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地上最弱の女王様  作者: 宇部松清
第2章 夏木家とユキ
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「夏木、実家帰るんだって?」

 同じ学部の櫻井祥太朗が話しかけてくる。学部は一緒だが、普段はあまり会話をするような間柄ではない。

「うん。教授がいないからさー。単位も問題ないしね」

「ほんっとにあの『変人』教授が好きなんだなぁ。女って結構おっさん好きだよな」

「『女』って、何? 櫻井の『嫁』もおっさん好きなの~?」

 『変人』教授の研究室に入り浸る一華は学部内でも『変わり者』として有名だったが、この櫻井祥太朗もある意味有名であった。

 祥太朗は入学時すでに妻帯者だったのだ。しかも、その妻とは別居で、道外にある祥太朗の実家で舅姑と暮らしているらしい。

 奥さん寂しくねぇのかよ。こき使われてるんじゃね? 浮気し放題じゃん。

 周りからは様々な声があったが、祥太朗は意に介さない様子だった。

 どうやらそれは妻、千鶴の希望で、曰く、「自分の親より好き!」らしい。

 なので、この場合の『嫁』は本来の意味での『嫁』であった。

「まぁね。俺の父さんを素敵素敵言ってるからなぁ」

「それ、大丈夫なの……?」

「大丈夫だよ。俺の父さん、母さん一筋だから」

 そう言って笑う。

「ああいやいやそんなことよりさ、これ、やるよ」

 祥太朗は鞄からノートを取り出し、間に挟んでいた写真を渡した。挟んでいたのは折れないようにとの配慮だろう。

「何の写真? あれ……これって……。すごい、櫻井! これ、『氷柱』? どこで撮ったの?」

「先週の土日に親と嫁がこっち来てさ、みんなで阿寒の方に行ったんだよ。その時」

「アンタんとこの家族って、ちょいちょい来るよね。仲いいのね~。そうか、阿寒かぁ。具体的な場所、覚えてる?」

「えーと、正確なところはわかんないんだ。オンネトーを見てみたくて阿寒国立公園に行ったんだけど、だいぶ暗くなってたし、一体どの辺なのか……」

 オンネトーは阿寒国立公園内にある湖で、雌阿寒岳の噴火によって出来た堰止湖らしい。

 そう大きくはないが、季節や天候などで色が変わることから五色沼とも呼ばれている、美しい湖だ。

 写真を見ると、たしかに木々の様子からして公園内なのかもしれない。

「いやー、でもよく撮れたね。教授が戻ってきたら見せないとなー……。ねぇ、櫻井はさ、この『氷柱』って何だと思う?」

「いまのところは『雪虫達のバトルロイヤル』説が有力だろ?」

「まぁ、そうなんだけどさぁ。あの雪虫だよ? そんな獰猛な感じする? これに関しては、あたしも教授も違うと思ってるんだよね」

「じゃあ、何だと思うんだ?」

「それがわかったら学会騒然だよ。まだわかんないよ。第一、目撃情報が少なすぎるんだよねー。ほんっと、櫻井、これはすごいよ!」

 そう言って、写真をまじまじと見つめる。

 『氷柱』とは、ユスリカの蚊柱に似た、雪虫の異常行動である。雪虫は風に漂って飛行するため、起こりえない行動とされていたが、二十年程前に発見されてからは数年に一度のペースで目撃されている。数年に一度しか目撃されないのは、風に漂う習性からか、発生場所が特定出来ないからだ。そのため、学者達の間では幻と言われている。現在のところ、道南を除く様々な地域で目撃されている。

 そんな稀少な行動であるために、一体これが何の目的で行われているのかはいまだ解明されていない。

 運よく『氷柱』に遭遇したある学者が収めた映像を、一華と祥太朗も授業で見たことがある。

 数千匹もの雪虫によって作られたその柱は、まさに氷柱だった。

 午前二時の闇夜の中で、月の光に照らされ、ほの白く光っている。

 そして、十分程経過すると、徐々に柱の下の方からはらはらと崩れていく。

 舞い落ちる雪虫は、雪を連想させる。

 やがて、ほとんどの雪虫が風に舞って散り行く中に、一匹なのか、はたまた数匹の群れなのか、通常の個体よりもやや大きな白い塊が闇夜の中へ消えていくのが見えた。

 映像は、その塊を追うことはできなかったらしい。その代わりに、地面に散乱している雪虫の死骸を映したところで終了している。懐中電灯の光に照らされていたが、その雪虫達に白さはなく、単なるアブラムシの死骸に見えた。

