Chapter1-9 奪われた武器
俺だけバイオ ~剣と魔法の異世界で、俺だけサバイバルホラー~
作者:阿波根サキ
「天城か?」
玲央は扉越しに声をかけた。
一瞬、向こうが静かになる。
「……黒瀬? 黒瀬なのか!?」
「ああ。水瀬も一緒か?」
「いる! 二人だ! 頼む、入れてくれ!」
声は切羽詰まっていた。
その後ろから、荒い息遣いが聞こえる。
玲央は振り返った。
りあはベッドのそばに立ったまま、扉を睨んでいる。
両手が、スカートの裾を握りしめていた。
「……入れるの?」
りあが低い声で尋ねた。
「外に魔物がいるかもしれない」
「でも、そいつら……」
続きは言葉にならなかった。
玲央は小さく頷いた。
「分かってる。許せって言うつもりはない」
それでも、助けを求める声を聞きながら扉を閉ざしておくことはできなかった。
「二人とも、扉から少し離れてくれ。武器は下げろ」
「分かった! 早くしてくれ!」
玲央はりあに下がるよう手で示し、USPを抜いた。
銃口を床へ向けたまま鍵を外し、扉をわずかに開く。
木々の茂る森を背に、二人が立っていた。
枝葉の隙間から差す日が、泥に汚れた制服を照らしている。
天城翔馬と、水瀬結菜。
翔馬は剣を下げ、結菜を庇うように半歩前へ出ている。
制服は泥で汚れ、顔にも細かな擦り傷があった。
結菜の髪には枯れ葉が絡みつき、肩が大きく上下している。
その背後に、動く影は見当たらなかった。
「入れ」
翔馬が滑り込むように入り、結菜が続いた。
玲央は外へ目を走らせてから扉を閉め、鍵をかけ直す。
「はぁ……はぁ……」
結菜がその場へへたり込んだ。
翔馬も壁に手をつき、何度も息を吸っている。
「助かった……。まさか、こんなところに部屋があるなんて……」
顔を上げた翔馬の視線が、りあの上で止まった。
「……夏目」
結菜も、弾かれたように顔を上げる。
「夏目さん……! 無事だったんだ……」
「何それ」
りあの声は冷たかった。
「死んだと思ってた?」
「ち、違う、そういう意味じゃ……」
「じゃあ、どういう意味?」
結菜は口を開いたが、何も言えずに俯いた。
「夏目、あのときは仕方なかったんだ」
翔馬が言った。
「俺たちだって、もう限界だった。あそこで全員残っていたら――」
「だからウチを置いてったんでしょ」
「……」
「分かってるよ。ちゃんと見てたから」
りあの唇が震えた。
「待ってって言ったじゃん。足、痛くて走れなくて……それでも、置いてったじゃん」
翔馬は視線を逸らした。
りあは追うように一歩踏み出したが、そこで止まった。
喉の奥で息が詰まり、言いたいことがうまく出てこない。
あのとき、遠ざかっていった二人の背中。
振り向いた先にあった、ゴブリンの顔。
思い出すだけで、治ったはずの足がすくんだ。
「りあ」
玲央が声をかけた。
「座ってろ」
「……でも」
「立ってるの、つらそうだ」
りあは自分の膝へ目を落とした。
足が震えていることに、そこで気づいた。
唇を噛み、ベッドへ腰を下ろす。
玲央はその前に立って、二人へ向き直った。
「ここでは争うな。まず、息を整えてくれ」
「……ああ」
翔馬が短く答えた。
玲央は二人の様子を確かめ、USPをホルスターへ戻した。
「追ってきたゴブリンは?」
「途中で撒いたと思う。でも、分からない。ずっと声がしてたんだ」
「この扉は、どうやって見つけた?」
「岩の陰に隠れようとして……結菜が見つけた」
結菜が黙って頷く。
あてもなく逃げ続けた末に、ここへたどり着いたらしい。
「大きな怪我はないか?」
「私は……大丈夫」
結菜がかすれた声で答えた。
「転んだだけだから」
「俺も、擦り傷くらいだ」
「そうか」
玲央は机の上へ目を向けた。
回復スプレーとブルーリーフが、並んだまま残っている。
ひとまず重傷者はいない。今すぐ使う必要はなさそうだった。
