実に信じがたい
私の鑑定によれば鏡樹は消滅種。新しく子樹を複製できない状態にあり、今ある樹々が枯死すれば絶滅してしまう種だ。正確には、この森層年代において。
森層年代……、古代森にはそれぞれの年代が刻まれているのだ。切り株の年輪のように、外側から内側に進むに従って古い年代の森層が表れる。現在地が何年の森層かを知りたければ、原初時代から存在する原樹の樹齢を調べれば良い。
私は菱葉の鏡樹に鑑定を詠唱した。
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【鏡樹】 ˾̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳˾̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳˾̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳˾̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳ ˾̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳ ˾̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳˾̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳˾̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳
˾̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳˾̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳̳原樹|(消滅種)。高さは地上50等長以上に至り、二列に対生する菱葉は光と陰に色彩を反射する。地下の魔石を利用して子樹を複製し、子樹は成長すると魔石を生む。樹齢セト紀1308年。
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難読の鑑定結果が示す年代はセト紀1308年。樹齢1309年だった転移地点から歩いて、森層年代を1年さかのぼったことになる。フフン、まさに私の予想通りだな。
私の年代におきかえると、1年前といえば、旧ブラダリア領域の古城に派遣されたころだ。
落ちていた小枝から開発ノートを生成する。紙の原料は革や草樹であり、当然に開発録の対象だ。手元をのぞくアンドロイドの頭を押しのけ、鑑定でみた年代を記した。
「このあたりの新しい年代では、鏡樹は消滅種であり繁殖は見込めん。しかし、このまま森奥へ進めば古き森層年代に行き着くはずだ。魔石から術力を得て繁栄していた年代にな」
「深さ方向の地層年代なら惑星探査で知見があるのだが――,水平方向に森層年代が整然と並ぶのは不思議だね.この世界の自然法則は,私を非常に混乱させる」
「古代森は、術力に満ちた原初時代から生きているからな。古き時代の世界魔術は謎が多い」
開発ノートのページをめくる。1年前、私はブラダリア古城の文献を読みあさってまとめていた。ただし年表形式の整理は心半分であり、あちこち乱れた記載が目立つ。
古書になればなるほど、伝承に法則や規則と呼べるものは無くなっていくからだ。原初時代に至っては皆無と言ってよい。古代森の奥は、暗くて観えないほどの混沌をたたえているのだ。
ここではまだ、木漏れ光は明るくアンドロイドの金髪を照らす。
「森層年代1年に相当する距離は,それほど長くはないようだな.ただ――,目的の年代までどれだけ進めばいいものか」
「樹々は私たちほど早く移動できんが、私よりは長く生きる。魔石の鉱脈がある年代にあたるまで、100年分以上は歩く必要があるだろう」
アンドロイドはしきりに立ち止まって周囲を調べようとするため、手を引いて奥へと先歩く。しばらくして、私は鏡樹に鑑定を詠唱し、現在地を開発ノートに記した。
森層年代は転移地点から3年前。私の年代で言えば、宮廷魔術師としての私の有能さが知れ渡ってきたころだ。宮廷中の魔術師たちが、私の魔術開発の見学に我こそはと詰めかけるようになった。開発中の魔術と似た、心半分の魔術が、先願で聖書に載るようになったのもこの年代からだ。まったく、不思議な一致もあるものだな
「しかしこの世界にはやはり驚かされる.私のいた世界にも,特許と呼ばれる類似の仕組みは存在した.ただ,それが自然現象で成立するとはね」
「世界魔術に相当する仕組みを自力で動かす世界の方が、私には驚きだ」
並んで話を合わせつつ、古代森をさらに奥へと進む。
森層年代は5年前。私がロイ=ド=オアロイドの魔術師名と、宮廷魔術師の証たる黒きローブをもらった記念すべき年代だ。初めての宮廷は、天に伸びる鏡樹よりも大きく感じた。
「この黒きローブをまとう魔術師だけが、開発した魔術を聖書に出願できる。聖書に載った魔術は国に広く知られ、たくさんの民々により詠唱されるのだ」
「開発者は,詠唱に応じた術貨を世界魔術によって獲得できる.つまり,開発能力が高い君の魔術には絶大な価値がある.――なるほどな」
「フフン、私ほどの真に有能な魔術師は、間違いなく我が国の歴史に名を残すぞ!」
私は歩数を増やしながら、さらに奥へと森を進む。
森層年代は10年前。家で宙舞いとかを開発していた。床の傷でガクっとならないように気を付けてノートに記す。部屋は暗くても、背をのばしてサビた天窓を開けると、四角い枠から昼光が入ってくる。
こちらを振り返るアンドロイドにはすぐに追いつく。こんなところで疲れているヒマはない!
15年前は、魔術師になろうと思ったから、魔術師になろうと思ってた。重たいローブを引きずらないように持ちあげて、はぁはぁと息をはいてすって、森を歩きつづける。
「君,ここはいったん引き返した方がよさそうだぞ」
「ぶれいだぞ! ロアにはロアっていう名前がある」
魔術師になって、もっとそんけいされる名前をもらうまで、ロアがロアを名のるのだ。ふふん、いずれ広く知られることになるぞ! かたにのる大きな手の先を見あげると、森のなかで昼光のかけらをあびる金色のかみがキレイだと思った。アンドロイドは目をそらして、指でほっぺたをこすっている。
「実に信じがたい時空だな,この古代森は」
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アンドロイドオアロイド|リターンズ
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