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アンドロイドオアロイド  作者: M. Chikafuji
アンドロイドオアロイド|リターンズ
16/27

説明は後に回そう

 


 転移地点から1年前の森層年代で、私はアンドロイドを杖として魔術応答を感覚している。時空亜(ジクーア)の魔術、その成功を示す魔術応答を。



「……良さそうだ。貴様の能力向上は著しいな。やけに滑らかに魔術応答が伝わるぞ」


「最適化は大得意だ.魔術応答そのものがわからなかったとしても,ようは君と気が合えばいいのだろう」


「興味深い。貴様にそのような芸当ができるとは」


「これほど上手くいくのは恐らく君だからだ.原理的には,総当たりで一番良さそうな動作を選んでいる.軌道計算にも用いられるグリッドサーチの説明は,――後に回すべきだな」


「英断だ」



 森層年代は転移地点から10年前。いまのところ身体年代に変化は見られない。黒きローブを大きく(ひるがえ)しながら、改めて周囲を見渡す。澄み切った空気に、彩りある木漏れ()。言葉にすればただそれだけの、さまざまな感覚を呼び起こす複雑さを、私たちは並んで呼吸する。



「――このあたりも静かなままか」


「そのようだな。古代森のモンスターにも遭遇していない」


「領域が異なれば,古代森の性質も異なる.君が旧ブラダリアの文献調査で得た情報とは乖離(かいり)する部分も出てくるというものだ」


「一理ある。フン、私が貴様に教示されるとは」


「君の思索は(すで)に辿り着いていたのだ.私は呼び起こすきっかけに過ぎない」



 森層年代は50年前。時空亜(ジク―ア)の完成により、森層年代をさかのぼっても、私の身体年代は維持されている。しかしながら、時空亜(ジク―ア)の対象でない森層年代の光景も変わらないようにみえる。魔石の鉱脈はこのあたりには無いだろう。



「かなり進んできたが、まだまだ先だな」


「君は,休息を取りたくはならないのか? 食事だって街で食べた甘パンが最後だろう」


「ここは国務の重要な局面だぞ。私は、術貨の貯蓄をくずして魔術的に回復できる」


 右小指にはめた指環(ゆびわ)を介して、何度目かの治癒(キュアラー)を自分自身に詠唱する。アンドロイドが屈みこんで私の足を揉むまでもない。


「私の体力よりも、貴様の余力を気にしておけ」


「私のエネルギーは魔術への対応に伴う演算負荷で消費が激しいが,この先もとっさに魔術が使える程度には維持できるはずだ.有能な魔術師である君に,定期的に術継ぎ(リペアラ)を詠唱してもらえれば」


「フフン、私の術継ぎ(リペアラ)は完成されている。不安を感じたらすぐに言うことだな」



 森層年代は100年前。歩けども歩けども変わらない景色が続く。鏡樹(ミラージュ)はここでも残像のように連立している。鑑定してもいくら見渡しても、魔石を利用して複製される子樹は無い。平凡な針葉樹の若樹はいくらでもあるというのに。くそっ! どこまで進めば魔石の鉱脈に当たるんだ!



「さらに森の奥に進むのなら,私が君を運んだ方が早そうだな」


「不安はあるが、致し方あるまい。私の歩力では動いていないのと同じだ」


 私に背を向けて屈みこむアンドロイドの両肩に手を置いた。100年後に味わった、力強い離陸と墜落(・・)が頭をよぎる。ふと、私の腰回りにぐるりと何かが巻かれた。


「このテザーで君と私を接続すれば,高速走行で振り落としてしまう危険性(リスク)を低減できる」


「この白い……布地、でいいのか? 貴様のテザーアームの線と比較して、ずいぶんと平たいな。線というより(ベルト)のようだ」


「高速移動の安全性を高めるにはやはりシートベルトだ.肩を含めた3点支持が望ましい」



 縫い目ひとつない白服に似た、異世界な手触りの白帯をつかむ。肩から背に斜めに回して先端を渡すと、引っ張られてカチャリと繋がる。そしてアンドロイドが腰を上げ、私の視界も高く持ち上がった。



「私は感覚を研ぎ澄ませて古代森の変化を追う。移動は貴様が頼りだ」


「フフン,私という有能なアンドロイドを頼るのは良い判断だぞ」



 始めの一歩はゆっくりと足もとを確かめるように。そして前へ前へと駆けるごとに、左右の情景が、光と陰に小さく返る赤や(あお)や金銀の欠片が、引き伸ばされた光の束となって後方へと流れていく。襲い掛かる風圧を魔術でいなしつつ、私たちは古代森のさらなる過去に進んでいった。







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アンドロイドオアロイド|リターンズ

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 森層年代は1300年前。……1300年前だ。ついに原初時代から10年以内まで前進してきた。私はシートベルトを外し、アンドロイドの背から大地に降り立つ。木漏れ()は薄く、色彩も乏しい。近づく原初の暗闇が昼光を(さえぎ)りはじめている。



「ここまで来ても魔術応答に変化はない。……奇妙だ」


鏡樹(ミラージュ)の変化――,やはり観察されないか」



 私たちは進展のない所感を交わした。このままでは原初時代までさかのぼることになりそうだ。しかし、暗くて観えないほどの混沌に踏み入るより先に、打てる手は打っておくべきだろう。決意ある視線を私たちは交わす。



