第一話 幽閉、利口、逝く前に
中学三年のある日、校舎とその周辺一帯は突如として封鎖された。外部との連絡は遮断され、首輪を装着された生徒たちに告げられたのは、ただ一つのルール――「最も危険な生徒に投票しろ」。毎日17時半、疑いは票となり、最多得票者は容赦なく処刑される。
だが、このゲームは単なる殺し合いでは終わらない。
日中は自由に行動できるが、7時半から17時までは殺害が許可され、校内は戦場と化す。一方で就寝時間中は全員が強制的に拘束されるはずだった――“例外”を除いて。
日替わりで選ばれる役職者。
就寝中に他者を襲い、物資を奪う「強盗」。
そして、すべてを失う代わりに夜を自由に動き、四人を即座に葬る神器を振るうことができる「無敵の人」。
さらに、1時間ごとに拡大する禁止エリアが逃げ場を奪い、首輪に仕込まれた監視と爆弾が反抗を許さない。
このデスゲームの本質は、“誰が危険か”を見抜くことではない。
誰を危険だと思わせるか――疑いを操ること。
役職持ちが全員死ねば、それ以外は生き残れる。
ならば隠れるか、暴くか、それとも利用するか。
疑心暗鬼に満ちた教室で、票は武器となり、嘘は盾となる。
これは、力ではなく思考で殺すための戦い。
――最後に生き残るのは、最も強い者ではない。
最も“疑われなかった者”だ。
最初に違和感に気づいたのは、チャイムが鳴らなかったことだ。
七時半。始業のはずの時間に、校内は妙に静かだった。窓の外を見ると、校門は閉ざされ、見慣れた通学路には人影がない。教室の空気は、理由のわからない不安で満ちていた。
そして、天井のスピーカーが鳴った。
『中学三年生の皆さんへ。これより、校舎および周辺区域は封鎖されました』
ざわつきが一瞬で凍る。
『ルールを説明します。七時三十分から十七時までの間、殺害行為を許可します。十七時三十分から十八時までは投票時間。“最も危険だと思う生徒”に投票してください。最多得票者は処刑されます』
誰かが笑った。冗談だと思ったのだろう。俺、雨宮恒一もそう思いたかった。
『投票は役職持ちに対して有効です。役職持ちが全員死亡した場合、その他の生徒は生存となります。役職は日替わりです』
教室のあちこちで息を呑む音が重なった。
『就寝時間は二十時から翌六時。全員、行動・会話・視覚を制限します。ただし例外として、役職“強盗”三名と“無敵の人”一名は夜間行動が可能です』
そこで一拍、間が置かれる。
『“無敵の人”は事前アンケートで最も嫌われた生徒に固定されます。投票の対象外であり、投票権も持ちません。その代わり、夜間に自由行動が可能であり、神器の使用権を持ちます』
教室の視線が、自然と一箇所に集まった。
明星聖輝。
窓際の席で、彼はいつも通り無表情に座っている。目立たないはずなのに、目立つ。視線を集めるというより、視線が吸い寄せられていくような存在感。
小さく、鼻歌が聞こえた。
『神器“喪滅剣ダーインスレイヴ”。使用時、任意の生徒四名を即時死亡させ、同時に禁止エリアを拡大します。一日に一度のみ、使用できます。』
四人。
数字の軽さに反して、意味は重い。
『なお、禁止エリアは一時間ごとに拡大します。放送されてから10分後には禁止エリアから出てください。違反者は首輪により爆破されます。首輪には監視カメラおよび盗聴機能が搭載されています』
誰かが首元を掴んだ。黒いリングが、確かにそこにある。
『支給品はランダムな武器と一週間分の食料です。また——』
わずかに、声の調子が変わる。
『生徒を一人殺害するごとに、投票権を一票付与します』
空気が変わった。
