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25.ブラックドラゴン2.



 燐が放った魔法が、竜の鱗を焦がす。


「ちくしょうっ」


 ただ焦がすことしかできなかったことに、少女は不意打ちの失敗を悟り、唾を吐く。

 それでも諦めずに杖を地面に突き立て、魔道書をめくり、次から次へと強力な攻撃魔法を打ち続ける。

 しかし、結果が変わることはなかった。


「矮小な人間の分際で、よくも我が鱗を汚してくれたな」


 人間であれば十回は殺せていた攻撃魔法を受けながらも、平然とするドラゴンから怒りの声が向けられ、体が竦む。


「ふざけんなっ! あたしからキャロは奪わせねえぞ!」


 唇を噛みきり、己を叱咤しながら魔法を打ち続ける。魔力が空になろうと、自分の命が尽き果てるまで攻撃の手を休めるつもりはない。


「やめて、燐ちゃん!」


 しかし、決意を込めた攻撃は親友の制止の声であっさりと止まってしまった。


「どうしてだよ、なんでやめろなんて言うんだ! あたしは、絶対にキャロを助けるんだぁあああああああああっ!」


 絶叫のまま、攻撃を再開する燐に、黒龍は笑った。


「おもしろい」


 今までつまらない反応しかしていなかったキャロが、はじめて恐怖と動揺を見せたのだ。

 矮小な人間など容易く命を奪えるが、ブラックドラゴンは自分の不快にしたキャロを懲らしめるため、大きな絶望を抱かせるために、効きもしない攻撃を続ける魔法使いを甚振ることに決めた。



 ※



 五分もしない内に、燐は力つきて地面を無様に転がっていた。

 ドラゴンと戦った少女は、完膚なきまでに敗北していたのだ。いや、戦いと呼ぶには一方的すぎた。

 杖を折られ、魔道書を燃やされ、補助をなくした燐はいくら天才魔法使いといえどできることに限界がある。


「……ちく、しょう」


 長時間をかけて研究していた攻撃魔法も、黒龍の鱗を焼くことがせいぜいだった。頼みの綱であった雷獣の進化も不発。少女にはもうなす術もない。

 悔しさにボロボロと涙をこぼしながら、立ち上がろうとする。自分はまだ生きている。死んでいない。だから負けてなどいない。キャロはまだ目の前にいる。取り戻せるのだ。

 そう自分に言い聞かせて、震える体と折れかけている心を叱咤して、膝に力を込める。


「もうやめて、燐ちゃん!」


 いつものかわいらしい特徴のある喋り方ではなく、切羽詰まった親友の声が、耳に届けば届くほど負けてはならないと想いは強くなっていく。

 燐にとってキャロははじめての友達だった。彼女と出会ったから、今の自分がいる。この屋敷で家族としてかわいがられる日々は少女にとってかけがえのない宝物だ。キャロがいたから、今がある。キャロがいなければ意味がないのだ。


「待ってろ、今、助けてやるから。あたしは天才なんだぞ……こんなクソトカゲなんか、相手じゃねぇ」

「ふっ、ふははははははあ、さえずるな人間よ。我が戯れに遊んでいるにも関わらず、貴様はもうボロボロではないか。矮小な人間よ、我にも慈悲というものがある。貴様が、自分だけは助けてくれと願うなら、命までは取らぬと約束しよう」

「死ね、トカゲ野郎」

「……それが最期の言葉になることを後悔しろ」


 ドラゴンの喉が大きく膨らむ。

 火炎を吐き出そうとしていることがわかったが、燐は逃げることができなかった。


「燐ちゃん!」


 甚振られた体は、あちこちが痛み、思うように動いてはくれない。障壁を貼ろうにも、魔法の使いすぎで魔力はないに等しい。

 なによりもブラックドラゴンという人間を容易く超越する種族を前に、悪意の塊をぶつけられて、その身がすくんでしまっている。


「絶望して死ぬがよい。貴様にはキャロラインは救えない」


 大きく膨れ上がった喉を経由して、魔力を帯びた灼熱の火炎が、竜の顎門から吐き出される。

 親友がなにかを叫んでいるが、もうなにも聞こえない。

 視界いっぱいに広がる真っ赤な炎が、ゆっくり迫り来るのを他人事のように燐は眺めていた。


 炎に飲み込まれれば、跡形もなく燃え尽きるだろう。なにも残せぬまま、死んでしまうことは嫌だが、なによりも大切な親友を救うことができなかったことが悔しくてならない。

 涙が溢れる。悲しくて、悔しくて、言葉にできない感情が津波のように押し寄せる中、


「ごめんな、キャロ」


 嗚咽の混ざった声で、燐はただ親友に謝罪したのだった。




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