第四章14『暁の建国宣言、そして星空の彼方へ』
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
地響きのような重低音と共に、大魔導士の遺産の最奥を塞いでいた巨大な金属の扉が、完全に開き切った。
そこから溢れ出した青白い光は、冷たいデジタルの輝きでありながら、どこか懐かしい魔力の温もりを帯びていた。
1. 扉の奥の深淵、かつての『私』からの伝言
「……行くわよ」
シオンは、眩しさに目を細めながら、魔剣『雷月』を片手に、光の奥へと足を踏み入れた。
隣には白銀の聖剣を握るリオナが並び、背後からはハクとカイル、そしてアノンが続く。
光のヴェールを抜けた先。
そこは、巨大なドーム状の空間だった。
中央には、複雑な歯車と無数の光ケーブルが絡み合った、心臓のように脈打つ巨大な機械――『次元ハッキング・エンジン』が鎮座している。
そして、そのエンジンの前に、青白い光の粒子で構成された【ホログラムの人物】が、静かに立っていた。
純白の白衣を羽織り、氷のような冷たさと純粋な光の両方を宿した瞳を持つ、一人の魔導士。
「……あれは」
リオナが息を呑む。
シオンの紫の瞳も、限界まで見開かれた。
それは、第八部で創造神の眼の深淵にダイブした際、記憶の中で見た「シオンとリオナの前世の姿」、すなわち、魂が二つに引き裂かれる前の『大魔導士』そのものだった。
『……生体波長、及び魔力シグネチャーの完全一致を確認。
……よくぞここまで辿り着いた。未来の私、あるいは……私の魂の欠片たちよ』
ホログラムの大魔導士が、静かに口を開いた。
その声は、シオンの凛とした響きと、リオナの透き通るような響きが、完璧に重なり合ったような不思議な二重音声だった。
「……ただの録画データ(レコード)ね。前世の私」
シオンが、警戒を解かずにホログラムと対峙する。
『そうだ。これは、私が神のシステム(追跡者)に敗北し、魂を分割される直前に、最後の魔力を振り絞ってこのサーバーに遺した【遺言】だ』
ホログラムは、悲しげに目を伏せた。
『未来の私よ。お前たちは今、なぜ自分が引き裂かれ、凄惨な運命を歩まされたのか、その【本当の理由】を知りたくてここへ来たのだろう』
「アノンから少しだけ聞いたわ」
シオンが、背後の銀髪の少女をチラリと見る。
「神のシステムの中枢にいる『管理者』は、機械じゃない。私たちと同じ魂の波長を持った人間だってね」
ホログラムの大魔導士は、小さく頷いた。
『……その通りだ。管理者は、私の……かつての私の、たった一人の【無二の親友】だった』
「親友……!」
リオナが驚きに声を上げる。
『私たちは共に、この理不尽な寿命と運命に縛られた世界を救おうと研究を重ねた。しかし、私の魔法の力は強大すぎた。……私の反逆の魔法は、世界を救うどころか、星そのものを自壊させるほどの【致命的なエラー】を引き起こしてしまったのだ』
大魔導士のホログラムが、苦痛に顔を歪める。
『世界が崩壊する直前。私の親友は、私を止めるため……そして、世界を維持するために、自らの肉体と魂を犠牲にして、崩壊しゆくシステムの【人柱】となった。……それが、現在の管理者だ』
「……そんな」
シオンが、息を呑む。
彼らを苦しめてきた憎きシステムの親玉は、かつて世界と親友(前世のシオンたち)を救うために自らを犠牲にした、悲しき救世主だったというのか。
『管理者は、冷酷なシステムと同化しながらも、ただ一つ、私(特異点)を完全に消去することだけは拒んだ。……その結果が、魂の二分割と、箱庭への幽閉だ。
……すべては、私の傲慢さが招いた罪。私は、親友を永遠の孤独な玉座に縛り付けてしまったのだ』
ホログラムの瞳から、光の涙がこぼれ落ちる。
『未来の私よ。この【次元ハッキング・エンジン】を使えば、管理者のいる現実世界へ、物理的なゲートを開くことができる。
……もし、お前たちにまだ、親友を救いたいという意志があるのなら。このエンジンを起動し、管理者を……あいつを、システムの呪縛から解放してやってくれ。……頼む』
その言葉を最後に、大魔導士のホログラムは光の粒子となって空間に溶け、完全に消滅した。
2. 受け継がない罪、新しい私たちらしい反逆
地下ドームに、重く、静かな沈黙が降りた。
「……なんてこった。神様をぶっ飛ばそうと思ったら、その神様は、てめぇらの前世のダチだったってわけか」
