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海賊のひまつぶし  作者: 櫂矢 真衣
海賊王の娘
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第78話 ギベッドの話②

 高波が船を揺らした。足場が傾く。

 視界が大きく揺れ動いて、体が揺さぶられている感覚にちょっと胃の腑がひゅっとなるが、危険を感じるほどではない。大雨になるかも、と心配を煽るような分厚い雲が垂れ込めているが、降り始める様子はない。

「うーん、ちょっと不安になってきたな」

 ジョナサンがポロリと弱音をこぼすと、エルモは首をかしげた。

「え? なんで?」

「だいたいの方角はお前が教えてくれたけどさ、本当にこっちであってるのかって思って」

 本来なら、道などない海の上で目的地へたどり着くためには、太陽の位置やら星の位置やらそれらの角度やらを、分度器やコンパスで調べて、色々な手がかりを頼りに進まなければいけない。

 ところが今回は、目的地の場所がわからないのだ。

「海賊砦の正確な位置はわからねえし、向こうの船に追いつく気配もねえ。デビーならわかるんだろうけどな。俺には無理だ」

 この方角であっていることを祈るが、そうやって不安を募らせながら進むには、船旅の時間はあまりにも長い。

「いいこと思いついた」

 エルモがぽんと手を打った。

「魔法の葉巻、まだあるよね? 向こうの船の人に聞こう」

「なるほど。それいいな」

 問題は誰に聞くかだが。

 メアリーはダメだ。航海術に関することは一通りわかっているが、村長はおそらくメアリーには道具の類を触らせていない。どうやら村長なりの基準があるらしく、ジョナサンがメアリーくらいの歳の頃は絶対に触るなと言われていた。メアリーにはコンパスが指している方角も、分度器で調べた太陽の位置も見ることができない。

 それに、暴れまくって一悶着起こした後だ。最悪の場合、どこかの部屋に閉じ込められているかもしれない。甲板に出してもらえなければ、なんの手がかり知り得ない。

 一つ案があるにはあるが、ちょっと嫌だな、とジョナサンは尻込みしつつエルモに伺いをたてる。

「……。一応聞くんだけど」

「なに?」

「ギベッドって協力を求めたら手助けしてくれると思うか?」

「うん」

 エルモは即答したが、ジョナサンとしてはまだためらう気持ちが残っている。あの悪党が素直に全面的に協力してくれるところがイマイチ想像できない。

「イヤそうだね」

「そりゃそうだ。お前にとっちゃ頼れるおっさんかもしれないけどさ」

 いろんな理由で、ジョナサンはあの男が苦手なのである。

「でもまあ、消去法であいつしかいねえよなあ……」

 仕方なくジョナサンは、葉巻タバコを取り出して、火をつけた。

 できるだけ顔を合わせたくないが仕方ない。

 邪悪で粗暴なくせに、エルモにはなんだかんだ慕われている。

 自分よりも長い人生、あいつはずっと海で生きてきた。

 船を出して新天地へ向かい、新しい世界を旅しながら暮らす。故郷にいた頃に周りの村人たちから聞かされて、羨ましいなと思っていたような人生だ。さすがに奴隷商人をやっている自分の姿は想像できないが、それ以外は旅立つ前の自分が思っていた理想形なのではないだろうか。

