第69話 エドワードからの手紙
メアリー。これをお前が読んでいるってことは、俺はしくじったのだろう。
俺が真珠を探しに出かけたことは知ってるな? アンと俺は取引をした。真珠とお前を交換だって。
だが、真珠を探すのはアンを親友に引き合わせるためじゃねえ。
どうやらあの真珠にはもう一つ、恐るべき力があるとわかったんだ。
真珠を持つ者は、海と対話し、自在に操ることができるらしい。俺も最初は疑っていたが、調べてみれば似たような昔話がいろんな港で聞けるときた。これは本当かもしれない。試してみる価値はある。
俺は真珠を見つけたら、まずアンのところへ行く。お前は引き取るが、真珠は渡さない。うだうだ言うようなら撃ち殺す。そのつもりで船を出した。
ずっと思ってたんだ。俺はそろそろ引退だが、次の海賊王は誰がいいだろうって。
適任の者がいるじゃないか。
海で生まれ、海で育ち、海賊の生き方に骨の髄まで染まってる奴が。
お前だ、メアリー。
俺は次の海賊王にお前を指名する。
いいか、メアリー。この手紙を読んだら、デビー・ジョーンズの真珠を探しに行くんだ。
きっと困難な旅になるだろうが、きっと大丈夫。お前は強い子だ。
そして、真珠を我が物にしたら海賊砦に行け。場所は知ってるだろう。俺の根城の、海賊どもの吹き溜まり。難破船が積み上がってできた島だ。
お前はそこへ行ってこう名乗れ。「海賊王エドワードの後継者」ってな。
「小娘に従えるか」ってごねる奴が大半だろうが、歯向かうやつらはまとめてぶち殺せ。
きっと、海賊どもは恐れおののくだろう。
冷酷で残虐な、海を操る少女。そこにデビー・ジョーンズの影を見ない船乗りなんか一人もいない。お前はデビー・ジョーンズの現し身になるんだ。
全てがお前の前にひれ伏すだろう。海は全てお前のものだ。
メアリー。なにもかもをぶち壊すばかりだった俺が、唯一この世に生み出した尊いもの。お前に次の時代を託したい。
目星はつけてある。海賊崩れたちの隠れ住む村に、アンから真珠を盗んだ元海兵が住んでいたらしい。真珠が盗まれた場所もそこだ。手がかりがあるかも知れない。地図を書いておいたから、手始めにそこを探すといい。
俺が昔世話になった船長も、生きていればその村に住んでいるはずだ。なんの因果だろうな。俺の娘だって言えば、手を貸してくれるかも知れない。挨拶に行っておけ。
最後にもう一つ。
もしかしたら、真珠を盗まれて怒ったデビー・ジョーンズがお前の前に現れるかもしれない。いいや、必ず現れる。
その時は、シガーケースの隠しポケットにある黒い葉巻を使え。ちょっと糸がほつれてるところがあるだろう。その糸を引っ張って皮を一枚剥がすと、外側からは見えないポケットが一つ付いているんだ。
その葉巻の煙を、デビー・ジョーンズに吹きかけろ。それは特別に強い呪術の込められた特別製でな。
霊的なもの、人ならざるもの、精霊、悪魔、その類のものにその煙を吹きかければ、そいつを捕まえることができる。
もし、デビー・ジョーンズと相見えることがあったら、それを使ってあの悪魔を捕まえろ。お前の手元に閉じ込めて、飼いならすんだ。
そうすれば、海で一番おっかない海賊の誕生するに違いない。
気に入らないものは全てぶっ壊せ。そういう人生は、結構悪くないぞ。
葉巻の中に包まれていた手紙を読み終えるなり、デビーは声を荒げた。
「ふざけてるの!? メアリーが私の現し身ですって!? 私を捕らえろですって!? 人間には荷が重いってわからないのかしら! 私を誰だと思っているのよ!」
プンスカ憤慨して手紙を破ろうとしたが、羊皮紙は思いの外硬かった。
「不敬者に呪いあれ! もう死んでるのが残念だわ! もし生きてたら、八つ裂きにしてあげるのに! こんな! ふう! に! えーい!」
ギリギリと軋む音が聞こえるほどに引っ張ってみるが、羊の皮を紙のように引き裂くことなどできはしない。デビーは顔を真っ赤にして頑張っているが、無理そうだ。
「むむむ、結構硬いわね」