ハクが、頭を掻きむしりながらため息をついた。
「どいつもこいつも、自己犠牲ばっかりで反吐が出るぜ。……で、どうすんだ、シオン。そのバカデカい機械を動かして、今すぐ現実世界の東京に殴り込みをかけるか?」
ハクの問いに、シオンは無言で次元ハッキング・エンジンを見上げていた。
「シオン様……」
カイルが、心配そうにシオンの横顔を見つめる。
前世の罪。親友をシステムの人柱にしてしまったという、取り返しのつかない後悔。
大魔導士の記憶を受け継いでいるシオンとリオナにとって、それは、自分たちの心に直接突き刺さる重い十字架だった。
だが。
「……バカね、前世の私」
シオンは、不意に、フッと小さく笑い声を漏らした。
「え?」
リオナが不思議そうにシオンを見る。
「親友を犠牲にして、その罪悪感で泣きながらこんな遺言を残すなんて。……本当に、一人で全部抱え込もうとする、不器用で大バカな天才だわ」
シオンは、魔剣『雷月』を背中のギターケースに無造作に放り込み、レザージャケットのポケットに両手を突っ込んだ。
「ハク。カイル」
シオンが、後ろに控える二人の騎士を振り返る。
「あんたたち、もし私が世界を滅ぼしそうになったら、どうする?」
突然の問いに、ハクは鼻で笑って即答した。
「決まってんだろ。てめぇの頭を思いっきり引っぱたいて目を覚まさせて、その後で一緒に世界の責任を背負ってやるよ」
カイルも、生身の右手を胸に当てて、優しく微笑んだ。
「僕はリオナ様の盾ですが、貴女たち姉妹が罪を背負うというのなら、その罪の重さの半分は、僕のこの肩で引き受けます。……それが、家族というものでしょう?」
二人の答えに、シオンの紫の瞳が、これまでにないほど柔らかく、そして誇らしげに輝いた。
「聞いた、リオナ? ……これが、今の私たちの強さよ」
シオンが、隣に立つ妹の肩を抱き寄せる。
「前世の私は、一人だった。だから、親友を止めることができず、犠牲にしてしまった。……でも、今の私たちには、間違った時にぶん殴ってくれる馬鹿犬も、一緒に罪を背負ってくれるお堅い騎士もいる」
リオナも、シオンの言葉に深く頷き、白銀の瞳に強い決意の光を宿した。
「うん! 前世の私たちの心残りは、今の私たちが絶対に解決する!……でも、前世の罪悪感に押し潰されて、悲しい顔で戦うのはナシ! 私たちは、私たちのやり方で、あの泣いている神様(管理者)を助けに行くの!」
シオンとリオナ。
二人の少女は、大魔導士の遺した重い鎖を、「自分たちらしい反逆」という形で、見事に噛み砕いてみせたのだ。
「……そうと決まれば、こんな湿っぽい地下遺跡に長居は無用ね」
シオンは、巨大な次元ハッキング・エンジンの制御端末に手を伸ばし、それを乱暴に引き抜いた。
ゴォォォォン……!
コアを抜かれたエンジンが、完全に機能を停止し、青白い光が消えて沈黙する。
『……特異点アルファ。なぜ、エンジンを起動しないのですか?』
アノンが、無表情のまま小首を傾げる。
『今すぐゲートを開き、管理者の元へ向かうのが、最も論理的な問題解決のフローのはずです』
「今すぐには行かないわよ、アノン」
シオンが、引き抜いたコアを空中に放り投げ、キャッチしてポケットにしまった。
「私たちはつい昨日、あの面倒な追跡者たちからこの次元を切り離して、新しい国を創ったばっかりなのよ? 地上じゃ、ジーグ将軍やヤクザたちが、汗水垂らして私たちの『帰る場所(家)』を作ってくれてる。……そこを放ったらかしにして、また次の戦争に行けって?」
シオンは、アノンの頭をポンと撫でた。
「あの東京のサイバーパンクのド真ん中に殴り込みをかけるのは、私たちの国が、誰にも負けないくらい豊かで、バカみたいに笑える最強の要塞に育ってからよ。……それまでは、このエンジンはお預け」
『……非効率です。しかし、貴女の生体データから検出されるドーパミンの数値は、極めて高い。……これが、貴女の言う「家族」というバグの力ですか』
アノンが、少しだけ不思議そうに、だがどこか納得したように呟く。
「さあ、地上に帰るわよ! みんなが待ってるわ!」
リオナが、カイルの手を引いて、出口へと向かって走り出す。
「おう! 今夜は昨日の宴の残りの肉で、とびきりデカいバーベキューだ!!」
ハクも、影を足元に広げて、上機嫌で後を追う。
シオンは、最後に一度だけ、静まり返った地下ドームを振り返り……フッと笑って、光射す地上への階段を駆け上がり始めた。
