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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第十章:黄金の神殿と、黎(くろ)の魂の燃え殻

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第十章5『泥舟の帰還と、静かなる哀悼』

極道として悪ぶることでしか子供たちを守れなかった大人たちが命を懸けてこじ開けた、真っ白な新世界。

その中枢である『星の祭壇』で、カイルとリオナは己の魔力と、受け継いだ『くろの魂』の熱量を融合させ、見事に新たな法則を定着させることに成功しました。

世界の崩壊という最大の危機を乗り越え、黄金の神殿に訪れた静寂。

残された二人の若き魔法使いは、大人たちの幻影が残る『反逆の泥舟』へと帰還し、新世界の光の中で静かに彼らを哀悼します。戦いの熱狂から冷め、受け継いだものの重みと向き合う、優しくも切ない時間をお届けします。

太陽のように温かく、そして穏やかな光を放ち続ける『星の祭壇』。

黄金のエーテルは脈打つように空間全体へと広がり、新世界の法則が完全にこの次元へ定着したことを告げていた。

「……本当に、終わったんだね」

カイルは杖を握る手の力を抜き、深く、長い息を吐き出した。

「ええ。この風の優しさが、世界が安定した証拠よ。……大人たちが望んだ、理不尽のない世界」

リオナもまた、安堵の笑みを浮かべながら、心地よい黄金の春風に髪を揺らした。

二人は祭壇に背を向け、歩き出す。

向かう先は、先ほどまで新世界の守護神たちと、大人たちが凄惨な命の削り合いを演じていた白亜の闘技場だ。

闘技場は、極彩色の爆炎と黄金の神威が激突した爪痕で激しく損壊していた。しかし、新世界のエーテルがその傷を塞ぐように、ゆっくりと、だが確実に崩れた床や柱を修復し始めている。

そして、その修復されていく真っ白な闘技場には、当然ながらシオン、龍崎、ハクの姿はない。彼らの肉体は黄金の灰となり、一つの遺品すら残さずにこの清浄な風へと溶け去ってしまったからだ。

「……何一つ、残っていない。本当に、綺麗さっぱり消えちゃったね」

カイルは、シオンが最期に立ち尽くしていた場所――うっすらと焦げ跡だけが残る白亜の床にそっと触れた。

「不器用なあの人たちらしいわ。自分たちの泥臭い痕跡を、この新しい世界に残したくなかったのよ」

リオナが隣にしゃがみ込み、カイルの背中にそっと手を添える。

「『極道あたしたちは前だけを見て道をこじ開ける。あんたたちはその真っ白なキャンバスを好きに彩りなさい』……シオンさん、そう言って笑ってたじゃない」

「うん。……わかってる」

カイルは床から手を離し、自らの胸に手を当てた。

肉体や遺品が残っていなくとも、彼らが遺した最大の証である『くろの魂』が、カイルとリオナの中でこれ以上ないほど確かに、力強く脈打っている。大人たちは消えたのではなく、自分たちの中で共に生きているのだ。