“殺すこと”が、ただの生存手段ではなくなる。票になる。力になる。
『最終的な生存者には十億円が支払われます。ただし、生存者全員で分配します』
つまり、最後まで人数が減らなければ、一人あたりは減る。
逆に言えば——。
『以上です。健闘を祈ります』
スピーカーが切れた。
静寂。
誰も、すぐには動かなかった。
当然だ。状況を理解するのに時間がいる。理解したとしても、行動に移すまでにはさらに時間がかかる。
——三十分。
その“空白”が、最初の分岐点だった。
廊下に出たとき、空気の質が変わっているのがわかった。
さっきまでの“わからない不安”は、もうない。代わりにあるのは、もっと単純なものだ。
警戒。
多くのクラスメイトと共に、家庭科室に着いた頃、足音が二つ、前方で重なった。
「……やるのか?」
「……先にやったほうが勝つ」
声は、鬼塚と相沢。
鬼塚は金属バットを肩に担ぎ、相沢は妙に低い姿勢で距離を詰めている。どちらも、もう“躊躇”の段階を抜けていた。
俺は角を曲がる手前で足を止める。視界に入らない位置から様子を見る。
先に動いたのは相沢だった。踏み込みが速い。低い軌道で一気に懐に入る。
鬼塚がバットを振り下ろす——。
その、間に。
音もなく、一人が割り込んだ。
細い刃が、陽にきらりと反射する。
フルーツナイフ。
それが、迷いなく相沢の喉元へ滑り込む。
「——」
声にならない息が漏れる。相沢の身体が、糸の切れたように崩れた。
血が、遅れて床に落ちる。
間に入った人物は、刃を引き抜きながら首を傾げた。
「よく切れるね」
明星聖輝だった。
無表情のまま、まるで包丁の切れ味を確かめるみたいに呟く。足元に転がる身体にも、向かい合う鬼塚にも、視線の温度は変わらない。
鬼塚が一瞬、固まる。
「……てめぇ……!」
怒鳴りながらバットを振り上げる。その動きに無駄はない。だが——。
明星は一歩だけ、半歩だけ、位置をずらした。
振り下ろされたバットが空を切る。
そのまま、手首に触れる。掴む。捻る。
関節が悲鳴を上げる音。
バットが床に落ちた。
次の瞬間、鬼塚は膝をついていた。腕を極められ、体勢を崩されている。明星はその背後に立ち、ナイフを軽く持ち替える。
だが、刺さない。
ただ、見下ろす。
「……まだ使えるね」
ぽつりと呟いて、手を離した。
鬼塚は反射的に距離を取る。顔には、さっきまでなかった種類の恐怖が浮かんでいた。
明星はそれ以上追わない。興味が切れたみたいに、床に落ちたハンマーを拾い上げる。いつの間にか手にしていたらしい。軽く振って重さを確かめる。
鼻歌が戻る。
そのまま、廊下の奥へ歩いていった。
残されたのは、血と、息の荒い鬼塚と——。
『ただいまの死亡者をお知らせします。相沢駿、死亡』
校内放送。
乾いた声が、現実を固定する。
誰かが死ねば、すぐに全員が知る。隠せない。ごまかせない。
俺は壁に背をつけたまま、ゆっくり息を吐いた。
整理する。
殺害は可能。
殺せば票が増える。
投票で人が死ぬ。
役職を全員潰せば終わる。
夜は限られた人間だけが動く。
そして——。
明星は投票されない。票も持たない。だが、夜に自由で、四人を一度に殺せる。
あれは、プレイヤーじゃない。
盤面そのものを壊す存在だ。
廊下の奥で、まだかすかに鼻歌が聞こえる。
あれをどう扱うか。
利用するのか、避けるのか、それとも——。
十七時半まで、あと十時間。
最初の投票で誰を落とすかで、このゲームの流れは決まる。
俺は教室へ戻りながら、頭の中で名前を並べた。
“最も危険な生徒”。
——それを、作る。




