第九十二話 講和への道
『陛下、せっかくの試作品なんですから、地面に捨てないでくださいよ。ヒルデさんに叱られますよ』
「ヒルデは優しいから大丈夫」
『フィオナ様に叱られますよ』
「フィオナこそ叱らないよ。撃ち尽くしたガトリング砲なんて、敵を殴り倒すのにも使えないんだから。そんなものに拘って討たれたら意味がないどころか、害悪だ。それに、狙撃用ライフルは捨てないで、従兵に預けたじゃないか。あれは、狙撃精度を上げるためにヒルデがしっかりと調整していたし、後方にいたから捨てる必要もなかった」
『なるほど』
グラック領北部の森には、多数の魔晶機人と魔晶機神の残骸が落下しており、それをゾフ王国軍の魔晶機人改部隊が回収している。
そしてその様子を、私は搭乗するレップウ改強襲タイプの中から見守っていた。
そこに、敵機の残骸を回収している部隊の責任者から魔法通信が入ってくる。
捨てたガトリング砲は、やはり壊れていたか。
この戦いに参加した味方の数は二百機ほどしかなく、回収が間に合わなかった操者の遺体や、機体が操縦不能となり、その場を動けなかった操者が魔物に食われてしまう事例が続出した。
こちらはグラック領に被害が出ないよう、急ぎ腕のいい操者を優先して集めたが、数が少ないので戦闘不能になった敵を救助する余裕がなかったのだ。
元はといえば、サクラメント王国の王太子が宣戦布告なしで奇襲を仕掛けるのが悪いのだから。
今回の戦いにおける敵操者の死傷率は軽く半分を超えており、多少救助が遅れてもその数はあまり変わらなかったのもある。
『狙撃ライフルも、ガトリング砲も使えますね』
「ああ」
元々コンバットスーツの正規装備であり、アマギでバルク、ヒルデ親子が、フィオナが提供したデータを参考に試作したものだが、想定どおりの性能が出てよかった。
俺ははるか遠方から狙撃用スコープつきのライフルで、王太子以外の魔晶機神の操縦席を撃ち抜き、部隊指揮の統制を奪った。
中間指揮官である上級貴族たちは消えたが、まさかここまで用意したグラック領侵攻作戦を中止にはできない。
王太子は全軍ひとまとまりでグラック領を制圧しようとしたが、俺が姿を現したことで周囲に気を配れなくなり、塊で前進するのみだった一千機の魔晶機人部隊は、わずか五分の一のゾフ王国軍魔晶機人改部隊に包囲、殲滅されてしまった。
王太子は味方が壊滅する様子を目の当たりにしながら、最後の賭けで私に一騎打ちを挑み、哀れ討たれてしまったわけだ。
『やはり百機ほど、正確には百三機が包囲を突破して逃げました。味方も、機体の損失が十二機。操者の討ち死にが三名います』
「いくら魔晶機人改でも、損害をゼロにはできないか……」
さすがは、魔晶機人大国であるサクラメント王国。
こんな無謀な戦争に参加した? させられた操者たちの中にも凄腕がいたようだ。
『ですが、名の知れた上級貴族はぼぼ全員討ち取れました。なにより……』
「サクラメント王国の王太子を討てた」
『はい』
私に撃破された王太子専用の魔晶機神と、操縦していた王太子の遺体は、魔物に食われる前に無事に確保していた。
この遺体をサクラメント王国に返すという条件は、これから始まる講和交渉をさらに有利にするだろう。
残酷なようだが私はゾフ王なので、どんな手を用いてもゾフ王国が有利な条件で講和を結ぶ必要があるのだから。
『あの、陛下。実は一つ疑問がありまして……。こういう時、討たずに捕虜に取って、身代金なり、さらなる譲歩を引き出すのが定番ではないのかと……。勿論、陛下の決断に異を唱えるわけではありませんが……』
「彼を生かしたままにしておくと、我が国にもサクラメント王国にも不都合が多すぎるからさ」
王太子が我が国に無謀な戦争を仕掛けたのは、このままだと自分が王太子から降ろされてしまう可能性が高いと思ったからだ。
貴族たちから批判されていた、ゾフ王国に奪われた……少なくとも、彼らはそう思っている……グラック領地の奪還に成功すれば、王太子の功績は比類なきものになる。
勿論失敗すれば廃嫡ものの大失態だが、本当にそれが原因で王太子が廃嫡され、グレゴリー王子が新しい王太子になるとは、少なくとも俺は思えなかった。
王太子なんてそう簡単に代えられないはずで、廃嫡しきれなければ、必ず汚名返上を望むようになるだろう。
ただ、これだけの敗北を喫すれば陛下が決断する可能性はゼロではない。
それはいいのだが……。
「最悪、国が二つに割れるからな」
