1 剣術大会
多くの貴族の令息令嬢が通う王都にある王国屈指の名門学院、そこで毎年行われる剣術大会は、学院の生徒のみならず王侯貴族達から庶民にいたるまで、国中が大注目する一大イベントだ。
国のそこかしこで『今年の優勝者は誰か』あるいは『どこの家門から優勝者が出るのか』と盛り上がる。
とある子弟は家門の名声や名誉の為に、将来騎士の道を志す者は士官する為の将来への足がかりとして、それぞれの目的や願いは違っても、己の真価を証明するため、全てを出して戦い合う。
観客たちはそんな彼らに惜しみない声援を送り、令嬢たちはお目当ての騎士へと熱い視線を送る。
大会は回を重ねるごとに熱気を帯びて、決勝戦ともなれば闘技場は興奮を最高潮にむかえた観客達の熱気で沸き立ち、大地が揺れるほどの大歓声に包まれる………
はずなのだが……
今年の決勝戦の会場は観客席もまばらで、観客達は水を打ったように静まり返っていた。
誰もが目の前で起こった事を理解出来ないからだ。
闘技場の中央には黒い甲冑に身をまとった選手1人だけ。
対戦相手であった銀色の甲冑の選手は、闘技場の周りに張り巡らされた壁の瓦礫の下でピクリとも動かない。
試合開始の合図が鳴ってから刹那の時間の出来事だった。
瞬きする間に二人いたはずの闘技場は一人に変わり、もう一人は壁に叩きつけられていた。
観客は唖然とその光景を見つめ、審判すらも呆然とした状態で呆けていた。
痛いほどの静寂が続き、その静寂を最初に破ったのは黒の甲冑の選手。
「……おい、相手は動けぬようだが判定はまだか?」
黒の甲冑の選手が審判に判定を促す。
ハッと意識を取り戻した審判は慌てて勝敗を宣言した。
「しょっ……勝者ノクス・クロイ!!
こ、今年の剣術大会の優勝者は辺境伯子息ノクス・クロイ!」
息を呑んでいた観客達からパラパラと拍手が湧くが、まだ衝撃の余韻から冷めきれてないのか、闘技場は張り詰めた空気を満たしたままだ。
今年の優勝者となったノクス・クロイは、拍手を受けると勝利の喜びなどまったく感じさせない表情で頷いた。
それから対戦相手であった銀色の甲冑の選手の側に向かうと、意識のない対戦相手をヒョイと担いで困惑の広がる闘技場を後にした。
残された観客達はそれを呆然と見送った。
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剣術大会の試合終了後、一人の女子生徒が選手達の控え室へと足早に、しかし淑女として見苦しくないギリギリ最速の速度で急いでいた。
令嬢の名はカタリナ・セルガル。
辺境にほど近い領地を持つセルガル伯爵家の長女だ。
藍色のサラサラと腰まで流れる艶かな髪に、優しい蜂蜜色の瞳の整った美しい顔の彼女は、可愛いというより綺麗という表現がよく似合う。
成績優秀で優しく、いつも控えめな彼女は、『理想の淑女』『学園の天使』として子息達の間で大変人気の令嬢である。
そんな彼女がこの時ばかりは焦りの表情を隠そうともせずに控え室に飛び込むなり、銀色の甲冑の選手に駆け寄った。
「アルシオン様!!ご無事でございますか!?」
「あ、あれ …カタリナ嬢?」
ベンチに寝かされ、氷嚢を手に頭を冷やしていたアルシオンと呼ばれた銀色の甲冑の選手は、カタリナに声をかけられると、のそりと起き上がった。
見れば頭には大きなたんこぶが出来ていて、カタリナは息を呑む。
「!!な……なんという事でしょう……。」
真っ青になってわなわなと震えるカタリナにアルシオンが笑顔を浮かべる。
焦げ茶色のモサッとした髪に薄いブルーの瞳で不細工じゃないが美男子でもない普通の顔の容姿の彼だが、その笑顔は温和な性格が滲み出るかのように穏やかで温かい。
「はは、すいませんご心配をおかけして。」
「何を仰るのです!お怪我をされたのですよ!心配するに決まってますわ!!」
他にも怪我はないかと見て回るカタリナの姿は、まるで怪我をした恋人が心配でたまらないといった様子だ。
アルシオンはそんなカタリナに少しだけ困ったように笑いかける。
「怪我と言っても少したんこぶが出来た程度ですから……。
……僕の事はお気になさらずに。」
そして穏やかに笑いながらチラリとカタリナの後方に目を向けた。
カタリナの後方には、いつの間にか今大会で優勝したあの黒い甲冑の選手が立っていた。
「………おい。」
しかしカタリナは、そんな声など聞こえない様子だ。
「いいえ、いけませんわアルシオン様!
たかがたんこぶ、されどたんこぶでございます!
どこかの誰かと違って優秀なアルシオン様の頭脳にダメージがあったらどうするのですか?」
「……でも…本当に大したことないので…。その……カタリナ嬢後ろ…。」
アルシオンはカタリナの言葉に苦笑しながら、促すようにもう一度チラリと黒い甲冑の選手へと目を向ける。
「……………おい。」
しかしカタリナは後ろをまったく気にする気配を見せない。
「でも万一ということもこざいますわ!何かあってからでは遅いでしょう
直ぐにお医者様に見せるべきです!私がお供いたしますので、一緒に病院に参りましょう?」
「いえ…あの…本当に大丈夫ですから…。それに後ろ………。」
アルシオンは困ったように、もう一度後ろへと視線を流す。
「…………おい。」
「そんな事仰らないで、このカタリナを安心させると思ってお願い致します。」
「でもね……あの……ほら……。」
アルシオンは苦笑しながら何度も目配せをするが、カタリナはまったく取り合わない。
「……………おい!」
涙を浮かべてアルシオンだけを視界に収めて心配するカタリナ。
そんなカタリナにほとほと困ったような笑顔で、カタリナと黒い甲冑の選手へと気忙しく視線を向けるアルシオン。
そして
「おい!いい加減にしろ!さっきから何で無視してる!」
いい加減、我慢の限界が来たのか、黒い甲冑の選手が唸るような大きな声で怒鳴った。
その声にやっとカタリナは黒い甲冑の選手へと向き直った。
お読み頂きありがとうございます。
前に書いた『勇者な姉と姫様に振り回されています。』と同じ世界の話になります。
元々短編の予定だったので、そこまで長い話にはならないと思います。
最後までお付き合い下さると嬉しいです。
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