第九章10『極道の到達点と、新世界への出航』
極彩色の炎がすべてを焼き尽くし、大いなる泉の底に巣食っていた『虚無の神』の怨念は完全に消滅しました。
自らの命を燃やし、次世代の若者たちのために最大の障害を打ち払ったシオン。その圧倒的な極道の生き様は、カイルやリオナの瞳に「新たな時代の道標」として深く刻み込まれることになります。
この終着点は、第一世代の集大成たる真っ直ぐな架け橋です。泥だらけの航海の果てに訪れた、静寂と絆のひとときをお楽しみください。
ドサァッ……。
大いなる泉の中央、極彩色の超新星爆発が全てを白い光へと還元した後。
虚無の神の残滓を完全に消滅させたシオンの身体が、糸の切れた操り人形のように前へと傾き、崩れ落ちた。
「大将ッ!!」
「姉御ッ!!」
泥の波を蹴り立てて駆けつけた龍崎とハクが、水面に倒れ込む寸前のシオンを両側からしっかりと抱き留める。
「……バカヤロウが。こんな出力、今のアンタの身体で撃ったらどうなるか分かってただろうが」
龍崎が丸太のように太い腕でシオンの細い肩を支えながら、奥歯を噛み締めて低く唸る。
「ハッ、流石の極道(俺たち)も、こいつは寿命が縮んだぜ。……生きてるか、大将?」
ハクが銀色の髪を揺らし、心配そうにシオンの顔を覗き込んだ。
「……ええ。悪運だけは、泥の時代からしぶといのよ……」
シオンは微かに紫の瞳を開き、血の気の引いた唇で不敵な笑みを作った。
右腕は極度の魔力行使によって黒く焼け焦げ、全身の魔力回路が悲鳴を上げている。だが、彼女の胸の奥底で脈打つ『黎の魂』だけは、かつてないほどに澄み切り、穏やかな光を放っていた。
「シオンさん!!」
泥舟から風を操って飛び降りたカイルとリオナが、水面を滑るようにして三人の元へ駆け寄ってくる。
「喋らないでください! すぐに治癒を……『聖光・生命の息吹』ッ!」
カイルが涙目で杖を掲げ、持てる限りの最も純度の高い光の魔力をシオンの身体へと注ぎ込む。
「私も手伝うわ! 『霊樹の清風』……熱を持った魔力回路を冷まして!」
リオナもまた、翠緑の瞳から大粒の涙をこぼしながら、シオンの焼け焦げた右腕を包み込むように優しい風の帯を展開した。
若き二人の魔法が重なり合い、新世界の源泉たる『大いなる泉』の清浄な空気と共鳴する。
シオンの身体を蝕んでいた致死の熱がゆっくりと引き、焦げた肌に僅かながら生気が戻っていくのがわかった。
「……ありがとう、二人とも。本当に、立派な魔法使いになったわね」
シオンは龍崎とハクに支えられながら上体を起こし、懸命に魔法を紡ぐカイルとリオナの頭を、震える左手で優しく撫でた。
「泣くこたァねェよ。極道の死装束は、まだお預けみたいだからね」
その言葉に、カイルとリオナは弾かれたように顔を上げ、ようやく安堵の声を上げて泣き崩れた。
龍崎が「へっ」と鼻を鳴らし、ハクがやれやれと肩をすくめる。
陰湿な城塞船の悪夢から始まり、老いと疲労という残酷な現実を突きつけられた第九章。しかし彼らは、次世代との確かな「支え合い」によって、見事にこの絶望的な死地を乗り越えたのだ。
やがて、完全に浄化された大いなる泉が、彼らの勝利を祝福するかのように柔らかな瑠璃色の光を放ち始めた。
水面が割れ、創世の大樹の根元――巨大なクリスタルの管が交差する中心部に、黄金の光に満ちた『巨大な扉』が静かに浮かび上がる。
「……あれが、第一世代の最終目的地」
シオンが紫の瞳を細め、光の扉を見据える。
全10章で紡がれるこの時代の物語も、残すところあと1章。
10の世代を経て100の章へと至る、果てしなく長い『黎の魂』の旅路において、この第一世代が次代へ遺すべき最後の答えが、あの扉の向こうで彼らを待っている。
「さぁ、野郎共。そして、ウチの優秀な若い衆」
シオンは龍崎とハクの肩を借りてゆっくりと立ち上がり、吹き抜ける清浄な風の中で、最高に誇り高い極道の笑みを浮かべた。