もし王太子の交代が原因で、サクラメント王国が分裂して内乱が始まってしまえば、ゾフ王国もその影響から逃れられない。
他に隣接する国々がサクラメント王国に介入してきたら、ゾフ王国も内乱に介入せざるを得なくなるからだ。
座して他国にサクラメント王国領を奪われると、ゾフ王国の防衛難易度が上がる。
まだ国内開発が始まったばかりなのに、せっかく燃費の問題が解決した魔晶機人改を投入できるのに、手に余るサクラメント王国領を奪い合うなんてソロバンが合わなすぎる。
「王太子が生きていると、グレゴリー王子と後継者争いになる可能性が高くなる。死ねば、次の王太子はグレゴリー王子だからな」
彼は保守的で、現実的な手を打てる人だ。
自分が操者としては優れていないから好戦的でもなく、ゾフ王国としてはグレゴリー王子が次のサクラメント王になってくれた方が都合がよかった。
『だから、我が国に対し好戦的な王太子を消したんですね』
「今回私たちにボロ負けしたことで、ますますゾフ王国を嫌うはずだ。彼が死ぬまでリベンジを狙われるのは困る」
王太子としては、ゾフ王国に負けたままでは済まさないはずだ。
彼が王様になると、再びリベンジを狙うかもしれない。
だから可哀想だが、今回は死んでもらった。
今回の戦争に参加した側近たちも同様だ。
「王太子の仇討ちなんて目論まれても嫌だからね」
『確かにそうですね』
これだけ貴族たちを殺しておけば、王太子閥もゾフ王に対して仇討ちは目論まないだろう。
「撃破した敵機の残骸は、漏れなくすべて回収してくれ。もうすぐ応援もくるはずだ」
『わかりました』
損傷が少なければ魔晶機人改に改良できるし、損傷が激しくても部品くらいは取れる。
そのまま放置してサクラメント王国に回収されるのも癪だし、講和交渉で賠償金が取れるか不明だからだ。
今回の戦争はどう考えてもサクラメント王国が悪いが、王太子を討ち取ってしまったので、下手に賠償金を求めると講和が纏まらないこともあり得る。
「ゾフ王国とサクラメント王国の戦争状態が続くと、不利益が多い」
戦費も増え続けるし、ゾフ王国の開発も遅れるからだ。
『運用コストが大幅に下がったので、魔晶機人改を開発に使えるようになりましたしね。サクラメント王国との国境が緊張状態のままというのは、よくないと思います』
「だから、賠償金は少額でいいと思っているんだ」
賠償金ゼロだと、サクラメント王国側が悪かったのだと世間に伝わらないから、銅貨一枚でも賠償金が貰えれば問題ない。
「今回収している、魔晶機人の残骸は返さないからね」
『魔晶機神はどうなのですか?』
「それは、向こう次第だろう」
上級貴族たちの機体は、もしかしたら実家が返してほしいと思うかもしれない。
狙撃用ライフルで操縦席を撃ち抜かれているので修理は大変だが、代々家に伝わる機体なら返却を望む可能性が高かった。
「実質、買い戻しみたいな形になるだろう。だから、回収を忘れないように」
『了解しました』
「あとは……」
講和交渉開始まで時間がかかるだろうから、それは外交担当の家臣たちに任せるとして、明日からはグラック男爵に戻るとしよう。
何日も体調不良だと偽って休んでいると、学園の生徒たちに疑われる。
無事戦争にも勝利できたしな。
「(ただ、リリーには悪いことをしたかな。仕方がなかったけど……)」
彼女の兄を討ってしまった。
元主君の跡取りではあるが、私はあまり気にしていない。
今日の上司が明日の敵、なんてことは惑星反乱の鎮圧で経験していたからだ。
銀河連邦軍で色々と教わった上官が、軍を辞めて故郷に戻ったと思ったら惑星反乱の首謀者の一人で、私がその人物を討ったこともあった。
その時に比べれば、王太子は顔を合わせたことがないので、あまり罪悪感も湧かない。
「(リリーが悲しむのは辛いけど……)」
まさか私が討ったなんて、リリーに言えるわけがないし、もうしばらくグラック男爵とゾフ王は別人であると世間には思わせないと。
「私は王都に戻る」
『あとはお任せください』
魔晶機人の残骸の回収を終えたら、このあとくる援軍と共に国境地帯の守りを固めてもらう。
講和交渉を有利にするためと、王太子の討ち死にで激昂した跳ねっ返りの逆襲に備えるためだ。
「(あくまでも、万が一のことだけど)」
前世が軍人だったせいで人間を殺すのに慣れているが、やはりあまり気分のいいものではないな。
早く王都に戻って、教官という建設的な仕事に戻るとしよう。




