第八章5『命の宴と、語り継がれる星の記憶』
星の命を啜る無機質な鉄の悪魔たちは、大自然の怒りを代行する極道たちの手によって、完膚なきまでに粉砕された。
奪われていた純粋なエーテルは美しい光の粒子となって森へと還り、死にかけていた大地に再び青々とした命の息吹を呼び覚ます。
自らの手で撒いた火種をキッチリと消し飛ばし、「ケツ拭き」を終えたシオンたちは、森の小さな狩人ロアと共に、精霊の巨樹がそびえる集落へと帰還を果たした。
彼らを待っていたのは、森妖族たちによる最大限の感謝と、未開の野生王国ならではの豪快で温かい大宴会。
冷たい対魔鋼の箱庭では決して味わうことのできなかった、命と命がぶつかり合い、笑い合う夜。泥だらけの反逆者たちにとって、本当の意味での「休息」が、パチパチと爆ぜる焚き火の音と共に幕を開ける。
「乾杯ダァァァァァッ!! 森ノ恩人タチニ、精霊ノ巨樹ノ加護アランコトヲ!!」
集落の中央に設けられた巨大な広場で、森妖族の長老が高らかに盃を掲げると、数百人の村人たちから割れんばかりの歓声が夜空へと響き渡った。
中央で赤々と燃え盛る巨大な焚き火。その周囲には、倒したばかりの巨大な猪のような魔獣の丸焼きや、色鮮やかな南国の果実、そして巨樹の蜜を発酵させて作ったという強い香りの果実酒が所狭しと並べられている。
「ガハハハハッ! 遠慮はいらねェ、今日は食って食って食いまくるぜェッ!!」
龍崎が自分の顔よりも大きい骨付き肉に齧り付き、豪快に脂を滴らせながら大笑いする。その隣では、森妖族の戦士たちが龍崎の底なしの胃袋に目を丸くしながらも、「負ケルカ!」とばかりに肉を頬張っていた。
「ぷはァッ……! なんだこの酒、喉が焼けるように強いが、エーテルが濃くて最高に美味ェな!」
ハクもまた、木をくり抜いて作ったジョッキを片手に、上機嫌で尻尾の生えた村人たちと肩を組んで酒盛りを始めている。
「ハク、飲み過ぎちゃ駄目だよ。……ああっ、リオナ! それお酒! 果物のジュースじゃないから!」
「えっ? あ、あはは……なんだか体がフワフワしてきたかもぉ……」
カイルが慌ててリオナから盃を取り上げようとするが、時すでに遅し。高純度のエーテル酒を飲んだリオナは、すっかり頬を赤くしてニコニコと笑い出していた。ゼッカは静かに彼らの傍らに座り、生身の目で初めて見る「宴」という非合理的な、しかし熱気に満ちた光景を興味深そうにデータとして記録している。
そして、その宴の輪の中で最も輝くような笑顔を見せていたのは、セブンたちサイボーグ市民であった。
「……甘い。お肉はしょっぱくて、果物は甘くて……すっごく美味しい!」
セブンは両手に食べ物を持ち、口の周りをタレだらけにしながら、森妖族の子供たちと一緒に飛び跳ねて喜んでいた。
帝国で支給されていた、生きるための最低限の栄養だけを満たす無味無臭のペースト。それしか知らなかった彼らにとって、炎で焼かれた肉の香ばしさも、果実の弾けるような酸味も、すべてが脳髄を揺るがすほどの強烈な「喜び」だった。
「アハハハッ! セブン、顔が真っ黒だよ!」
「あなただって、お酒飲んで顔が真っ赤じゃない!」
感情を『ノイズ』として処理されていた彼らが、心の底から大声で笑い、仲間とふざけ合っている。
少し離れた巨樹の太い根の上に腰を下ろしていたシオンは、その光景を眺めながら、満足げに手元の盃を傾けた。
「……ヨイ顔ヲ、スルヨウニナッタ」
不意に、隣に森の長老が歩み寄り、腰を下ろした。
「オマエタチガ連レテキタあの者タチ。最初ニ村ニ来タ時ハ、ドコカ魂ガ抜ケ落チタヨウナ、空ッポノ瞳ヲシテイタ。ダガ今ハ、見違エルホドニ『命ノ熱』ニ満チ溢レテイル」
「ええ。狭い鳥籠から無理やり引きずり出した甲斐があったわ。……まあ、あの子たちのこれからが、本当の『生きる戦い』なんだけどね」
