第九十一話 王太子VS王
『全機、準備は整ったな?』
『はっ! 魔晶機神と魔晶機人、合わせて一千八十七機。すべてラングレー殿下の号令でグラック領に突入します!』
『そうか、準備ご苦労だった』
いよいよ一世一代の大博打が始まる。
さすがは、世界一の魔晶機人大国であるサクラメント王国というべきか。
密かに一千機を超える魔晶機人部隊を整えることに成功したのだから。
全機をもって、ゾフ王国に奪われたグラック領に雪崩込み、一気に占領する作戦だ。
この作戦を成功させるため、俺は新しいゾフ王に不満を持つイタルク公爵の存在を突き止め、彼の反乱に手を貸した。
結局イタルク公爵は呆気なく討たれてしまったが、ゾフ王を王都から引きずり出してくれた点には感謝する。
そのおかげで、油断しているであろう帰路を襲うことができた。
襲撃部隊は全滅したようだが、元々そういう計画だったので問題ない。
もしイタルク公爵が反乱に成功していたとしても、サクラメント王国としてはコントロールが難しいので、奴が死んでくれて助かった面もある。
イタルク公爵には、惜しいと思える器量もなかったようだからな。
マジッククリスタルをバカ食いするので死蔵されていたマジックソードを決戦兵器だと偽って渡したら、愚かにもゾフ王国のマジッククリスタルの在庫をかなり減らしてくれたのもありがたかった。
襲撃部隊の精鋭百機は惜しかったが、所詮は下級貴族の子弟ばかりで、使い捨てても問題はない。
全員が戦死したとは思えないので、この限定戦争に勝てれば我が国に戻すこともできるだろう。
その時に、彼らには報いてやればいい。
この策により、ゾフ王国には王都の南に潜む敵魔晶機人部隊が一つではないかもしれないという猜疑心を植え付けることができた。
北のグラック領防衛に集中できず、百機の犠牲は必要な犠牲であったというべきだろう。
さて、王都への帰路で襲撃されたゾフ王の生死だが、これは情報が錯綜していて判断が難しい。
ゾフ王が生きているのか、死んでいるのか。
戦端を開けばわかるはずだ。
『とにかく、一秒でも早くグラック領を完全に占領し、防衛態勢を構築しなければ』
グラック領奪還に動くゾフ王国軍が少数で撃退可能なうちに、講和でグラック領を手に入れる。
絶対に長期戦はできず、短期間に大きな戦果をあげてゾフ王国を諦めさせるのが肝要だ。
『この作戦に成功すれば、貴族たちは俺を侮らなくなるはずだ』
たまたま運悪く、大移動が短いスパンで続いたせいで予算と人手を回せず、西部開拓は失敗と見なされてしまった。
まだ時間がかかるというのに、貴族たちはなにも手伝わないくせに俺を批判しやがる。
ただその失敗は、グレゴリーが南部のグラック領にフリーパスを与え、南部発展の期待感を出してくれたことで帳消しとなった。
だが、その件で評価されたのはグレゴリーだ。
俺じゃない。
王宮の無責任な貴族たちは、『グレゴリー様の方が、次の国王に相応しいのでは?』などと言い始めた。
つい最近まで、操者としては微妙なグレゴリーをバカにしていたくせに!
あいつはそつがなく保守的だから、俺を追い落とすような真似はしないだろう。
だが、周囲にいる貴族たちが俺の追い落としを図るかもしれない。
とはいえ、平時に乱を起こすのもどうかと思い、今は耐える時だと思っていたら、突然のゾフ王国の復活と各国の承認、ルシャーティー侯爵による勝手な出兵と、立て続けに想定外の出来事が発生した。
それでも勝てばまだマシだったが、味方は敗北を喫し、講和でゾフ王国にグラック領を譲渡する羽目になってしまった。
これにより、サクラメント王国は南方に領土を伸ばせなくなったのも辛い。
元から南部に勢力を伸ばす余裕がないからこそ、グレゴリーがグラック家を優遇していたのに、肝心のグラック卿はゾフ王国貴族になってしまった。
元々絶望の穴で大要塞クラスを落とせるほどの凄腕操者だった彼は、ゾフ王国から男爵に任じられたと聞く。
貴重な凄腕操者を失い、南部の広大な領地と南方への進出ルートを失ったため、俺は貴族たちから強く非難されることとなってしまった。
なにをしても上手くいかず、今ではグレゴリー派の貴族が増えつつある。
グレゴリー本人はそんな貴族たちと距離を置いているが、いつ連中からの圧力に負けて、俺の追い落としを図るかもしれない。
「(急ぎ功績を挙げなければ……)」
父が貴族たちの圧力に負けて俺を廃嫡し、グレゴリーを新しい王太子に任じる懸念もある。
「(俺こそがサクラメント王国の次期国王だと、みんなが支持するような功績が必要なんだ!)」
西部開拓では成果が出るのに時間がかかるし、必ず成功する保証もない。
サクラメント王国のみならず、この世界の国々は幾度も魔物の棲む未開地の開拓に失敗し続けているのだから。
「(ならば……)」
