第八十九話 限定戦争への道(前編)
「報告します! 謎の敵は全百七機で、撃破した残骸はすべて回収してあります。逃げ出した機体は今のところ確認できていません。操者の犠牲者は味方はゼロで軽傷者が三名、敵は七名が死にました」
旗艦のブリッジにやってきたゾフ王国軍魔晶機人部隊の隊長が報告をする。
やはり、犠牲者をゼロにはできなかったか。
味方の犠牲者がゼロなのは幸いだ。
怪我人も軽傷者ばかりで、これは魔晶機人改の操縦席周りの安全装置を増やしたおかげだろう。
練度の高い操者の損失は痛いから、今後も操者の安全対策は強化していこう。
「そうか。だが、まだどこかに敵の残存戦力が潜んでいて、再びこの艦橋に奇襲を仕掛け、私とアリスの暗殺を謀るかもしれない。操者たちは交代で警戒シフトに入ってくれ」
「了解しました!」
報告を聞きつつ、魔晶機人改部隊の隊長に対し、王都に到着するまで艦隊の警戒を怠るなと命じた。
まだ敵が潜んていて、奇襲をかけてくるかもしれないからだ。
私の命令を受けた隊長は、それを実行すべくブリッジを出た。
「問題は、どこの国がこんなことをやらかしたかだな」
「すべての国に可能性があるが、敵の数を考えると……」
「だよねぇ」
他国の跳ねっ返りの貴族が暴走したとは思えない。
それにしては、襲ってきた魔晶機人の数が多過ぎるし、これだけの機体を密かにゾフ王国領内に入れ、魔物がいる森の中で待ち伏せできる能力がある者は少ない。
他国への潜入なので補給の問題もあり、いくら大貴族でもその能力を超えていた。
「ゾフ王国までの距離を考えると猶更だな」
「補給能力が足りない」
「夫君の言うとおりだ」
なにより、私たちが内乱鎮圧に向かっていたことを知らなければ、待ち伏せもできなかったはず。
その情報を掴める者となれば、さらに候補者は少ないだろう。
「捕虜は多いんだ。誰かが話すはずだ」
「そういえば夫君、捕虜はどうするのだ?」
「まさか、処刑するわけにもいかないからなぁ……。元の国に返す?」
「夫君、引き取ると思うか? もし正式な所属が知れたとしても、向こうは『そんな操者たちは我が国にはいない!』と言うに決まっている」
「無理なのはわかってるけどさ。まずは、彼らがどこの国の操者たちなのかを調べないと。それにしても……」
「夫君?」
「操者を、それもこの規模の部隊で密かにゾフ王国内に侵入。私たちを奇襲できる力量の持ち主たちを、百人以上も使い捨てるか?」
元軍人として言わせてもらうと、こんな作戦を考える王族なり貴族は頭がおかしいと思う。
もし成功したとしても、私なり、アリスを殺されたゾフ王国軍が彼らを生かして返すわけがない。
片道特攻なんて、昔の日系人の国ではあるまいし……。
「夫君か余を討てていれば、収支はプラスと考えたのであろうな」
「もし成功していたらだけどね」
向こうはどのくらいの成功率を見込んでいたのか知らないけど、結果的に百人を超える操者を失ってしまったことをどう考えるのか?
