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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第十章:黄金の神殿と、黎(くろ)の魂の燃え殻

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第十章6『青海原の凱旋と、生まれ変わる故郷』

激動の新世界創世を終え、物語はいよいよ真の完結へと向かいます。

大人たちの命と引き換えに浄化された世界。常闇の死海は美しく透き通る青海原へと変わり、カイルとリオナを乗せた『反逆の泥舟』は、すべての始まりの地であるアウストラ大陸へと帰還の途に就きました。

平穏を取り戻した世界を航海する二人の静かな時間と、彼らの目に映る「新しく生まれ変わった故郷」の姿を描きます。

泥にまみれた大人たちが、彼らにどうしても見せたかった景色。そして、大人としての顔つきへと変わっていく若者たちの凱旋の始まりをお届けします。

ザパン、ザパン、と。

船首が波を切り裂く心地よい音が、透き通るような青空の下に響き渡っている。

常闇の霧も、海面を覆っていたドロドロの怨念も、今はもうどこにもない。

見渡す限りに広がるのは、太陽の光を浴びて宝石のように煌めくコバルトブルーの海だけだ。カモメに似た白い海鳥たちが、歓喜の囀りを上げながら、時折マストの先で羽を休めていく。

「……信じられない。海って、こんなにいい匂いがしたのね」

船首の手すりから身を乗り出し、リオナが翠緑の瞳をキラキラと輝かせながら潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。

彼女の記憶にある海――そして、彼女が『時封の泥繭』から目覚めてから見てきた海は、常に血と泥の腐臭が漂う、死の海でしかった。だからこそ、この清浄で生命力に溢れた海の匂いは、彼女にとって生まれて初めて知る「世界本来の息吹」だった。

「うん。……シオンさんたちが言ってただろ? 『昔の海は、しょっぱくて冷たくて、ずっと見ていられるくらい綺麗だった』って」

操舵輪を握るカイルが、眩しそうに目を細めながら微笑む。

「あの時は、大人たちの作り話だと思ってたけど……本当だったんだね」

カイルの言葉に、リオナは静かに頷き、手すりを撫でた。

『反逆の泥舟』は、この美しい青海原においてはあまりにも異質だった。装甲は剥がれ落ち、帆には無数の継ぎ接ぎがあり、船体には神々や魔物との死闘で刻まれた深い爪痕が痛々しく残っている。

泥の時代という狂った世界を生き抜き、新世界の中枢までカチ込んだ歴戦の証。

この船自体が、シオン、龍崎、ハクという、不器用で優しかった大人たちの「生き様」そのものだった。

「……姉さんたちは、この景色を見ることなく消えちゃった」

リオナが、微かに寂しそうな声をこぼす。

「でも、不思議と悲しくはないの。だって、この風の中にも、光の中にも、姉さんたちの笑い声が聞こえる気がするから」

リオナは自らの胸にそっと手を当てた。

カイルもまた、片手で操舵輪を握りながら、自らの胸元へと意識を向ける。

新世界の中枢で彼らへと受け継がれた『くろの魂』。その極彩色の結晶は、二人の胸の奥で、まるでこの美しい世界を一緒に楽しんでいるかのように、コトコトと温かく、嬉しそうに脈打っていた。

大人たちは、消えていなくなったわけではない。

この世界の法則の一部となり、そして何より、自分たちの魂の中で生き続けている。その確かな繋がりが、二人の若者をもう二度と絶望の淵へは立たせないという、絶対的な強さへと昇華されていた。

