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9.病み勇者、忠誠を誓う

※勇者視点



 みんな魔物が嫌いなのに、それを殺す俺をもっと嫌う。


 町の中で魔物が倒されたことを喜ぶくせに、いざ目の前で魔物を殺した俺を恐ろしいもののように見る。




 発端は村に現れた狼型の魔物だった。


 のどかな地方にしては久々に現れた大物で、村の大人でも手がつけられない。それを見かねて俺は倒した。家の畑に出るミミズの魔物を殺し続け、知らぬ間にレベルが上がっていたのだ。


 村人たちは喜んだ。とくに村長は俺を村の勇者だと持ち上げ、近隣の村の魔物の困りごとを俺に引き受けさせるようになった。


 放っておけば人が死ぬ。仕方がないから引き受けるとそれがまた評判を呼んだ。いつしか俺は大きな町へ呼ばれるようになり、さらにはお城の王様からも魔物退治の要請を受けるようになった。


 その頃、大陸各国では国の威信を背負った勇者たちが魔王討伐を目指していた。案の定、俺は国の勇者として魔王討伐を命じられた。


 さすがに面倒だと思った俺は、何かと理由を付けて行き渋った。けれど、それを許さなかったのが他でもない家族だった。


 家族はもう随分前から、俺が大物の魔物を討伐するたびに国から金をもらっていたらしい。魔王討伐を引き受けるのは勇者の義務だと、なかば追い出されるようにして旅に出た。


 だが、俺は実のところ本命の勇者ではなかった。大聖堂の伝説の聖剣は別の勇者に渡り、俺は怪しい一族が代々守り続けた古臭い剣で戦うことになった。


 勝手に期待され勝手に見下げられ、勝手に嫌われていった俺は腹立たしさと虚しさで一杯だった。用意された仲間はいたが、彼らは俺の態度に不満を持っていた。嫌になった俺はほとんど一人で魔王に挑んだ。できれば死にたかった。けれど数々の勇者を屠ってきたはずの魔王は、聖剣の力にあまりに弱かった。


 俺は怒りにまかせて魔王城を燃やした。この程度の力のくせに、魔王と名乗り存在したために俺の人生はおかしくなった。


 でも、魔王が居なくなると更に状況は悪くなった。


 魔王の消滅によって起こった魔物の激減は、ならず者を増やしただけだった。魔物を討伐する仕事が無くなり、冒険者たちが失業したのだ。


 魔物と戦うことを一つの命題として掲げていた国々は、脅威が消えたことにより疑心暗鬼になった。魔王という共通の敵が消えた今、大陸の覇権争いが激化するのは目に見えていた。


 そしてその覇権争いに、魔王討伐を果たした勇者である俺も巻き込まれた。様々な国が声を上げ、王女との結婚や将軍の地位、領地に財産とあらゆるもので俺を籠絡しようとした。


 最悪なのは、家族がそれに目を眩ませたことだ。父に母、それに親族たちがそれぞれ違う国に見返りを提示され、俺を説得にかかった。そんな家にはもう、俺の居場所など存在しなかった。


 俺の居場所はもうこの世のどこにもない。絶望に身を任せて村を燃やしても良かったが、だとしたらこの世界全部を燃やさないといけない。


 そんなのは面倒だ。だから俺は死ぬために魔物の森へ入った。俺は世界に絶望していたし、そんな世界と知りながら、それでも居場所が欲しくてたまらず苦しむ自分自身がとても嫌だった。




 目が覚めると、木の葉が敷かれた天井が見えた。


(この光景は二回目だ)


 ということは、ドラゴンは何とか仕留めたのだろう。


(・・・またあそこから俺を運んでくれたのか)