二人は立ち上がり、闘技場の端で静かに停泊している『反逆の泥舟』へと向かった。

アウストラ大陸の泥の時代から、彼らを乗せて死海を渡り切ったボロボロの帆船。

新世界の純白と黄金に満ちたこの空間において、継ぎ接ぎだらけで傷だらけのその船体は、ひどく場違いで、泥臭く見えた。

甲板に足を踏み入れると、不思議と懐かしい匂いがした。

龍崎がいつもどっかりと座って酒を煽っていた、傷だらけの木箱。

ハクが背中を預け、黙々と双剣の手入れをしていたメインマストの根元。

そして、シオンが腕を組んで海風を睨み据え、ファミリーに号令をかけていた船首の特等席。

「……ついさっきまで、ここでみんなの声が響いてたのにね」

リオナが、龍崎の定位置だった木箱を愛おしそうに撫でる。

「大人たちが、悪ぶった顔をして……僕たちを背中の後ろに隠してくれていた」

カイルもまた、シオンが立っていた船首を見上げ、ポツリと呟いた。

悲しみは、嵐のように通り過ぎた後から、じわじわと静かな波のように押し寄せてくる。

世界の危機を救ったという高揚感が引いていくにつれ、もう二度とあの不器用で温かい大人たちに会えないという現実が、二人の胸をギュッと締め付けた。

「……ねえ、カイル。この船、どうしようか」

リオナが、少しだけ潤んだ瞳で船内を見渡す。

「この船は、泥の時代を這い上がってきた『第一世代』の証だ。……この新世界に置いていくわけにはいかないよ」

カイルは杖を握り直し、真っ直ぐな瞳で言った。

「僕たちの故郷……アウストラ大陸に、連れて帰ろう。あそこから始まった大人たちの航海を、ちゃんと終わらせてあげるために」

次なる時代を担う若き二人の魔法使いは、大人たちの幻影が宿る『反逆の泥舟』の舵を握る。

カイルの『聖光』が泥舟の魔力炉に静かに注ぎ込まれ、リオナの『霊樹の風』が帆をいっぱいに孕ませる。

黄金のエーテルの河を滑るように、『反逆の泥舟』はアウストラ大陸への帰路――開かれた新世界の扉へと向かって、ゆっくりと動き出した。

船首に立ち、吹き抜ける黄金の風を全身に受けているリオナの後ろ姿を、カイルは操舵輪を握りながら静かに見つめていた。

「……こうして見ると、リオナは本当に、シオンさんに似てきたね」

カイルがぽつりとこぼした言葉に、リオナは振り返り、照れくさそうに、けれど少し誇らしげに微笑んだ。

「そりゃあね。私たち、元々は同じ日に生まれた『双子』なんだから。似てて当然よ」

「うん。……初めてその話を聞いた時は、本当にびっくりしたよ」

カイルが目を伏せ、懐かしむように息を吐く。

二人が双子の姉妹であるという事実。それは、肉体年齢が離れすぎている彼らの外見からは、到底信じられないことだった。

アウストラ大陸が『泥の時代』の狂気に飲み込まれたあの日。

『虚無の神』が放った呪いの泥は、幼かった双子の妹・リオナを飲み込み、彼女を『時封じほうの泥繭』の中に何十年にもわたって閉じ込めてしまった。

外界から完全に隔離され、肉体の時間すらも停止した泥の繭。残された姉のシオンは、妹を絶望の淵から救い出すためだけに、自ら泥を被り、手を血で染め、最強の『極道』として生き抜く道を選んだのだ。

「シオン姉さんは……何十年も泥の中を這いずり回って、龍崎さんやハクさんと一緒に、私をあの繭から助け出してくれた。……私が目覚めた時、目の前にいた姉さんは、もうすっかり『大人』になって、あちこち傷だらけだったわ」

リオナは、シオンが立っていた特等席の手すりをそっと撫でる。

時が止まっていた自分と、過酷な時間を生き抜いて老いていった姉。

二人の間にできてしまった「世代」という名の残酷な時間差。シオンが悪ぶった言葉遣いで、あえてリオナたちを「若い衆」や「次世代」と呼び、決して自分たちと同じ泥の中を歩かせまいと過保護なまでに背中に庇い続けてきた理由は、そこにあったのだ。

「……シオンさんは、リオナから奪われてしまった『真っ白な未来』を、もう一度君に返したかったんだね」

カイルの言葉に、リオナは静かに頷き、翠緑の瞳から再びひとすじの涙をこぼした。

「ええ。自分が犠牲になってでも、私に『光の当たる世界』を歩いてほしかったんだわ。……だからこそ、あんなに不器用な生き方しかできなかった」

妹を救うために極道に身をやつし、最後は新世界の神々すらも殴り倒して、未来を切り開いた姉。

リオナの胸の奥で脈打つ『くろの魂』の温もりは、シオンが妹へと遺した、何よりも深く、途方もなく巨大な愛情そのものであった。

「泣いてばかりじゃ、また『ウチの若い衆は情けないわね』って、姉さんに笑われちゃうわね」

リオナは袖で涙を拭い、船首から前方を――開かれた新世界の扉の向こう側を、力強く見据えた。

「行こう、カイル。姉さんたちが私たちにくれたこの『第二世代』の時間を、一秒だって無駄にはできないわ。まずは故郷アウストラに帰って、姉さんたちの物語を、ちゃんと語り継がなきゃ」

