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登場人物紹介(イラスト:くれは。様)

【水守(みずもり) なぎ】


物語の主人公。物語開始時15歳。


身長153cmほどの小柄な少女で、非常に細身。黒に近い灰色の長髪を胸元まで伸ばしているが、普段は後頭部で無造作にまとめ、小さな団子を作っている。目は蜂蜜色でやや切れ長。表情の変化が大きいタイプではないため、黙っていると少し近寄りがたく見えることもある。


服装は黒、灰、白を中心にした中性的なスタイルを好む。パンツ、シャツ、ジャケット、短めのトップスなど、身体を締め付けず動きやすい服が多い。小柄ではあるものの手足の比率が長いため、服装によっては実際よりも背が高く見える。


15歳までの水守なぎは、水守家の娘として大切に育てられた箱入りのお嬢様だった。


穏やかで礼儀正しく、家族や使用人にも素直に接していた一方、晶守家の男尊女卑的な制度や家格、婚姻、白水の審律による白の管理などについて疑問を持ったことはほとんどない。


それが当然の世界で生まれ育っていたからである。


しかし15歳のある時点で、現代日本で生きていた別人の人格が水守なぎの身体へ入る。


今のなぎには、元のなぎが持っていた記憶や知識が残っている。そのため家族の顔も、学校への行き方も、晶守家の礼儀作法も、水守家が白を守る家であることも知っている。


ただし、価値観までは同じではない。


「この世界ではそうなっている」と理解できても、「だから正しい」とは思わない。


白さまは守るものだと教えられていても、本人は本当にそれを望んでいるのかと考える。女性だから進学が想定されていないと知れば、なぜ自分で決められないのだろうと思う。


元のなぎなら疑問を持たなかった場所で、今のなぎは一度立ち止まる。


とはいえ、反抗心の強い革命家というわけではない。


家の制度を片端から否定して回るのではなく、自分自身が関わる相手に対して、「あなたはどうしたいんですか」と尋ねるところから始める人物である。


性格は静かで、どちらかといえば淡々としている。


感情そのものが薄いわけではないが、大声で怒ったり、飛び跳ねるほど喜んだりすることは少ない。困ると少し視線を逸らし、緊張すると指先へ力が入る。私生活ではポケットへ手を入れたり、壁に寄りかかったりと意外にラフである。


自分自身も「元の水守なぎではない」という秘密を持っているからこそ、「その人の内側にあるものを、外から決めつける」ことにどこか敏感なのかもしれない。


15歳以降、なぎには特殊遺能「振」が存在することが判明する。


長年、非遺能者と判断されていたのは、「振」が単独ではほとんど明確な現象を起こさない能力だからである。


他者の遺能や原動へ触れることで初めて大きな反応が起こり、共振、増幅、減衰、撹乱などを引き起こす。


夜也の晶へ触れれば結晶が細かく震えて澄んだ音を鳴らし、一生の影へ干渉すれば完全制御されているはずの境界に揺らぎが生じる。倭の線へ作用すれば感知範囲や情報伝達へ変化を与え、白のそばでは薬物によって生じている意識と原動の不自然なずれへ働きかけることがある。


形式上の力位はCランク。


しかし、強い能力者と接触した際にはCランクという数字では説明できない現象を生む可能性があるため、力環からは特殊な観察対象とされている。


なぎ本人には戦闘への意欲がほとんどない。


異能には強い興味を持つものの、「仕組みは見たいけれど痛いのは嫌」というごく普通の感覚を持っている。


そのため戦闘では前線へ立たず、観測、支援、干渉を担う。


高校生活と並行して力環日本支部へ通い、「振」の研究対象になると同時に、資料整理や簡単な記録などを手伝う研究協力員として過ごすようになる。


15歳以前のなぎには大学へ進学するという未来そのものがほとんど用意されていなかったが、力環との関わりを通して異能研究や外の社会へ興味を持ち、やがて自分自身の意思で進学を考えるようになる。


自室には保護猫の黒猫「墨」がいる。


元のなぎが使っていた上品で女性的な部屋へ、今のなぎが選んだ服、研究資料、動きやすい靴などが少しずつ増えていく。


家具をすべて捨てて新しい部屋へするのではなく、かつてのなぎの生活の上に今のなぎのものが積み重なっていく。


その変化は、「元の水守なぎではないからすべてを捨てる」のでも、「元のなぎとして生き続ける」のでもなく、今の自分なりにこの名前と人生を引き受けていく過程を象徴している。