 自分が夢見ていたような人生を、あの男はうまくやれなかった。

 いや違う。その人生に満足できずに欲を出して、踏み外したのだ。

 そういうモヤモヤとした齟齬が、澱のように胸の奥に溜まる気がするので、ジョナサンはあの男の顔を見ると、少しばかり嫌な気持ちになるのだ。

 煙はすぐに人の形をとった。ギベッドは驚いたようにジョナサンとエルモを見比べると、話はわかったというように頷いた。

「メアリーが言っていたことは本当らしいな」

「わかってるなら話が早いや。俺たち、今そっちの船を追ってるんだ。でも、目印がなくこっちであってるか確認する手段がない。方角だけでも教えちゃくれねえか?」

「……」

 ギベッドは返事をしない。ただ渋い顔をしている。

 無視されてしまいジョナサンが困っていると、今度はエルモが口を開いた。

「ねえ、お願いギベッド。教えてくれない?」

「俺たちは今、まっすぐ南の方へ向かっている。南の空にある十字の星座は知ってるな? あれを目指せ」

「えぇぇ……」

 戸惑いを隠せないまま、ジョナサンは次の質問を投げかけた。

「メアリーは元気か?」

「……」

 答えはない。なので今度も、エルモが問い直す。

「メアリーは元気?」

「元気だとも。乗組員の半数以上があの小娘に引っかき傷を負わされてる。お前らが来るってわかってからはだいぶおとなしいがな」

「オーケー。わかったよありがとう。で、最後の質問なんだが、海賊砦の正確な位置とかわかるようなら教えてくれるか?」

「……」

 案の定無視されてしまうので、またエルモが問い直す。

「海賊砦の場所、わかる?」

「わからない。よそ者に根城を教えるほど気の抜けた奴らじゃないようだ。隙を見て目印を落として行ってやるから、それを辿って来るといい」

 よほど嫌われているらしい。ジョナサンは内心で苦笑いを浮かべた。

 ジョナサンが苦手意識を持っているように、ギベッド側にもジョナサンが気に入らない理由でもあるのだろうか。

 伝えるべきことは伝えた、と一息いれると、ギベッドはようやくジョナサンに視線を向けた。ものすごい剣幕で睨んでいる。

「それはそれとして。次会ったらお前は殺す」

「なんで!?」

「お前ら今船の上で二人きりらしいな。メアリーから聞いたぞ。女を船に乗せちゃいけない理由を知らないわけじゃないだろう」

「ち、違う、なにも……」

 反射的にごまかそうとしたジョナサンをからかうように、愉快そうにエルモは口を挟む。

「えー? ジョナサンったら、あんなことしておいてなにもしてないとか言う気なの?」

 ジョナサンは慌てた。参っていたとはいえとんでもないことをしでかしたのは事実なのである。

 冷や汗をかいていると、ラヴが飛んできて高らかに叫んだ。

「ナア、エルモ。コドモガホシイ」

 思わず「げ」と声が出た。

 案の定ギベッドは悪鬼のような顔でこちらを見ている。なんてこった。

「決まりだ。てめえのブツを切り落として目の前で魚の餌にした後、ケツの穴に火薬詰めてから大砲にぶち込んで着火してやる」

「えぇ……、こわ……。どんな人生歩んだらそんな邪悪なこと思いつくんだ?」

「海の上ではよくあることだ」

「よくあってたまるかよ……」

 まあまあ、とエルモが間に割って入った。ジョナサンはホッと胸をなでおろす。エルモが「自分は大丈夫だ」ってとりなしてくれれば、さすがに矛を収めるだろう。

「大丈夫だよギベッド。ちょっと押し倒されて子供が欲しいって言われただけだから」

 火に油が注がれてしまって、ジョナサンは冷や汗が増えるのを感じた。

「どの辺が大丈夫なんだ完全にアウトだ馬鹿野郎。俺はお前が心配になってきたぞ」

 ジョナサンは死を覚悟したが、エルモは相変わらずニコニコ笑っている。

「大丈夫なんだよほんとに。そこまでやって一線越えなかった人は、もうよっぽどのことがないとなにもしないでしょ。ね、お願い。殺さないで。この子、とってもいい子なんだから」

 ギベッドはジョナサンとエルモを見比べると、ものすごく嫌そうに深々とため息をついた。

「エルモ……。いい子はお前だ」

「そう? 神父様にはよく怒られてたけど?」

「それとこれとは話が別だ。世の中にはな、お前とは違ってどうしようもなく性根の悪い奴ってのがたくさんいるんだよ。……こうしてお前らと話していられる時間は、あとどれくらい残ってる?」

 煙を上げている葉巻を見る。燃え残りはあと半分ほどだ。

「今でだいたい半分終わったくらいかな。この葉巻が燃え尽きるまでだ」

「わかった。それなら、もう少し詳しくメアリーの様子を話してやろう。少し、あの子の相談に乗った時の話だ。メアリーは今、武器庫に閉じこもっている。俺は扉越しにあの子の話を聞いて、神父の真似事をしている。お前らは迎えにきたあと、あの子をどうするつもりなんだ?」

