第81話 報道のために
「了解、直ちに」
夢の向こう側からそう返答するヴォロス副長の声が聞こえたような気がして、ロジカ記者ははっと目を見開いた。
「ヴォロス副長……?」
そう寝ぼけた声を上げた彼は、周りに広がるカーテンとかすかな消毒液の香りから、いつの間にかアヴァターラの医務室で寝ていたことを理解した。誰かが部屋を出ていったのか、ドアが閉まる音がした。起き上がった彼に衛生兵が気づき、カウンセラーの徽章をつけた軍医が呼ばれる。軍医は一通り脈拍や体温を測ったあとで、シックな色合いの椅子と机が置かれた小部屋にロジカ記者を案内した。
「おはようございますロジカさん、気分はどんなものですか?」
「不思議なものですが、なんだかスッキリした感じがします」
軍医の質問に答えているうちに、ロジカ記者は何か自分が強くなったような感覚を自分の内側に見いだしていた。一通り質問を終えた軍医は、思い出したように話題を転換する。
「そういえば地上に墜落した重戦艦の説得に当たられていた方でしたね。艦長からは協力に感謝していると伝えてくれ、と。幸いと言っていいかは分かりませんが、重戦艦プーシャンが落着した街区では暴動で既に市街が蹂躙され尽くし、市民も殆どが退避していたので墜落による人的被害は最小限だったようです」
「そうですか」
「また、プーシャンに取り残されていた兵士は重傷者も多く出ましたが死者はなく、全員命に別状はないとのことです」
ロジカ記者が唖然としていると、部屋のドアをノックして入ってきたラタン軍医長が付け加えるように言った。
「艦長から伝えるように言われたので来ました。墜落現場の火災は鎮圧済みです。申請すれば降下の許可も貰えるでしょう。ここまでの診察で問題らしい問題は見当たりませんでしたので、医療チェックは完了です。従軍記者のあなたからすれば早く現場の状況を取材したいところでしょうし、診断書類は優先して処理しておきますね」
「……ありがとうございます」
ロジカ記者はそう言ってラタン軍医長の方を見る。彼女は頷いて去っていく軍医を見送ると、ロジカ記者を促した。
「もう良いでしょう、ここからはあなたの仕事です。あなたの武器を携えて、あなたの戦場へ行くといい。あなたの答えのためにも、それが最良でしょう。荷物は全て従軍記者控室に置いてありますよ」
その言葉に深々とお辞儀をして、ロジカ記者は小部屋を出る。従軍記者控室に向けて廊下を歩きながら、彼は記者の顔に戻っていた。取材許可が出るのは早くても明日である。許可が出るのを待つ間、従軍記者控室に入ったロジカ記者は先ほど寝込んでしまう前に見た出来事のメモを確認しながら記事を書き始めた。現在の時刻は午後八時、朝刊の締め切りは過ぎているが翌日の朝刊になら出せる。ロジカ記者は記事編集用端末の眩しい画面を睨みながら、原稿の執筆を進めていった。辛い出来事のメモだとしても、それが全国民が知りたがっているであろう事実の一端だとしたら、報道できる立場にある者が記事にするべきだ。なるべく客観性を高めた記事を心がけながら、ロジカ記者は文字を打ち込んでいった。