【慈(うつみ) 夜也(よるなり)】


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


物語開始時23歳。


晶守家の現当主であり、「晶守さま」と呼ばれる人物。


身長186cmの長身で、青みがかった黒髪と深い瑠璃色の瞳を持つ。身体は細身ながら十分に鍛えられており、広い肩と長い手足を持つ。黒やネイビーのスーツ、ロングコート、男性向けの和装などを好み、自分の体型が最も美しく見える服をよく理解している。


性別は女性。


しかし晶守さまは男性しか継承できないという制度上、公的には男性として扱われている。


男性ホルモンも継続的に使用しており、声は女性としてはかなり低い。公の場では低く落ち着いた発声を意識しているため、男性の声として聞いてもほとんど違和感がない。


ただし、男装や低い声を本人が嫌っているわけではない。


むしろ夜也自身が男性的、中性的な装いを好み、それが自分に最も似合うと考えている。


夜也は非常に自信が強い。


自分は強い。


自分は美しい。


自分は頭がいい。


そして、不利な条件を全部ねじ伏せて晶守さまになった自分はすごい。


それらを冗談ではなく本気で信じている。


実際、遺能者としても統率者としても極めて優秀であるため、その自己評価には相応の根拠がある。


頭の回転が速く、非常によく喋る。何かを考えるときも一人で黙り込むのではなく、思いついた仮説を口へ出し、相手の反応を見ながら考えを更新していく。


人間との会話そのものを思考手段として使うタイプであり、興味を持った相手には自然と距離が近くなる。


一方で、夜也には強者特有の傲慢さがある。


晶守家の制度が不合理だからといって、それを根本から疑うことは少ない。


女性では晶守さまになれないなら、自分が男性として振る舞えばいい。血筋が足りないなら、能力で黙らせればいい。認められないなら、認めさせるだけの結果を出せばいい。


夜也本人はそれで勝ってきた。


だからこそ、「できない人間にはできない事情がある」という想像が弱い。


「ぼくにはできたけど?」という言葉を、悪意なく本気で口にできてしまう人物である。


遺能は「晶」。


結晶を生成し、攻撃、防御、拘束、足場、索敵などへ自在に利用する。


Aランク上位の能力者であり、単純な出力だけではなく、複数の能力処理を同時に行える制御力も非常に高い。


特に特徴的なのが、黒瑠璃色の結晶を烏の形へ形成し、半自律的に使役する「晶烏」である。


晶烏は索敵、監視、追跡、攻撃まで行うことができ、一部の敵対者からは「八咫烏」と呼ばれて恐れられている。


普段の夜也は、晶を派手に展開しながら相手を翻弄する、見栄えのよい戦いを好む。


しかし本気の戦闘になると、全身へ高硬度の晶を纏って細身の結晶鎧を形成し、近接戦へ移行する。


この戦闘形態は、かつて血なまぐさい晶守継承争いを生き抜く中で身につけたものでもある。


夜也にとって継承争いは武勇伝ではない。


戦うなら美しく、余裕を持って圧倒したい。泥や血にまみれ、命だけを守るために戦う状況を嫌うのは、過去にそうした戦いを十分すぎるほど経験しているからでもある。


なぎとは以前から面識がある。


ただし15歳以前のなぎは、夜也を晶守さまとして礼儀正しく扱っていた。表面上は問題なく接していたものの、夜也はなぎから「本家ではないところから晶守さまになった人」へのわずかな距離を感じていた。


それが15歳を境に変わる。


突然、なぎが自分を妙に普通に扱うようになった。


距離を詰めれば「近いです」と言われ、高価な物を渡せば返そうとされ、晶守さまとしての判断へも「それは変では」と返される。


夜也は早い段階で、「この子は前と違う」と気づく。


しかし、その変化を怖がるより先に面白がる。


最初は純粋な好奇心だった。


やがて、妹分のようにかわいがる気持ちが加わる。


そしてなぎが成長し、周囲の人間が彼女を「水守家の子ども」ではなく一人の女性として見るようになった頃、夜也自身も自分の感情が単なる庇護欲ではないことに気づいていく。


夜也は女性から好意を向けられることには慣れている。


しかし、その多くは「美しい男性のような晶守さま」として見られてきた経験でもある。


だからこそ、なぎが自分を女性だと知ったうえで、それでも特別に見ていることへ思いのほか動揺する。


恋愛を自覚した後の夜也は、四人の中でもかなり積極的である。


自分を選んでほしい。


けれど、そのためになぎの行動を禁止するのではなく、「自分を選びたくなる理由を増やせばいい」と考える。


楽しい場所へ連れていき、話し、笑わせ、助け、贈り物をし、魅力的な自分を惜しみなく見せる。


ただし、その華やかさの奥には非常に幼い不安がある。


晶守さまでもなく、Aランクでもなく、美しくも有能でもなかったとして、それでもなぎは自分を選んでくれるのか。


夜也自身が決して人に見せたくない部分であり、なぎに対してだけ少しずつ露出していく弱さでもある。



【神目(かんめ) 一生(かずき)】


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


別名:翦(せん) 霽華(せいか)