 最後に浴びた毒が回っている感覚があり全身が熱い。だが今回は痺れはない。でもなんだか胸が重い。


 そう思い視線を移すと、クララと目があった。


「・・・・な」


「カロンさん!!気が付きましたか!?」


 俺の胸に耳をつけていたクララは勢いよく身を起こすと、そのまま俺の顔を覗き込んだ。両手で俺の顔を包み、俺の目が開いていることをよくよく確認してくる。


「良かった!良かった・・・良かったぁあぁ・・・・」


 そう言いながら崩れ落ちるように俺の肩に顔をうずめる。躊躇なく触れてくるクララに、俺は泣きそうになった。


「どうして・・・」


 俺が呟くと、クララはハッとして身を起こす。


「あっ、すみません!重かったですよね!その・・・心臓が動いているのを確かめていないと不安で・・・」


 違う、そうじゃなくて。


「俺を、許してくれるんですか?」


「え・・・?と・・?」 


「魔獣を、殺してしまったのに・・・許してくれるんですか?」


 俺の問いかけにクララは目を見張り息を呑んだ。

 

「そんなの当たり前です!!」


 クララが大きな声を出す。初めて聞く怒りをはらんだ声だった。


「あんなに敵意剥き出しの魔獣さんですよ!こ・・殺さないとカロンさん死んじゃうじゃないですか!そんなの絶対にだめです!・・・それに、許しを乞うのは私の方なんです。下がれって言われていたのに、近づいてカロンさんの集中を乱してしまって・・・。私に気づかなかったらきっと毒なんか受けなかったでしょう?」


 今度は涙をこらえて震える声。俺は静かにクララを見つめた。


(許してくれるのか・・・そうか)


「良かった・・・」


 心底安心して呟く。何だか泣きそうだ。同じように泣きそうなクララが傍らの棚から木の器を手にとった。


「あの、毒消しです。例によってすごく不味いんですけど」


「いただきます・・・」


 俺は身を起こす。痺れもないし自分で食べられるのだが、クララは木匙に薬をすくい、俺の口へと毒消しを運んだ。以前と同じ味だった、与えてくれるクララとの距離だけが違う。


 再び横になり、毒消しが身体に染み入っても、クララは俺のそばを離れない。俺はそれが嬉しかった。


「あの、手を握っても良いですか?」


 クララが言った。オレはもちろんですと答える。


(あ・・・でも・・・)


「撫でてほしいです・・・良ければ」


「・・・もちろんです!」


 クララが力強く頷く。クララがベッドに座り、俺はその膝枕に頭を預けた。クララが優しく髪を撫で始める。


(最高・・・癒やし・・・優しい・・・)


 クララに戦闘を見られたとき、俺は嫌われたと思った。他の人間でもそうなのだから、魔獣と心通じるクララは魔獣を殺す俺を拒絶するにきまっていると。


 だけどクララは、俺が生きていて良かったと言う。


(好きだ・・・)


 許してもらえた、魔物を殺したことを。生き残ったことを。


(好きだ・・・)


 クララに忠誠を誓おう。森に入って俺は死んで、クララに拾われて生まれ変わったんだ。


 クララに残りの命を全部捧げよう。


「私・・・小さい頃猫を助けたんです」


 俺の頭を撫でながら、クララがぽつりと話し始めた。


「正確には絵本に出てくるライオンっていう動物だと思っていました。だって大きくてふさふさのたてがみがあって、牙や爪もすごいんです。でもすっごく可愛くて。怪我をしていたので助けたらとても懐いてくれたんです」


「俺と同じですね」


 俺のつぶやきにクララはうふふと笑う。


「そうですね。でも・・・その子は魔獣でした。孤児院の先生にバレたとき、ものすごく叱られて、目の前で殺されたんです。とても悲しかった」


 クララの手が止まった。俺がその手を握ると、細い指が握り返してくる。


「近くの村を荒らした魔物だったそうです。手懐けてしまった私は魔物の仲間なんじゃないかと疑われました。多分、殺される手前までいってたんだと思います。大人が私を閉じ込めて怖い顔で話していたので。でも、教会にやられることに決まったんです。聖なる力で救ってもらおうって」


 クララは続ける。


「そこで私はとある方に見いだされ、僧侶として仕込まれました。時代的に、魔王退治に同行できる僧侶を増やさないといけなかったんです。でも私、魔を払う呪文が全然使えなくて。やっぱりお前は魔物だって散々な目にあいました。長い間、すごくすごく頑張ったんですけど駄目で・・・だから逃げたんです」


 俺は仰向けになってクララを見つめた。クララは涙を浮かべて俺を見下ろしている。


「私、この森に来たのは魔物に食べてもらうためだったんです。魔物魔物といじめられていたので、いっそ魔物に食べられれば、魔物の血肉になって名実ともに魔物だなって。今考えるとおかしいですよね」