人が住める土地を、それも広大な土地を手に入れるしかない。
グラック領を取り戻し、それを、俺を支持する貴族たちに分け与える。
これに成功すれば、俺の王太子としての地位は盤石だ。
勝手にそんなことをすれば父やグレゴリーは怒るだろうが、この世界において優れた操者は支持される。
大要塞クラスを単機で落としたグラック男爵の領地を奪えれば、多くの貴族たちが俺を支持することは確実だ。
結局この世界の人間は、強い操者に従うものなのだから。
『では、手筈どおりにグラック領を完全に占領するのだ。抵抗する者は、素早く排除しろ!』
「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」
グラック領の奪取に成功すれば、領地を持つ俺の子飼いたちが増える。
そうなれば、俺の力は大きく増すはずだ。
考えるのを一旦やめて上空に飛び上がると、一千機を超える魔晶機神と魔晶機人の軍団が空を覆い尽くす光景が視界に入った。
突然のことに、グラック領の者たちは大いに動揺するはずだ。
「素早くグラック領の占領を終えて、防衛態勢の構築を……なっなんだ!」
突然のことだだった。
俺の隣にいたブルーノ子爵の魔晶機神の胸部、操縦席部分に、弾けるような音と共に大きな穴が空き、そのまま地面へと落下していった。
あの様子では、ブルーノ子爵は断末魔の声をあげる間もなく死んだはずだ。
「いったいどこからだ?」
俺たちが目視できないほど遠くから……しかし、そんな遠距離から魔晶機神を倒せる遠距離用の武器など聞いたことがない。
ゾフ王国製のクロスボウですら、そんな遠距離からは攻撃できないし、魔晶機神の装甲を破れないはずだ。
『うわーーー!』
『殿下! リーフ伯爵の機体が!』
「止まるな! 動け!」
同じ場所で浮遊しているだけでは、まだ見えぬ敵機の餌食にされてしまう。
俺は分散と移動を命じるが、次々と遠距離から魔法ではないなにかが飛んできて、指揮官である魔晶機神に搭乗した貴族たちの操縦席を貫かれ、死んでいった。
「どうすれば……」
『アテナン男爵が討ち死にしました!』
『ゾルト男爵機、落下していきます! 生死不明!』
「ええいっ! 次から次へと!」
こちらには目視できない距離から、貴族が乗った魔晶機神ばかりが狙われている。
彼らは魔晶機人部隊の指揮官を兼ねており、操者たちの混乱が大きい。
それに加えて、目視できない遠距離からの攻撃で、次々と名だたる貴族たちが討ち死にしている。
どうにかこの混乱を抑えなければ……。
『トライド子爵、討ち死にしました!』
魔法通信に入ってくる、悲鳴混じりの報告を連続して聞いた俺は、どうすればいいのか頭がまったく働かなかった。
指揮官が次々と死んでるので、命令を出しても混乱した部隊が上手く動かない懸念もあったからだ。
「(どうすれば……)」
もはや、俺の周囲にアドバイスをくれる貴族たちは一人もおらず、自機以外の魔晶機神の姿は一機も確認できなかった。
「まさか、俺を除いて魔晶機神は全滅なのか? あっ!」
もう一つ気がついたことがあった。
遠くの敵は、どうして王太子たる俺を最優先で討たないのだと。
「たまたま、俺の機体が生き残った? それはおかしい!」
完全にこちらの魔晶機人隊を混乱させるのであれば、俺の魔晶機神も撃破して全滅させればいい。
だが、敵はあえてそれをしなかった。
さらに言うのなら……。
「(敵は、王太子である俺の機体だけをわざと残した? その意図はなんだ?)」
『殿下! 我々はどうすればいいのですか?』
『殿下!』
指揮官が討ち死にした操者たちが、次々と魔法通信で次の指示を仰いでくるが、どうしていいのかわからない!
これだけの魔晶機神と魔晶機人を集めておいて、多数の魔晶機神と上級貴族の操者を多数失っただけなんて結果になったら、俺は本当に終わりだ。
「(今さら犠牲だけ出して逃げ帰れるか! もしそんなことをしたら、俺は廃されてグレゴリーに……。俺はやるしかないんだ!)全機、グラック領を占領せよ!」
中間指揮官がいないと、中には暴走して、グラック領を破壊する奴も出てくるが、背に腹は代えられない。
とにかく、一秒でも早くグラック領を……そう思って、どうにか部隊を前進させた。
「まだ敵は出てこないのか?」
『殿下! 真正面に魔晶機神がいます!』
「出たな!」
しかし、不思議な装飾の魔晶機神だな。
貴族が乗るにしては、地味な印象を受ける。
装飾は皆無に近く、右肩に記された家紋は確か、ゾフ王国のもののはず。
「もしかして、ゾフ王なのか?」
クソッ!
捨て石部隊の奴ら、ゾフ王の暗殺に失敗したな!
役立たず共め!
「いや、機体はそうでも、誰が別の者が乗っているかもしれない。それよりも……」
敵機が両手に持つ、あの武器はなんだ?