物語開始時26歳。


中国系犯罪組織「翳華」のクイーン格であり、力環や晶守家から国際手配されている現役の敵対人物である。


身長172cm。緑がかった金髪と透明感のある若草色の瞳を持ち、陶器のように滑らかな白い肌をしている。


細身でしなやかな身体つきで、胸や腰の量感よりも、首筋、肩、手首、脚、姿勢などに色気が表れる。


若草色のチャイナドレス、白いファー、深いスリット、ヒールなど、非常に女性的で洗練された服装を好む。


ただし必要であれば胸を潰し、美少年や性別不詳の青年に見えるほど印象を変えることもできる。


一生は、女性らしさを弱さとして捉えていない。


自分の顔、身体、声、性愛、相手から向けられる欲望まで、自分が使える資源の一つとして考えている。


目的に有効なら美しく着飾るし、誘惑もする。必要であれば性的な関係を持つことにも大きな抵抗はない。


それを「女だから仕方なく身体を使っている」と解釈されることを、本人はむしろ嫌う。


自分の身体をどう使うかは自分が決める。


それが一生の価値観である。


性格は冷静で合理的。


人間を見れば、自然と能力、実績、脅威度、利用価値を測る。


情緒的な共感より、「この人物は何ができるのか」を先に見るタイプである。


そのため、一生が強者へ向ける評価と、弱者へ向ける評価にはかなり大きな差がある。


ただし、むやみに残虐な人物というわけではない。


一生にとって重要なのは道徳的な善悪より、必要か不要か、効率的か非効率か、利益になるかならないかである。


幼少期は中国の路上で過ごし、その後翳華に拾われた。


庇護と搾取、家族と所有、愛情と利用の境界が曖昧な環境で育っている。


そのため、誰かから守られることと、その人間の所有物になることの違いを感覚的には理解しにくい部分がある。


一方、自分自身が再び誰かの所有物になることは強く嫌う。


だからこそ、自分の選択権には非常に敏感である。


遺能は「影」。


影の中への収納、潜伏、移動、拘束、奇襲など、極めて応用範囲が広い。


自分の影へ大量の武器、弾薬、拘束具、偽装用品などを収納しており、装備を失っても本人自身の高い体術能力によって戦える。


さらに一生は、自身の影を蛇の姿へ外部化した「影蛇」を複数使役できる。


小型個体は索敵や監視、物資回収を担当し、大型個体は拘束、護衛、戦闘まで行う。


影蛇は基本的には一生の意思の延長だが、なぎに関してだけは本人よりも感情へ素直である。


なぎの足元へ寄り添い、荷物を運び、眠っていると周囲を囲み、危険が迫れば先に庇う。


一生本人がまだ「これは恋愛感情ではない」と考えている時期から、影蛇だけが露骨になぎを特別扱いする。


一生は当初、なぎ本人にはそれほど価値を見出さない。


戦えない。身体能力も低い。強い権力を持っているわけでもない。


一生の通常の価値基準からすれば、強い関心を持つ理由が乏しい。


ただし、なぎの遺能「振」には早い段階から興味を持つ。


完全に制御しているはずの影へ予測不能な揺らぎを生じさせるからである。


その関心を入り口にして、少しずつなぎ本人を見るようになる。


すると、自分でも説明できない行動が増えていく。


なぎが食事をしているか確認する。


睡眠不足なら休ませる。


危険な帰路なら迎えを手配する。


泊まる可能性があるなら服や歯ブラシを置いておく。


体調を崩せば医師まで手配する。


それらは翳華の利益にならない。


一生自身にも大きな利益をもたらさない。


それでもやめられない。


一生が恋愛感情へ戸惑うのは、身体を重ねることへの抵抗がないからではない。


むしろ逆である。


今までは身体だけなら簡単に渡せた。


けれど、「明日もこの人にいてほしい」と思ったことがない。


なぎに対して初めて、一晩ではなく生活を共有したいと思う。


食事、睡眠、進路、帰る場所まで気になる。


一生にとってなぎは、「価値があるから守る相手」ではない。


守りたいと思った結果、自分自身の価値基準がなぎだけを例外として扱うようになった相手である。


恋愛後も一生は善人にはならない。


翳華を捨てず、必要なら他人を利用し、敵には容赦しない。


その一生が、なぎにだけ生活の隅々まで世話を焼く。


そこに彼女の恋愛の特異さがある。



【天喰(あまじき) 倭(やまと)】


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


物語開始時18歳。


主要人物の中では、なぎと最も年齢が近い。


身長179cmで、紅蓮色の髪と瞳を持つ。高身長で筋肉質だが、全体としては引き締まった細身体型。肩から腕、太腿にかけて特によく鍛えられている。


普段は仏頂面で、警戒していると睨んでいるように見えるため、初対面では怖がられやすい。ただし目の形そのものは少し垂れ気味で、気を許した相手へ向ける表情には年齢相応の柔らかさがある。


