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名家の令嬢に成り代わったら、強すぎる高身長美女たちに溺愛されました  作者: 鏡鞠るる
第3章 赤い髪のボディガード
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第25話「半分こ」

 倭の車に乗るようになってから、放課後にコンビニへ寄ることが何度かあった。


 毎日ではない。


 お腹が空いた日や、翌日の飲み物を買いたい日だけだ。


 最初は「寄りたい」とその都度言っていたけれど、最近では学校から家へ向かう途中、いつもの交差点を曲がる前に倭のほうから聞くこともある。


「今日、寄る?」


「今日は大丈夫です」


「ん」


 それで終わる。


 寄る日は寄る。


 寄らない日はそのまま帰る。


 それだけのことだった。


 今日は力環の予定がなく、授業もいつも通りに終わった。


 校門を出ると、少し離れた場所に倭が立っている。


 学校ではもう珍しくなくなってきたのか、最初の頃ほど露骨に見られなくなった。ただ、赤い髪と身長のせいで目立つこと自体は変わらない。


「お疲れさまです」


「ん。今日遅かったな」


「先生に呼ばれてました」


「何かあった?」


「提出物の確認です」


「怒られた?」


「違います」


「ならいい」


 倭はそれ以上聞かなかった。


 助手席へ乗る。


 鞄を足元へ置いて、シートベルトを締める。


「今日は?」


「何がですか」


「コンビニ」


 少し考える。


「寄ります」


「了解」


 車が動き出す。


 いつものコンビニへ入ると、倭も当然のようについてきた。


 以前は護衛だから店内まで来ているのだと思っていたけれど、最近は倭自身も飲み物くらいは買うようになった。


「今日何買うんですか」


「水」


「毎回水ですね」


「悪いかよ」


「別に」


「なぎは?」


「まだ決めてません」


「また棚の前で5分くらい悩む?」


「そんなに悩んでません」


「昨日3分半」


「測ってるんですか」


「暇だったから」


「怖いです」


「何がだよ」


 倭はそう言いながら、少しだけ口元を緩めた。


 最近、このくらいのやり取りは増えた。


 最初の頃は、必要なこと以外ほとんど話さなかった。今でもよく喋る人ではないけれど、どうでもいいことへ一言返してくるくらいにはなっている。


 お菓子の棚を見る。


 今日は甘いものより、少し塩気があるものがよかった。


 小さな焼き菓子の袋を一つ取る。中に二枚入っている。


「それ?」


 横から倭が見る。


「はい」


「夕飯前」


「二枚だけです」


「全部食うの」


「たぶん」


「そ」


 またそれだけ。


 倭は水を一本取る。


 わたしはお茶も買って、別々に会計を済ませた。


 車へ戻る。


 家まではまだ少しかかる。


 倭が駐車場から出てしばらくしたところで、信号が赤になった。


 お腹が空いた。


 さっき買った袋を開ける。


「今食うの?」


「一枚だけ」


「昨日も似たようなこと言ってたな」


「昨日はおにぎりです」


「夕飯前って意味」


「大丈夫です」


 袋の中には、丸い焼き菓子が二枚入っている。


 一枚取る。


 もう一枚残る。


 何となく横を見る。


 倭は前を見ている。


「倭さん」


「何」


「食べます?」


「何を」


「これ」


 残っている一枚を見せる。


 倭が一瞬だけこちらを見る。


「いらねえ」


「そうですか」


 そのまま自分で食べようとする。


「いや」


 すぐ呼び止められた。


「はい?」


「……待て」


 手を止める。


 倭は少しだけ眉を寄せたまま、こちらの持っている袋を見る。


「それ、二枚しか入ってねえだろ」


「そうですね」


「一枚あたしにやったら半分じゃん」


「半分ですね」


「いいの」


「何がですか」


「自分で食いたくて買ったんだろ」


「一枚食べれば十分かもしれないので」


「かもしれないって」


「足りなかったら家で夕食食べます」


「そういう話じゃねえ」