四苦八苦している。このままでは絶対にあの羊皮紙は破れないだろうが、ここでうっかり「手伝ってやろうか」「素手じゃ無理だぞ」などと言えばプライドを傷つけてしまう。間違いなく怒るだろう。
どうしようかな、とジョナサンが思案していると、先にクラフトが口を開いた。
「手伝ってやろうか? 素手は無理でもナイフを使えば……」
ジョナサンは「あちゃー……」と苦笑いを浮かべた。案の定、デビーは頬を膨らませて怒ってしまった。
「余計なお世話よ! バカにしてるのかしら!」
「バカになどしていない。非力だと思っただけだ」
最後まで頑張ってみたが、やっぱり羊皮紙は破れない。デビーは諦めて手紙を甲板の床に叩きつけた。
「もう! 非力で悪かったわね!」
苛立ってぐぬぬ、と地団駄を踏んでいるデビーを、エルモが「頑張ったねー。ナイス呪詛だったよー」とよしよししている。
ジョナサンはデビーが投げ捨てた手紙を拾い上げ、メアリーに手渡した。内容はどうあれ、父から届いた最後の手紙だ。
どんな顔をしたらいいかわからない。メアリーも同じく、困り顔をしている。
そこへ、大真面目な顔をした村長が割って入ってきた。
「メアリー、少しいいか」
大きな掌で包むように肩に手をおき、じっと目を見ている。
「エドの娘だってんなら俺の娘も同然だ。海賊王を目指すっていうんだったら、手伝ってやるから俺の船に来い。俺の目が黒いうちに、一人前の海賊にしてやる」
う、とメアリーはたじろいだ。
「ジョナサン。私、海賊に向いてると思う?」
受け取った手紙をキュッと握りしめて、メアリーは不安そうに瞳を揺らしている。
ジョナサンは返事に詰まってしまった。向いてるか向いてないかで言うのなら、向いているのだろう。
少なくとも、自分よりは。頭の中で、小さい頃から村長に言われ続けた言葉がこだまする。お前は海賊に向いていない。
困っているジョナサンより先に、クラフトが口を開いた。
「海賊王になんてなったら、大地を離れて暮らすことになる。めったに花を見られないし、かわいいものとも縁遠い。そんな生活は嫌だろう? そんな手紙がなんだ。君の父に望まれたからって、その通りに生きる必要はない」
その言葉を聞いた途端、引きつっていたメアリーの表情が柔らかくなる。心底ホッとしたような顔で、メアリーはクラフトに抱きついた。
「……。ありがと。クラフト、大好き」
「うん、僕も大好きだぞ」
何の気なしに返された言葉に、メアリーがみるみるうちに赤くなる。ジョナサンは心の中で「罪な男め」と苦笑した。
その様子を、離れたところから見ている者がいた。
その女は、メアリーがクラフトに抱きついて、嬉しそうに顔を赤くしている様子を見ると驚いて声を漏らし、不思議そうに、誰に言うわけでもなく呟いた。
「あらま。おませさんだね。ああいうなよっちいのが好きなのかな? 変なの……」
あの子が欲しい。
自分の船に、あの子が乗っていたらいいと思う。自分と、アンと、三人で一緒に海を渡れたらどんなに愉快だろう。行方知れずのアンが見つかるまでの間、隣にいて面影を見せてくれたらどんなに心強いだろう。
それなのに、あの子は自分と一緒に来ることを拒んだ。絶対に楽しいのに。どうしてわかってくれないんだろう。
「もしかして。好きな人がいるから、あの船を降りたくないのかなあ」
それならば納得だ。船の乗り心地は乗組員で決まる。気に入った相手のいる船から離れたくないというのは、十分に考えられる。
でもやっぱり、あれはないだろう。
あんなのが好きだなんて趣味が悪い。見るからに優しげで温厚な青年。細身の体は、多少は鍛えられていなくもないが、暴力が支配する世界に馴染むのは難しいだろう。
不思議だ。あの子は自分やアンとはだいぶ離れた趣味嗜好を持っているらしい。
「そうだ」
いいことを思いついて、女は口の端を釣り上げた。
あの男、殺してしまおう。
弱っちい男なんてちっとも魅力的じゃないってわかるように、目の前で殺してあげよう。無様に悲鳴をあげているところを見せてあげよう。
あの男がいなくなればあの船に残る理由もなくなって、一緒に来る気になるかもしれない。一石二鳥だ。




