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怪奇解決株式会社  作者: カエル
第四章
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確信

「僕の……」

「ん?」

「僕の記憶が偽物っていうのはどういうことだ?」

 ランさんはニコリと笑う。

「正確には偽物なのは、私に関する記憶だけだよ」

 僕の頭の中にある彼女の記憶は全部偽物だと彼女は言った。


「私と君が初めに出会ったのは、今日の朝だよ」


 衝撃を受けた。とても信じられない。

 僕の記憶では、ランさんと初めて会ったのは入社の時だ。それから、全ての事件を共にしている。それが全部嘘だというのか。

「ふふふふふ。ごめんね」

 ランさんは、愉快そうに笑う。僕は悔くて、唇を噛んだ。

 気付くこともできたはずだ。少し前から、記憶に違和感があった。その違和感に、もう少し疑問を持っていれば、野上さんはこんな目に合っていなかったかもしれない。


「朝ということは、会社で会った時だな」

 僕とランさんが会ったのが、朝ならあの時しかない。だが、ランさんは首を横に振った。

「ブブー、不正解」

 彼女は両腕で、バツを作る。

「正解は、通勤中だよ」

 そんなはずはない。あの時はランさんには会ってはいない。


 あの時、会ったのは野上さんだ。


「ソレは、よっぽど君が大切なんだろうね」

 ランさんは野上さんを見る。


「心臓を食べるために、長い間ソレを観察してきたけど、君という存在を知って驚いた。まさか、ソレが大切に思っている人間がいるなんてね。いったい、どうやって口説いたんだい?」

 ランさんはクスクス笑う。

「最初は君を操って、罠に掛けようとしたんだけどね。ソレに邪魔されて失敗した。人避けの結界を張って、君に接吻までしたんだよ?それなのに、君は覚えていない。まったく、酷い奴だね」

 そんなことが本当にあったのか?信じられない。


「君に呪術を使った瞬間、結界だけじゃなく、その時間ごと巻き戻された。まったく、ムチャクチャ過ぎるよ」

 彼女は、呆れた様子で肩をすくめる。

「ソレには気付かれないように細心の注意を払ってたから、私のことに気づいていたわけじゃない。君に何か呪術的なものが掛けられたら、自動的に時間を、巻き戻す術を掛けられていたんだろうね。まぁ、戻す際いくつか、小さい間違いが起きたみたいだけど」

 そうか、だから出社する時、野上さんは僕の所に来てくれたんだ。

 時間が巻き戻ったということは、僕の身に危険なことが起きたということだ。

 だから彼女は、ずっと僕の手を握っていたんた。


 僕を守るために。


 なんで僕のためにそんなことを?

 野上さんを見るが、彼女は何も答えられない。


 途方もない話だ。

 時間を巻き戻すなど。野上さんは滅茶苦茶だと思っていたが、ここまで、できるとは思わなかった。

 テレポーテーションしたことがあったが、これはそれ以上だ。


 ああ、そうだ。思い出した。

 野上さんと一緒に仕事をしたのは、今回が初めてじゃない。三首村の事件を一緒に調査したんだった。野上さんの姿が普通の人間には見えないことを知ったのも、部屋の隅で体育座りしてたのも三首村でのことだ。

 もちろん、僕にはランさんと一緒に三首村に行っている記憶がある。

 しかし、その記憶が嘘と言われた途端、野上さんと三首村に行った記憶が蘇った。今は、こちらの記憶が正しいと確信できる。


 そういえば、此処に来る前、野上さんに挨拶した時、野上さんは少し不思議そうな顔をしていたっけ。それはそうだろう。僕が『ご一緒するのは初めてですね』なんてことを言うから。その場面を思い出した拍子に、もう一つのことに気が付いた。

 僕と握手した後、ランさんも野上さんと握手をしようとした。でも、野上さんはそれを無視した。だが、無視してしたのではなく、気が付かなかったのではないのだろうか?