興味が尽きな……くもないか。
「今ふと思ったんだけど、今のうちに黒幕を炙り出した方がいいかもしれないな」
「今のうちにか?」
「ああ、今後、また絶望の穴から大量の異邦者が湧くかもしれない中で、ゾフ王国の開発も進めていかないといけないんだ。潜在的な敵は炙り出すに限る」
「後回しにするとろくなことがないか」
「そうだ。そこで私が考えた作戦なんだが、ちょっとお耳を拝借……」
「ふむふむ、なるほど(エルオールの顔が……ここに他人がいなければキス……余はなにを考えているのだ。そのようなはしたない……でも婚約者なら……とにかく、エルオールの話を聞かねば)」
「どうかした?」
「いや、策を聞こう」
私はアリスにそっと耳打ちしたあと、船団を出発させ、何事もなかったかのように王都に帰還した。
避難地の住民は復興と拡張の続く王都に感動し、王都の住民も百年ぶりの帰還をはたした同胞たちを笑顔で出迎える。
反乱もほぼ犠牲なしで鎮圧され、みんな大喜びだった。
最後の襲撃の件は緘口令を敷いたが、避難民たちが見ているのですぐに漏れるだろう。
別にそれはどうでもよく、上手く私とアリスを狙った黒幕を探さなければ。
※※※※
「おはよう、みんな」
「エルオール、仕事は終わりなのかい?」
「陛下を護衛する任をまっとうして、今日からはリックたちの教官に戻るよ」
「内乱とはいえ、魔晶機人同士の戦いを経験できたのは、操者としては羨ましい限りだよ」
「私は陛下の護衛役だったから、あまり戦っていないさ。反乱者は陛下ご自身が討たれ、私は万が一に備えて護衛していただけだ」
「それでも、実戦の空気を感じられたのは羨ましい。俺は帝都住みだから、領地が隣接している貴族たちとの小競り合いはないし、まだ絶望の穴に派遣されたこともない。実戦経験がないのさ」
「この学園を卒業すれば、どうせすぐに絶望の穴に派遣されるさ」
「だろうな」
エルオールが、反乱鎮圧を終えて戻ってきた。
リックと楽しそうに話をしている。
彼は腕のいい操者だから、ゾフ王の護衛役として同行したが、無事に戻ってきてなによりじゃ。
妾は、まだエルオールに教わることが沢山あるからの。
ゾフ王国の公式発表によれば、反乱者であるイタルク公爵はゾフ王によって討たれたらしい。
王自らが反乱者を討つ。
多くの王族と貴族が憧れる展開で、王都の民たちからも称賛されておった。
さすがは、我らの陛下だと。
こんな世相ゆえ、強い操者に人気があって当然で、それが自国の王様なら頼もしいと感じて当然であろう。
「それでは、今日も講義を始めようか」
エルオールの帰還により、日常が戻ってきた感じかの。
その日も、決められたカリキュラムと、放課後は順番にクロスボウ部隊を率いて、魔物の駆除をした。
妾も、少しは魔晶機人改部隊の指揮に慣れてきたなと思いつつ、ライムとユズハと共に寮に帰宅した。
妾の部屋は四人部屋であり、ルームメイト兼護衛役のライムとユズハと暮らしていたのだが、そこに想像だにしなかった客が待ち構えていた。
「「グレゴリー様!」」
「兄上、どうしてここに?」
「公務だ。ゾフ王を表敬訪問する予定が、実は以前からあったのだ」
「そうでしたか」
内乱で予定が延期になる可能性もあったのだが、ギリギリ間に合った?
それなら、どうしてグレゴリー兄は王城ではなくここにおるのじゃ?