 無理に笑うクララが痛ましくあるというのに、過去を打ち明けてくれるのが嬉しくて俺はなんとも言えなかった。


「でも、クロネコさんに会って。わぁ!猫の子だぁって。食べてもらっていいのでその前に撫でさせてもらえませんかって頼んだんです。そしたら、クロネコさんが喋って、びっくりしました」


 ふふふと笑うクララ。


(そうか、彼女にとってもこの森は終焉の地だったのか)


 クロネコ・・・いい仕事をしたが妬けるぞ。だが俺が救ってやりたかったなんて、過去に妬いても仕方がない。


「変なやつだなって。でも撫でさせてくれました。人生で一番よしよししたと思います。そしたらクロネコさんも気に入ってくれて、毎日なでなでするかわりに森に住むことを許してくれました。それで、なでなでする間に魔物と魔獣の違いや、私みたいな人間がたまにいることを教えてもらったんです。魔獣と仲良くなる能力というのが存在するって」


 今度はにこりとクララが笑った。なのに今度こそ、クララは泣いていた。


「私、人間だったんだなって、その時やっと思えました。目の前で魔物さんを殺されてから、私は魔物側で人間を見てしまっていて、他ならぬ自分が自分を魔物なのかもしれないと恐れていました。でも、そういう能力なら良いやって、やっと自分を許せたんです」


 袖口で涙を拭い、クララは言う。


「えっと、ごめんなさい。つまり何が言いたいのかって言うと。カロンさんが思うほど、私は魔獣側の人間ではないということです。そりゃあクロネコさんを斬ったら怒りますよ。でも、普通の人だって仲良くしている動物をいきなり斬られたら怒るじゃないですか。でも、襲って来た動物を返り討ちにしたからって、責めたりしません」


 話がまとまらなくてすみません、とクララは苦笑した。


「とにかく私は・・・カロンさんが無事でいてくれて嬉しいです。調子が戻ったら素材拾いに行きましょうね。すごいドロップでしたよ。さすが冒険者さんです」


「はは、良かった」


(本当に良かった・・・)


 俺はまだ涙でしっとりとするクララの頬に手を伸ばした。クララは一瞬驚いたが、目を瞑って俺の手を受け入れた。俺が触れることを受け入れてくれた。


「好きです」


 自然に溢れた感情をおれは素直に口にする。


「あなたに出会えて良かった。俺はあなたに救われた。あなたが生きていてくれて本当によかった」


「え・・・?あ・・・!う・・・」


 クララが目を丸くして赤くなった。いきなりのことに驚いたんだろうと思った俺は、その後に続いたクララの言葉に一気に覚醒した。


「実はあの・・・私もすきです」


「・・・ほんとに?」


 俺は思わず起き上がった。その勢いにクララが顔を赤くしたまま驚く。


「あの、えと・・・はい・・・多分」


 俺はずいっとクララに顔を近づける。急な接近にひゃっとクララが鳴いた。何だそれ可愛い。


「あの、顔近・・・」


「撫でてください」


 ベッドの端まで追い詰めながら言うと、クララは混乱しながらも俺を撫でるため手を伸ばす。その腕を掴んで俺はクララに口付けた。


「!?・・・キ!?・・・あの!?」


「撫でてて」


 耳元で囁くとクララの身体がビクリと跳ねた。嬉しい反応だけれど俺は自分に言い聞かせる。


(だめだ、忠犬なら「よし」を待つべきだ)


 思い切り抱き締めたかったけれど、俺は大人しくクララの膝に戻った。座るクララの腰に手を回して抱きしめるに留める。


 懸命に俺をよしよしするクララに歓びを感じながら、俺はクララに生涯の忠誠を誓った。






これにて第一部完結です。


人生初の投稿作品であり、拙いところばかりでしたがたくさんの人に読んでいただけてとても嬉しかったです。

ブックマークや評価を下さった皆様、本当にありがとうございました!とても励みになりました!大好きです!


第二部はクララ側を掘り下げていこうと思います。


頑張りますので、よろしければ引き続きご愛読下さいませ。

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