 蚊柱は交尾に関係の深い行動であるといわれているが、この『氷柱』の後には大量の死骸が出ること、そして、最後に大きめの個体(もしくは数匹の群れ)だけが生き残ることから、縄張り等を守るためか、より強い個体が生き残るための争いと考えられ、『雪虫達のバトルロイヤル』ではないかとの説が有力だ、という一言で、その授業は締めくくられた。

「……櫻井はさ、何だと思う?」

「それがわかったら学会騒然なんだろ? だいたい、虫の分野でお前がわかんねぇなら、俺にわかるわけがないだろ」

「櫻井は何気に褒め上手だね。あー、あたしそろそろ行かないと」

「悪いな、引き止めて」

「ううん、こういうのなら大歓迎! ありがとね。なんかわかったら櫻井にも教えるから!」

 そう言うと、写真を慎重に手帳に挟んで、一華は足早に去って行った。

「こういうのは、俺じゃなくて、お前が解明してくれよ」

 一華の背中に向かって、祥太朗はつぶやいた。



 結局、交番に行くのは一華に相談してからにするということにした。

 リビングで、ユキは買い置きのせんべいやらチョコレートをつまんでいる。

 こいつ、よく食うな。育ちざかりってやつなのかな。

 景子は、この食べっぷりから複雑な事情を想像したらしく、あまり突っ込んだことは聞かなかった。食べている菓子の感想を求めたり、自分の近況や、近所の噂話、礼二郎の幼いころのこと、そして、これからやってくる一華の基本情報等を話した。

 ユキは自分に向けられている好意的な視線と、大量の食物にすっかり機嫌を良くしている。景子の話も、ふんふんと楽しそうに聞いていた。

 このまま一華が来るまで乗り切ろう。

 礼二郎はそう思った。


「じゃあそろそろいっちゃん迎えに行ってくるわね。お昼過ぎちゃうけど、大丈夫かしら。ユキちゃん、お昼もしっかり食べられそう?」

 コートを羽織りながら景子が聞く。

「私は、まだまだ食べられる! しかし、『母さん』が戻ってくるまで待てと言うなら、待とう」

 ユキが自分から「待つ」と言うなんて……。よほど母さんのことが気に入ったんだなぁ。

「あらー、嬉しいわー。じゃあ、一緒に食べましょ。何がいいかしらねぇ。冷えたものがいいのよね」

 うーん、とひとしきり考えた後、「冷製パスタにしましょう! 外国人なら、フォークが使えるものね」と笑った。

 フォークなら、使えるよな。……使えるよな?

