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5.どうやらペットになるそうです2.



「では、猫ちゃんをお願いするのです!」


 そう言い残してキャロとディナが去っていく。 

 当初は部屋に残りたいと少女は言ったのだが、気が散るし、危ないものもあるのでと言われると渋々従った。


「さてと、研究の邪魔をされるのは癪なんだけど、この天才の知識を披露するいい機会だ。……あれ? これ猫?」

(え? 俺、猫じゃないの?)


 本来は人間なのだから間違っていないのだが、どう見ても猫の姿になってしまった少年に対し、猫じゃないとはいかがなものなのか。

 燐は細い指を伸ばして、猫と化した少年に触診を始めた。目を覗き、口の中も、歯の並び具合から舌の色まで、果てにはバリカンを取り出して毛を刈ろうとしたので流石に逃げた。


「おかしいな。デブ猫のくせに、魔力を持ってるぞ。んん? 魔物かなにかの一種なのか? どこかで見たことあるんだけど思い出せない。どこだっけかなぁ」


 どうやら燐はデブ猫の正体に心当たりがあるようだが、はっきり思い出せないようだ。

 本の山から資料を探そうと漁りだした少女に放置されてしまった紫央は、しばらく待ってはみたものの時間がかかるだろうと判断して、気づかれないようにそっと部屋から出ていく。


(まさかとは思ってたけど、ここ日本じゃないかも)


 日本人離れした美少女とメイドさん。同じ黒髪ではあるが、顔の作りがやはり日本人ではない燐という少女。屋敷から見える景色も、日本ではまずお目にかかれるものではない。


(でも外国にいるっていうのもありえないんだよなぁ)


 そもそもどれだけの距離を移動したのかは不明だが、その間、運ばれていることに全く気づかずに眠ったままでありえるわけがないのだ。薬を使われていたら可能かもしれないが、意識のない人間を運ぶには人数が必要だし、そんな大掛かりなことを自分にする理由も思いつかない。


 一番の疑問は、なぜデブ猫になってしまったのか、だ。

 はっきり言って人間の仕業ではない。じゃあ、誰の仕業かと聞かれると返答に詰まってしまう。

 ただ、薄々気づいていた。狼のような獣、自称天才魔法使い。魔力という言葉。


(もしかしてここはファンタジー世界なんじゃないんだろうか?)


 創作などでは主人公が異世界と呼ばれるファンタジーあふれる世界に迷い込むことがある。その手の物を目にしたことがないわけじゃない。だが、自分がそんなことを経験するなどと誰が思うだろうか。思わないに決まってる。

 更に言えば、デブ猫になってしまったことも「転生」などという言葉で片付けてしまうとしっくりくるのだ。


(あれ? ってことは俺って死んだの?)


 もし、この身に起きていることが異世界転生であれば、地球で自分は死んだのかもしれない。眠ったまま死んでしまうとか、悲しすぎる。朝、早起きなはずの自分が起きてこなければ起こしにくるであろう姉が驚くこと間違いない。


(……ま、いっか)


 散々こき使われたので最後ぐらいは盛大に驚かしてやろう。そもそも本当に異世界転生したのかどうかもわからない。ただ、今、ここにモンスターと魔法があることはなんとなくわかった。あとははっきりした確証を得るために、実際に見せてもらえればわかりやすいのだが。


「あら、この子は確か……キャロの拾ってきた子ですね」


 短い足でテクテク歩いていると、不意に声がかけられ顔をあげる。すると、


(うわぁ、すごい美人。というかキャロちゃんに似てるな。お姉さんかな?)


 かわいらしいキャロに対し、目の前の女性は美しさが際立つ美女がそこにいた。年齢は二十代半ばくらいだろうか。面影と、笑顔の雰囲気がキャロによく似ている。髪もふわふわしているのがキャロだが、女性は直毛だ。

 少々険のある目つきだが、それが気にならないほど全体的に整った容姿をしている。


(で、やっぱり日本人離れっていうか、外国の方でもこんな美人いないから)


 もうまとめて地球人離れしている容姿、と言いたくなる。

 紫央には美しさの中に、疲れを感じさせる色があるように思えたが、言葉を発せられないため気遣う言葉も言えない。

 そんな少年の心情が相手に伝わることなく、女性は紫央の傍まで近づくと、両手で抱きかかえた。


「こんにちは、猫ちゃん……猫? 猫なのかしら? ずいぶんと大きな体ね」

(デブ猫ですみません! ていうか、元は人間です!)

「あなたが猫でも、そうでなかったとしても構いません。どうかキャロと仲良くしてあげてくださいね。あの子が笑顔を見せてくれたのは、実に久しぶりなのですから」

(ん? どういうこと?)


 女性の言葉に、少年は内心首を傾げた。

 紫央の知る、キャロという少女は天真爛漫な笑顔を浮かべる子だ。雰囲気も柔らかく、大人しそうな容姿に反して行動的な面もある。そんな彼女が笑顔ではない時期があったというのが信じられなかった。


「あの子には辛い運命が課せられています。グリーンフィールド一族に生まればかりに、かわいそうな子です。しかし、不甲斐ない私はあの子を助けることさえできません。どうか、私の言葉が伝わっているのなら、キャロを笑顔のままいさせてあげてくださいね」


 この家族には何かがある。薄々そう感じていた。キャロがなにか運命的なものを背負っているらしい。だが、事情など今の紫央にわかることも、問いかけることもできるはずがなかった。

 でも、キャロを心から女性が案じているのがわかったため、せめてこのくらいはと考え、


「にぁあ」


 と、返事をするのだった。


「ふふ、どうやら私の言葉をちゃんと理解してくれたようですね。ありがとう、猫ちゃん。娘をよろしくお願いします」


 肯定と受け取ってくれた女性が嬉しそうに微笑んだ。と、同時に、少年は彼女の言葉の中にある事実に、驚き絶叫した。


(――――娘ぇ!?)


 外見二十代半ばの女性に十代半ばの子供がいる事実に、自分がデブ猫になっていた以上に驚くのだった。




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