夏の日
新しく始めました!ちょっと切ない夏のお話となっています!
1学期最後のホームルームが終わりのチャイムと共に告げられると、教室は一瞬にして堰を切ったような喧騒に包まれた。
「やっと夏休みだ!」カラオケ行こうぜ!」
笑い合うクラスメイトたちの声が耳をつんざく。窓の外からは肌をジリジリと焦がすような強烈な日差しと、耳鳴りのように響く蝉時雨が容赦なく押し寄せてくる。誰もが新しい季節への期待に胸を膨らませ、眩しい笑顔を浮かべていた。
でも、そんな熱狂と喧騒の渦の中で、俺だけはずっと机に視線を落としたまま、微動だにできずにいた。
周囲の笑い声が耳に届くたび、心と現実の間に分厚いガラスがはめ込まれているような感覚になる。みんなが生きているこの鮮やかな世界から、俺一人だけが完全に切り離されている。
……あの日から俺は笑えなくなった。
半年前。息が白く染まる、凍えるような季節。物心ついた時からの幼馴染であり、俺の大切な恋人だった夏希は突然この世界からいなくなった。
横断歩道での交通事故だった。信号無視をして突っ込んできたトラック。夏希は青信号を渡っていただけだ。あいつは何も悪くなかった。理不尽な鉄の塊があっけなく彼女の未来を、俺のすべてを奪い去った。
あの日から、俺の心にはぽっかりと暗くて冷たい穴が空いたままだ。夏が来て、どれだけ外の気温が上がろうと、俺の内側だけはあの冬の日のまま凍りついている。重い足取りで学校を出て、熱気を含んだアスファルトの帰り道を1人でトボトボと歩く。2人で歩き慣れたこの道にはどこを見ても夏希の面影がこびりついている。
夏希は太陽みたいなやつだった。勝ち気で、喜怒哀楽がコロコロと変わって、でも誰より真っ直ぐで。放課後になれば、所属していた競技かるた部で、テーピングを巻いた指先を赤くしながら、真剣な横顔で百人一首の札を払っていた。畳を叩く鋭い音と、汗を拭う夏希の姿。俺が部室を覗きに行くと、いつだって一番に気がついて小走りで駆け寄ってくる。
怒る時は本気で怒り、笑う時はお腹を抱えて笑う。笑うと少しだけ覗く、小さな八重歯。俺の名前を呼ぶ時、語尾にちっちゃい「っ」がつくあの跳ねるような、少し甘えた呼び方。ふとした瞬間に香る、柑橘系のシャンプーの匂い。幼い頃からずっとそばにいるのが当たり前すぎて、俺はその眩しさに甘えきっていた。
俺の隣にはいつだって夏希がいて、明日も明後日も、来年も再来年も、この先ずっと一緒にいるものだと、何の疑いもなく信じ込んでいたのだ。
空を見上げると、痛いくらいに青い空が巨大な入道雲を抱えていた。
夏希と一緒に見るはずだった夏。そんなことを考えるたび、どうしても「最後の会話」が頭をよぎり、胸を鋭い刃物でえぐられるような痛みが走る。
最後はくだらない喧嘩だった。付き合って半年を迎えた、記念日の冬の日。俺はあろうことか、夏希と約束していたデートの日に寝坊をした。スマホの画面を見た時の血の気が引く感覚は今でも鮮明に覚えている。
急いで準備をして、息を切らして待ち合わせ場所の駅前に駆けつけた時には、約束の時間をとうに過ぎていた。雪がチラつくほどの冷たい風が吹く中、夏希は一人でずっと待っていた。鼻の頭を赤くした彼女は駆け寄った俺の顔を見るなり、張り詰めていた糸が切れたようにボロボロと大粒の涙をこぼした。
『私のことなんてどうでもいいんでしょ……っ』
震える声だった。いつも強気な夏希があんなに縋るような、弱々しい声を出したのは初めてだった。
『記念日だって、本当は面倒だったんでしょ。結局、ただの幼馴染だとしか思ってないんだよ……!』
違う。そうじゃない。告白は確かに夏希からだった。でもそれは、ずっとそばにいるのが当たり前で、関係を壊すのが怖くて、俺から言い出せなかっただけだ。俺だって心の底から夏希が好きだった。世界中の誰よりも。
だからこそ、夏希のその言葉が刃物のように深く刺さった。本当に好きだったからそんな風に思われていたことが悲しくて、情けなくて。そして、俺は最低な変な意地を張ってしまった。
『そう思うなら……そうなんじゃない?』
売り言葉に買い言葉。最低な言葉を投げつけた。全部、遅刻した俺が悪いのに。何時間も寒い中で待たせてしまった俺が這いつくばってでも謝らなきゃいけないのに。
ビクッと肩を震わせた夏希の顔から、スッと表情が消えた。そのまま俯き、背を向けて歩き出した彼女の小さな背中を俺は追いかけることすらしなかった。
結局、それが夏希との最後の記憶になった。「明日、学校でちゃんと謝ろう」。幼馴染の俺たちなら明日になればまたいつものように笑い合えるはずだと、勝手に信じ込んでいた。
そして次の日、夏希は死んだ。あの背中がこの世界で見た最後の姿になった。
「っ……」
蝉の鳴き声が耳鳴りのようにガンガンと頭の中で響く。歩くたびに、後悔が泥のように足にまとわりついてくる。
謝りたかった。俺が悪かったと、ごめんと言いたかった。ただの幼馴染なんかじゃない。夏希のことが大好きだと、どうしてあの時、素直に伝えられなかったんだ。
……あの笑顔が見たい。怒った顔じゃなくて、泣いた顔じゃなくて、些細なことで笑い転げる、あの屈託のない笑顔。
……名前を呼んでほしい。あの跳ねるような、少し甘えた声で。
「夏希に……会いたい」
震える声で呟いた瞬間、限界だった。堪えきれなくなった感情がダムの決壊のように溢れ出し、俺は誰も通らない帰り道の途中で、焼け付くようなアスファルトに膝をついた。
両手で顔を覆い、喉の奥から獣のような嗚咽が漏れた。高校生とは思えないほど、声を上げて泣いた。ただ、夏希がいないこの世界がどうしようもなく寂しくて、痛くて、苦しくて、息をするのすら辛かった。
どれくらいアスファルトに涙を落としていただろうか。不意に、頭上から声が降ってきたーー。
「なーに泣いてんの?男の子でしょ?ほら立って。涙拭いて」
心臓がドクンと激しく跳ねた。呼吸が止まった。聞き間違えるわけがない。この半年間、記憶の中で何度も何度も再生しては、そのたびに絶望してきた声。世界で1番大好きで、ずっと聞きたかった声。
鼓動が痛いほどに早鐘を打つ。そんなはずがない。だってあいつはもう――。涙で視界がぼやける中、縋るように、祈るように、ゆっくりと顔を上げた。
照りつけるような夏の太陽を背にしてそこに立っていたのは。
「よっ。久しぶり」
「夏希……?」
あの冬の日から少しも変わらない。見慣れた八重歯を覗かせて笑う、大好きな夏希がそこにいた。
ありがとうございました!
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『ミッドナイトランデヴー』という作品も同時に始めたのでぜひ読んでください!
そして、『インビジブルシンデレラ』も結構な数の話が出てます!投稿を止めるつもりはないので、ぜひ読んで続きをお待ちください!