シオンは優しく微笑み、果実酒を喉の奥へと流し込んだ。強烈なアルコールとエーテルの波動が、心地よく全身を巡っていく。
「長老。最高の酒とメシ、感謝するわ。これで私たちも、次の航海に向けて完全に英気を養うことができた」
シオンが盃を掲げると、長老も自身の杖を軽く鳴らして応えた。
「森ヲ救ッテクレタ礼ジャ、コレクライ当然ノコト。……ジャガ、次ノ航海ト言ッタナ。オマエタチハ、コノ居心地ノ良イ森ニ留マルツモリハナイノカ?」
「悪いけど、私たちは止まれない性分でね。この星のどこかに、私たちがブッ飛ばさなきゃいけない『厄介な奴ら』がまだ残ってるのよ。船の修理が終わり次第、また海に出るわ」
シオンの言葉には、迷いも未練もなかった。彼女の内に宿る『黎の魂』が、次なる闘争と宿命の地を求めて静かに脈打っているのを、シオン自身が誰よりも強く感じていたからだ。
長老は深く頷き、焚き火の炎を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「ナラバ……旅立ツ前ニ、オマエタチニ見セテオキタイモノガアル。……我ラ森妖族ガ代々守リ続ケテキタ、精霊ノ巨樹ノ『根源』。恐ラク、オマエタチノ探ス次ナル道標トナルヤモシレヌモノヲナ」
長老の言葉に、シオンは盃を口から離し、その紫の瞳をスッと細めた。
「道標、ね。……面白そうじゃない」
シオンは手元の盃をコトリと置き、ゆっくりと立ち上がった。
宴の喧騒が続く中、シオンは長老の案内に従い、巨樹の最も太い根の奥へと足を踏み入れる。そのただならぬ気配に気づいたハクと、カイルも静かに宴の輪を抜け出し、シオンの背後へと続いた。
「ゼッカ、龍崎たちと市民の護衛は任せたわよ」
シオンが視線だけでサインを送ると、ゼッカは無言で頷き、手元のゴーグルを調整して広場の警戒態勢を維持した。
長老に導かれて進むのは、精霊の巨樹の内部へと下っていく、淡い緑色の発光苔に照らされた螺旋状の地下道だった。
下へ下へと潜るにつれ、地上の宴の賑わいは完全に遠ざかり、代わりに胎内回帰にも似た、とてつもなく濃密で穏やかなエーテルの波動が全身を包み込んでくる。
「……すごい。さっきの泉より、さらに魔力の純度が高い。息をするだけで、体が光に溶けてしまいそうだ」
カイルが自身の両手を見つめながら、畏敬の念を込めて呟く。
「ああ。だが、ただの魔力じゃねェ。何か……途方もなく古い『意思』みたいなものを感じるぜ」
ハクも短剣に手をかけたまま、周囲の壁を覆う巨大な根のうねりを鋭い目で見回した。
「着イタゾ。ココガ、我ラノ守ル聖域ノ最深部ジャ」
長老が立ち止まり、杖で地面をトンと叩く。
その瞬間、空間全体が眩いばかりの翠緑の光に包まれた。
一行が辿り着いたのは、巨樹の根がドーム状に絡み合ってできた巨大な地下空間だった。
そして、その中央に鎮座していたのは、見上げるほどに巨大な「琥珀色の結晶体」であった。ドクン、ドクンと、まるで巨大な心臓のように脈打ち、星の純粋な生命力を空間全体に放っている。
「コレハ『星ノ記憶』。コノ巨樹ガ数千年ノ時ヲカケテ大地カラ吸イ上ゲ、蓄積シテキタ、コノ世界ノ歴史ト理そのものジャ」
長老は深く頭を下げ、琥珀の結晶に対して祈りを捧げるように目を閉じた。
「星の記憶……」
シオンは魅入られたように、巨大な結晶体へとゆっくりと歩み寄る。
「長老様。なぜ、俺たちみたいな余所者にこんな大事なもんを見せる気になったんだ?」
ハクの問いに、長老は目を開き、シオンの背中を見つめながら答えた。
「森ノ恩人ダカラ、トイウノモアル。ダガ……コノ巨樹ノ心臓ガ、先程カラ激シク『共鳴』シテオッタノジャ。オマエタチノ中ニアル、途方モナク強大デ、古イ魂ノ波動ニ引キ寄セラレルヨウニナ」
その言葉の直後だった。
シオンが琥珀の結晶にそっと右手を触れた瞬間。
ドクンッ!!