 ユキは玄関までついて行き、景子が扉を閉め終わるまで、その姿をじっと見ていた。

「母さんのこと、気に入ったみたいだな」

「違う、『母さん』の方が私を好いてくれたからだ。それに比べて、レイジはちっとも私のことを好いてくれないのだな」

 ユキは頬を膨らませた。

「そんな態度では、私も安心できぬ。別に私はレイジを取って食ったりはしないのだぞ」

「いや、食われるとは思ってないけどさ……」

「では、なんだと思っているのだ。いまなら『母さん』もおらぬ。正直に言え」

 すたすたとリビングに戻り、三人掛けソファの真ん中に座る。

「じゃ、じゃあ、はっきり言うけどさ。俺は、ユキのこと、家出少女だと思ってる。その態度も話し方もさ、アニメとか漫画とか、そういうのの影響だろ」

 礼二郎は一人用のソファに座る。

「私が雪虫だということを信じていないのか……。どうすれば信じてもらえるのだ」

「どうすれば……って言われてもさ……」

「この姿だからか? また虫の姿になればいいのか?」

「はぁ? 姿ぁ? ……いやいやいやいや、変われるもんなら変わってみろよ」

 売り言葉に買い言葉でそう言ってしまったが、それが本当ならば、絶対に見たくはない。

 まぁ、そんなことはあるわけないけど。

「この姿の方がたくさん食べられて良いのだがな。良いか、一瞬だぞ。あまり長いこと戻ると、また人の姿になるのが大変なんだからな」

 ユキはテーブルの上にある海苔せんべいを一つ取った。

「いいか、この上にとまるからな。絶対に絶対に私に触るなよ」

「何言ってんだ。嘘なら嘘でいいんだから」

 次の瞬間、ユキの姿は消えていた。

「あ、あれ……ユキ? ユキ! どこ行ったんだ?」

 一瞬でテーブルの下にでももぐりこんだのだろうかと、覗いてみる。しかし、いない。

「どういうことだ。どこに行ったんだ……?」

 そうつぶやきながら、テーブルに手をつき、身体を起こす。

「ん……?」

 テーブルの上に置いてある海苔せんべい。その中央に、親指の爪くらいの大きさの白い虫がとまっていた。

「う、うわあぁぁぁっ!むっ、虫!」

 そう叫んで、テーブルから離れる。床に尻餅をついた。

 え、ちょっと待て。さっき、ユキなんて言った? 

『いいか、この上にとまるからな。絶対に絶対に私に触るなよ』

 それじゃあ、もしかして……。

「ユキ? ユキなのか?」

 近づいてよく見てみたい気持ちもあったが、さすがに気持ちが悪い。

 でもたしかに白い虫だった。遠目で見れば雪の塊にも見えるが。

「ユキ、いいよ、わかったよ。信じる! 信じるからさ! さっきの姿に戻ってくれ!」

「これで本当に信じたな」

 気付くと、ユキはまた少女の姿になっていた。

 礼二郎はほっと胸をなで下ろす。

「最初からこの姿を見せれば良かったな」

 ユキは得意げだ。

「よくはないけど……まぁ……そうだな……。はぁ……」

「しかし、私も疲れた……。レイジ、もうこれはないのか?」

 ユキはすっかり柔らかくなってしまった保冷剤を振った。

「ああ、あると思う……。持ってくるよ」

 床に手をついて立とうとしたが、うまく力が入らない。くそっ、情けねぇな、俺。

「よいしょお!」

 気合を入れてなんとか立ち上がった。ユキから柔らかくなった保冷剤を受け取る。

 冷凍庫を開けて、保冷剤を交換する。景子がなんでも取っておく性格で良かった。

 ストックはまだたくさんあった。

「ほら、二個」

 だいぶエネルギーを使ったのだろうか、頬に赤みが差している。

 ユキは二個の保冷剤で、両側の頬を冷やした。

「レイジ、ちょっと私は眠る。『母さん』が戻ってきたら起こしてくれ」

 そう言うとユキはソファの上に仰向けに寝転がった。

 保冷剤は一つをおでこに、もう一つを首の上に置いた。

 そんなに疲れたのか……。

 ユキはあっという間に寝入ったようだ。

 でも、ユキが本当に雪む……だとすると……。

 使命を果たしたら死ぬっていうのも、本当ってことか?

 すやすやと眠るユキの姿を見る。

 あんなに元気なのに、どこか病気なんだろうか。

 使命ってなんなんだ?

 そこまで考えて、これはユキに聞かなきゃわかんないよな、そう思い直し、礼二郎は景子と一華が帰ってくるまで参考書でも読むかと、部屋に向かった。

 しかし、ユキを一人きりにするわけにはいかず、適当な参考書を一冊もってリビングへと戻った。

 早速ページをめくるも、なんとなくユキが気になって参考書どころではない。

 『その時』がいつかはわからないが、もうすぐ死んでしまうというこの少女。

 そして、その『死』すらも『定め』だと言っていた。

 そりゃあ、俺だっていつかは死んじゃうけどさ、使命を果たしたら死ぬってわかってたら、そんなの投げ出して、きっと逃げる。

 あんな風に、晴れやかになんて、言えねぇよ。


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