第九十話 限定戦争への道(後編)
「(どうしてグレゴリー兄は、その情報を急ぎ欲するのだ?)」
「……リリー。兄上は自分を支持する貴族たちと謀って、ゾフ王国を攻めようとしているのだ」
「はあ?」
妾は最初、グレゴリー兄の言っていることが理解できなかった。
「ゾフ王国を攻める? 今になってどうして?」
今のゾフ王国は、絶望の穴に連合軍を派遣し、異邦者との戦いで大きな戦果も挙げた。
国内の開発も順調で、キャリアー、魔晶機人改、クロスボウなど、他国を凌駕する兵器を多数配備している。
サクラメント王国に比べると人数は少ないが、操者の練度も高いのだ。
「到底勝てるとは思えない」
「私もそう思う。だが私が気がついた時には、もう私では止められないところまで話が進んでいた。ゾフ王国に対し反乱を起こしたイタルク公爵。彼を密かに支援していたのは兄上だ」
「どうしてそんなことを! 兄上はなにを考えて!」
「静かに」
グレゴリー兄の小さな、それでいて有無を言わせぬ強い注意を受け、妾は冷静さを取り戻した。
そうであった。
ここは、ゾフ王国の王都じゃったな。
「私がグラック卿に広大な土地を与え、開発させていることは、父上も兄上も承知していたことだ。我が国は国策として西部開拓に多額の予算と人手を費やしている。はっきり言って優先順位はビリの南方をグラック卿が開発してくれたのなら、三十年後に彼を子爵や伯爵にしても問題ないと思っていたからな」
「父上とラングレー兄も、エルオールを引き立てる意図があったのですか……」
「お前ほど急いではいなかったし、私の方針は事前に父上と兄上に相談し、許可を取って進めているに決まってるだろうが。ところが、兄上が責任者となっている西部開拓は上手くいっていない。不運なことに、投入できるはずの予算と操者と魔晶機人は、このところ連続した大移動に費やされてしまった」
「それは不運でしたな」
「むしろ、グラック卿が勝手に実効支配した土地にお墨付きを与え、上納金を免除しただけのグラック領の方がよっぽど開発が上手くいっていたのだ。兄上は西部開拓失敗の件で貴族たちに責められたが、グラック領に関する処置を私に任せていたおかげで助かった。まあそれも、グラック領地の喪失ですべてパーだけどな」
西部の開拓失敗、開発が順調だった南部グラック領失陥を、ラングレー兄は貴族たちに責められてしまったのか……。
「ゾフ王国の技術がこちらの予想以上に進んでおり、軍備も整っていたことも大きい。絶望の穴に、他国ではいまだ燃費や性能、整備性に問題があるキャリアーの艦隊を送り出してきた。リリーは真っ先に見に行ったからわかるだろうが、あれに衝撃を受けない国はない」
「でしょうね……」
ゾフ王国が実用的なキャリアーを量産、運用できているということは、ゾフ王国は速やかに、どこにでも多数の魔晶機人を送り込めるということなのだから。
魔晶機人を遠征させるとなると、大量のマジッククリスタルが必要となる。
他にも、長時間動かせば整備が必要となるだろう。
飛行させると関節部分の摩耗は少ないが、飛行パックの整備と調整が必要となるからだ。
整備をしないという手もあるが、整備不良で飛行中に飛行パックが停止し、高高度から墜落するとミンチよりも酷い状態で死ぬから、妾はお勧めせぬがな。
キャリアーは、魔晶機人の整備、補給ベースも兼ねるし、操者に温かい食事と、安心して寝る場所、シャワー、清潔なトイレを提供できる。
大したことではないと思う者も多かろうが、そんな奴は軍人失格なので相手にする必要がない。
どんなに遠い場所にでも、操者と整備士、兵士の士気を落とさずに移動できるキャリアーがあるかないかで、軍の継戦能力に圧倒的な差が出てしまうのだから。
「当然だが、ゾフ王国はキャリアーを売ってくれなかった。最近では、お前も使っているクロスボウか。人間用のクロスボウを作る職人に魔晶機人用のクロスボウを作らせているが、一部の超一流職人のものしか役に立たない。それですら、ゾフ王国製のクロスボウに比べると性能も耐久性もイマイチだ。兄上は、今やらないと駄目だと思ったんだろうな。なにか成果を出さなければ……」
このままでは王太子の座が危ないと感じ、このまま時が経ってゾフ王国の態勢が整う前にと思い、密かに手を打ったのか……。
「しかし、イタルク公爵は死んだのであろう?」
遠方にいるサクラメント王国がイタルク公爵を支援するにも限度があるので、せいぜいゾフ王国の足を引っ張るのが限界だと思うのじゃが……。
「ラングレー兄上は、王国軍で自分を支持する者たちと、子飼いの貴族の子弟、百人ほどを密かにゾフ王国に入れた。その目的は……」
イタルク公爵に勝利して、油断しているゾフ王を襲うこと。
彼の死の噂は、その作戦が成功したという情報からなのか?
