21.雷獣と魔法使いとメイド1.
「おいっ、毛玉っ! できたぞ!」
ご主人様の勉強中、時間を持て余して陽のあたるテラスで猫のように寝転がっていたライガーのもとへ、燐が現れ有無を言わさず抱きかかえた。
「ちょっ」
驚く雷獣など知らんとばかりに、走るように自身の工房に連れて帰ると、乱雑した机の上に放り投げる。
軽やかに宙で体制を整えたライガーは着地すると、抗議の声をあげようとして、やめた。
「まったく、雷神の眷属である雷獣をこうもぞんざいに扱うなんて」
工房の中には先客がいた。
いつも通りメイド服に身をつつんだ、銀髪のメイド、ディナ。
「あれ? ディナさんまで、どうして?」
「はぁ……燐はなにも説明せずにあなたを連れてきたのですね」
ため息交じりに天才魔法使いに目を向けると、少女は慌ただしくなにかの準備をしている。
燐を一瞥したディナは、代わりにと口を開いた。
「ライガーと燐が望んでいたものができあがったそうです」
「――っ、それは!」
待ち望んでいた雷獣としての覚醒方法がわかったということだ。
「燐ちゃん!」
「わーってるよ、待ってろ。今、支度してるから!」
乱暴な言葉遣いは相変わらずではあるが、天才魔法使いの声は期待に弾んでいた。
無理もない、もしもライガーが雷獣としての力に目覚めさせることができれば、ドラゴンに呪われた少女キャロを救うことができるかもしれないのだ。
「ライガー、燐があなたになにをしようとしているのか存じています。ですが、リスクがあると聞きました。それでもやるのですか?」
燐の支度を待っているライガーに、ディアナが不安そうに尋ねる。
「うん。だって、キャロちゃんを助けたいんだ」
雷獣は即答した。もう答えは決まっているのだ。
「お気持ちは痛いほどわかります。ですが、あなたになにかがあれば、キャロさまが悲しみます」
「そう、かもしれないね。でもさ、悲しむことだって生きていなけりゃできないじゃないか」
「しかし――」
「理不尽にドラゴンの生贄になる? ふざけんなっ」
「――っ」
メイドは、ライガーがはじめで声を荒らげたことに驚く。それだけ、彼が真剣に、キャロのことを案じていることと、少女に降りかかる理不尽な運命に怒っているのだとわかった。
「俺さ、どうして自分がここにいるのかずっとわからなかったんだ」
「それは、どういう意味なのでしょうか?」
「キャロちゃんと出会い、ディナさん、燐ちゃん、ブレンダさんとも知り合えた。すごく嬉しいよ。でもさ、同時にどうしてなんだろうって思ってたんだ」
何度自答しても答えがでることのない疑問。
人間から雷獣に、地球から異世界へ。
姿形も、いるべき場所も、すべて変わってしまった少年が今、ここにいるべき理由をずっと問い続けていた。
キャロには、「君に会うためだ」と言ったものの、本当にそうなのか不安は残る。
しかし、今の少年には、己が雷獣の姿となり、ここにいる理由がなんであるのか答えが出ていた。
「俺はさ、キャロちゃんを、俺のかわいいご主人様を救うためにここにいるんだ」
「……ライガー、あなたは」
「そのためならなんでもするよ。あの子には悲しい顔なんて似合わない。ずっと笑顔で幸せでいて欲しいんだ」
ディナには、ライガーがなぜここにいるのか、などという疑問を浮かべるのかわからない。しかし、彼が、まだ出会って間もないキャロのことを心から想っていることだけは痛いほどわかった。
なにかを言おうにも、言葉が見つからない。これ以上、決意を固めた雷獣になにを言えというのだろうか。
「よっしゃ。本人がここまで決意してんだから、これ以上は野暮ってもんだぜ、ディナ」
「……燐」
「気にすんな、毛玉。もし、お前になにかあったら、あたしが責任取ってやる。なんだったら一生面倒見てやっから」
ライガー同様に、燐もまたどんなことをしてでもキャロを救おうとしている。そして、そのために雷獣になにかあれば、言葉通りに責任を取るのだろう。
「あはははは、それは魅力的だけど、そんなことが起きないように祈るよ」
「だな。あたしもだ。さ、やるぞ」
魔法使いが指を鳴らすと同時に、部屋の天井、壁、そして床に魔法陣が浮かびあがった。




