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27.雷獣VS黒竜



 燐を襲った炎は、彼女を焼くことはなかった。

 それ以前の問題だ。そもそも、炎は届いていないのだ。


「……どうして」


 死を覚悟した少女の呟きに、


「ふざけんな! なに諦めてんだよ!」


 答えたのは、一匹の雷獣だった。


「ライガー!」


 ドラゴンに囚われていたキャロが、安堵と驚きを込めて親友を救ってくれた者の名前を呼ぶ。

 雷獣は燐とドラゴンの間に割って入り、雷を放っていた。魔力を帯びた雷撃は、炎とぶつかり相殺されていく。


「うぉおおおおおおおおおおおっ!」


 確証などまるでなかった。しかし、勝手に体が動いていた。

 ライガーは燐を死なせてなるものかと、後先考えずに壁となった。小さな体が壁になるはずがない、一緒に死んでしまう、などは考慮せず、短慮な思考でただ立ちふさがった。

 そのおかげで、ついにライガーの力が発揮されたのだ。


「……おのれ」


 炎を止め、表情こそ不明だが、その声音から苛立っているのがよくわかる黒龍が鋭い眼光を雷獣に向ける。

 ドラゴンの鉤爪の中で、親友の無事を確かめたキャロがぼろぼろと涙をこぼす。

 死に損ねたことと、雷獣がついに雷撃を使えるようになったことに驚きながらも呆然としている燐。

 屋敷の中から庭に出てきたメイドのディナと、元領主夫人ブレンダも、驚きの表情を浮かべている。

 そして、ライガーは敵意をむき出しにして、黒龍に負けじと睨みつける。


「お前、いい加減にしろよ」


 怒りのこもった、低く、静かな声だった。

 キャロを食らうために現れ、燐を傷つけた挙句命を奪おうとしたドラゴンへ対する感情は暴れ狂っているにも関わらず、頭も心も冷静なことに驚いている。


「小動物の分際で、我が炎を阻んだか。いくら遊びだったとはいえ、褒めてやろう」

「いいからキャロを返せ」

「――はっ。なにを言うのかと思えば、キャロラインを返せだと? 笑わせるではないか、この娘は食らわれることが決まっているのだ」

「それは誰が決めたんだよ。神様か?」

「我が決めた。キャロラインの先祖は、愚かにも人の分際で我を倒そうとした」

「倒そうとしたじゃなくて、倒された、だろ。恥ずかしくても、ちゃんと事実を言えよ。かっこわりぃ」


 挑発する。いっそキャロから自分へ興味が移ってくれと願いながら、ライガーは不敵に笑って見せた。


「人間に負けたのが悔しいから、なかったことにしたいけどできないから、お前はキャロたちを苦しめるんだ。そのときだけは情けない記憶を忘れることができるから」

「……黙れ」

「だけど気づいてるだろ。たとえキャロを弄んでも、敗北した事実から逃げることができないんだよ!」

「だまれぇええええええ!」


 図星をつかれたのか、それとも鬱陶しくなったのか、黒龍は足を振るいライガーを蹴り上げた。

 小さな体の雷獣は、あっけないほど簡単に宙を舞い、地面に落ちて数回跳ねた。


「いいだろう。キャロラインを連れて帰る予定だったが、貴様をいたぶってから去るとしよう。なに、心配せずとも、約束があるので殺しはしない。だが、死んだほうがマシだと思うほどの目には逢ってもらうぞ」

「……やってみやがれ」


 ライガーは震える体に鞭打って、立ち上がる。痛い。全身が痛くてたまらない。

 キャロを助けたい。燐をはじめ、ディナ、ブレンダに笑顔でいてほしい。

 それだけを胸に、立ち上がって雷撃を放つ。だが、黒竜の硬い鱗は、雷撃を通さず表面を焦がすだけだった。力が足りない。

 もっと、力を。もっともっと、力が欲しい。

 大好きなご主人様を助ける力をよこせ、と願いながら、繰り返し雷撃を打ち続ける。


「効かぬ、効かぬぞ? 我が炎を阻んだ雷撃はまぐれか?」


 本音を言ってしまうと、怖くてしょうがなかった。

 地球とはまったく違う異世界で、はじめて目にしたドラゴンは、夢も希望もない残虐な生き物だった。

 こうして対面しているだけで、恐怖で体が震える。だけど、それ以上に、怒りがある。


 理不尽に奪われようとしている命が目の前にあるのだ。親友を守ろうとして、いたぶられた少女がいるのだ。家族を守りたいけど、守る手段がなく、せめて明るく振舞おうと懸命な人たちがいるのだ。

 だから、怖くても、逃げたくても、立ち向かえ。今、戦えるのは、自分だけなんだ。そう自身に言い聞かせる。


「キャロを返せっ、このクソドラゴン!!!」


 身体中の力を一点に集中し、黒竜に向けて渾身の雷撃を撃つ。

 稲妻が落ちたような轟音が木霊したと同時に、ドラゴンの腹部の鱗が爆ぜた。


「……やりやがった」


 倒れていた少女が小さな声を出す。

 今までの雷撃はすべて、硬い鱗に阻まれて表面を焼く程度だった。しかし、今の一撃は違う。ドラゴンの肉を確実に焼いた。血を流させたのだ。


「おもしろい。やればできるではないか。貴様がどのような生き物か知らぬが、よかろう。いたぶるのではなく、少々力を出して戦ってやろう」


 腹から血を流したドラゴンは、雷獣を見据えてにたりと笑った。




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