シオンの胸の奥深く、世代を越えて受け継がれてきた『黎の魂』が、かつてないほどの激しい鼓動を打った。
同時に、翠緑に輝いていた琥珀の結晶体が、シオンの瞳と同じ、深く禍々しい「紫色」の光を帯びて激しく明滅を始めたのである。
「なっ……!? 結晶の色が……!」
カイルが驚愕の声を上げ、長老も目を見開いて息を呑む。
シオンの脳内に、言葉ではない「莫大な情報と映像」が直接流れ込んできた。
それは、かつて彼女の魂が経験してきたアウストラ大陸の泥の時代。
偽りの神が支配していた、冷たい鋼鉄の箱庭。
そして――この広大な星の海に点在する、まだ見ぬ「特異点」のビジョン。
「……なるほどね。あんた(巨樹)、ずっと見てきたってわけ。この星で繰り返されてきた、退屈な運命を」
シオンは紫の光に包まれながら、口の端を獰猛に吊り上げた。
結晶の中に、一つの明確な「方角」と、禍々しい力の渦巻く『未知の大陸の影』が浮かび上がる。
それは、暴走した機械どもとは比べ物にならない、星の理そのものを歪めるような巨大な厄災の気配であった。
シオンの脳裏に焼き付いたのは、荒れ狂う海流の先にある巨大な大陸の影と、そこに渦巻くおぞましい魔力の奔流だった。
帝国の「皇帝」が絶対的な計算と理によって世界を縛ろうとしたものだとするなら、次なる脅威は、星そのものを喰らい尽くさんとするほどの「純粋な混沌」。
「……ふふっ。退屈させないじゃない」
シオンがゆっくりと琥珀の結晶から右手を離すと、空間を震わせていた禍々しい紫色の光はスッと波を引き、再び穏やかな翠緑の瞬きへと戻っていった。
「今ノハ……一体……?」
長老が信じられないというように目を丸くし、ハクとカイルも息を呑んでシオンを見つめている。
「星の記憶が、私の魂と少しだけ世間話をしただけよ。……長老、あんたの言う通りだったわ。この石ッコロは、私たちが次にカチコミをかけるべき『厄介な場所』をキッチリ教えてくれた」
シオンは振り向き、昏い紫の瞳に楽しげな闘志を宿して笑った。
「海を越えた先にある、混沌の大陸。……帝国のスクラップどもなんか目じゃないくらい、血湧き肉躍る大舞台が待ってるみたいね」
「ハッ、そいつは傑作だ! 休む間もなく次のデカい喧嘩の予約が入ったってわけか」
ハクが口元を歪めて笑い、カイルも決意を込めて強く頷く。
「僕たちも、どこまでもシオンについていくよ。……それが、この星の未来を切り拓くことに繋がるならね」
「……恐ロシイ人間タチヨ。ダガ、巨樹ガオマエタチヲ選ンダノハ事実。ドウカ、ソノ強靭ナ魂デ、コノ星ノ運命ヲ切リ拓イテクレ」
長老は深く頭を下げ、シオンたちに最大限の敬意を払った。
三人が螺旋の地下道を登り、地上の広場へと戻ると、宴はいよいよ最高潮に達していた。
「オラオラァ! もっと酒を持ってこい! 龍崎様が全部飲み干してやるぜ!」
「龍崎さん、もうお肉全部食べちゃったの!? セブンたちの分も残しておいてよ!」
大トラと化した龍崎を酔っ払ったリオナがポカポカと叩き、セブンたちサイボーグ市民と森妖族の子供たちが一緒になって不思議な踊りを踊り狂っている。ゼッカはすでにデータ収集を諦めたのか、静かに果実酒を舐めながら、その騒がしくも温かい光景をただ見守っていた。
「姉御! 遅ェぞ! 早く来ねェと、美味ェとこは全部この筋肉ダルマが食らい尽くしちまうぜ!」
遠くからハクが声を張り上げる。
「全く、手のかかる連中ね」
シオンは呆れたように息を吐きながらも、その顔には隠しきれない柔らかな笑みが浮かんでいた。
彼女は自身の元へと駆け寄ってきた仲間たちと、新たな共犯者たちの中心へと歩み出る。
「みんな、聞いて頂戴!」
シオンのよく通る声が広場に響くと、ピタリと宴の騒ぎが止まり、全員の視線が彼女へと集まった。
「次の目的地が決まったわ。海の向こうで、とびきりデカくて最悪な厄災が私たちを待ってる。……だから、明日からは二日酔いなんて言わせないわよ」
シオンは手近にあった酒樽を片手で軽々と持ち上げ、高らかに掲げた。
「まずはあの壊れた泥舟を直して、最高の状態に仕上げる! この島での泥だらけの休息を骨の髄まで味わい尽くしたら、また地獄の航海の始まりよ!!」
「「「オォォォォォォォォォォォォッ!!!!」」」
シオンの号令に、龍崎の咆哮と、カイルたちの歓声、そして森妖族たちの雄叫びが重なり合い、夜空の星々をも震わせるほどの大音響となって森中に響き渡った。
精霊の巨樹に見守られながら、未知の島での熱狂の夜は、果てしなく更けていく。反逆の極道たちの、次なる航海への確かな熱量を燃やしながら。
第八章もここで折り返しとなる第五部が完結しました。
前半の機巧兵たちとの激しい殲滅戦から一転、この第五部では未開の野生王国ならではの豪快で温かい大宴会が描かれました。
特に、帝国という感情のない箱庭で育ったセブンたちサイボーグ市民が、森妖族との交流を通して「命の熱」を取り戻していく姿は、シオンたちが戦う意味の大きさを改めて証明しています。
そして、精霊の巨樹の最深部に隠されていた「星の記憶」。
その琥珀色の結晶体がシオンの内に宿る「黎の魂」と共鳴し、次なる舞台となる「未知の大陸」への道標を示しました。それは帝国以上の圧倒的な混沌と厄災が待ち受ける、苛烈な新天地の予兆です。
目的地が定まり、再び次なる喧嘩へのモチベーションを高める反逆の極道たち。
明日からは、大破した『反逆の泥舟』の修復と、次なる航海への準備という新たなミッションが始まります。この島での休息と出会いは、彼らをどれほど強く成長させたのでしょうか。
物語の後半戦、新天地への出航に向けた第六部以降の展開にも、引き続きご期待ください。




