32.ご主人様を助け出せ2.
「ライガー!」
キャロの悲鳴があがるも、黒龍が立てた轟音にかき消されてしまう。
しかし、不思議と少年には少女の声が届いていた。
「大丈夫。心配しないで」
安心させるようにライガーはキャロへ微笑んだ。そして、拳を力強く握りしめる。
「かかってこいよ、クソドラゴン! 今の俺は、ご主人様を守りたい気持ちでいっぱいだから、負ける気がしないぜ!」
「後悔する間も与えん!」
――轟っ。
ドラゴンが怒りの声とともに、灼熱の業火を吐いた。
直撃すれば跡形もなく燃え尽きる炎が、少年に迫る。
怖くはない。微塵も、恐怖など感じない。守りたい人がいて、その人がこちらを見ているんだ。無様な姿など見せられない。
にぃ、と不敵な笑みを浮かべたライガーの拳に雷が宿る。
暴れ狂いそうな雷が、少年に大きな力を与えてくれたのがわかった。ゆえに、なんの躊躇いなく業火に向けて拳を放った。
――っぱんッ!
少年の拳が火炎とぶつかった刹那、破裂するような音を立てて相殺された。
迫っていた熱も、圧迫感も、すべて、なにも感じない。まるでドラゴンが吐いた炎など最初からなかったのではないかと勘違いしてしまいそうなほど、一瞬でかき消されてしまった。
「……馬鹿な、信じられぬ」
動揺に包まれた声が降ってきた。ライガーは挑発するように、馬鹿にするように、そして、わずかにしてやったりという意味も込めて笑みを深める。
「こんなもんかよ、クソドラゴン」
「ありえぬ、貴様の、その矮小な体のどこに、我の炎をかき消すだけの力が……」
「なにが矮小だ、なにが我の炎だ! 結局、ただお前の力が弱いだけだろ! この程度の強さで、傲慢になりやがって。キャロを苦しめて、いいや、キャロだけじゃない。今まで、何人も苦しめて、理不尽に命を奪って、お前はそんなに偉いのかよ!?」
少年は、自分の言葉で怒りを覚えた。そうだ、目の前の黒龍は、長い月日の間多くの人を苦しめた。多くの命を奪った。だが、そんなのは正直どうでもいい。ライガーにとってなによりも許せないのは、あんなにも優しい子がこんなドラゴンのせいで生まれた瞬間から怯えて暮らさなければならかったことだ。
「俺は絶対お前を許さない! キャロを、キャロの父親も、ブレンダさんも、そしてディナと燐の幸せを奪いやがって! 俺は、こんなになにかを憎いと思ったのは初めてだ!」
怒りに連動して、拳に纏っていた雷が強く、そして腕に広がっていく。
腕から、肩へ。肩から、体へ。最後には、体全体を青白く暴れる雷が包んでいった。
「……なんだ、貴様は」
そのとき、黒龍は初めて気づいた。
目の前の、矮小な人間だと思っていた子供が、自分の範疇を超える生き物だということだ。
思い返せば、匂いが同じなので気にしていなかったが、先ほどは小動物だったものが、なぜ今は人の姿になっているのか、今更ながらに疑問が浮いた。
人の姿になれるような生き物はひどく限られている。そして、雷を扱うものなど、記憶には一種類しかいない。
「――まさか!」
ようやく、黒龍は自分が対峙しているものが何者なのか悟った。
「馬鹿な、そんなはずはない。貴様たち種族は、人間に駆逐されたはずだ! なぜ、雷獣などが、我が目の前にいるのだ!?」
「知るかよ、そんなこと。それよりも、もういいのか?」
「なに?」
「もう抵抗しなくていいのかって聞いたんだよ。炎を吐けよ、その鋭い鉤爪で俺を切り裂いてみろよ。それとも、その頑丈そうな牙と顎で俺を食らうのか? 早くしないと、次は俺の番だぞ?」
笑顔を浮かべる少年に、黒龍はゾッとした。
生き物としての本能はドラゴンにも備わっている。しかし、その本能が警告を発することは稀だ。それだけ、ドラゴンという種族は強いのだから。
だが、今は違う。生存本能が逃げろと悲鳴をあげている。長年食らおうと我慢していた少女のことなど捨てて、逃げ出してしまえと声を大にしている。
「――我は、竜ぞ」
しかし、ブラックドラゴンはその警告をすべて無視した。
プライドが許さなかったのだ。
「我は黒竜! 千年を生きる、強き竜ぞ!」
なぜ雷獣がこんなところにいるのか、少女を守ろうとしているのかもわからない。
否、そんなことはどうでもいい。
逃走、という選択肢が一度でも脳裏をかすめた竜は、己のプライドを守るために、目の前の雷獣を殺すことを決め、咆哮した。
「ああ、そうかよ。そりゃ、すごいですね。なら、俺のこともよく覚えておけ。俺はライガー。キャロライン・グリンフィールドのかわいいペットだ!」
雷獣の名乗りとともに、雷が暴れ出した。
まるで少年を鼓舞するかのように、戦いの花道を作らんとしているかのように舞う。
蒼雷を纏う、少年は翼を広げた天使のようにその手を広げ力を高めていく。
「ありえぬ、このような力はありえぬ! 貴様、我をどうするつもりだ、竜すべてを敵にするつもりか!?」
雷光に包まれた少年の力は、戦うまでもなく黒竜を怯えさせるのは十分すぎた。
離れた場所で見守っていたキャロラインなど、ドラゴンの始めてみる動揺に、唖然としているほどだ。
だが、少年にはそんなことなど関係ない。もう、倒すと決めたのだ。二度とキャロに害をなさないように、滅ぼしてしまおうと決意したのだ。
「上等だ。それなら、竜を全て滅ぼしてやる!」
広げていた両腕を閉じ、手と手を重ね、高々と掲げた。
雷がさらに暴れ狂い、閃光を撒き散らしていく。
「やめろ、考え直せ、そんな力を使われたら、我は――」
雷獣など名乗っているが、元の少年はただの人間だ。
しかし、今の姿になって、雷獣としてなにかに目覚めた。
力の使い方がわかる。纏う雷に、まるで意思があるかのように、すべきことを教えてくれる。
――さあ。
誰かの声に従って、少年は一気に両腕を黒竜に向けて振り下ろした。
「神鳴り」
黒竜の命乞いを無視し、今できる最高の一撃を撃ち放ったのだった。




