生存競争に付き合う朝
――ピンポンパンポーン。
無機質な電子音が、やけに広い校舎に響いた。
「……っ」
浅い眠りから引き剥がされるように、俺――雨宮は目を開ける。
教室の床に背中を預けたまま、しばらく天井を見上げていた。
誰も喋らない。
いや、“喋れない”のかもしれない。
――昨日の夜を、思い出しているから。
「朝時間になりました」
感情のないアナウンスが続く。
「現在の生存者は、24名です」
「……」
「……は?」
誰かが小さく声を漏らした。
つまり――6人、死んだ。
頭では分かっているのに、実感が追いつかない。
ただ、胃の奥がじわじわと冷えていく。
「死亡者を発表します」
一拍。
「黒瀬 陸」
「西園寺 悠斗」
「白石 蓮」
「三上 玲奈」
「山口 大輝」
「長谷川 涼」
名前が、順番に読み上げられていく。
そのたびに、教室の空気がわずかに歪む。
「……っ」
西園寺の名前が出た瞬間、女子の一人が口を押さえた。
仲が良かったのだろう。
でも――泣き声は上がらない。
ここでは、“感情を出すこと”自体が弱みになる。
「なお、死亡の瞬間はすでに配信されています」
淡々とした補足。
つまり――
僕たちはもう、“視聴されている”。
「続いて、神器の使用により追加された禁止エリアを発表します」
神器。
その言葉に、全員の意識が一斉に引き寄せられる。
昨日の夜、誰かが使った。
あの、現実を捻じ曲げるような“何か”。
「禁止エリア――体育館通路」
ざわっ、と空気が揺れた。
「当該エリアへの侵入は即時死亡となります」
「……体育館通路って」
誰かが呟く。
「あそこ、校舎の動線の要じゃん……」
その通りだ。
体育館通路は、校舎の左右を繋ぐほぼ唯一のルート。
そこが封鎖されるということは――
校舎の三分の一が事実上、孤立する。
「禁止エリアは、無敵の人によって指定されました」
その一言で、全員の思考が一致した。
――明星 聖輝。
自然と、視線が一箇所に集まる。
教室の後方。
窓際。
「……♪」
そこにいた。
無表情のまま、鼻歌を歌っている男。
まるで、ただの朝を迎えたかのように。
「……」
目が合った。
いや、違う。
あいつは僕を見ていない。
“見ている必要がない”みたいに。
「ふふ」
小さく、笑った気がした。
ぞく、と背筋に冷たいものが走る。
あいつは――
もう5人死んだことを、何とも思っていない。
それどころか。
その中に、“自分の手で殺したやつ”がいる可能性が高いのに。
「よく切れるね」
――昨日、配信で聞こえた声が、頭の奥で蘇る。
軽い調子。
楽しそうでも、残酷でもない。
ただの“感想”。
あれが、人を殺した直後の言葉だ。
「朝時間は30分です」
アナウンスが続く。
「この時間中は戦闘行為が禁止されています」
「その後、通常行動へ移行します」
つまり――
また始まる。
「……」
教室内で、微妙に距離が変わり始める。
仲のいい者同士で固まる者。
逆に、あえて一人でいる者。
誰が“強盗”なのか。
誰が“次に動く”のか。
疑いが、静かに広がっていく。
「……雨宮くん」
小さな声。
振り向くと、同じ班だった女子がいた。
「これ……どうするの?」
どうする、か。
「……とりあえず」
喉が少し乾いている。
「生き残るしかない」
当たり前の答えしか出ない。
でも、それ以外に選択肢はない。
「……そう、だよね」
彼女は頷いたが、目は揺れている。
当然だ。
全員、同じだ。
「……♪」
また、あの鼻歌。
明星だ。
机に腰掛け、どこか遠くを見ながら、楽しそうに指でリズムを取っている。
武器は見えない。
けど――
持っている。
絶対に。
あいつはもう、“準備を終えている側”だ。
「……」
視線を逸らす。
今は関わるべきじゃない。
あいつは――
ルールの外側にいる。
投票も効かない。
標的にもならない。
なのに、好き勝手に殺せる。
「残り時間、20分」
アナウンス。
時間だけが、無情に進む。
「……」
僕は静かに拳を握った。
このままじゃ、いずれ死ぬ。
誰かに殺されるか、
投票で消されるか。
あるいは――
あいつに、見つかるか。
「……」
窓の外を見る。
朝の光は、やけに普通だった。
こんな状況なのに。
「……やるしかないか」
小さく呟く。
誰にも聞こえないように。
生き残るために。
このゲームを――
理解して、利用する。
「……♪」
背後で、また鼻歌が響く。
その音が、やけに近く感じた。