「水はないのか?」
翔馬が部屋を見回した。
「食い物でもいい。何か……」
「ここにはない。俺たちも、まだ見つけてないんだ」
「……そうか」
翔馬は壁にもたれ、ずるずると腰を落とした。
結菜もその隣へ移り、膝を抱える。
しばらく、誰も喋らなかった。
ランタンの小さな火が揺れる。
扉の向こうで風が鳴るたび、結菜が顔を上げた。
「……ここ、大丈夫なの?」
「魔物が入ってこられない場所らしい」
玲央が答えると、翔馬が顔を上げた。
「どうして分かる?」
「前に逃げ込んだ人の手記があった。ゴブリンに追われたが、中までは入ってこなかったそうだ」
「じゃあ、ここにいれば……」
「休むことはできる。ただ、水も食料もないからな」
いつまでも留まれないことは、二人にも分かったらしい。
翔馬は乾いた唇を舐め、結菜は膝へ顔を伏せた。
「ねえ、夏目さん」
しばらくして、結菜が顔を上げた。
「足……もう平気なの?」
りあはすぐには答えなかった。
玲央の方へ一度目を向け、それから短く言う。
「玲央が治してくれた」
「黒瀬君が?」
「回復アイテムがあったんだ」
玲央が補足した。
「緑の葉を使ったら、足首の腫れが引いた」
「回復アイテム……」
翔馬の目が、机の上へ向いた。
「そこにあるのもか?」
「ああ。青い葉の効果はまだ分からないが、スプレーは大きな怪我にも使えるはずだ」
「大きな怪我って?」
「ゲームと同じなら、瀕死からでも回復できる」
翔馬が、白い缶を見つめた。
結菜も顔を上げたが、何も言わなかった。
「……すごいんだね、黒瀬君の能力」
「まだ、分からないことだらけだよ」
玲央は椅子を引き、腰を下ろした。
ベッドのりあと、壁際の二人が見える向きへ身体を向ける。
背もたれに体重を預けると、肩から背中にかけて、重たい疲れが広がった。
ずっと力が入っていたらしい。
ゴブリンと戦い、りあを背負って歩き続けた。
ようやく息をつける場所を見つけたと思えば、今度はこれだ。
玲央は肩を一度回した。
「黒瀬」
翔馬が口を開いた。
「夏目を助けたのは、その銃か?」
「それとナイフだ」
「何匹いた?」
「三匹」
「……三匹」
翔馬が繰り返した。
視線は、玲央の右腰に落ちている。
「あいつら、普通に向かってくるだろ。剣で斬っても、全然……」
途中で言葉が途切れた。
玲央は何も言わず、続きを待った。
「怖くなかったのか?」
「怖かったよ」
「……お前でも?」
「ああ」
答えは即座に出た。
片目を潰してもなお迫ってきた、最初のゴブリン。
あの顔も、臭いも、まだ頭から離れていない。
「だから、できるだけ近づかれる前に倒したい」
「……そうだよな」
翔馬は俯いた。
握った両手が、膝の上で白くなっていた。
◇ ◇ ◇
剣では、駄目だった。
翔馬は自分の隣に置いた剣を見た。
手にしたときは、何でもできる気がした。
身体は軽くなり、使ったこともない武器を振れるようになった。
勇者。
自分にふさわしい能力だと思った。
だが、ゴブリンは死ななかった。
斬っても動き、血を流しながら向かってきた。
剣が届く距離まで近づけば、向こうの刃も届く。
それが、たまらなく怖かった。
黒瀬の銃なら。
翔馬は目だけを動かした。
椅子に座った黒瀬の右腰に、黒いグリップが見える。
魔物が近づく前に倒せる武器。
それに、死にそうな怪我でも治せるというスプレー。
あれがあれば、森の外へ逃げられる。
喉がひりついた。
ここで休んでも、水が湧いてくるわけではない。
いずれは、あの森へ戻らなければならない。
もう一度ゴブリンに囲まれたら、今度こそ逃げ切れないかもしれない。
黒瀬と一緒に行けばいい。
そう考えかけて、夏目の顔が目に入った。
ベッドに座り、こちらを見ようともしない。
黒瀬はさっきから、彼女を気にかけていた。
もし、また誰かが動けなくなったら。
黒瀬はどちらを助ける?
