7.実は猫じゃなかったようです1.
なんとかお風呂イベントをやり過ごすことに成功した少年は、夕食の席でとっても美味しい食事をもらえてお腹いっぱいになっていた。
デブ猫ではあるためペット感覚であるものの、一家族としてしっかり扱われていることに感謝しかない。
今は満腹感に身を任せて、だらしなくキャロのベッドの上で大の字になっている。
(俺、キャロちゃんのペットになっちゃおうかなー)
体こそ不便ではあるが、至りつくせりの状況をまんざらではないと思い始めている紫央は、人間であることを忘れてペットに甘んじようとしていた。
そんなことを考えていると、ピンク色のパジャマに身を包んだキャロが少年を抱きかかえる。
「一緒に寝ますの」
(お、おおおお、お嬢さん、さすがにそれは……って、どうせ猫だから間違いが起こることもないか)
「にゃぁあ」
自宅のリビングがすっぽり入ってしまいそうな広い部屋で、たったひとりで眠るのは寂しいかもしれない。
猫ごとベッド中に入った少女のことを考え、抵抗することなく目を瞑る。
ぎゅうっ、と抱きしめられることは少々苦しいが、キャロの甘い匂いと体温を感じてドキドキしてしまうため、ちょうどいい罰に思えて苦笑した。
「ふわふわですの……わたくし、猫ちゃんにあえて嬉しいですわ。できるだけわたくしと一緒にいてくださいね」
(ずっと一緒にじゃなくて、できるだけ一緒に、か)
どこか寂しそうに聞こえた少女の言葉の意味を感じながら、おやすみなさいと紫央は優しく鳴いた。
※
翌日、母親から習い事をしているキャロが構ってくれないため、屋敷の散策をしていると厨房から続く裏口で男の声が聞こえて足を運んでみる。
「俺たちはいつになったら安心して暮らせるんだっ」
そこには唾を飛ばしてディナを睨みつける中年男性の姿がある。やはり現代日本人とは思えない彫りの深い容姿に、ジャケットとコート、ブーツ姿ではあるが少々時代を古く感じる出で立ちだ。
(中世ってほど古くはないけど、うーん、開拓時代のアメリカともちょっと違うし。まさにファタジーゲームの登場人物って服装?)
「……あなたがたが不安を抱いていることは承知していますが、こちらにそんなことを言われてもなにもできません」
「仮にも前領主の屋敷だろ。とっととなんとかしろって言っているんだ」
「であれば、現領主様に直接おっしゃってくださればいいのではないでしょうか」
「そ、それが言えないからこうしてあんたに言ってるんじゃないか!」
「ではわたしから、あなたがおっしゃっていたことを、一字一句漏らさず領主様にお伝えすればいいのですね」
(なんだかディナさんの態度が固いっていうか、怖いっていうか。つーか、あのおっさんの態度なんだよ)
はじめから会話を聞いていたのではないので成り行きはわからないが、どうも男がディナに突っかかっているようにしか見えなかった。
ただし、ディナも負けておらず、淡々とした返事で応戦している。すると、苛立ちを隠すことができない男がメイドに一歩詰め寄った。
「てめぇっ、わざと言ってるだろっ! 前領主の屋敷でメイドしてるからって、俺たちを下に見てるんじゃねえぞ! 呪われた子の世話係の分際でっ!」
「……今の発言は口が滑ったのだと見逃しましょう。しかし、もう一度、お嬢様のことをそのように言うのなら、許しはしません」
(呪われた子って、もしかしてキャロちゃんのこと?)
なにをしてキャロが呪われた子になるのか、皆目見当がつかない。むしろ、呪いとは正反対な天使ではないのかと、首を傾げてしまう。
「呪われた子に呪われた子と言ってなにが悪い! 領主様が怖くて口を噤んでいるが、街の全員が俺と同じ気持ちに決まっている!」
「ーー貴様っ」
(このおっさん、態度悪すぎっ、一発殴りてぇ……あっ)
どうやらキャロのことを呪われた子と言っているようだが、あからさまに悪く言っているようにしか思えない男性の言動に、紫央が苛立った。
刹那――、
「ぎゃぁああああああああああっ」
デブ猫の額から紫電が放たれ、中年男性に直撃した。
(え? うっそー? なにこれー!?)
殴りたいと思ったが、まさか電撃を放つことができるなど、今の今まで知らなかったのだからびっくりしてしまう。
「あばばばばばばばばばばあっ」
雷撃を食らった男性は、悲鳴をあげて体を震わせると、その場に倒れて動かなくなった。
「あなた……いったい」
驚愕に包まれ、倒れた男性とデブ猫に視線を行き来させるディナを尻目に、
(あ、やっぱり俺って猫じゃねーや)
他人事のようにそんなことを胸の中で呟くのだった。