「ゾフ王とお会いできなかったのですか?」
「内乱鎮圧で疲労が溜まり、静養なされていると、アリス宰相から連絡があってな。出直されてはどうかとアリス宰相から勧められたのだが、サクラメント王国の王都からここまではかなりの距離がある。数日静養すれば回復なさると聞いていたので、私は迎賓館で待つことにしたのだ」
「ゾフ王が病なのですか?」
「アリス宰相によればな」
「エルオールは、そんなことを言っていませんでした」
「わざわざ言う必要性を感じなかったのか? もしくは……」
「兄上?」
「リリー、私はある噂を聞いているのだ。ゾフ王が反乱鎮圧を終えた帰路で、反乱分子の残党に襲われて死亡、もしくは明日を知れぬ重体であると」
「なっ! 兄上、その情報はどこから?」
だからグレゴリー兄は、妾の部屋で待ち構えていたのか……。
外で迂闊に話せない話じゃからの。
しかし、あのゾフ王が反乱分子の手にかかっただなんて、妾は信じられぬ……。
ただ反乱を鎮圧した帰り道なので、いかに凄腕のゾフ王とて油断していた可能性がなくもない。
「噂の出どころは、ラングレー兄上からだ。サクラメント王国の跡取りであるラングレー兄上は、耳の長い間諜を多数父上から預けられている。ちょうど私がゾフ王を尋ねる予定だったので、もしゾフ王に会えなくても残留し、真実を探れと命じたのだ」
ゾフ王重傷、死亡説か……。
絶対にないとは言い切れぬ。
ラングレー兄がその情報を掴み、ちょうどゾフ王に謁見するためにゾフ王国の王都に到着していたグレゴリー兄が、噂の真偽を確かめに来たというわけか……。
「リリー、グラック卿……じゃなかった、グラック男爵の態度に変わりはなかったか?」
「はい、特には……」
妾には、エルオールが特に動揺しているようには見えなかった。
ゾフ王の反乱鎮圧に護衛として同行し、何事もなく戻ってきたようにしか見えない。
自分の傍で守っていたゾフ王になにかあったら、さすがのエルオールでも心穏やかでいられぬはず。
顔に出ないはずがない。
妾は、学園内での彼の様子をグレゴリー兄に話した。
「……やはり、ゾフ王は死んでいる可能性があるな」
「しかしエルオールは……」
「リリー、グラック男爵を侮らぬ方がいい」
「妾は、エルオールを侮ってなど……」
エルオールは優れた操者なだけでなく、優れた軍人の資質も持つからこそ、妾は部隊指揮を教わっておるのじゃから。
「リリー、グラック男爵は優れた操者なだけではない。彼は未成年だが、優れた領主にして政治家であり、軍人でもあるのだから」
まさかグレゴリー兄が、そこまてエルオールを評価していたとは驚きだ。
「私が、グラック卿を評価していないと思ったのか?」
「……」
『しておらぬではないか!』という言葉が喉から出かけ、妾は慌ててそれを飲み込んた。
妾がエルオールを引き立てようとしたのに、彼を郷士に留めたのは、グレゴリー兄であろうに。
妾は、グレゴリー兄に白けた表情を向けた。
「リリー、世の中には何事も順番があるのだ」
「兄上?」
「いかにグラック男爵が優れていようと、いきなり彼を引き上げたら、上級貴族たちに潰されてしまう。だからまずは、広大な領地と上納金の免除を与えた。彼ならば、上手く発展させることができる。実際に、旧グラック領の開発は順調だと報告を受けていた。結局、ルシャーティー侯爵の暴走のせいですべて無駄になったがな」
「兄上は、エルオールが広大な領地の経営に成功したら、その領地の広さに相応しい爵位を与えるつもりだったのか?」
「当たり前だ! だがな、お前のように周囲の軋轢を考えないやり方を選ばなかっただけだ。お前は、なんの後ろ盾もないが実力のある郷士を引き上げられて満足かもしれないがな。自分に実力がなかったり、秩序の乱れを嫌う上級貴族たちが潰しにくるデメリットを理解していない」
「そんなことは……」
「引き上げたのなら、ちゃんと守ってやらねばその者が実力を発揮できん。お前はそれを理解していない。誰もがワルム卿のように、肉体も精神も頑強ではないのだ」
「……」
確かに妾は、エルオールに領地を追われたワルム卿を引き上げた。