「君の目をみればわかるよ.目的を達成するために,より積極的な手法に切り替える.そんなところだろう」


鏡樹(ミラージュ)が繁栄する過去が来るのを待つという方針が、そもそも消極的だったのかもしれん」


 1300年に渡り対話を重ね、私たちは少しずつわかり合ってきている。


「備えておけ。この古代森でも、貴様の言う“ブラックホールドライバ”とやらを使うことになるだろうからな」


「しかしよくもまあ覚えていたなと思うよ.私の――Blackhole(ブラックホール) Driver(ドライバ)のことを」


「貴様が錬成した心半分な魔石を巡って、私は指名手配されたのだぞ。ここへ来た経緯をどうやって忘れろというのだ。まったく」



 ブラックホールドライバ……、それは少なくともここから1300年以上後の、未来の技術用語だ。旧ブラダリア領域で詠唱した裏天使(バックヘイロウ)の魔術に、アンドロイドが持ち出してきた概念である。


 その想像を絶する難解さは、私たちが示した実例からも読み取れる。未来の技術に道引(みちひ)かれた旧ブラダリア領域では、100年の荒廃を生んだ《禁忌魔術》が打破された一方で世界地図から地名が消滅した。別の例で言えば、古代森に頼らずに魔石を作り出すことさえが可能だった。小石程度の小ささの、心半分な魔石ながら。



「まず貴様の“ブラックホールドライバ”を制御し、心半分な魔石を錬成する。次にそれを森層の地下に埋め込み、鏡樹(ミラージュ)に術力を供給する。過去の古代森を復元すれば、未来の古代森も復元されるに違いない」


「私たちが過去を変えようというのだな.――複雑な任務だが,やるしかないようだ」



 アンドロイドは、白服の胸元あたりに手を差し込んで、ゴソゴソと探りはじめた。まったく縫い目のない、地名(ブラダリア)を消し飛ばしたほどの暴威でも傷一つつかない、異世界の白服に。


 その白服に……手を差し込んだ?


 新奇な隙間が、まるで古き時代からそこに存在していたかのように広がっていた。夜よりも暗い深淵は中身を映さない。よくわからんが、さすがに服下は隠したいのだろう。私は色褪せはじめた森の樹々に視線を移し、指先だけをアンドロイドに向けた。



「見事な収納技術だな。貴様の感覚に応じて自由に開き閉じるのか、その白服は」


「ポケットは私のS.E.N.S.E.(センス)により開閉している.この服は傷の治りがとても早いのだよ.ほらこの通り」


 そう言って視程に回り込み、私の手をつかんで服を触らせる。薄い木漏れ()を浴びる白服には、(すで)に一切の継ぎ目も縫い目もない。この白服の中で、アンドロイドは魔石を手に入れたのだろう。


 ……魔石を手に入れた?


 私の手中に入れられた硬い感触と共に、心半分な魔石の魔術応答が鳴り渡った。結ばれた手を開くとやはり、石ころほどの小ささの心半分な魔石がある。内部に私の名が刻まれた懐かしき魔石が。念のために目を手でゴシゴシと擦っても、ある。



「世界の底に魔石を埋めるのなら,保存サンプルを使った方が簡単だ.フフン,有能なアンドロイドたる私だからこそ可能な備えだな!」


「フン。1300年程度のコミュニケーションでは、貴様の底はまったく見えないか」


「君にうまく情報を伝えられないのが残念だ.世界の底まで踏み抜く力は使えるのだが」


 アンドロイドが足でダンと地面を叩くと、くぐもった轟音とともに足裏の形に穴があく。土煙ひとつ出さない見事な手加減、もとい足加減だ。


「説明は後に回そう.私の予測によれば,時間は限られている」


「森層年代は原初時代まであと9年。これまでと比べると時空の猶予(ゆうよ)は少ないな」



 小指に赤髪が巻かれた左手のひらに、心半分な魔石を乗せる.アンドロイドはそれを開けた穴に落とした。魔石から術力を得て繁殖する鏡樹(ミラージュ)の生態から、明るい未来が道引(みちひ)かれることを望む。



 いくら有能な私でも、原初の森層年代には踏み入りたくないからな。原初時代では何が起こるかわからない。この私が魔術を詠唱できなくなることも想定すべき年代だ。


 術力を好きに使えた年代と言えば聞こえはいいだろう。しかし、最も自由な年代こそが、最も混沌とした年代なのだ。術力を込めて魔術を詠唱することもできなくなる自由がある。


 魔術を詠唱する間すらなく、私が息絶える。そんな過去もあったかもしれない。原初時代に踏み入るのは避けるべきだ。しかし、しかし……?


 私の思索は、いま、寸断をみた。


 アンドロイドが錬成した魔石が、深き穴の底を打った瞬間、遥かなる時空へ爆散していく魔術応答を感覚した。炸裂する叫び声のような耳鳴りが残響する。私は両肩を揺さぶられてはじめて、自分自身の両瞳が色を失うほどにぼやけていたことを知った。



「――いったい何を感覚した?」


「古代森が、動き出す……?」



 難解な概念が、ごく自然に私の口をついた。


 


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