 そりゃあ、メアリーの望む通りにすればいいんじゃないか? と思ったが、ジョナサンは少しの間口を閉じることにした。時間が限られているのに口を挟むのはよくないだろう。




 メアリーは、自分が閉じこもっている武器庫を開けようとする者があると、すぐにピストルを持ち出す。

 俺は海賊たちに「俺が相手をするから近寄るな」とだけ言って、メアリーの相談相手をすることにした。

「ほっといてよ。近寄らないで」

「ここに俺がいれば海賊どもも寄ってこない。悪くない話だと思うがな」

 メアリーは不思議そうな声で尋ねてきた。

「おじさんはロリコンなの?」

 ってな。

 おい、なに笑ってるんだお前ら。

 俺は当然「断じて違う」と答えた。

「だっておじさん、エルモに優しいし。昔はデビーちゃんと一緒にいたみたいだし」

「そういうこっちゃない。ガキと遊んでなにが楽しいんだ」

「じゃあ、なんで私に優しいの。私はおじさんになにもしてあげてない」

「ガキがつまらねえこと気にするな」

「気にしなきゃいけないよ。私は子供だから、守ってくれる人がいないとすぐ死んじゃう。ママはね、思い通りにならないからって私のことを殺したよ。大人は見返りがないことはやらないものでしょ?」

「子供のくせに随分聡いじゃないか」

 エルモがこれくらいだった頃は、もうちょっとなにも考えてなかったと思うんだが。

 待て、怒るなエルモ。それでいいんだ。

 歪な娘だな。まだ、無条件で守ってくれる誰かが必要な年頃だろうに。

 いや。その役割は、ひとまずお前らがやっていたんだな。兄貴であるお前と、乗組員のお前らとで。だから、メアリーはお前たちの元へ帰りたがっている。

「エルモに聞いていないか? 俺はこれでも一応神父なんだ。相談でも懺悔でも聞いてやろう」

「お話なんてしない。ママが言ってたの。「あなたに親切そうな顔で近づいてくる大人は全員、変態タマナシロリコン野郎だから、すぐに撃ち殺しなさい」って」

「随分偏った意見だな。だが正しい。お前を守るための措置だ。二十年前の俺が海でお前を見つけていたら、迷いなく鎖に繋いで売り飛ばしてただろう」

「ママが正しいの?」

「正しい時もあるし、間違っている時もある。それだけのことだ」

 メアリーは少し悩んでから、問いを口にした。なにを相談すればいいのかも曖昧なんだろう。悩みはあるが、言語化は難しい。そんなイラついた気持ちを感じた。

「……私は誰?」

 難儀な生い立ちだ。その悩みを抱えるのは、むしろ自然なことだろう。

「お前はお前だ。他の何者でもない」

「本当に? 私はいつも誰かの代わりをしてるよ? この船に連れてこられたのだって、パパの代わりが必要だからでしょ?」

「人には役割というものが付いて回る。生きていく上で逃れることはできない。お前はそういう星のもとに生まれついてしまった、というだけの話だ」

「諦めるしかない?」

「そうする奴もいるし、そうしない奴もいる。大人たちは、お前の作り出す未来を夢に見た。だから、足手まといの子供を船に乗せ続けた。今までお前に関わった大人たちの期待と、自分の望みを天秤にかけてみろ」

 メアリーは即座に答えた。

「私、海賊なんかになりたくない」

「そう悪い話でもないと思うがな。お前が手にしたその力は、俺があの性悪女に跪いてでも欲しかった力だ。お前はすごいものを手にしたんだぞ?」

「こんなのいらないもん。デビーちゃんが一緒にいてくれる方がずっといい。私は海賊たちを絶対に許さない」

 この娘の求めているものは、自由と愛情だ。つかの間、お前たちの元にいた時だけ、その二つを感じていたのだろう。

 この船の船長……、坊主、お前は村長って呼んでるんだったか。あの男は、メアリーに愛情を注いでいるつもりだが、自由を奪った。だからメアリーは心を閉ざして反抗的な態度を崩さない。

