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地上最弱の女王様  作者: 宇部松清
最終章 女王の役目
19/19

「まだ怒っているかい、祥太朗」

 後部座席に座った信吾が、隣でむくれている祥太朗に声をかけた。。

「まぁまぁ、無事だったんだからいいじゃない」

 助手席の佳菜子からのフォローが入る。ハンドルを握る千鶴はこういう時、無言だ。

「まさか父さんが俺に嘘つくなんて思わなかったよ」

 稚内から戻った後、同じように信吾の車の中で寝かされていた祥太朗が目を覚ますと、いつの間にか車内にいた信吾から、礼二郎と同様の説明を受けた。

「……ごめん」

 信吾は、深々と頭を下げる。

「本当のことを言ったら、君がまた謙遜して引いちゃうと思ったんだ」

「……はぁ。とうとう父さんもじいちゃん譲りのスパルタになっちまったのか」

 祥太朗は高校生の時、立派な魔法使いにするためにと、祖父に夢の中に監禁されかけたことがある。

「……ごめん」

「いいよ、頭あげろよ。ったく、いろいろ限界かと思ったぜ」

 そう言って、左手で右手をさする。どうやら、火傷はしていないらしい。

意外とタフなのかな、俺……。ん?

「父さん、もしかして、手……」

 そう言って、信吾の手を見る。触れて確かめようかと思ったが、怖くてできなかった。

「え? 手がどうしたの? もしかして、やっぱり駄目になってしまったかい?」

 顔を上げた信吾が青い顔で祥太朗を見つめる。

「いやいやいやいや、そうじゃなくて。ん? じゃあ父さんのじゃないのか? コレ」

「ちょっと待って、祥太朗。落ち着いて、僕にもわかるように話してくれないかな」

「右手……ほら……」

 信吾に右手を差し出す。信吾は首を傾げながら、その手を取る。じっくり見ようと、軽く握り、持ち上げる。

「祥太朗……。これは……」

 視線を右手から祥太朗の顔へ移動させる。

「魔法使いの手になったな。右手だけだけど」

 さっきまでのふくれっ面はどこへやら、祥太朗は口角をあげて、ニィっと笑った。

「……よかった。笑ってくれた」

「すごいじゃん、祥太朗! 一皮むけたってやつ?」

 バックミラー越しに千鶴がウィンクする。

「……だーいぶ血は出たけどな……」

 祥太朗は左手で何度も自分の右手を握った。

 やっぱり、飛行機代はいらなかったな。それ以上のもん、もらっちまったよ。

 

「礼二郎、寝てません?」

「何か……寝息聞こえるよね」

 一華が後部座席を見ると、礼二郎はクーラーボックスにもたれて眠っていた。

「まぁ、いろいろあって疲れたんでしょ。寝かせてあげよ」

「そぅっすね」

 座り直し、大きく深呼吸をする。

「ねぇ……。唐橋君家さ、お花屋さんだったよね」

「はい、『花のからはし』、まだまだ頑張ってますよ」

「……そこってさ、新卒取ってる?」

「いえ、ウチは特に新卒とかは。ただ、春になったら一人バイトさんが辞めるんで、その時また募集かける感じですね」

「辞めちゃう人いるんだ」

「若い奥さんなんですけど、旦那さんの転勤で」

「ああー、それは仕方ないね」

「結構、痛いんですよ、それが。最近の若い女性にしては珍しく虫が平気な人だったんで。結構男でも駄目なの多いんですよね。まぁ、礼二郎ほどではないんですけど」

「……やっぱり、虫がOKな女性って貴重?」

 基樹は大きく息を吐く。

「……っ超!貴重! です! やっぱり花屋ですから、女の人が働いてる方がお客さんの入りもいいんですよ。で、募集かけると、お花の可愛らしいイメージで、結構女性からの問い合わせって来るんですけど、虫の話をしただけで辞退されちゃいますからね……」

