罠
ある所に、ヒーローに憧れている若者がいました。
若者の小さい頃の夢は警察官になることでした。彼の父親は、交番勤務の警察官だったのです。悪者を捕まえ、市民を守る父親は、彼にとってヒーローそのものでした。
しかし、ある日彼の父親は強盗を逮捕する時、誤って犯人を殺してしまします。
犯人は、まだ中学生でした。
彼の父親は、色々な人間に責められました。
『人殺し!』、『警察の恥!』、『お前の息子を殺す!』等の悪戯や脅迫めいた電話や張り紙をされました。
彼の家族は、近所から白い目で見られ、学校では、彼自身もイジメられました。
父親を庇ってくれた人間もいました。同僚や友人達は、力になってくれましたが、多くの誹謗中傷には勝てませんでした。
彼の父親は警察を辞めました。いえ、辞めさせられました。
父親が自殺したのは、それから間もなくのことでした。母親も、父親の後を追うように自殺しました。
幼い彼は、親戚の家をたらい回しにされます。
なぜ、正義の味方である父親が皆に責められたのか?彼は、考えました。
そして、成長するにしたがって、こう思うようになりました。
『父には力が足りなかったんだ。だから、悪に負けたんだ』と。
例えば、父がもっと偉い人間だったらどうだっただろうか?もっと力があれば、結果は違うものになったのではないか?と。
『力が欲しい』彼は、そう願うようになります。
そんな時、彼の前に白い和服姿の美人が現れます。その美人は、彼に「力が欲しい?」言いました。「欲しい」と彼は言いました。白い和服姿の美人は彼に力をあげました。彼は、愚かにも喜びました。
それが、呪術とも知らずに。
「その後、彼は狼となってしまい、頭を撃ち抜かれて死にました。めでたし、めでたし。あれ?<めでたし、めでたし>はもう言ったっけ?」ランさんは、おどけながら首を横に傾ける。
「ちなみに、彼を選んだのは、彼が強い憎しみを持っていたからだよ。この呪術の元に感染させるには、強い憎しみを持って、力を望む人間じゃなきゃいけなかったから」
僕は、ランさんを睨む。
「どうして、そんなことを?」
彼女は全く怯まない。
「さっきも言ったけど、ソレの心臓を食べるためだよ。そのために、エサが必要だった。唯のエサじゃない、毒入りエサがね」
「毒入り?」
「そう、毒入り」
ランさんはクスリと笑う。
「どんな呪術を喰わせたところで、ソレが死ぬことはない。どんな呪術でも喰ってしまえば、体内で呪術を浄化し、自分の力にできる」
ランさんは、僕が抱えている野上さんを指差す。
「でも、呪術を浄化するには自分の体内に力を集中させなければいけない。その間、外からの力には弱くなる」
ランさんはニコリと笑う。
「そこを狙ったんだ」
「それが、さっきの……」
あの地面に現れた円状の模様だったのか。
「大正解!」
ランさんは、パンパチと拍手をする。
「ところで、ナナシ君。覚えてる?」
「何をだ?」
「あの神社が、どこかに似てるのかって話」
ランさんは、神社のある山頂を指差す。僕は、神社に着いた時のことを思い出した。
『「いやー、思い出すね」、「三猫神社も、こんな感じだったよね」』
そうだ。この神社は三猫神社に似ていると彼女は言っていた。
「思い出したみたいだね」
彼女は満足そうに頷く。
「そう、あの神社は、三猫神社によく似ている。では、三猫神社は何のために作られた?」
「何のために?」
あの神社は、化け猫を封印していた。僕は、「はっ」となる。
「またまた、正解!」
パチパチと拍手。
「三猫神社も此処も、化物を封印するために作られたんだよ。まぁ、作ったのは、全くの赤の他人だけどね。でも、化物を封印するために設計した結果、同じ様な形に行きついた」
「不思議だね」と彼女は笑う。
「此処には狼の化け物が封印されていたんだよ。その狼は元々は神様として祀られてたんだけど、自分の眷属である日本狼が人間によって大量に殺されたのに怒って、日本中で暴れまわっていたのを封印されてた」
「悲しいね」と彼女は泣き真似をする。
「それを利用したのか」
「そうだよ。封印されていた狼を食べて、残った怨念を呪術に変えた。封印されていた狼はもう、かなり弱っていたから簡単に食べることができた。なかなかおいしかったよ」
彼女は、唇に手を当てる。
「封印されていた狼を食べた後、化物を封印するための力を改良して大きくした。この山の<川皆山>っていう名前も洒落てるから、気に入ったしね。此処に罠を張ることにした」
<川皆山>、<かわみなやま>。<かみ>を<わな>で分断する<やま>。
つまり、神を罠に掛けるための山。
「まぁ、改良してもソレを封印するには力が足りなかったんだけどね。そのために……」
「そのために、呪術を喰わせた」
ランさんはニコリと笑った。
「うん、私達が狼人間の家に向かう時、先に此処に来るように命令した。狙い通り、ソレは呪術を喰ってくれた。後は、体内の呪術の浄化に力を集中させている間に外から封印するだけ。結果、力を奪うことに成功した」
彼女は嬉しそうに笑う。それは、悪戯が上手くいった子供のようだった。
犬塚聡の家にあった地図に此処の場所に、印を付けることを命じたのも、彼女だろう。そもそも、犬塚聡が怪しいと最初に予測したのはランさんだ。
僕は、彼女が言った『被害者の中に犯人がいるかもしれない』という話を信じてしまった。
被害者の中で、犬塚聡だけが他の被害者よりも被害が少なかった。
狼人間を見た拍子に転んだだけで直接襲われたわけではなかったからだ。そこが怪しいとランさんは言った。
とんだ自作自演だ。
彼女は犬塚聡を操ることができた。単に彼女がそう命令していただけだ。僕に自分の説を信じ込ませ、此処におびき寄せるための罠だった。
「力を奪うことに成功した後は、心臓を奪うだけ。簡単に奪えたよ」
僕は腕の中の野上さんを見る。
彼女は、どんどん薄くなる。でも、僕にはどうすることもできなかった。