赤と黒を中心としたパンツスタイルやロングコートを好む。実用性だけでなく服のシルエットやアクセサリーにもこだわりがあり、見た目以上にファッションへの関心は高い。


元は山間部の共同体「静縁」で育った。


静縁で過ごした幼少期には、温かな思い出も多い。


しかし、成長するにつれて「みんな家族だから」という言葉で個人の拒絶や境界が曖昧にされることへ強い息苦しさを感じるようになる。


倭自身の遺能が「線」であることも、この共同体との相性の悪さを象徴している。


最終的に、本人が「帰りたくない」と明確に訴えている人物を静縁が話し合いによって連れ戻そうとした際、倭はその人物を守るために能力と暴力を使う。


平和を掲げる共同体の中で、個人の拒絶を守るために暴力を選んだ。


そのことが決定打となり、倭は静縁を追放される。


現在はどの主要組織にも属さず、独立した傭兵・護衛屋として活動している。


遺能は「線」。


空間へ線を引くように作用し、切断、拘束、分断、境界形成、武装解除、進路制限などへ使用する。


力位はBランク上位。


夜也や一生のようなAランク級の圧倒的な出力は持たないが、能力を罠や護衛へ応用する技術が高く、本人自身の近接戦闘能力も非常に優れている。


実は真正面からの肉弾戦こそ最も高い適性を持っているが、倭本人は戦闘を好まない。


可能なら罠、拘束、武装解除によって戦う前に相手を無力化したいと考えている。


守るべき相手が危険なら迷わず戦うものの、戦闘後に高揚することはない。


むしろ「また暴力を使った」という苦さが残る。


女性を殴ることにも強い抵抗がある。


女性は弱いと考えているわけではないが、自分から女性の顔や身体へ打撃を入れることを生理的に嫌う。


そのため初対面の一生を外見だけで判断し、必要以上に傷つけたくないという意識から手加減して敗北した経験がある。


以後、一生の実力を絶対に侮らない。


水守家から依頼を受け、なぎの専属ボディガードになる。


最初は「水守家の娘」という理由でなぎを警戒している。水守家が白を保護すると同時に管理してきた歴史を知っているからである。


しかし実際のなぎと過ごすうちに、家と本人を分けて考えるようになる。


倭の愛情は、4人の中でも特に生活へ密着している。


学校へ迎えに行く。


帰り道を一緒に歩く。


荷物を持つ。


危険と判断すれば自然になぎとの間へ身体を入れる。


飲み物を買えば、いつの間にかなぎの分も買っている。


そうしたことを繰り返すうち、なぎを送迎する時間そのものが自分の日常になる。


倭はもともとレズビアンで、女性との恋愛経験もある。


女性から好意を向けられることにも、自分が女性をエスコートすることにも慣れている。


ところが、なぎを本気で好きになってからは逆に不器用になる。


以前なら自然にできた頭を撫でる行為にもためらう。


触っていいか。


自分が近すぎないか。


嫌がっていないか。


何度も考える。


静縁で自分自身の境界を踏み越えられてきた経験があるからこそ、好きな相手の意思だけは無視したくない。


ただし、その慎重さが別の問題を生むこともある。


なぎから少し距離を置きたいと言われただけで、「自分そのものが嫌われたのかもしれない」と必要以上に引いてしまう。


また、誰かがなぎの意思を無視していると感じると、「なぎは嫌なはずだ」と本人より先に決めつけてしまう危うさもある。


なぎから「私の気持ちは私が言います」と止められることで、倭自身も、守ろうとするあまり相手の境界を越える可能性があることを学んでいく。


華やかな言葉より、毎日同じ場所へ迎えに来ること。


契約がなくても隣にいること。


それが倭の恋愛である。



【日水(ひみず) 九十九(つくも)】


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


通称:白


物語開始時21歳。


水の降命者であり、白水の審律において「白」と呼ばれる象徴的存在。


身長168cm。背中まで伸びた純白の髪と白い瞳を持ち、肌も青みを感じるほど白い。


通常は白髪をまとめていることが多いが、儀式では髪を下ろし、白を基調とした神聖な衣装を身につける。


ただし、その装いの大半は九十九自身が選んだものではない。


