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かき氷

続きです!読んでください!

翌朝、7月24日。夏希が姿を現してから最初の朝だった。


「夢じゃない……」

これで確定した。夏希は本当にこの世界に戻ってきたんだ。


8月31日まで、あと38日。カーテンの隙間から差し込む朝日に目を覚ますと、すぐ近くで穏やかな寝息が聞こえるような気がした。いや実際に重みがある。


「えぇ……!」

目が覚めて驚いた。昨日の夜、俺のベッドの横でそのまま寝入ってしまったのか、夏希が俺の右腕を抱きしめるようにして、俺の胸元に顔をうずめていた。


「……っ」

心臓が跳ね上がる。昨日、風呂上がりに自分の部屋でダラダラしていた時のやり取りが鮮明に蘇る。


『ねえ涼太、今日ここで寝ていい?』

『べ、別にいいけど……くっつくのはなしな……恥ずいから』

『え〜!せっかくだし、ぎゅーして寝よーよ!』

『ひとまず今日は!また今度、ちゃんと許可取ってからならしていいから!』

俺は顔を真っ赤にして、そう断固拒否したはずだった。なのに夏希はそんなの気にせずに、さっさと俺の腕の中に潜り込んできたのだ。


そして今。夏希の柔らかい肌の感触がある。俺の腕を抱きしめる彼女の指先は昨日よりもさらに透明度を増しているような気がして、胸が締め付けられる。


「……んぅ……」

夏希が小さく寝言を漏らし、さらに強く腕を抱きしめてきた。心なしか昨日より冷たい気がする。あと38八日。この冷たさは1日ごとに強くなっていくのだろうか。


「……夏希、大好きだよ」

そう言って、俺は夏希を抱きしめた。


すると、夏希の長い睫毛が震え、ゆっくりと瞳が開かれた。うとうとと寝ぼけていた琥珀色の瞳が俺の顔を認識した瞬間、カッと大きく見開かれる。


「……あ」

ほんの数センチの距離。俺が「大好き」と零した言葉が寝起きの彼女の鼓膜を直接揺らしたのが分かった。


「……おはよう、夏希」

俺がそう言った途端、夏希の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。昨夜はあんなに大胆に俺の腕を奪って「ぎゅーしよ」なんてねだっていたくせに。自分から仕掛けておいて、いざ俺から抱きしめ返されると、彼女は急にどうしていいか分からなくなったように身体を硬くした。


「ろ、涼太……っ!?」

彼女は慌てて俺の腕の中からするりと抜け出そうとしたが、俺が少しだけ力を込めて抱きしめ直したせいで、行き場を失ったように俺の胸元で止まる。至近距離で見る彼女の顔は昨日のひまわりのような笑顔とはまた違う、年相応のあどけない少女の表情だった。


「……な、な、なんて言ってた?」

夏希は顔を真っ赤にしたまま、小声で問いかけてくる。その目は泳ぎ、耳の先までリンゴのように赤い。やっぱりこいつ、自分から攻めるのは平気なくせに反撃には極端に弱い。


「……だから、大好きだって言ったんだよ」

もう一度、今度は耳元で囁くように伝えると夏希は「うぅ……!」と小さく呻き、俺のシャツをぎゅっと掴んで顔を隠そうとした。


「も、もう!朝からそんなこと言わないでよ……反則!涼太のバカ!」

「バカって……くっついてきたのは夏希だろ」

「そ、それはそうだけど……!心臓に悪いからやめて……」

彼女は恥ずかしさのあまり、俺の胸元に顔を埋めたままジタバタと暴れる。その拍子に彼女の透き通るような指先が俺の肌に触れた。


「……恥ずかしいなら離れる?」

俺が意地悪くそう言うと、夏希はパッと顔を上げて、俺を睨みつけた。


「だ、ダメ!……離れたくない」

彼女は少しだけ口を尖らせながらも、また俺の腕の中に頭を戻した。

その仕草が愛おしくて、俺はもう一度、今度は優しく彼女の髪を撫でた。


8月31日まであと38日。俺たちはどんなふうに今日を始めようか。


「……さあ起きないと。約束したろ、かき氷食べに行くんだから」

俺がそう言うと、夏希は名残惜しそうに腕をほどき、ベッドから降りた。振り返った彼女の頬にはまだうっすらと紅潮が残っている。


「……分かってるよ。今日は私が選んだお店だからね!」

強がるように言う彼女の姿を見て、俺は小さく笑った。この朝の赤面も、かき氷の冷たさも、1日1日、大切に刻んでいこう。俺はそう心に誓った。


⭐︎


「暑いね〜……」


夏希は隣を歩きながら、手で顔の横をパタパタと仰ぐ仕草をした。けれど、その白い額には汗ひとつ浮かんでいない。容赦なく照りつける真夏の太陽は彼女の少し透き通った肩を透過して、アスファルトに薄い影を落としているだけだった。