「しかし兄上、ゾフ王が死んだとて、ゾフ王国はそう簡単に崩れぬぞ」
元々ゾフ王国には、アリス最高執政官がおる。
彼女に反抗的だったイタルク公爵は死んだので、ゾフ王国はさらに一つに纏まり、そう簡単に勝てぬであろう。
「キャリアーの問題もあるが、ゾフ王国は魔晶機人改を配備しておるのだぞ。妾も学園で搭乗しておるが、性能が段違いなのは兄上も知っておろう? 急ぎ止めねば!」
もしサクラメント王国とゾフ王国が戦争になったら、いくらサクラメント王国が世界一の魔晶機人大国とて勝ち目はないのじゃから。
「リリー、お前はなにもするな」
「しかし、兄上」
「無駄だ。兄上は父上の後継者に相応しくないという評価を多くの貴族たちからくだされている。これを覆すには、戦争で勝つしかないのだ。お前が止めても無駄だし、今のラングレー兄上は誰の意見も聞かぬ。下手にお前が止めに行くと、最悪先陣をやらされるぞ」
「なっ! そこまでとは……」
「ラングレー兄上がどんな戦争を計画しているのか。独自に調べてみたが、魔晶機神と魔晶機人およそ一千体でグラック領を急襲、占領。ゾフ王国が奪還部隊を出さなければよし。ゾフ王国はそこまでグラック領に未練がないと考える者たちが、兄上の周囲にはいるのだ。軍の非主流派だが……」
「バカなことを……」
ゾフ王国が、手に入れたばかりの領地に未練はないと考え、限定戦争でグラック領という成果を得る。
そんなムシのいい話があってたまるか!
自国の領地を奪われて奪還に動かぬ国など、貴族も民たちもついてこぬわ!
自分たちを守ってくれぬ国になど、所属する意味がないのだから。
「もしゾフ王国が奪還にきても、防御主体の戦闘でグラック領を守り抜く。ゾフ王国は、あまり多くの兵力を出さぬと見ているのだ」
「随分と希望的観測に満ち溢れた考えよな。楽天的すぎて、羨ましくなるわ」
「というわけで、お前はここで何食わぬ顔をして学生生活を送っていろ」
「しかし……」
「ラングレー兄上はもう終わりだ。関わるな、と言っている。それとも、ラングレー兄上と一緒に滅ぶか? お前がそうしたければ止めないと言いたいところだが、今お前に死なれると使える駒が減って難儀する。私は独自に動いて、サクラメント王国敗戦後のダメージを小さくしなければならない。いいか、余計なことはするなよ。ライム、ユズハ。わかったな? このお転婆がなにかやらかそうとしたら、意識を奪ってでも止めろ」
「「わっ、わかりました!」」
ライムとユズハは、とんでもない話を聞いてしまったとばかりに、顔面蒼白じゃった。
とはいえ、聞いてしまった以上は、グレゴリー兄の言うとおりに動いてもらわぬと。
「妾はなにも知らぬフリをして、学園に通う。兄上は大丈夫なのか?」
「お前に心配されるほど、落ちぶれてはおらぬさ。父上だがな。ラングレー兄上の気迫に負けて、ラングレー兄上の謀略をすべて許可している。退位してもらわねばならぬし、兄上は父上の魔晶機神で出陣するそうだが、討ち死にしないことを祈る……生きて戻っても同じことか……」
ラングレー兄は、奇跡的な確率でゾフ王国に勝利しなければ命すら……。
無謀な戦争で、手っ取り早く功績を稼ごうとした罪か。
そしてグレゴリー兄は、ラングレー兄の暴走を許した父上を退位させ、自分が王になるのか。
「(グレゴリー兄は、王になれて嬉しいのだろうか?)」
「嬉しいと思うか? リリー。私が王になれて」
「っ!」
心の声を見透かされてしまった!
「サクラメント王国は、しばらく振るわなくなる。ラングレー兄上がグラック領に侵攻させる魔晶機人と魔晶機神をすべて失ったとて、サクラメント王国が持つ総機体数の一割にも満たぬし、操者の死者もそこまで多くないはずだ。捕虜になった操者たちは交渉で取り戻し、因果を含めて領地を取り上げ、爵位を下げるが、クビにはせぬからな。しかし魔晶機人大国であるサクラメント王国の敗北は、国威を大きく落とす。新王は下手な操者で国内をまとめるのも大変だ。未来で私は評判の悪い王となるであろう」
「兄上……」
「だが私がやらねば、サクラメント王国は滅びる。だからリリー、邪魔はするなよ」
「わかりました」
「しかし、こうして二人で話している間に確信した。ゾフ王は生きているな」
「もしや……」
ラングレー兄たちは、ゾフ王国の謀略に引っかかったのか!
ゾフ王は死んだと思っており、だからグラック領への限定戦争が成功すると確信している。
「ラングレー兄上たちの冥福を祈るか」
「……」
いくら優れた操者として周囲から褒められていても、こういう時に妾は無力じゃのう。
せめてグレゴリー兄の邪魔をせぬよう、学園で腕を磨くとするか。
そして翌日。
「エルオールはお休みか?」
「グラック男爵でしたら、風邪を引いたとかで数日お休みなされると」
「自習内容のカリキュラムはエルオールが作ったそうだが、休んでいても厳しいよなぁ」
「さすがはグラック男爵。私の婿に相応しいです」
「グラック男爵は、ゾフ王国の大切な貴族なのです。他国の王族にはあげません」
「その割には、男爵として飼い殺しているではないか」
「クラリッサさん、珍しくよく喋ると思ったら、かなり辛辣ですね。じきに爵位は上がりますし、彼は未成年ですからね。みなさん、グラック男爵が作ったカリキュラムどおりに自習しましょう」
今にもサクラメント王国がグラック領を襲うかもしれない時に、アリス宰相が普通に出席し、エルオールは病欠か……。
ゾフ王が生きていようがいなかろうが、ラングレー兄の討ち死には確実であろうと妾は確信したが、不思議と悲しくはなかった。
それよりも、これまで散々下手だとバカにしていたグレゴリー兄が無事に新王になれることを心から祈るのであった。