「ああ。僕たちが、新しい神話の語り部になるんだ」

二人の若き魔法使いは、双子の姉から託された重く温かい魂のバトンを胸に抱き、黄金の光に包まれた帰路を、確かな決意と共に進んでいった。

黄金のエーテルが満ちる空間を抜け、『反逆の泥舟』は新世界の中枢と外界を繋ぐ、巨大な光の扉をゆっくりと通り抜けた。

扉の向こう側に待っていたのは、かつて彼らを苦しめた陰湿で分厚い霧でも、魔物が蠢く常闇の死海でもなかった。

「……うわぁ……!」

リオナが、船首の手すりから身を乗り出し、感嘆の声を上げる。

「すごい……。本当に、世界が生まれ変わったんだ」

操舵輪を握るカイルも、目の前に広がる景色に息を呑んだ。

どこまでも高く、澄み切った青空。

そして、太陽の光を反射して宝石のようにキラキラと輝く、透き通ったコバルトブルーの海。

泥の時代の怨念は完全に浄化され、カイルとリオナが定着させた「新世界の法則」が、外界の海と空を本来の美しく豊かな姿へと塗り替えていたのだ。

吹き抜ける潮風は優しく、カモメに似た白い海鳥たちが、歓喜の声を上げながら泥舟の周囲を旋回している。

「シオン姉さんたちが命を懸けてこじ開けてくれて、私たちが魔力を注ぎ込んだ『新しいキャンバス』……。こんなに、綺麗だったのね」

リオナの翠緑の瞳に、美しい海と空の青が映り込む。

「うん。大人たちが、泥にまみれてまで僕たちに見せたかった景色は、これだったんだね」

カイルは、穏やかな海風を胸いっぱいに吸い込んだ。

二人の胸の奥で、受け継がれた『くろの魂』が、広大な青空に呼応するようにコトコトと嬉しそうに脈打つ。

その温もりは、まるでシオンが「悪くない景色じゃない」と不敵に笑い、龍崎が「釣りが捗りそうだぜ」と豪快に笑い、ハクが「眩しすぎて目が痛ェな」と肩をすくめているかのような錯覚を二人に抱かせた。

「……待ってて、アウストラの故郷まちのみんな」

リオナは、遥か水平線の彼方――かつて自分たちが泥に追われ、逃げ出した故郷の方向を見据えた。

「この綺麗な風を、私たちが絶対に送り届けるから」

『反逆の泥舟』は、美しい青海原に真っ白な航跡を描きながら、真っ直ぐに進んでいく。

大人たちの幻影が宿るボロボロの船と、新世界の希望を背負った若き二人の魔法使い。

悲しみを乗り越え、決意を新たにした次世代の歩みは、全ての始まりの地であるアウストラ大陸での【真の決着】へ向けて、迷いなく力強く進んでいくのであった。

激動の神殿編が終わり、美しい青空と海を取り戻した新世界への帰還。

その中で、シオンとリオナが「双子の姉妹」でありながら、なぜあのような圧倒的な世代差があったのかという謎が明らかになりました。

シオンが極道として泥にまみれたのも、すべては若く真っ白な妹(と次世代の子供たち)に、この美しい景色を見せるためだったのです。彼女の途方もない愛情の深さを、感じていただけたなら幸いです。

大人たちを喪い、『黎の魂』を受け継いだカイルとリオナは、生まれ変わった世界を航海し、かつての故郷・アウストラ大陸へと向かいます。

泥だらけの航海の、真の終着点へ。

魂を込めて執筆いたしますので、どうか最後まで見届けてください!

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