答えは考えるまでもなかった。
自分は、夏目を置いて逃げた。
今度は自分が置いていかれても、文句は言えない。
翔馬は隣の結菜へ顔を寄せた。
「結菜」
「……何?」
「さっき見てた魔法。敵を眠らせるってやつ」
結菜の肩が動いた。
逃げる途中、彼女は自分の能力を必死で調べていた。
傷を治す以外に、敵から逃れる手段はないか。
その中に、相手を眠らせる魔法があった。
だが、追ってくるゴブリンに向き直って試す勇気は、二人とも持てなかった。
「……使えるんだよな?」
「分からない。まだ、使ってないから……」
「今なら落ち着いてできるだろ」
結菜が翔馬を見た。
その視線が、彼の見ていた先へ動く。
黒瀬の腰。
机の上の白い缶。
「……駄目だよ」
声は、かろうじて聞き取れる大きさだった。
「助けてくれたのに」
「借りるだけだ」
「でも……」
「黒瀬はナイフでも倒せるって言ってただろ。夏目だって魔法が使える」
結菜が唇を噛んだ。
翔馬は彼女の手を握った。
「俺たちには、何もないんだ」
足元には、剣があった。
翔馬はそちらを見なかった。
「街に着いたら、人を呼ぼう。それから返せばいい」
「……そんなの」
「結菜まで死んだら、俺……」
握った手に力を込める。
彼女の指は冷たかった。
結菜は俯いたまま、長い間動かなかった。
やがて、その手が弱く握り返された。
◇ ◇ ◇
玲央はスマートフォンを取り出し、時刻を確認した。
画面の端には、相変わらず圏外の表示がある。
連絡は取れなくても、時間を計ることはできる。
この先、どれだけ歩いたかを知る目安にもなるだろう。
表示を頭に留め、ポケットへ戻した。
「黒瀬」
壁際から呼ばれ、玲央は顔を上げた。
「どうした?」
「その手記、街の場所は書いてないのか?」
「場所までは書かれてない。冒険者ギルドがあることは分かったけどな」
「見せてもらってもいいか?」
「ああ」
玲央は机から紙を取り、差し出した。
翔馬が立ち上がって受け取る。
近くで見ると、その顔にはまだ疲労の色が濃かった。
結菜も壁から離れ、ベッドへ近づいた。
「夏目さん」
りあが顔を上げる。
「……何?」
「さっきは、本当にごめんね」
結菜の手が、胸元で重なっていた。
「私、怖くて……何もできなくて……」
「今、それ言われても困る」
「……うん」
結菜は俯いた。
唇が、小さく動く。
玲央は、その様子を視界の端で捉えていた。
泣いているのかと思った。
りあに、二人を許してやれと説得するつもりはない。
だが、二人とも今は余裕がないのだろう。
「ここに書いてある、ゴブリンキングって……」
翔馬の声に、玲央は目を戻した。
「俺たちが襲われたのも、そいつの群れなのか?」
「可能性はある。普通の群れと、どう見分けるのかは――」
言葉が止まった。
瞼が、重い。
瞬きをしただけなのに、目を開けるのがひどく億劫だった。
玲央は眉を寄せる。
疲れか?
いや。
おかしい。
「……玲央」
りあの声がした。
振り向くと、彼女の身体が横へ傾いでいた。
手をつこうとした指が、ベッドの端を滑る。
「りあ!」
立ち上がろうとした。
だが、膝に力が入らなかった。
椅子の脚が床を擦り、耳障りな音を立てる。
魔法。
その言葉が浮かんだ瞬間、玲央は結菜を見た。
胸元で両手を組んだまま、彼女はこちらを見つめていた。
泣きそうな顔だった。
「お前……何を……」
右手を腰へ伸ばす。
指先が、ホルスターに触れる。
そこから先へ動かなかった。
翔馬が近づいてくる。
何か言おうとしたが、舌がうまく動かない。
倒れる寸前、左腕が椅子の肘掛けを探した。
掴めない。
身体が、ずるりと横へ崩れる。
「……ごめんなさい」
結菜の声が、ひどく遠くに聞こえた。
◇ ◇ ◇
頬が冷たかった。
玲央はゆっくりと目を開けた。
すぐ目の前に、床板の継ぎ目がある。
身体を起こそうとすると、首から肩に鈍い痛みが走った。
「……っ」
床に倒れていたらしい。
片腕が身体の下で痺れている。
玲央は反対の手をつき、上体を起こした。
木製の机。
タイプライター。
点いたままのランタン。
セーフルームだ。
記憶が戻った途端、右腰へ手をやった。
指が、空のホルスターを掴む。
「……やられた」
眠る直前の結菜の姿。
同時に崩れたりあ。
ただの疲労ではない。
おそらく、眠らせる魔法を使われた。
玲央はポケットを探り、スマートフォンを取り出した。
画面を点け、眠る直前に見た時刻と比べる。
「……三十分近く、経ってるのか」
玲央は顔を上げた。
「りあ!」
ベッドには、りあが横向きに倒れていた。