 出だしは勢いがあったものの、話すうちにどんどんとその勢いが失われていく。どうやら、さすがの基樹でも相当悩むところらしい。

「ねぇ、四月からさ、虫とか超平気な女子、いるんだけど、正社員で雇わない?」

「正社員っすかー、うーん、どうっすかねー。でも、虫が平気ってのはポイント高いですねー」

「でしょ? まぁ、それ、あたしなんだけど」

「へぇっ?」

 あまりの衝撃に、一瞬ハンドルがぐらついた。車内が大きく揺れる。

「わぁっ、危ないなぁ」

「一華さん? 一華さんがウチの店に……? で、でもたしか就職決まったんじゃ……」

 今度はへましないように、ハンドルをしっかりと握る。

「……辞退しようかと思って。製薬会社なんだけどね。研究員枠で受かったの」

 保温バッグから魔法瓶を取り出し、まだほんのり温かいコーヒーを注ぐ。

「あたしね、別に礼二郎のためにってわけじゃないけど、殺虫剤とか避虫剤の研究がしたくて、その企業受けたの。面接でも熱く語ったりしてさ」

 コーヒーを一口飲む。

「ユキちゃん見てたらさ、何かぐらついちゃって。人間にとって害かどうか、見た目がどうかで、生かしたり、殺したりさ。もちろん、いまでもそれは必要なものだと思ってるし、あたしがやらなくたって、誰かが同じ研究をするんだけど、あたしにはもうできそうになくて……」

 最後の方は、少し涙声だった。

 基樹は一華の方を見ず、『一華用』のティッシュ箱を渡す。

「ほんと、気が利くのね。ごめんね。何かズルいよね。それで唐橋君のところなんて」

 ティッシュで目頭を押さえる。

「……何言ってるんですか。俺は、礼二郎の『お義兄さん』になる男ですよ。未来の妻の力になれなくてどうしますか。頼ってください。何なら、俺に永久就職してください」

 いつもの基樹なら、もっと、茶化すような、大げさなリアクション付きで言う台詞だったが、一華が呆気にとられるほど真面目な顔でさらりとそう言った。

「唐橋君、いまの台詞はちょっとぐっときたわ」

 ティッシュを丸めて、コーヒーを一口飲む。

「春からよろしくね、次期店長」

「……っはいっ! え、あ、その、え、永久就職の方は……?」

「……台無し」

 耳まで真っ赤になっている基樹を横目でにらみ、大げさにため息をついてみせた。

 ……さっきはちょっとだけ恰好よかったんだけどな。


 ばかやろう。いつまでも寝てると思ってんじゃねぇぞ。こちとらさっきの衝撃で起きてんだよ!

 目を瞑って寝たふりをしていた礼二郎は、車の揺れより衝撃的な二人のやり取りで完全に起きるタイミングを失っていた。

 何だよ、姉ちゃんまんざらでもないのかよ。基樹が『お義兄さん』になる日も近い……のか?

 いや、そんなことより……。

 礼二郎はまだ答えが出せないでいた。

 虫として、少しだけ延びた寿命を全うするか、それとも、庭の木に命を移して、その分生き続けるか……。

 俺としては、もちろん、後者だ。出来ることなら、永くユキといたい。

 でも、ユキはそれでいいのか? 

雪虫のまま一生を終えるのが、雪虫にとっての幸せなんじゃないのか?


 ユキは、俺に選べと言っていた。

 なぁ、ユキ、でもそれは俺のエゴだぜ?

 それとも、選択肢を与えてくれたってことは、それを期待してるってとらえてもいいのか?