「白さまにふさわしい姿」として周囲が決めたものである。


普段の九十九は静かで、どこか眠たげに見える。


声も穏やかなアルトで、返答まで少し時間が空くことがある。


その様子だけを見れば、無欲で従順な聖女のようにも見える。


しかし本来の九十九は、それほど素直な人物ではない。


かなり理屈っぽく、周囲が当然としている前提へ「そもそも、それは必要なの?」と疑問を持つ。


人の感情にも少し距離を置き、構造そのものを観察する癖がある。


現在その思考が表面へ出にくいのは、幼少期から続く管理と投薬の影響が大きい。


九十九は幼い頃から、一人の女性ではなく「白」として育てられてきた。


何を着るか。


何を食べるか。


何を学ぶか。


誰と会うか。


どこへ行くか。


どの程度力を使うか。


将来誰と結びつき、どのように次の世代へ制度を繋ぐのか。


それらを周囲が決めることを当然として育った。


しかも周囲の人間は、九十九を嫌ってそのように扱っているわけではない。


むしろ大切に思っている。


だからこそ、九十九自身も長い間、それが支配なのかどうかを判断できない。


嫌なことがあっても、「仕方ない」「どちらでもいい」「わたしはいい」と自分の欲求を後回しにすることで生きてきた。


原動は「水」。


水の生成、操作、浄化、治癒、防御、攻撃まで幅広く行える。


本来の能力規模は人間の遺能者とは比較にならず、大量の水、大気中の水分、河川や降雨などへまで影響を及ぼせる可能性がある。


ただし現在は継続的な薬物管理によって覚醒度と原動出力を抑えられているため、本来の最大能力はほとんど観測されていない。


九十九自身は戦うことに興味がない。


しかし、戦いたくないことと戦えないことは別である。


必要だと判断すれば、静かなまま非常に大きな原動を行使することがある。


特になぎが危険にさらされた場合には、普段より明確な攻撃意思を示す。


また、水を白い蚕蛾の姿へ成形して飛ばすことがある。


これは夜也の晶烏や一生の影蛇のような戦闘用使役体ではなく、短い伝言、救難信号、儀式、位置を知らせる目印として使用される。


人間の手によって大切に育てられながら、その庇護なしでは生きにくいよう変えられてきた蚕蛾は、九十九自身の立場とも重なっている。


なぎとは、水守家と白という関係から出会う。


九十九にとって水守家は、自分を守ってきた家であると同時に、自分を管理してきた家でもある。


だから最初からなぎを無条件に信用するわけではない。


しかし、15歳以降のなぎは以前とは違う。


九十九が何か言ったとき、それを「白さまのお言葉」として勝手に深い意味へ変換しない。


九十九が「わからない」と言えば、無理に答えを出させない。


「九十九さんはどうしたいですか」と尋ねる。


その接し方が、九十九には新鮮である。


さらに、なぎの「振」は、薬物管理によって生じている九十九の身体、思考、原動の不自然なずれへ作用する。


なぎが近くにいると、長く霧がかかっていた頭が一瞬だけ澄むことがある。


そのため九十九は最初、「なぎが近くにいると都合がいい」という合理的な理由で彼女を自分のそばへ置きたがる。


しかし、少しずつその理由は変わる。


なぎが来ないと寂しい。


なぎが座る場所を空けておきたい。


なぎが使ったカップを専用品にしたい。


明日も来るのか確認したい。


他の誰かのところへ行ってほしくない。


九十九は、そうした感情が生まれてもすぐには「恋」と認識しない。


長い間、自分が何かを欲しがることそのものを抑えてきたからである。


「なぎが必要だから近くへ置く」という理屈から始まり、やがて「必要でなくてもいてほしい」へ変化する。


九十九の愛情表現は静かである。


「きて」


「明日も来る?」


「ここに座ればいいのに」


「泊まっていかない?」


と短く頼む。


なぎの私物が少しずつ自室へ増えても、それを特別なこととは考えない。


本人にとっては、「なぎがまた来るなら置いておくほうが合理的」というだけである。


しかし気づけば、なぎがいることを生活の前提にしている。


4人の中でも特に静かで、本人自身も自覚しにくい形で、深くなぎへ依存していく人物である。

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