駆け寄り、肩に触れる。
呼吸はしている。胸がゆっくり上下していた。
外から見える範囲に、血や新しい傷はない。
「りあ。起きろ」
「……ん……」
肩を軽く揺すると、眉が寄った。
「……玲央?」
「ああ。気分はどうだ?」
「……何? ウチ、寝てた……?」
りあは目を擦りながら身体を起こした。
部屋を見回し、途中で動きを止める。
「あいつらは?」
「いない」
「……は?」
玲央は扉へ目を向けた。
閉まってはいるが、内側の鍵は外れている。
翔馬が持っていた剣も、結菜の姿もなかった。
机の上も、空いていた。
白いスプレー缶。
その隣に置いた青い葉。
どちらも消えている。
冒険者の手記だけが、机の端に戻されていた。
「銃と、机に置いていた回復アイテムを持っていかれた」
「……嘘でしょ」
りあの目が、玲央の右腰へ向く。
空のホルスターを見た瞬間、表情が変わった。
「何それ……助けてもらっといて、そんなことする!?」
りあはベッドから立ち上がった。
まだ足元がふらつき、玲央が腕を支える。
「急に動くな」
「だって! ウチらを置いて逃げたくせに、今度は……!」
声が震えた。
怒りだけではなかった。
銃があったから、玲央は自分を助けてくれた。
あれがなければ、この先どうなるのか。
考えたくないことばかりが、頭に浮かんだ。
「……ウチ、止めればよかった」
「りあ」
「入れたくないって、もっとちゃんと言えば……」
「扉を開けたのは俺だ」
玲央は彼女の顔を見た。
「お前のせいじゃない」
「でも……」
「まず、残ってる物を確かめよう」
りあをベッドに座らせ、玲央は左腰へ手を伸ばした。
ブレザーの下に、硬い柄の感触がある。
ナイフは残っていた。
天城には、これよりも強い剣がある。
わざわざ持っていく必要はないと判断したのだろう。
続いて、《アタッシュケース》を開く。
下段に予備マガジンが二本。
右上にグリーンリーフが一枚。
眠る前と、同じ配置だった。
「……こっちは無事か」
玲央はマガジンを一本取り出した。
指に伝わる金属の重み。
十五発入りが二本。三十発。
弾はある。
撃つための銃がない。
玲央は奥歯を噛み、マガジンをケースへ戻した。
「予備の弾と、緑の葉は残ってる」
「本当?」
「ああ。ナイフもある」
自前の道具も、身につけたままだった。
何もかも失ったわけではない。
玲央は一つずつ確かめ、最後に収納画面を閉じた。
部屋の隅の木箱が、目に入る。
あのとき、スプレーをしまっていれば。
そんな考えが浮かび、玲央は息を吐いた。
収納先を決めかけたところで、扉が叩かれた。
その後も、しまう機会はあった。
目の前にいるのがクラスメイトだからと、持ち去られる可能性を考えていなかった。
魔物が入ってこない。
だから、安全だと思った。
人間まで、信用していいわけではなかったのに。
玲央は右手を握った。
腹が立つ。
翔馬にも、結菜にも。
眠らされる寸前まで気づかなかった、自分にも。
さっきまで喜んでいたスプレーさえ、もうここにはない。
「……取り返す」
低く呟くと、りあが顔を上げた。
「追いかけるの?」
「ああ」
街の場所も分からない二人が、遠くまで行けたとは限らない。
眠らされていたのは、およそ三十分。
二人がいつ部屋を出たかは分からないが、それ以上の差はついていないはずだ。
ぐずぐずしていれば、それだけ見つけにくくなる。
「ウチも行く」
「まだ、ふらついてるだろ」
「もう平気」
りあは両足を床につけ、今度はゆっくり立ち上がった。
「一人でここにいる方が嫌。それに、ウチだって魔法使えるし」
差し出した指先に、小さな炎が灯る。
りあはそれを消し、玲央を見た。
「今度は、ウチも助けるから」
玲央は少しだけ肩の力を抜いた。
「ああ。頼む」
りあが頷く。
その顔には、まだ怒りも不安も残っている。
自分だって同じだった。
それでも、ここに二人で立っている。
玲央はナイフを抜いた。
ランタンの光が、刃の上を滑る。
射程も、間合いも、銃とは違う。
魔物を倒すには、こちらから刃が届く距離へ踏み込まなければならない。
ナイフだけでクリアする遊び方は、何度も試してきた。
好きで制限をつけるのと、ほかに選べないのとでは、まるで気分が違う。
まして、今回は失敗してもやり直せない。
怖くないわけがない。
だからこそ、こんなときに憧れの男ならどうするかを考えた。
レオは空のホルスターへ一度だけ目を落とし、口の端をわずかに上げた。
「やれやれ……初っ端からナイフ縛りとはな」
カクヨムでも掲載してます。よろしくお願いします。