3. 混沌と魔法の都市、大泉の新しい朝
「おーい! シオンの姉ちゃーーん!! 戻ってきたかーー!!」
縦穴の入り口から地上へ飛び出したシオンたちを待っていたのは、ヤクザの若頭・龍崎の、場違いなほど陽気なダミ声だった。
「……龍崎。それに、みんな」
シオンが目を開けると、そこには、信じられない光景が広がっていた。
彼らが地下に潜っていたたった数日の間に、『暁の自由都市』は、凄まじい変貌を遂げていたのだ。
古代東洋風の朱塗りの城壁の随所に、現実世界から持ち込まれた『巨大なソーラーパネル』や『LEDの投光器』が設置され、サイバーパンクとファンタジーが融合したような、異様だが圧倒的に美しい城塞へと進化している。
広場には、ヤクザのデコトラが「移動式クレーン」として改造され、カエレンやトビーたちがそれを使って、木材と鉄骨を組み合わせた新しい居住用のバラックを次々と組み上げている。
さらに、ルミスの結界魔術が、鉄筋のジョイント部分を魔法の光で溶接し、ニムの調合した特殊な薬液が、木材を腐敗から守るコーティング剤として塗布されていた。
「これ……全部、あんたたちがやったの?」
シオンが、あまりのカオスでエネルギッシュな光景に、開いた口が塞がらない。
「ガハハハ! 驚いたか姉ちゃん! カイルの兄ちゃんの魔力コンセントがなくても、俺たちがMドンからパクってきた……いや、調達してきたソーラーパネルと、ルミス先生の光魔法を組み合わせりゃ、無限のクリーンエネルギーが作れることが分かってな!」
龍崎が、腰に手を当てて誇らしげに胸を張る。
「シオン様! リオナ殿下! ご無事で何よりです!」
純白の甲冑をピカピカに磨き上げたジーグ将軍が、歩み寄ってきて深く片膝をついた。
「我々光の騎士と、泥ネズミ、そして龍崎殿たち極道の知恵を結集し……この大泉町の地盤をベースにした、全く新しい『我々の国』の基礎が、ついに完成いたしました!」
「……将軍」
シオンは、ジーグの顔を見て、そして、泥と汗に塗れながらも、最高の笑顔でこちらに手を振っている昼国・夜国・極道の男たちの姿を見渡した。
かつては殺し合い、憎み合い、そして現実世界のシステムのバグに翻弄された彼ら。
しかし今、彼らは誰の命令でもなく、自分たちの意志で、このカオスな新世界に「生きる場所」を力強く築き上げているのだ。
「シオン様」
黒スーツにサングラス姿のゼッカが、歩み寄ってきて恭しく一礼する。
「地下の探索、ご苦労様でした。……それで、いずれはこの街も、建国の宣言を内外に示す必要があります。我々の新しい国の名……女王陛下は、いかようになさいますか?」
ゼッカの問いに、広場にいた全員の手が止まり、その視線が、シオンとリオナの二人に集中した。
4. 建国宣言、暁と黄昏が交わる空の下で
シオンは、ゆっくりと息を吸い込み、リオナと目を合わせた。
リオナが、嬉しそうに頷く。
シオンは、レザージャケットのポケットから手を出し、広場の中央、最も高いデコトラの荷台(特設ステージ)へと、軽やかに跳躍して登った。
「……みんな。聞いて」
シオンの凛とした声が、魔力を使わずとも、澄み切った新世界の空気に乗って、全員の耳に真っ直ぐに届いた。
「私たちは、十五年間、狂った神様の箱庭の中で、光と闇に分けられて殺し合ってきた。……そして三日前、現実のシステムというもっと理不尽な暴力に、すべてを消されそうになった」
シオンの言葉に、ゴランやアリア、そしてヤクザの舎弟たちも、真剣な顔で耳を傾ける。
「でも、私たちは抗った。魔法と、剣と、影と、ダンプカーと、カップラーメンで!! 私たちは、神様のシステムをぶっ壊して、この空っ風の吹く大地に、自分たちだけの居場所をぶん取ったのよ!!」
「「「うおおおおぉぉぉぉっ!!!」」」
兵士たちから、地鳴りのような歓声が上がる。
「前世の罪とか、システムの管理者とか、この先も面倒な敵は山ほどいるわ。……いつか、私たちは現実の東京のド真ん中に殴り込みをかけて、あの泣き虫の神様を引っぱたきに行く!」
シオンは、右手を高く天へと突き上げた。
「でも、その前に! 私たちはここで、最強の国を創るわ!! 光も闇も、ファンタジーも現実も、極道も騎士も関係ない! 誰もが腹一杯飯を食って、バカみたいに笑い合える、最高にカオスな私たちの国を!!」
シオンの紫の瞳が、これ以上ないほどに美しく、誇り高く輝いた。
「この国の名は――【新星都市・大泉】!!