「泥だらけの航海の総仕上げよ。……胸を張って、新世界に乗り込みなさいッ!」
黄金の光を放つ巨大な扉へ向かって、『反逆の泥舟』は鏡のように穏やかな瑠璃色の水面を滑るように進んでいく。
「帆の角度、微調整します! カイル、魔力炉の出力はそのまま維持して!」
「了解! 船体のバランスは僕の光で安定させておくよ!」
船首と後方で声を掛け合いながら、リオナとカイルが見事な連携で泥舟を操舵している。これまで大人たちに守られ、震えながら船倉に隠れていた頃の面影はもうない。彼らは今や、新世界の清浄な魔力と完全に同調し、この大いなる泉において最も頼もしい水夫となっていた。
「……たく、ウチの若い衆は本当に優秀だぜ。俺たちみたいな図体のデカい荷物を乗っけて、こんなにスムーズに船を進めやがる」
甲板の木箱にどっかりと腰を下ろした龍崎が、包帯だらけの足を投げ出しながら満足げに笑う。
その隣では、ハクが双剣の刃を布で丁寧に拭いながら、どこか遠くを見るような目をしていた。
「アウストラ大陸を出航した時は、まさかこんな綺麗な海を拝むことになるとは思わなかったな。……どこを見渡しても、血と泥の臭いしかしねェ世界だったってのに」
ハクの呟きに、龍崎も深く頷く。
アウストラ大陸を覆い尽くしていた『泥の時代』。弱者は理不尽に蹂躙され、強者でさえも明日生き残れる保証のない狂った世界。そんな泥水の中で、彼ら極道は互いの背中を預け合い、ただ己の意地と暴力だけを頼りに生き抜いてきた。
「本当にね。泥の中でしか息ができなかったあたしたちが、新世界の扉を叩こうとしてるなんて……笑えない冗談だわ」
シオンは痛む右腕を庇うようにマントを羽織り直し、手すりに寄りかかりながら二人の会話に加わった。
彼女の視線の先には、創世の大樹の根元に浮かび上がる光の扉が、刻一刻と迫ってきている。
全十章で区切られるこの第一世代の旅路。次なる第十章は、間違いなく彼らにとっての「終着点」となる。
(……この『黎の魂』が巡る運命は、果てしなく長くて重い)
シオンは静かに目を閉じ、自らの胸の奥で暖かく脈打つ魂の鼓動に意識を向けた。
泥の時代の呪縛から世界を解き放ち、新たな理を根付かせる。それは、たった一世代の極道たちの命で成し遂げられるほど安い悲願ではない。この魂は、十の世代を跨ぎ、遥か遠き百の結末へと至るまで、幾度も肉体を変えて受け継がれていく大いなる使命を帯びているのだ。
「なぁ、大将」
不意に、龍崎が真剣な声音でシオンを呼んだ。
「あの扉の向こう……第十章の舞台で、俺たちの『極道としての喧嘩』は本当に最後になるんだな?」
シオンはゆっくりと目を開け、長年の死線を共に潜り抜けてきた二人の男たちの顔を交互に見つめた。
老いと疲労でボロボロになった肉体。しかし、その瞳の奥に宿る闘志の炎は、出会った頃から何一つ変わっていない。
「ええ。第一世代の命の使い所は、あそこよ。……あんたたち、まさか今更怖気付いたんじゃないでしょうね?」
「馬鹿言っちゃいけねェ。最高の死装束を着て、次世代のガキ共の目に、極道の意地を焼き付けてやろうってワクワクしてんだよ」
龍崎がニヤリと凶悪な牙を剥く。
「シィッ。最後まで大将の背中は、俺の剣が死守してやるぜ」
ハクもまた、研ぎ澄まされた双剣を鞘に納め、不敵な笑みを返した。
頼もしいファミリーの言葉に、シオンの口角も自然と吊り上がる。
やがて、『反逆の泥舟』は創世の大樹の根元へと到達し、船体を包み込むほどの巨大な黄金の扉が、彼らを迎え入れるように重々しい音を立てて開き始めた。
扉の向こう側からは、これまでのどの海域とも違う、圧倒的で荘厳な「最後の試練」の気配が溢れ出してくる。
「行くわよ、野郎共。そして、カイル、リオナ!」
シオンはマントを大きく翻し、開かれゆく新世界への門を真っ直ぐに指差した。