 よくわからない。


「じゃあ、いらないですか」


 もう一度聞く。


 倭は黙った。


 信号が青になる。


「今運転中だから置いといて」


「食べるんですか」


「……あとで」


「わかりました」


 袋を閉じて、カップホルダーの横へ置いた。


 倭の返事が少し変だった。


 欲しいなら最初からもらえばいいし、いらないなら断ればいい。


 そこまで迷うものではないと思う。


 わたしは自分の一枚を食べる。


 甘すぎなくて、少し塩気がある。


 おいしい。


「これ、おいしいです」


「そ」


「倭さんも好きかも」


「なんで」


「甘すぎないので」


「甘いの苦手って言ったっけ」


「前に、甘いのそんなに食べないって」


 倭がこちらを見る。


「覚えてたの」


「話したので」


「……そう」


 また前を見る。


 何となく、さっきより返事が短い。


 機嫌が悪くなったのかと思ったけれど、横顔を見る限りそうでもなさそうだった。


 むしろ少し困っているように見える。


「どうしました」


「何も」


「何かありますよね」


「ねえよ」


「あります」


「運転中」


「わかってます」


「じゃあ前見させろ」


「わたしは見てません」


「見てるだろ」


「横顔を」


「それを見てるっつーんだよ」


 少し声が強くなった。


 でも耳が赤い。


 赤い髪のせいでわかりにくいけれど、近くで見るとわかる。


「暑いですか」


「違う」


「耳赤いですよ」


「見るな」


 何なのだろう。


 わからないので、もう聞かないことにした。


 10分ほど走る。


 途中、倭がいつもより少し遠回りの道を選んだ。


「こっち通るんですか」


「前混んでる」


「そうなんですね」


「この時間あそこ詰まるから」


 信号を二つ抜け、少し静かな道へ入る。


 そこで倭が車を路肩の駐車スペースへ停めた。


「何かありました?」


「ない」


 エンジンは切らない。


 倭がシートベルトを外すわけでもない。


 ただ手を伸ばして、さっき置いた菓子の袋を取った。


「食べるんですね」


「悪い?」


「いえ」


 袋を開ける。


 中から一枚取り出す。


 倭の手だと、菓子が少し小さく見えた。


「これ、そのまま食っていいの」


「どうぞ」


「……いただきます」


 思ったより律儀に言う。


 一口かじる。


 少し噛む。


「どうですか」


「うまい」


「よかったです」


「甘くねえな」


「だから言ったでしょう」


「ん」


 倭は残りも食べる。


 それだけ。


 でも、少しだけ表情が柔らかくなった気がした。


「そんなに好きでした?」


「何が」


「それ」


「普通」


 わたしがよく使う言葉を、そのまま返された。


「真似しました?」


「してねえ」


「今の絶対わざとでしょう」


「知らね」


 車を再び出す。


 そこから倭は、少し機嫌がよかった。


 わかりやすく笑うわけではない。


 歌い始めるわけでもない。


 ただ、普段より会話が切れない。


「明日、力環だっけ」


「はい」


「何時終わり」


「6時半くらいです」


「じゃあ迎え6時20分に行く」


「早くないですか」


「どうせ待つから」


「いつも早いですよね」


「遅れるよりいい」


「待つの嫌じゃないんですか」


「別に」


「1時間とかでも?」


「連絡ありゃ」


「何して待つんですか」


「スマホ見るか、寝るか」


「車で?」


「そう」


「暇そう」


「仕事中に忙しいほうが困る」


 確かにそうだった。


「なぎ」


「はい」


「明日、検査何やんの」


「まだ詳しく聞いてません。低出力の比較だと思います」


「痛いやつじゃない?」


「たぶん」


「たぶんじゃわかんねえな」


「始める前に説明ありますよ」


「終わったら腕痺れてないか言え」


「言います」


「水も買っとく」


「自分で買えますよ」


「別に一本増やすだけ」


 前なら、そこに「自分で払います」と返していたかもしれない。


 でも、倭が買う水は、夜也が200円を返そうとしたときとは少し違う。


