帰省
『これをあなたが読んでいる頃には、私はもうこの世にいないでしょう』
手紙はそのような文章で始まっていた。
『まず、私のことを話しましょう。私はこの村で祀られている化け猫の主人です。いえ、主人だったというべきでしょうか。なぜなら、私の前世が化け猫の飼い主だからです』
前世?僕は突然出てきた単語に首をかしげた。
手紙を書いていた三橋さんもおそらく僕の反応を予測したのだろう。続きはそのことに触れていた。
『急に前世などというものが出てきて、さぞかし驚かれていることでしょう。私自身そのような記憶は今まで全くなく、今まで生きてきました。その記憶がよみがえったのは今から三カ月前のことです」
僕の中であることが思い起こされる。三カ月前というと……
『気付かれたかもしれませんが、三カ月前に一猫神社の封印を解いたのは私です。』
三橋さんは僕に事件のことを説明する時こう言っていた。
<三カ月ほど前のこと一猫神社が何者かに壊されました。さらに二か月ほど前に二猫神社が壊されました。しかも、二猫神社を壊したのは巨大な猫の化け物だったと何人もの人間が証言しています。そして二猫神社が壊された後、今度は二首の猫が目撃されるようになりました>
二猫神社を壊したのは目撃証言から化け猫で間違いないだろう。
しかし、一猫神社が壊されたところを見た者はいない。つまり、化け猫が自力で封印を解いた可能性もあったのに、彼は<何者かに壊された>とはっきり言っていた。
彼には分っていたのだ。誰が一猫神社を壊したのか。
『この村が三つに分かれ、それぞれの神社を守っているのは説明しましたが、私はあの日、一猫神社を守っている人間と争いになってしまい、その鬱憤を晴らすため一猫神社の封印を解いてしまいました。
私は、それまで化け猫の伝承など信じていませんでしたが、化け猫の首の封印を解くと、目の前に巨大な猫が現れたのです。
情けないことですが、私は恐怖で身動きが取れませんでした。
猫はゆっくり、こちらに近寄ってきました。猫が目と鼻の先まで来た時、私は喰われることを覚悟して目を閉じました。でも、何か生暖かいものが顔を這うのを感じたのです。
目を開ける猫が私の顔を舐めていました。不思議と懐かしいものを感じ、今までの恐怖がどこかに吹き飛びました。
顔を舐め終わると、猫は私の目を覗き込みました。
その瞬間、私の脳内に前世の記憶が蘇ってきたのです。大昔、三匹の猫を飼っていたこと、村の人間から迫害されていたこと、村の人間に家族と猫、そして私自身を殺したことを。私は猫を抱きしめました。そして誓ったのです。この子を自由にしようと』
手紙からは、ヒシヒシと三橋さんの感情が伝わってきた。
それは、とても強い憎しみと愛しみだ。
『猫は人の言葉を理解することができたので、私は二猫神社の場所と襲撃するのに適した日時を教えました。猫は私の指示通りに二猫神社を破壊し、封印を解くことに成功しました』
化け猫が一猫神社を壊し、二猫神社を壊すまでに二カ月もの空白期間があったのは、三橋さんが化け猫にその日時を指定したためだったのだ。
僕が気にしていた疑問が一つずつ解けていく。
そこまで読んで、僕には先がある程度予測できた。
おそらく化け猫はもう、完全な形で復活しているのではないだろうか?
『実は最後の封印はもうすでに私が解きました』
やはり、そうだった。
三猫神社を守っており、宮司を務めている彼ならいつでも封印を破ることができる。
『私が貴方達の会社に依頼したのは、単に罪の告白を聞いて欲しかったためです。嘘の依頼をして申し訳ありませんでした』
化け猫を退治してほしいと言ったのは嘘だったのだ。それは単に、ここに呼ぶ口実だったのだろう。
僕は続きを読む。
『猫は私に<一緒に村に復讐しよう>と言いました。しかし、私にはそれはできません。前世の記憶が蘇っても、私にとってここは、生まれ育った大切な村です。神社を壊しても村の人間の命を奪うことはできませんでした。猫は<それならば、これからもずっと一緒にいてくてくれ、そうしてくれれば恨みを忘れる>と言ってくれました。私はその提案に従うことにします。猫が教えてくれたことですが、死んでも転生を拒めばずっと魂は残るそうです。これから私は誰も来ない場所で死にます。この手紙は猫に託します。魂となった私が喋れるのかどうか分からないので、手紙として貴方に届けます』
三橋さんの手紙は、こう締められていた。
『私の告白を長々と読んでくださって、ありがとうございました。貴方には本当に感謝しています。 三橋健三』
僕は手紙を封筒に戻す。
彼を殺したのはきっと化け猫だろう。おそらく彼自身が<殺してくれ>と頼んだのだ。
彼の選択が正しいのかどうかは分からない。だが、すでにどこかに行ってしまったであろう化け猫と幸せになって欲しいと思う。
「前世の記憶か……」
僕はポツリとつぶやいた。
「……」
野上さんは一瞬、驚いた顔をして僕を見つめた。
「どうかしましたか?」
「……」
野上さんは首を振ると、少し残念そうな顔をして視線を逸らした。
「そ、そういえば、野上さんは猫と何を話したんですか?」
「……」
気まずくなった空気を変えようとしたが、彼女は何も言わない。元々、何も言わない野上さんだが、今日は特に無口のような気がする。
まあ、この手紙で事件のことは分かった。無理に聞きこともないだろう。
猫がいなくなった村がこの後どうなるかは分からない。
三橋さんを殺した犯人は捕まることはないだろう。行方不明のになった宿の人間を逮捕するのを手伝いたい気持ちもあるが、それは警察の仕事だ。
ともあれ、これで僕達の仕事は終わりだ。
結局、また何もできないまま終わってしまったなと感じていると、野上さんが僕の後ろを指差した。
振り返ると、半透明の子供や老人、若い男女がいた。
彼らは穏やかな表情で僕達を見ていた。その中にいた少女が、皆を代表するように一歩前に出て叫んだ。
<ありがとうございました>
彼女が深く腰を曲げると、他の人間も深く腰を曲げた。
そしてそのまま、すっと消えてしまった。
おそらく、彼らは宿で殺された人達だろう。見付けてもらい、やっと解放されたのだ。
僕はお礼を言われることは何もしていない、見つけたのは野上さんだ。
礼なら彼女だけに言うべきだろう。
だがそんな風に考える僕の手を野上さんは優しく両手で握り、首を振った。まるで、そんなことはないと言っているようだった。
なんと返事をしてよいのか分からず、僕は無理やり笑った。
「帰りましょうか?」
「……うん」
一瞬、彼女が微かにほほ笑んだような気がした。
しかし、確かめる前に手で目を覆われてしまう。木の葉のざわめきや鳥が鳴く声、涼しい風が消える。代わりに車の音が聞こえた。
野上さんが、僕の目を覆っていた手をどけると、目の前には五階建てになっている「イカイ」があった。
僕達はエレベーターで三階まで上ると、『怪奇解決株式会社』のドアを開け、思いっきり叫んだ。
「ただいま戻りました!」