「極道の、その最後の花道を飾りに行きなさいッ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
創世の大樹の根元。世界を支える大いなる泉の中央で、天を突くほどに巨大な黄金の扉が、重々しい地鳴りと共に完全に開け放たれた。
扉の向こう側から溢れ出したのは、これまでの陰湿な死海や、白亜の神兵たちが放っていた無機質な光とは全く違う、圧倒的な「密度」を持った魔力の奔流だった。
吹き荒れる黄金の風が『反逆の泥舟』の帆を大きく孕ませ、船体をギシギシと軋ませる。
「くっ……すごい風! でも、不思議と嫌な感じはしないわ!」
リオナが操舵輪にしがみつきながら、翠緑の瞳を輝かせて叫ぶ。
「うん! むしろ、この世界の根源そのものが、僕たちを招き入れてくれているみたいだ!」
カイルもまた、杖を握りしめ、黄金の光に照らされた顔に強い決意を滲ませていた。
光の奥に微かに見えるのは、果てしなく広がる白亜の神殿群と、星空のように瞬く無数の魔力回廊。そこは間違いなく、この世界から『泥の時代』の理を完全に切り離し、新たな法則を司るための中枢領域であった。
「……見事なもんだな。俺たちみたいな薄汚ェ極道が、あんな神々しい場所にカチ込める日が来るとはよ」
龍崎が丸太棍棒を肩に担ぎ直し、黄金の光を浴びながら豪快に笑う。
「シィッ。どんなに綺麗な場所だろうが、俺たちのやることは変わらねェさ。邪魔する奴は斬る。それだけだ」
ハクもまた、双剣の柄に手をかけ、銀色の瞳を細めて不敵に笑い返した。
その二人の背中を見つめながら、シオンは自らの胸の奥――限界を超えた肉体の中で、かつてないほどに力強く、そして穏やかに脈打つ『黎の魂』の鼓動を感じていた。
(……ええ。この魂は、もう次の時代へ飛び立つ準備を終えているわ)
アウストラ大陸の泥の時代から始まり、絶望と暴力の渦巻く世界を這いずり回ってきた第一世代。
彼らは血反吐を吐きながらも、ただ「自分たちの存在証明」のために闘い続けてきた。
だが、その旅路もいよいよこの先の【第十章】で終わりを迎える。老いと摩耗によって崩れゆく自分たちの肉体は、新世界という輝かしい未来には連れて行けない。
だからこそ、残された最後の命の炎は、あの若き二人の魔法使い――次なる時代を担う『光』のために、全て燃やし尽くす。
「カイル! リオナ!」
シオンが船首から振り返り、声を張り上げた。
「はいッ!」
若き二人が、真っ直ぐな瞳でシオンを見つめ返す。
かつての怯えていた子供の面影はどこにもない。そこにあるのは、極道たちの背中から『生き様』を学び取り、自らの足で立つことを決意した、頼もしい次世代の戦士の顔だった。
「これより先は、正真正銘の最終決戦よ。極道は前だけを見て、全力で道をこじ開ける。……あんたたちは、その瞳に第一世代の最後の喧嘩を、しっかりと焼き付けなさい!」
シオンの号令に、龍崎とハクが雄叫びを上げ、カイルとリオナが力強く頷く。
「極道の第一世代、その集大成よ。……全速前進ッ!!」
シオンが極彩色の炎を宿した右腕を高く掲げた瞬間、『反逆の泥舟』は黄金の光の奔流を真っ向から切り裂き、開かれた新世界の扉へと勢いよく突入していった。
長く苦しかった常闇の死海での航海が、今、完全に幕を下ろす。
陰湿なサイコホラー的領域『幻夢魔道』に始まり、老いと肉体の限界という極道たちにとって最も残酷な現実を突きつけられた第九章。
しかし彼らは、自らの限界を嘆くのではなく、頼もしく成長した次世代に背中を預けるという「真の共闘」によって、この死地を見事に乗り越えました。
大いなる泉の奥、黄金の扉の向こう側でシオンたちを待ち受ける最後の試練とは何か。限界を迎えた極道たちは、次なる『黎の魂』のバトンを手渡すのか。
全てを燃やし尽くす、最後の死闘。
引き続き、泥だらけの極道たちの最後の花道を見届けていただければ幸いです。