「夏希は涼しそうだけど。暑さとか感じるのか?」

俺が首に巻いたタオルで汗を拭いながら言うと、夏希は「感じるよ〜。でもちょっと弱まってるのかも。いいでしょ〜?」と笑い、そっと俺の頬に手のひらを当ててきた。


「ひんやりサービス、してあげよっか?」

「お、おおっ……冷たっ」

火照った肌に彼女のひんやりとした指先が心地よい。けれど、それが彼女の『時間が限られている』証拠なのだと思うと、心地よさの裏側でチクリと胸が痛んだ。俺はその痛みを誤魔化すように彼女の手をそっと握りしめた。


「手、繋いでた方が冷たくて気持ちいいから、このままでいい?」

「み、見られたら変だよ……?」

「どうでもいいよ。そんなの」

「涼太ってば急にそういうことする……」

さっきまでの余裕はどこへやら、夏希はまた顔を赤くしてうつむいてしまった。握った手から伝わる彼女の体温——それが今の俺にとってはどんな熱よりも確かに感じられた。ジリジリと鳴くセミの声をBGMに歩くこと十数分。


夏希が「ここだよ!」と指差したのは商店街の路地裏にある、こぢんまりとした昔ながらの甘味処だった。店先には『氷』と書かれた青と白の旗が、扇風機の風に吹かれてパタパタと揺れている。


「いらっしゃいませ。一名様ですか?」

暖簾をくぐると、冷房の涼しい風と一緒に店員のおばあちゃんが穏やかな笑顔で迎えてくれた。


「あっ……そうか」

一瞬、言葉に詰まる。俺のすぐ隣では夏希が嬉しそうに店内を見回しているけれど、おばあちゃんの視線は完全に俺だけを捉えていた。そりゃそうだ。他の人には見えないんだから。


「……あ、はい。一人です」

「はい。じゃあそこの空いてる席にどうぞ」

案内された二人がけのテーブル席に俺と夏希は向かい合って座った。

椅子を引く時、夏希が顔を近づけてきて、人差し指を唇に当てながらクスクスと笑う。


「涼太、ここでは静かにね?周りの人に1人でブツブツ喋ってる変な人だと思われちゃうから」

「そんなこと気にするの初めてだよ……」

声を潜めて睨むと、夏希は「あははっ」と楽しそうにメニューを開いた。しばらくして、おばあちゃんがお水を持って注文を取りにやってきた。俺はできるだけ自然を装いながら、メニューを指差す。


「えっと……宇治金時とイチゴミルクをください」

「はい。宇治金時とイチゴミルクね……。2つでいいのかい?」

おばあちゃんが少し不思議そうな顔をして、俺の前の空いているスペースに目をやった。1人で来店して、かき氷を2つ注文する客なんてそうそういないだろう。


「あ、はい。どっちも食べたくて……お願いします」

「あら贅沢ねぇ。お腹壊さないようにね」

おばあちゃんは優しく微笑むと、伝票を置いて厨房へと戻っていった。去り際、なんとなく申し訳ない気持ちになりながら一息つくと、向かいの席で夏希が声を殺して大爆笑していた。


「ちょっと!『どっちも食べたくて』って、涼太食いしん坊すぎでしょ!」

「……こうするしかないだろ。夏希がイチゴミルク食べたいって言うから……」

やがて目の前に2つのかき氷が運ばれてきた。おばあちゃんが気を利かせて、味が混ざらないようにスプーンを2本、盆に乗せてくれている。

「わあ……!おいしそう!」

夏希は目を輝かせると、さっそくスプーンを手に取った。彼女がイチゴミルクの山にスプーンを差し込み、パクリと口に運ぶ。その様子をじっと眺めながら、俺はふと、ある疑問が浮かんで声を潜めた。


「なあ夏希。これ周りから見たらどうなってんだ?」

「んー?」

夏希は口の周りに練乳を少しつけながら首をかしげた。


「どうって……普通にスプーンが浮いて、かき氷が少しずつどこかに消えたように見えるんじゃない?」

「怪奇現象すぎるだろ……」

俺は自分の宇治金時を口に運びながら、背筋が少し寒くなった。他の客がこっちを見ていないか、ハラハラしながら周囲を盗み見る。幸い、みんな自分の氷に夢中で俺たちのテーブルに注目している様子はなかった。


「夏希も気をつけて食えよ……」

「はーい!んー……うまっ」

俺の忠告も聞いてるか分からないくらい夏希はかき氷を楽しんでいた。その顔を見るだけで俺の心もどんどんと満たされていく。


ありがとうございました!

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