過去の微睡み(まどろみ)から目覚めた、私たちの新しい夜明けよ!!」
「「「新星都市・大泉、万歳!! シオン女王陛下、万歳!! リオナ殿下、万歳!!」」」
ジーグの咆哮を皮切りに、数千の民の声が、歓喜の爆発となって新世界の空に響き渡った。
「ガハハハ! 最高だぜシオンの姉ちゃん! 俺たち龍崎組も、ノヴァ・ポリスの裏の治安維持部隊として、一生体を張らせてもらうぜ!!」
龍崎が、クラッカーを盛大に鳴らす。
「お姉ちゃん、かっこいい!!」
リオナが、ステージに飛び乗ってシオンに抱きつく。
「もう、あんたも女王なんだから、少しは威厳を持ちなさいよ」
シオンが、照れ隠しにリオナの鼻をピンと弾く。
ステージの下では、ハクが腕を組んで、その眩しい光景を誇らしげに見上げていた。
「……チッ。ヤクザの親分に、女王の番犬か。俺の肩書きも随分と騒がしくなっちまったもんだ」
「ふふっ。でも、ハク殿のその尻尾(影)、とても嬉しそうに揺れていますよ」
隣に並んだカイルが、ハクをからかうように微笑む。
「うるせぇ! てめぇもその顔、緩みっぱなしだろうが!」
二人の騎士が、互いの肩を小突き合いながら、主たちの晴れ舞台を心から祝福していた。
アノンは、その賑やかな光景を、ポケットから出したチュッパチャプスを舐めながら、無表情のまま静かに「記録」し続けている。
終わらない歓声と、空っ風が吹き抜ける青空。
泥に塗れた死神の少女は、ついに本当の『王』となり、愛する家族たちと共に、誰にも縛られない自由な明日を手に入れたのだ。
5. エピローグ:星空の彼方、次なる反逆へのプロローグ
その日の夜。
『新星都市・大泉』の城壁の最も高い屋根の上で。
大宴会の喧騒を抜け出したシオン、リオナ、ハク、カイル、そしてアノンの五人は、満天の星空を見上げていた。
「……綺麗ね」
シオンが、夜空に瞬く無数の星々を見つめて呟く。
「うん。この星空は、システムが作ったホログラムじゃない、本物の星空なんだね」
リオナが、カイルと手を繋ぎながら微笑む。
「……なあ、シオン」
ハクが、背中の影をリラックスさせたまま、空を指差した。
「あの星の、ずーっと向こう側に。……俺たちの世界を消そうとした、東京の摩天楼(現実世界のサーバー)と、あの泣き虫の神様がいるんだよな」
「ええ、そうよ」
シオンは、ポケットの中に入っている『次元ハッキング・エンジンのコア』を、指先でそっと撫でた。
「今はまだ、行かないわ。……この街のみんなが、安心して暮らせるだけの強固な要塞を築き上げてからよ」
シオンは、紫の瞳に不敵な反逆の光を宿し、星空の彼方――次元の壁の向こう側を睨み据えた。
「でも、待ってなさい。追跡者。管理者。
……あなたたちの創った冷たいディストピアを、私たちがこの『魔法とヤクザとカオスの力』で、根本からハッキングしてぶっ壊してあげるから!!」
シオンの力強い宣言に、ハクも、カイルも、リオナも、力強く頷いた。
アノンだけが、コテンと首を傾げて、静かに夜空を瞬きして見つめている。
暁の星徒たちの、長く苦しかった「黄昏時の微睡み(箱庭の戦争)」は、今、完全に幕を閉じた。
泥だらけの異邦人たちは、現代のコンクリートの森に、確かな自分たちの足跡を刻み込んだ。
彼らの本当の『神殺し』の反逆劇は、この星空の彼方で、静かに、そして熱く、その幕開けの時を待っているのである――。




