第一章3『黄金の救済』
天雷閣にカイル・ヴァン・アストラルが着任したのは、リオナが十二歳を迎えた、黄金の雨が最も激しく降り注ぐ季節だった。王都屈指の聖騎士の家系に生まれ、若くして光帝ソルの信任を得た彼は、リオナにとって「父の眼」そのものであった。
最初の数年間、二人の間に言葉はなかった。 カイルは常にリオナの三歩後ろに控え、彼女が魔獣を討伐する様を、あるいは「浄化の儀」で苦しむ様を、無機質な記録官のように見守り続けた。リオナにとって、カイルの放つ安定した『太光』の魔力は、自分の『不浄』を際立たせる忌々しい鏡でしかなかった。
「……見ていて楽しい? 私が父様に、化け物のように扱われるのを記録するのは」
ある夜、戦傷の痛みに耐えかねたリオナが、背後のカイルに毒を吐いた。だが、カイルは表情を一つ変えず、ただ静かに答える。 「私は任務を遂行しているだけです、殿下」 その徹底した拒絶が、リオナをさらに孤独の深淵へと追い詰めていった。
転機が訪れたのは、リオナが十四歳になった冬のことだ。 国境付近で発生した大規模な魔獣の氾濫により、リオナは自身の魔力の限界を超えて黄金の雷を放ち続けた。敵を殲滅した瞬間、彼女の魔力回路は逆流し、内側に宿る「闇」の波形が暴走を始めた。
「熱い……体が、焼ける……っ」
右肩の古傷が黒く脈打ち、黄金の皮膚を内側から引き裂こうとする。昼国の魔導師たちが「呪い」と呼んだ拒絶反応だ。朦朧とする意識の中で、リオナは死を覚悟した。父ソルなら、この醜態を見て「失敗作」として処分を下すだろう。
だが、その時。
彼女を包み込んだのは、焼けるような「正義の光」ではなく、春の陽だまりのような、深く、穏やかな温もりだった。
「……落ち着いてください、リオナ。私の光を、あなたの波形に合わせて調整します」
気づけば、カイルがリオナを強く抱きしめていた。王都の騎士として「不純」を遠ざける教育を受けてきたはずの彼が、今、あろうことかリオナの内にある「闇」の奔流を、自らの『太光』の魔力で直接包み込み、中和しようとしていたのだ。
「何をしているの……汚れるわよ。私の波形は……不浄だって、父様が……」 「陛下が何と言おうと、私にはあなたの魔力が、誰よりも必死に、気高く生きようとしている響きに聞こえます。……苦しかったでしょう。一人で、ずっと」
その言葉は、七歳で追放されて以来、リオナが最も欲していた救いだった。完璧な光であることを強要し続けた父とは違い、カイルは目の前で泥にまみれ、闇に浸食されかけている一人の少女を、ただ「リオナ」として見ていた。
リオナの目から、黄金の雫となって涙が溢れ出した。張り詰めていた心の糸が切れ、彼女はカイルの胸の中で子供のように泣きじゃくった。カイルは彼女が落ち着くまで、その醜いとされた「影」の波形ごと、一晩中抱きしめ続けた。
それから数カ月。十五歳の成人(プレ・成人式)を控えた夜。 月すらも黄金の雲に隠れた天雷閣の頂上で、二人は並んで立っていた。
「カイル。私はいつか、この境界を越えなければならない気がするの。それが、王家への裏切りになるとしても」 リオナの告白に、カイルは迷いなく腰の剣を抜き、彼女の足元に膝を突いた。
「ならば、私も共に行きましょう。私はあなたの『光』だけを信じているわけではありません。あなたの抱える悲しみも、迷いも、その影のすべてが私にとっての真実です。アストラルの名は王に返上しましょう。私の剣も、私の魔力も、今日この時から、あなたの孤独を終わらせるためだけに捧げます」
カイルはリオナの、未だ火傷痕が残る手を取り、誓いの口づけを落とした。
「これを、私たちの『黄金の誓い』に。たとえ世界が夜に沈み、あなたが光を失っても、私だけはあなたの傍らで、あなたの盾であり続けよう」
この瞬間、リオナ・エル・ディアル・ヒノクニという一人の女性が産まれた。 父に作られた人形ではなく、自分の意志で、愛する者のために、そしていつか再会する姉のために、この黄金の雷を振るう決意をしたのだ。
カイルという「錨」を得たことで、リオナの魔力はかつてない安定と、鋭さを増していくことになる。




