。
その後出血多量で死のうが、血の匂いに誘われた魔物に喰われようがギリルには関係ないし。
だが男の語る内容にギリルは、
「……ほう、後ろからキノコを刺した?……」
といってキレた。
◇◇◇
蜘蛛の巣穴に手足を潰してから男を放り込んだギリルは、キノコの匂いを追って洞窟を駆けた。
憤慨する話だった。
要約すると
《自分達の裏切り者と一緒にいたキノコが邪魔だったので油断させて斬った》
である。
その後、キノコになんらかの恐怖を覚えて一人だけ逃げたのだそうだ。
恐怖の中身は震えてしまって話にならなかったが、ギリルは『斬った』ということにキレた。
腹が立ち過ぎて、男の口に捩り切った右手を詰め込んで咀嚼させてやった。
ああいうのが世の中には溢れているから、キノコのような正直者は生き難くなるのだ。
魔女がキノコを外界に出すのに躊躇するのが解る。
キノコは素直過ぎるのだ。
または度量が広いというか、どんなことでも受け入れて『そういうものなんですね』と納得してしまうのだ。疑う事を知らないわけでは無いのだろうが、経験不足が招くのだろう。
(あんな怪しい奴なんで信用するんだよ!キノコっ!)
憤りながら走るギリルだが、世間一般ではギリルの方がよほど怪しい。怪しいというか『見てはいけない』。
このダンジョンにはそんな人物ばかりなのだから、キノコが変に育つのも仕方ないのだ。
(っ!!)
ギリルは急停止する。
光苔が淡く発光するこの先は、確か行き止まり。
そこから漂う花の香りと、不可思議な違和感。
ギリルの野生は『近づくな』と警鐘を鳴らす。
キノコがいるのは間違いないだろう。
無事かどうかはわからないが、とりあえずは居る。
「キノコ?……いるんだろ?」
通路の奥に声をかけてみるが、反応はない。
一歩、ギリルは足を進める。警鐘が鳴る。
「俺だ、ギリルだ。プラン婆に頼まれてな、迎えにきたんだ」
らしくなく優しげな声で語りかける。
(気配は、ある。……だが、妙だ。空気か?空気が……)
また一歩、また一歩進んで、ギリルは不意に気づいた。
キノコの匂い。このあたりに充満している匂い。これを自分はどう解釈したか?
そう、確か。
(『虫を食う花』?)
また一歩。
途端にブワリと匂いが強くなる。本能の警鐘が一際高くなり、反射で体を翻そうとしたギリルは膝をついた。
「……っは……?」
自分の意思ではない体の動きにギリルは困惑した。不調等感じなかったし、痛みも無い。なのに足が動かない。
(……ヤベェッ…つーか、ヤバイと分かっててなんで進んだんだ、俺!キノコか?キノコがなんかしてるのか?だから油断した?)
そう、恐ろしいのは、危険だと知りながら進んだ『自分』。
生きる為に研ぎ澄ました野生を知らず知らず放棄した事実。
ぐるぐると廻る考えに答えなど無く、ギリルは座り込んでしまった自分に改めて恐怖した。洞窟を縦横無尽に駆け巡り、強者を自負してきた自分がおかしくなったのだと恐怖した。
どうする事も出来ずに顔だけは上げて奥を見つめれば、何かがカチリッと輝いた。
「……キ、キノコ……か?」
焦燥と安堵と混乱でギリルはか細く問い掛けた。
何かが光る、そこへ。
コツリ、と音がした。
コツリと鳴り、近づいて来る。
コツリ、コツリ…………コツリ。…。
不規則な音が響く。
「……おいおい、答えてくれよ?キノコなんだろ?」
得体の知れない音は恐怖を掻き立てる。
暗闇も洞窟も魔物も平気なギリルだが、今は自分自身が信用出来ないという非常事態なのだ。冗談ならやめてほしい。
カチリッとまた光る。
ギリルは冷や汗を何年かぶりに感じた。怖いと感じたのは久しぶりだ。
(……ってか、なんの怪談だよっ?!)
カチリッ。
光苔の弱い光で反射したのは、鈍く光る剣。
刃先がギリルを向いて、尖っている。
誰が持っているのかと目線をあげれば、『体』から生えていた。
「っ!キノ……」
見慣れた可愛らしい服装を突き破る凶器に、ギリルが刺されている本人を呼ぼうと更に目を凝らせば。
小さな体に無数の切り傷を浴びて。
取れかけた足を操り、体にもう一本斜めに剣を突き刺され。なのに血は少しも見えず。
コツリ。
魔女に貰ったという短剣は鞘にしまったままで引きずり、音を鳴らせ。
コツリ。
燃えるように赤く染まった髪、右目が潰された子供。
キノコが白い顔で立っていた。
魔女の短剣はミスリル銀より凄い鉱石と魔力、愛情で作られています。
スパスパ切れます。
*応援ありがとうございますです。*