「あ……! カイル、見て!」

不意に、リオナが船首から身を乗り出し、水平線の彼方を指差した。

カイルが目を凝らすと、コバルトブルーの海と青空を分かつ境界線に、うっすらと巨大な陸地のシルエットが浮かび上がってきていた。

かつて二人が生まれ、そして泥の化け物たちに追われて逃げ出したすべての始まりの地――アウストラ大陸だ。

「大陸を覆っていた分厚い泥雲が……嘘みたいに晴れてる」

カイルは息を呑んだ。

彼らが知るアウストラ大陸は、太陽の光すら届かない、分厚い黒雲と泥に覆われた絶望の大地だった。

しかし今、遠くに見えるその大陸は、さんさんと降り注ぐ太陽の光を浴び、まるで長い冬眠から目覚めたばかりの巨獣のように、清々しい稜線を青空に描いていた。

「……帰ってきたのね、私たち」

リオナの声が、感極まって震える。

新世界の神々を打ち倒し、世界の法則を定着させた第二世代の魔法使いたち。

彼らを乗せた継ぎ接ぎだらけの泥舟は、大人たちの遺志と『黎の魂』を乗せ、美しく生まれ変わった故郷への、静かで誇り高い凱旋を果たすのであった。

『反逆の泥舟』がアウストラ大陸の沿岸部へと近づくにつれ、二人の目には、生まれ変わった故郷の詳細な姿が次々と飛び込んできた。

かつて、大陸の海岸線を絶望の壁のように覆い尽くしていたドロドロの黒い瘴気は完全に払拭されている。

波に洗われる切り立った崖からは本来の美しい白亜の岩肌が顔を覗かせ、泥に沈み、枯れ果てていたはずの大地からは、信じられないほどのスピードで新緑の芽が顔を出していた。

「見て、カイル! 崖の上……お花が咲いてる!」

リオナが指差す先、海岸線の僅かな土の隙間から、淡い黄色の花々が風に揺れていた。

泥の時代には、植物はすべて毒々しい紫や赤黒い色に変異し、触れることすら危険だった。しかし、今そこで咲いているのは、弱々しくも、間違いなく純粋な生命力に満ちた「普通の自然」の姿だった。

「すごいな……。世界の中枢で僕たちが定着させた法則が、もうこんなに大地を癒やし始めているんだ」

カイルは驚きと共に、自らの内を巡る魔力の繋がりを感じていた。

水晶の球体に注ぎ込んだ、純然たる光と風。それが今、このアウストラ大陸の隅々にまで行き渡り、死に絶えていた大地を急速に蘇らせているのだ。

やがて泥舟は、かつて二人が命からがら逃げ出した、始まりの港町へと差し掛かった。

泥の化け物たちの襲撃によって半壊した港の無残な姿は、あの日から変わっていない。

崩れた石畳、折れたマスト、瓦礫の山。

しかし、あの日のような絶望的な怨嗟の声も、耳をつんざくような化け物の咆哮も、今はもう存在しない。ただ、優しい潮騒と海鳥の声だけが、廃墟となった港町を静かに包み込んでいる。

「……あの日、私たちはこの港から、震えながら船倉に隠れて逃げ出したんだよね」

リオナの翠緑の瞳が、静まり返った廃墟の港を見つめる。

あの日。

逃げ惑う人々を背後に庇い、押し寄せる泥の濁流と化け物の群れに対して、血まみれになりながら立ち塞がった大人たちの姿があった。

シオンの極彩色の炎が夜空を焦がし、龍崎の丸太棍棒が大地を叩き割り、ハクの双剣が銀色の死線を引いた。彼らがどれほどの痛みを背負い、どれほどの命を削って自分たちをこの船に乗せてくれたのか、今の二人には痛いほどよくわかっていた。

「大人たちが命を張って、僕たちを海へ逃がしてくれた。……そして今度は、僕たちが大人たちの魂と一緒に、この海から帰ってきたんだ」

カイルは操舵輪を静かに回し、泥舟を港の生き残っている桟橋へとゆっくりと寄せていく。

逃亡者としての出航から、新世界の管理者としての凱旋へ。

彼らの立場は、あの日の弱く守られるだけの子供から、完全に変わっていた。

キィィィ……、と。

継ぎ接ぎだらけの船体が、静かに桟橋へと接舷する。

「……着いたね、リオナ」

「ええ。帰ってきたわ、私たちの故郷アウストラに」

二人の胸の奥で、大人たちから受け継いだ『くろの魂』が、まるで懐かしい故郷の空気に喜ぶように、トクトクと温かい鼓動を鳴らした。

カイルは桟橋に舫い綱を掛け、リオナと共に、生まれ変わったアウストラ大陸の大地へと、次世代としての力強い「第一歩」を踏み出すのであった。

カイルとリオナのブーツが、アウストラ大陸の石畳を踏みしめる。

かつては足首まで泥に浸かり、腐敗臭に顔を歪めながら走った道。しかし今の石畳は、新世界の乾いた風に吹かれ、確かな硬さと温もりをもって二人を迎え入れていた。

「……誰も、いないわね」

リオナが、静まり返った港町の廃墟を見渡しながら呟いた。

無理もない。泥の時代が到来したあの日、この港にいた人間のほとんどが化け物の波に呑まれ、運良く『反逆の泥舟』に乗れた者たちも、その後の過酷な航海の中で命を落としていった。