 必要だと思って用意している。


 それに、嫌なら次から買わないと最初に言われている。


「じゃあお願いします」


「ん」


 倭の返事が、少しだけ満足そうだった。


 またしばらく走る。


「倭さん」


「何」


「今日、機嫌いいですね」


 車が少しだけ減速した。


「は?」


「さっきから」


「普通だけど」


「いつもより喋ってます」


「たまたま」


「お菓子おいしかったから?」


「子どもじゃねえんだから」


「18ですよね」


「3つしか変わんねえけど、あんたよりは上」


「でも、お菓子一枚で機嫌よくなるんですね」


「なってねえ」


 否定が速い。


「なってます」


「なってねえって」


「じゃあ、さっきからどうして機嫌いいんですか」


 倭は答えなかった。


 信号で停まる。


 ハンドルの上で指が一度開いて、また閉じる。


 何度か見た癖だった。


「……ああいうの」


 ぽつりと言う。


「何ですか」


「人が自分で買ったやつ、普通に分けてくんの」


 少し間があった。


「慣れてねえだけ」


「そうなんですか」


「別に、欲しかったわけじゃねえよ」


「お菓子が?」


「そう」


「じゃあ何に戸惑ったんですか」


「細けえな、あんた」


「気になるので」


 倭は前を向いたまま、しばらく黙っていた。


「自分の分減るのに、普通に渡すから」


「二枚ありましたし」


「半分だろ」


「はい」


「だから」


 倭の言いたいことが、まだよくわからない。


「半分くらいなら普通では?」


「……そういうもん?」


「相手によると思いますけど」


「じゃあ何であたしにやった」


 聞かれて、今度はわたしが考えた。


 どうして。


 隣にいたから。


 二枚あったから。


 倭は甘すぎるものが好きではないと言っていたし、これはたぶん食べられると思った。


 それ以上の理由はない。


「倭さんなら食べるかなと思ったので」


「それだけ?」


「はい」


 倭が黙る。


「何か変ですか」


「……いや」


 信号が青になる。


 車が進む。


「変じゃねえ」


 さっきまでより低い声だった。


 でも、不機嫌ではなかった。


 むしろ逆に聞こえた。


 水守家へ着く頃には、外は少し暗くなっていた。


 門を通り、玄関前へ車が停まる。


 シートベルトを外す。


「ありがとうございました」


「ん。明日7時5分」


「はい」


 鞄を持って扉を開けようとする。


「なぎ」


 呼ばれて振り返る。


「何ですか」


 倭は少しだけ迷ったあと、前を向いたまま言った。


「さっきの、ありがと」


「お菓子?」


「それ以外ねえだろ」


「どういたしまして」


 それだけでいいと思った。


 車を降りる。


 玄関へ向かって数歩進んだところで、後ろから窓が開く音がした。


「なぎ」


 もう一度呼ばれる。


「はい?」


「明日、なんか食いたいもんあったら寄るから」


「コンビニ?」


「どこでも」


「どうして?」


「別に」


 今度の「別に」は、本当に説明するつもりがないらしい。


「わかりました」


「じゃあな」


「また明日」


 倭が一瞬止まった。


「……おう。また明日」


 車がゆっくり動き出す。


 赤い髪が窓の向こうへ遠ざかる。


 家へ入りながら、少し考える。


 わたしにとっては、二枚あったうちの一枚を渡しただけだった。


 倭がどうしてあんなに戸惑ったのかは、まだよくわからない。


 でも、嫌ではなかったらしい。


 むしろ、そのあとの倭は少しだけ話が多かった。


 それなら次に二枚あったときも、たぶん同じように聞くと思う。


 食べますか、と。


 それくらいのことだった。


 翌朝。


 7時5分ちょうどに通知が来た。


『着いた』


 いつもと同じ。


 その下に、もう一通だけ続いていた。


『昨日の菓子 どこのやつ』


 少しだけ笑う。


 商品名を送ってから、鞄を持った。

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