 傍目に見た感じでは、こんなところか。

 メアリーの怒りは本物だ。子供の癇癪だと思って甘く見ない方がいいだろう。

「みんな大嫌い。勝手に私をメアリーの身代わりにしたりパパの身代わりにしたり。今度はデビーちゃんの身代わりをしなきゃいけないんだってさ」

 俺はおかしくてついつい笑ってしまった。

 確かに、あの船のやつらはそのつもりなのだろう。デビー・ジョーンズをその身に宿した少女を海賊王エドワードの身代わりに据える。確かに、実現したらすごいことだ。

「冗談きついな」

「なにがおもしろいの? 私、冗談を言ったつもりはないんだけど」

「お前がデビー・ジョーンズの代わりだと? 馬鹿も休み休み言え」

 なあ、坊主。お前にもわかるだろう? 俺がどうして笑っちまったのかがな。

「断言してやる。お前はデビー・ジョーンズの身代わりなんぞにはならん」

「どうしてわかるの?」

「あんな女、二人もいてたまるか」

 俺は、メアリーにとっては知らないおっさんだろう。どの程度心を開いてくれているかはわからない。だが、誰かが語りかけることに意味はある。

 それにな、あの子はちょっと放っておけん。エルモとは別の意味でな。

 おそらくあの子は俺と同種の人間だ。血と暴力に親しみ、欲望を優先させて武器を取ることに躊躇がない。

 放っておけば、次から次に過ちを重ねることは目に見えてる。その辺は、お前らだってわかってるんじゃないか?

「この先の人生、海で暮らし続けるか、別の場所へ足を踏み入れるのか。選ぶのはお前だ。お前の身代わりは、どこにもいない」

 人を導くというのは、本当に難しい。

 俺なんぞにはおそらく、一生できないことだろう。

 メアリーは少しの間黙り込んでから、扉の向こうで喜色の混じった声をあげた。

「いいこと思いついた! 私、海賊王になるよ」

「それでいいのか?」

 正直戸惑った。あれだけ拒絶していたのに。

「あのね、さっき夢を見たの。夢だけど、本当の話。ジョナサンとエルモが私を迎えにこっちへ向かってるんだって」

 その時はなんのことだかわからなかったが、後で聞いたよ。お前たちがこの葉巻でメアリーを呼んだんだな。

「それならなおさら、海賊王なんぞになる必要はないだろう。迎えを待て。それで元の船へ帰ればいい」

「ううん、ダメだよ。来てくれるってわかった時はそりゃあ嬉しかったけどさ。二人が危ないよ。ジョナサンはいい人だから、本物の海賊がどれだけ躊躇なく人を殺すか知らないもん。こんなところへ来たら、きっとすぐに殺されちゃう」

 その辺どうなんだ兄貴としては。舐められてるぞ、お前。

 メアリーは嬉々として話を続けた。

「海賊みんなに招待状を出すの。「新しい海賊王が生まれる記念パーティを開くから、来てね」って」

「命知らずだな。敵も味方も関係なく根城に招くのか?」

「うん。それでね、みんな集まったところで、デビーちゃんの力を借りて、海賊砦を渦潮で飲み込むの! いい考えだと思わない? 海賊なんて一人もいなくなっちゃえば、私は自由! 自由になれたら、私は新しい自分になるの。海賊なんていない世界でなら、私がおしとやかになりたいって言っても、文句つける人なんて誰もいないでしょ?」

 結構頑張って相談に乗ったつもりなんだがな。それで出てきた答えがこれだ。

 エルモ、例えばお前なら、もっと違う答えを出すんじゃないか?

 世の中にはな、お前には思いつかないようなひどいことを、喜んで話す邪悪な奴ってのがいるもんなんだ。

 この子を海賊に、って思う大人たちの気持ちがよくわかったよ。この子は、海賊の世界以外で生きるのは困難だ。こんな怪物、その辺の町や村で暮らしてたら一瞬であぶれ者にされる。土に根をおろして暮らす人間は、こういう暴力的な異分子に敏感だ。

 もう一度聞こう。お前たちはあの子を迎えに来た後、どうするつもりだ?

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