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34.epilogue.




 ライガーたちと屋敷に戻ったキャロを出迎えたのは、伯父であり、現グリンフィールド家当主のラスバイン・グリンフィールドだった。

 ブラックドラゴンの襲撃は離れた場所にある彼の屋敷と、街からも確認されており、娘を失った義妹ブレンダたちを慰めようと足を運んだらしい。


 しかし、彼は生贄となったはずの姪が生きていることに、驚き、そして喜んだ。

 事情を聞いた領主は、直ちに部下を派遣した。すると、姪たちの情報通り絶命したとしか思えない、下半身だけを残した黒竜を発見したのだ。

 この朗報はあっという間に、国中に伝わり、お祭りとなった。無理もない。長い年月、ドラゴンという驚異に怯えていたのだから。


 特に、喜びが大きかったのはいうまでもなく、グリンフィールド領だった。

 長年の恐怖からの解放はあまりにも大きい。下手に討伐することも叶わず、報復を恐れてなにもできず、国をあげて討伐しようとすれば逃げられてしまう。そんな狡猾な黒竜が二度と現れることがないと知れば、誰でも喜ぶこと間違いない。


 連日、グリンフィールド領は祭りが続いた。挙げ句の果てには、黒竜が倒された日を記念日にするとまで決まる始末だった。

 そして、賑やかな一週間があっという間に過ぎていった。




 ※




「姪を助けてくださったこと、心から感謝する。ライガー殿」


 賑やかな日々が終わった頃、雷獣のもとをラスバイン・グリンフィールドが訪れていた。

 ライガーは、一度は人間の姿になったものの、黒竜との戦いを終えて屋敷に戻ると、音を立てて小動物の姿に戻ってしまっていた。


 燐の推測では、まだ体が成長しきっていない状態の強引な進化に、身体への負担が大きくなりすぎた結果、ライガー自身が無意識に力をセーブしたのではないかというものだった。

 現在は、この世界に迷い込んだときと同じく、茶色い体毛に覆われた、猫を一回り大きくしてでっぷりとさせたような姿に戻っていた。


「出会ったばかりだけど、キャロのことを助けたかっただけです。お礼なんていりません。俺自身が、キャロに救われましたから」

「……そうか。あの子は、不憫な子だと思っていたが、違ったようだな。君をはじめ、素晴らしい家族に恵まれてキャロは幸せだろう」


 目を細め、姪を想うラスバイン。

 白髪混じりの短く刈り込んだ髪、蓄えた髭、武人のような風貌だが、そんな彼は今は優しい表情をしていた。


 彼にとっても、亡き兄のひとり娘をなんとかしたかったのだろう。だが、できずにいた。それはあまりにも辛くて悔しい。だが、それももう過去の話だ。

 キャロはこれからも人生を歩んでいく。好きな人と出会い、愛を育み、子を授かるだろう。恐怖に怯えて毎日を生きることも、ひとり孤独になることももうないのだ。


「しかしながら、雷神信仰の私にとって、絶滅したはずの雷獣殿とこうしてお会いできたことは光栄の至り」


 だが、彼もまさか雷獣が姪に拾われ、家族として迎えられたことは想像外だったようで大いに驚いていた。


「あの黒竜を一撃で倒すとは、雷獣殿は伝承通りの強さなのだろうな。私が若ければぜひお相手願いたかった」

「あはははは、俺にも何が何だか。今じゃ、あのときの力は全く使えませんし、ただの小動物くらいに認識してもらえれば」


 巌のような男と戦いたくないライガーは乾いた笑いを浮かべるも、嘘はついているわけではない。

 黒竜を屠った一撃どころか、今は大した雷撃も撃つことができずにいる。

 これにはいくつか推測があるが、はっきりしたことはわかっていない。術式の効果が切れてしまっただけで、本来の幼い雷獣に戻ったのか。それとも、いきなり力を使いすぎた反動なのか、というものだ。