 一時間ほど車を走らせ、車は夏木家に到着した。

「ありがとな、基樹」

「こっちこそ。素敵な時間を過ごさせてもらったぜ!」

 基樹は何だか出発前よりも元気そうだ。

「……まだ『お義兄さん』とは呼ばないからな」

 ぽつりとつぶやく。

「ん? 何か言ったか?」

「何も言ってねぇよ」

「まぁいいや。息抜きしたかったらまた呼べよ。一華さんいなくても遊んでやっから」

 そう言うと、一華にとびきりの笑顔を向けて車を発進させた。

 一華はため息をつきながら手を振る。

 車を見送り、一華は玄関へ向かった。

 郵便受けに宅配業者からの不在伝票が挟まっている。どうやら景子も留守にしていたらしい。

「あー、これ、さっきだわ。電話してもう一回来てもらわないと」

 そうつぶやき、鞄からスマートフォンを取り出す。

「姉ちゃん、先入ってて。俺、やることあるからさ」

 礼二郎はクーラーボックスを軽くたたきながら言った。

「ああ……、そうね。結論は出たの?」

「うん……」

「お茶、入れとくから、冷めないうちにおいでよ」

 一華は、どちらを選んだのかは聞かなかった。鍵を開け、家に入る。


 礼二郎は、庭に植えられた木の前にいた。

 何度か、何ていう名前の木なのか聞いたはずなのに、一向に思い出せない。

ただ、この木は春になったら、いい香りのする、白い花をたくさんつけるのだ。それだけは覚えている。

 上向きに、半開状態で咲くその花は、ユキに似ていると思った。

 だから、というわけではないものの、ユキは白が好きだと言っていたから、この木になれば、毎年、きれいな白い花に包まれることが出来ると思ったのだ。

 礼二郎は、脇に刺してあった景子のガーデニング用のスコップを引き抜くと、根元にしゃがみ、小さな穴を掘った。

 クーラーボックスを開けると、氷の上に、真っ白い布が置いてある。ユキは、この布に包まれて眠っている。

 布をはらりとめくってみる。あの時見た、親指の爪くらいの雪虫が横たわっている。衣服のような真っ白い毛が、風にそよいでいる。

 あんなに嫌っていた虫なのに、ユキなら平気なんだな……。

 飛ばされたら、大変だ。そう思い、また布をかける。

 そぅっと持ち上げ、穴の中に置く。土をさらさらとかけ、布が完全に見えなくなると、手で優しく押し固めた。

「これで、いいのかな」

 スコップを元のところに刺し、立ち上がる。

「花が咲いたら、また会いに来てくれるかな……」

 そうつぶやき、木に背を向け、玄関に向かって歩き出す。


――レイジ!


 早速、幻聴かよ。

 そんなに早く会いたいのかよ、俺は。


「レイジ! どうして置いて行く」


 今度ははっきり聞こえた。

 ゆっくりと、振り向く。


 そこには、上から下まで真っ白い少女がいた。

 ふわりと花の香がする。


「ほら、手くらい引かんか」

 そう言って少女は手を差し伸べる。


 礼二郎は手を伸ばしたが、一瞬ためらった。

 触れて……いいのか……?


「いつまでも虫でいると思うな。もう触れても良い」

 少女は片目を瞑り、口元に笑みを浮かべる。


「ユキ……だよな……?」

 礼二郎は目の前にいる少女に問いかける。

 少女は、毛皮のようなあの衣服ではなかった。

 袖も長く、丈の長いワンピースを着ている。

「そうは見えないか?」

「いや……、なんか雰囲気変わったな……」

「当然だ。もう雪虫ではないのだからな。いまの私は白木蓮だ」


 そうだ、あの木は白木蓮だ。


「何せ、木だからな、この寒さはちと辛い。何か温かいものを食わせろ」

「何だよ、ちょっと前までは湯気でやけどしてたくせに!」

「良いではないか」

 ユキは笑い、差し出した手を催促するように振った。

 礼二郎はユキの手を取る。冷えてはいたが、今度は、この手を暖めても良いのだ。

 皆にはなんて説明したらいいんだろう……。そんな考えが頭をよぎる。

「また姉ちゃんと作戦会議だな」

 ぽつりとつぶやく。

「なんか言ったか? レイジ」

 ユキが顔を覗き込んでくる。

「お帰りって言ったんだよ」

「そうか。ただいま、だな」


「いいか、玄関開けたら、でっかい声でもう一回『ただいま』って言えよ」

「任せろ!」


 長いスカートが風になびくと、ふわりと花の香がした。


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