彼は上手くやっているから、エルオールも問題ないはずだと思っていた。
「ワルム卿は領地を持たぬ。男爵くらいまでなら、まだ周囲の嫉妬や圧力は少ないが、領地を、それも開発可能な未開地を多数持つグラック卿は駄目だ。将来、グラック家が自分たちの政治的なライバルになると考えたら、上級貴族たちも全力で潰しにくる。引き上げただけで満足するお前では、あたら有能な下級貴族を潰すだけだ。リリー、反論できるか?」
「……兄上の指摘は間違っておらぬが、ならば兄上なら上手くやれたのか?」
「爵位を上げるには、三代功績をあげる必要がある。ここにヒントがあるだろうが。そもそも、なぜこの慣習ができたのか、リリーは知っているのか?」
「いいえ、生憎と……」
昔からそう言われてるだけで、その理由を妾は知らなかった。
「貴族やそれを目指す者たちが、この魔物が溢れる世界において、慎ましやかながらも領地を切り開くには才覚が必要となる。たまにそれを成し遂げる者が出るが、後継者がボンクラなら元の黙阿弥だ。せっかく切り開かれた領地は再び魔物の住処に戻ってしまう」
グレゴリー兄の言うとおり、せっかく功績を挙げて郷士になっても、三代続かない家は珍しくなかった。
「郷士になれた家が、運良く三代続けて領地を維持できてようやく騎士爵……それでも大したものなのだ。ましてや、男爵、子爵、それ以上の上級貴族ともなれば、先祖に多くの優れた当主がいたのかの証拠になる」
「……その割には、今はイマイチな貴族の多いことですな」
グレゴリー兄の取り巻きなどがそうだ。
「リリー、確かに上級貴族にもボンクラは多いが、少なくとも魔力量は多く、結界を維持できるからこその上級貴族なのだ。目立たないだけで、下級貴族にもボンクラは山ほどいる。広大な結界を維持できるだけ、ボンクラ上級貴族の方がマシなんだ。リリー、視野を広く持て!」
「うぐ……」
「グラック卿はリリーと同じ年とは思えないほど、この世界の現実を理解している。だから私は、まず彼に多くの未開地を与え、上納金の免除もした。彼が広大な領地の経営に成功して力を得たら、例外で男爵、子爵、伯爵に引き上げられるからだ」
「兄上は、エルオールを引き立てるつもりだったのか?」
「当たり前だ! だがな、リリー。私がいきなりそれをやれば、上級貴族やその子弟たちが彼を排除……ならまだマシだな。殺されていたかもしれない。もしそうなっていたら意味がないどころか、国の損失になる。グラック卿は領地面で配慮するが、側近にするつもりはない。そう見せることで、上級貴族たちを騙していたのだ。幸いにして、彼は私の意図に気がついてくれたようで、自分の功績を誇り、出世のためにアピールをするような人物でなくて助かった。彼ならば広がりに広がったグラック領の開発に成功しただろうし、すでに成功させつつあった。豊かな領地という背景があってこそ、彼を引き立てられる。それは彼を政敵から守ってくれるからだ。私は間違っているかな? リリー」
「……いいえ、兄上が正しいです」
妾は短絡的に、エルオールの爵位を上げて側に置けばいいと思っていたが、それは短慮だったのだな。
グレゴリー兄は順序立てて、エルオールを引き立てようとしていたのか。
「と言ってみたところで、彼はすでにゾフ王国の男爵だ。惜しいなんてものじゃない。腹が立って仕方ないから、勝手にゾフ王国と戦端を開いたルシャーティー侯爵たちは、しっかりと処罰してやった。話を戻すが、グラック男爵はゾフ王が傍に置きたいと思うほどの逸材だ。もしゾフ王が死んでいたとしても、それを表情に出すほど愚かではない」
「しかし、もしかしたら本当になにもなかったたかもしれぬ。ゾフ王が無事だからこそ、エルオールは普段と変わらず学園の教官としての仕事をこなしていた、という考え方もある」
「そう考えるのが普通だが、とにかくゾフ王が無事なのか、死んでいるのか探る必要がある」
サクラメント王国の最重要仮想敵国の機密情報ゆえ、一秒でも早く知る必要があるのはわかるが、絶望の穴と異邦者対策もあるから、もしゾフ王が亡くなっていたとしても、まさか戦端を開かぬよな?
妾は、少し心配になってきた。