 かわいらしい威力の紫電を放つことくらいはできるが、低級モンスターを追い払うくらいしか役に立たないだろう。

 だが、それでもいい。もう黒龍はいないので、強すぎる力は必要ないのだ。


「あの、ラスバインさま」

「どうか、ラスバインとだけ呼んでほしい。家族の恩人にかしこまられるのは性に合わないのだ」

「じゃあ、ラスバインさん。実は、お願いがありまして」

「ライガー殿の願いなら、なんでも気候ではないか、と言いたいのだが……あなたが黒竜を倒したことを秘密にしたいというのは難しいぞ」

「えー、そんなぁ」

「雷獣殿の存在はいらぬ混乱を招くだろうと私も考えている。だが、王宮だけでも報告させてもらわなければ、領主としての責任があるのでな」


 ただし、あくまでも報告は王宮のみにしてくれると言ってくれたので、ライガーはそれを飲み、よろしくお願いしますと告げた。


「そういえば、伝えるのが遅くなってしまったが、あの黒竜は売り払われることとなった」

「売る?」

「街の重役たちの願いでな。取っておきたいものでもないので、許可した。まあ、下半身しか残っていないが、素材としては一級品だ。そのまま売るもよし、加工するもよしだ」


 聞けば、売り上げの半分が、グリンフィールド家に収められることとなっているらしい。


「事後承諾で申し訳ない。私個人としてもさっさと処分してしまいたかったのだ」

「それはいいんですけど、本当にあのドラゴンは死んだってことでいいんですよね?」

「いくら竜とはいえ、頭だけでなく、体の半分を吹き飛ばされれば生きていられないだろう。念のため、売る前に専門家に問題ないか調べてもらえるよう手配してある」

「……ならよかった。もうあんなのと戦うのはごめんですから」

「違いないな。とにかく、あの黒竜でも収入源になればキャロへの悪感情も完全になくなるだろう」


 ラスバインが黒竜を売り払うと決意したのは、一族の仇を遺体とはいえ保存しておきたくなかったからだ。祀ることも、埋葬することもしたくない。素材として売ることで、死したドラゴンを辱しめたいのだ。

 無論、そんなことを口にはしない。だが、領民たちのように金目的ではなかった。


「それらなもう、キャロやディナが嫌な思いをすることはありませんよね?」

「約束しよう。そんなことにはならないと」


 ライガーは知らないが、先日屋敷に乗り込んできた男性を始め、キャロを悪くいい、ディナに嫌がらせをしていた領民にはラスバイン自らが警告していた。

 次に同じようなことをしたら領地から追い出す、と。


 ただ、一部の者はドラゴンの襲来を見て、恐慌し、犯罪に走ったらしく、投獄されていたりもする。大半の領民がキャロを案じ憂いていたにも関わらず、心無い一部の人間は自分だけが可愛かったらしい。

 投獄された人間は家族から絶縁を申し込まれてもいる。どのくらい牢に繋がれるのか不明だが、出てきても迎えてくれる家族はいない。


「ところで、ライガー殿」

「なんでしょうか?」

「聞けば、雷獣は人間の姿になれるという。実際、あなたは人の姿になってあの忌々しい黒竜を倒したと聞いている」

「はあ」


 ラスバインがなにを言いたいのかわからず、首をかしげるライガー。


「人間と子を成すことができることも聞いている。ならば、私の娘の伴侶となってはくれないだろうか!」

「――は?」

「親バカと思われるだろうが、なかなか器量がよく、気立てもいい。歳は十六だが、如何かな?」

「いやいやいや、会ったことのない人と結婚しろと言われても」

「では一度会ってもらいたい!」

「……えぇー」


 急に話がおかしな展開になったと、短い前足で頭を抱えてしまう。

 なるほど、これが雷神信者か、と思う。

 雷神の眷属である雷獣を一族に迎えたいらしい。ただ、ラスバインからは、欲望にまみれた感情が見られない。

 純粋にライガーのことを気に入っているといこともあるのだろう。


「おじさま! お待ちくださいですの!」


 と、そんな中、音を立てて部屋に入ってきたのはキャロだった。

 柔らかな金髪を揺らした少女は、なぜか涙目だ。


「ライガーはわたくしのお婿さんになるんですの!」

「えぇええええええええ!?」


 まさかのお婿さん宣言に、雷獣が絶叫した。


「ふむ、そういえば姉上はキャロを救った者を夫として一族に迎えると言っていたな。ならば仕方がない、では、キャロを正室に、娘は側室ということで」

「そらなら構いませんの。あ、でも、ディナも燐ちゃんもライガーのお嫁さんになりますの」

「はははははっ、ライガー殿はモテモテだな! よろしい、領主が許そう! ハーレムを築くがいい!」


 呵々大笑するラスバインと、満面の笑顔のキャロライン。

 二人のやりとりを見ていたライガーはもう叫ぶ気力すらない。


「ばっ、ばかやろうっ! あたしはこんなデブ猫のよめになんてならねーからな!」

「わたしは側室で構いません。キャロさま共々、よろしくお願いします」

「おい、ディナ!?」


 廊下では、ディナと燐がそんなやりとりを繰り広げ、ミランダが「さっそく式の手配をしますね」とやる気に溢れていた。

 ブラックドラゴンが倒された結果、ライガーが知るよりも賑やかな、グリーンフィールド家の日常がここにある。



 ――ああ、そうか、そうなんだな。俺は、こんな光景を守るために、この世界に来たんだ。



 キャロを守り、救い、幸せにするために、ライガーはここにいる。

 これからもずっと。


「ねえ、ライガー」

「なんだよ、ご主人様?」



「わたくし、とっても幸せですの!」






これにて一部完結となります。

お付き合いくださいり、どうもありがとうございました。

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