 ランさんと野上さんが、直接会話する所は見ていない。

 それどころか、目も合わせていなかった。

 さっき彼女は『ソレには気付かれないように細心の注意を払ってたから』と言っていた。つまり、野上さんにはランさんの姿が見えていなかったのではないのか?

 野上さんとランさんの目が初めて合ったのは、ランさんが野上さんの心臓を取り出した時だ。

 おそらくあの瞬間、初めて野上さんはランさんの存在を認識できたのだろう。

 そう考えると、野上さんには、僕とランさんとの会話も認識できていなかったかもしれない。もし、認識できていたら僕のことは、さぞ奇妙に見えていただろう。

 市役所の応接室を出る時も野上さんは不思議そうな顔をしていた。

 目を閉じて寝ていたと思っていたが、応接室を出るとき目が合ったから、会話は聞いていたのかもしれない。

 あそこには、大森さんもいた。

 第三者が加わることで、術にも何らかの不具合があったのかもしれない。

 僕と大森さんだけ会話をしていると見えていたとしたら、元神様の目から見ても会話の内容は変だっただろう。


 ランさんが僕の記憶を操り、自分を先輩だと思わせ信用させたのは、そういうことか。自分は隠れたまま、野上さんを罠に掛けるために僕を利用した。

 あの時、狼の呪術を喰う提案をしたのはランさんだが、それを野上さんに伝えたのは僕だ。術で僕を操るのには失敗したが、代わりに会話で僕を操り、野上さんを罠に掛けた。

  

 野上さんに触れている感覚が小さくなっていく。


 野上さんは切れかけた電灯のように点滅していた。

「あと少しだね~」

 ランさんは、それを満足そうに見ている。


「ソレが消えたら、次はナナシ君だね!」

 彼女はニコリと笑う。

 次は、僕のことも喰うつもりらしい。

 僕は叫ぶ。

「僕のことは、食べていい。その代り、もし野上さんを助ける方法があるなら、それを教えろ!」

 ランさんは、クスクス笑う。

「その提案は、何の意味もないよ。君自身も分かっているでしょう?」

 その通りだ。この提案は、何の意味もない。

 彼女には、野上さんを生かす理由は全くない。それどころか、野上さんを助けてしまっては確実に報復される可能性が高い。

 そんなことをするはずがない。

「いいから、教えろ!何か知っているんじゃないのか?」

 だが、頭では分かっているが、もうこれしか方法がない。

「さぁ、どうだろうね?知っているかもしれないし、知らないかもしれない」

 彼女の口調は侮蔑に満ちている。

「ふざけるな!」

 頭にきた。

 怒りに任せ、彼女に詰め寄ろうと野上さんを抱きしめたまま、一歩進む。


 ジリッ。

 ランさんは、少しだけ。だが確実に一歩下がった。真っ白になりかけていた頭が、元に戻った。どうして彼女は一歩下がった?

 今、彼女が恐れるものなど何もないはずだ。


 そもそも彼女はどうして僕を殺さない?

 野上さんを何度も踏みつけたり、犬塚聡をいたぶって殺したりと彼女の本性は残虐なのだろう。それがなぜ、こんな僕を殺そうとせずに話をしている?

 自分が仕掛けた罠を自慢したかった?いや、そんな理由ではないような気がする。

 もう一つ分からないのは、なぜ僕達を追い掛けてきたのかということだ。

『とどめを刺そうと思って追い掛けてきたけど』と言っていたが、その割には野上さんを攻撃する気配がない。

 

 頭の中が激しく回転する。

 そして、一つの答えを導き出した。


「もしかして、僕達に危害を加えられないのか?」

 彼女の笑顔が、初めて揺れた。


 やはりそうだ。彼女は僕達に危害を加えることはできない。何故かは、分からない。だが『ソレが消えたら、次はナナシ君だね!』

 と言っていたことから考えると、危害を加えることができないのは野上さんが存在している間だ。それともう一つ、確信したことがある。


 おそらく、野上さんを助けることができる。

 

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