今この大地に立っているのは、世界を創り変えて帰還したこの若き二人だけだ。

二人は、崩れかけたレンガの家屋や、ひしゃげた街灯の間をゆっくりと歩いていく。

やがて彼らが辿り着いたのは、港町の中央にある大きな広場だった。

「……ここだ」

カイルが足を止め、広場の中央を見つめる。

そこは、あの日、シオンたち大人組が、逃げ惑う人々を泥舟へ乗せるための時間を稼ぐべく、迫り来る泥の化け物の大軍を相手に『絶対防衛線』を張った場所だった。

激しい戦闘の爪痕は、今も色濃く残っている。広場の石畳は龍崎の棍棒によってクレーターのように陥没し、周囲の建物の壁にはハクの双剣が刻んだ無数の斬撃の痕があり、そして中央には、シオンの『極彩色の炎』によってガラス化するほどに焼き焦げた巨大な円陣の跡が残っていた。

「姉さんたち……ここで、あんなに沢山の化け物を相手に……」

リオナは、焦げ跡の中心に歩み寄り、そっと膝を突いた。

あの日、船倉から震えながら見ていた大人たちの背中。

どんなに傷ついても、血を吐いても、彼らは決して振り返らず、ただ前だけを見て不敵に笑いながら戦い続けていた。その強さの裏に、どれほどの自己犠牲と、次世代への祈りが込められていたのか。

この焼け焦げた大地に立つと、それが痛いほどに伝わってきた。

「……大人たちは、新世界あっちには何も残さなかった。でも、ここには……アウストラの故郷には、ちゃんと生きた証を残していたんだね」

カイルもまた、リオナの隣に膝を突き、焼け焦げた石畳にそっと手を触れた。

二人の胸の奥で、『くろの魂』が、これまでで一番強く、そして穏やかにトクトクと脈打った。

新世界の光景を見せることだけを願い、自らは泥に塗れて消えていった大人たち。彼らの魂が今、ようやく自分たちの故郷へと帰り着き、安堵の息をついている――二人にそう確信させるだけの、確かな温もりがそこにあった。

「姉さん、龍崎さん、ハクさん。……連れて帰ってきたわよ。綺麗になった、私たちの故郷に」

リオナが、祈るように両手を胸の前で組み、目を閉じる。

カイルもまた、黙祷を捧げるように静かに目を閉じた。

彼らは、新世界の神々に祈っているのではない。

理不尽な世界で泥を被り、悪ぶってまで自分たちを守り抜き、そして未来を託してくれた、不器用で最高にカッコいい「極道」たちへ向けて、心からの感謝と哀悼を捧げていたのだ。

ふわり、と。

心地よい海風が広場を吹き抜け、崖の上に咲いていた淡い黄色の花びらを数枚、二人の元へと運んできた。

花びらは、シオンが立っていた焦げ跡の上を優しく舞い、やがて光の粒子となって溶けていく。まるで、彼らの帰還を祝福し、そして静かな眠りにつく大人たちへの手向けのようだった。

「……行こう、リオナ」

しばらくの沈黙の後、カイルが静かに目を開け、立ち上がった。

「ここからが、僕たちの本当の始まりだ。このアウストラ大陸の奥へ進んで、生き残っている人たちがいないか探そう。そして……大人たちが遺してくれたこの世界を、僕たちの手で作り上げていくんだ」

「ええ……!」

リオナも力強く立ち上がり、翠緑の瞳で、大陸の奥へと続く道を真っ直ぐに見据えた。

第一世代の凄絶な旅路は、この広場をもって真の終わりを迎えた。

しかし、物語は終わらない。受け継がれた『黎の魂』と共に、カイルとリオナという第二世代の若者たちが、生まれ変わった新世界を自分たちの色で塗り替えていくための、新たなる開拓の旅が、今ここから始まるのであった。

美しい青海原を渡り、ついに故郷アウストラ大陸へと帰還したカイルとリオナ。

変わり果てた――しかし生命の息吹を取り戻した故郷の港町で、彼らが目にしたのは、かつてシオンたちが命を懸けて自分たちを守り抜いてくれた「戦いの爪痕」でした。

新世界の中枢にはあえて何も残さず、泥に塗れた故郷にだけその生き様を刻み込んでいた大人たち。その焼け焦げた大地の上で捧げられる二人の祈りは、第一世代への真の弔いであり、同時に第二世代としての確かな門出でもあります。

故郷の大地に降り立ち、大人たちの戦いの痕跡を見届けた二人。

このアウストラ大陸を生き残った人々との再会はあるのか、彼らはどのような道標を打ち立てるのか。

引き続きよろしくお願いいたします!

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