金属製の筒が束ねてあって、随分と重そうな……と思った瞬間、すべての金属製の筒から火花が飛び散った。
そして、俺の目の前で多数の味方機が蜂の巣になり、バラバラになって落下していく。
あれでは、操者は生きていないだろう。
「貴様ぁーーー! そのような卑怯な手で、よくも我が国の貴重な操者たちを!」
いかに戦争といえど、最低限のルールというものがあるだろうに!
ゾフ王国の連中は、王族と貴族の風上にも置けぬ!
『我が国の貴族を煽って、反乱を起こさせる。それを鎮圧した帰路に、刺客たちに奇襲させて王の暗殺を目論む。あげくの果てに、宣戦布告もなしに我が国の領地を奪い取ろうとする卑怯者がよく言う』
「貴様! 名を名乗れ!」
『ゾフ王国国王、ゾフ一世!』
「死んでいなかったのか……」
ゾフ王が死んだという噂は嘘だったのか……。
『私を襲った暗殺部隊からの報告を待てばよかったのに。というか、一機も戻ってこなかった時点で気がつけよ。勝手に相討ちだと思ったのか?』
「……」
あいつらは、元々捨て石だった。
ゾフ王国領内奥地で王の暗殺に成功したところで、生還など望めるわけもない。
魔法通信は届かぬし、傍受される危険があったから、最初から装置を外してあったのだから。
「クソォーーー! だがな! なにやら新しい武器を試してご満悦のようだが、これだけの味方がいる場所に王であるお前が一人とは、お前こそ間抜けそのものだな」
『そうかな? いい加減気が付かないのか?』
「気がつく? なにを言って……なっ!」
俺がゾフ王と話している間に、味方の数が大幅に減っていた。
「俺たちは囲まれてるのか?」
真正面にいるであろう、遠距離の敵を目指して前進。
ようやくゾフ王が乗る魔晶機神を見つけたと思ったら、いつの間にか味方は包囲されており、次々と敵魔晶機人に落とされていた。
「こんな少数に……」
『さすがに同じ数を用意していたら、揃うまでにグラック領を占領されていたのでね。だが、ゾフ王国自慢の魔晶機人改と、訓練を重ねたゾフ王国の操者たちなら安心して任せられるさ』
「おのれーーー!」
これが、グレゴリーから報告が上がっていた魔晶機人改か……。
従来の魔晶機人とは性能が段違いで、味方ばかりが落とされていく。
「(このままでは、俺たちの負けだ! だが、逆転の芽はある!)」
それは、今ここで俺がゾフ王を討ち取ることだ。
さすがに王が討たれれば、ゾフ王国軍もグラック領を放棄して撤退するしかないのだから。
「俺を舐めるなよ」
サクラメント王国では、リリーばかりが優れた操者として評価されているが、俺だって彼女にそう劣るものではない。
いくらゾフ王が優れた操者だとしても、世界一と称されるリリーには勝てまい。
ならば俺でも、ゾフ王に勝てる可能性が十分にあった。
「いざ、勝負!」
俺は特別誂えの剣を抜き、ゾフ王の魔晶機神と対峙する。
ゾフ王も、多くの味方を蹂躙した筒の束を捨て、やはり特別製と思われる剣を抜いた。
「(剣による一騎打ちなら、他の邪魔も入るまい)」
一騎打ちを邪魔するなど、操者には、それも貴族の操者にはあってはならないことなのだから。
『……』
双方剣を構えてしばらく睨み合いが続くが、先に動いたのはゾフ王だった。
「(先に動くとは愚かな!)」
実力が互角に近いのだから、先に動くことは不利に繋がる。
俺は勝利を確信した。
まずはゾフ王の斬撃をかわし、隙ができた敵機に剣を叩き込む。
頭の中でその動きを予習してから、ゾフ王の初撃をかわせば……あれ?
「なぜかわせない? ガハッ!」
気がついたら、俺は愛機ごと胴体を袈裟斬りにされていた。
ゾフ王が振るった剣の斬れ味はすさまじく、機体のみならず体まで斜めに斬られ、傷口から大量の血が噴き出していたが、痛みをまったく感じない。
だが、その傷の深さと出血の多さから、俺は自分がすぐ死ぬことに気がついてしまった。
「バ……バカな……なっ、なぜ……」
『お前が下手なのと、剣と魔晶機人が特別製だからだ』
「卑怯な……」
『だから、これだけやらかしたお前が言うな!』
「味方を援護するか……」
俺はもうすぐ死ぬと判断されたのだろう。
ゾフ王は俺を放置し、俺を斬った剣でまだ生き残ってる味方を次々と斬り始めた。
縦に、横に、斜めに。
操縦席ごと多くの味方が斬り殺されていくなか、俺の魔晶機神は浮力を保てずに落下していく。
「俺はどこで間違ったんだ?」
愛機の落下とともに薄れる意識のなか、ゾフ王に斬り裂かれた操縦席前の装甲の割れ目から見えるのは、一方的に虐殺される多くの味方魔晶機人であった。




