第65話 村長の話
ジョナサンは、懸命に言葉を選んで大海賊エドワードの最期をメアリーに語って聞かせた。
あの時は、ああするしかなかった。そうでなければ恩人である村長の魂は奪われたまま、自由を謳歌する海賊たちを横目に、悔しさでほぞを噛むしかなかっただろう。
だが、しかし。
メアリーは話を聞き終わると間髪入れずに、手元にあった空き瓶を振り上げてジョナサンを殴ろうとした。
「こらっ! やめるんだメアリー!」
慌てたクラフトがその腕を掴み、瓶を取り上げる。
「落ち着け! なんでそんなことするんだ!」
「空き瓶なら死なない程度に痛いと思って」
どうやら殺さないように加減してくれた結果のようだ。
「うん、的確な判断だ。でも凶器を選んだ基準を聞いてるわけじゃない。落ち着くんだ」
メアリーは、じっ、とジョナサンを睨みつけている。怒っているようだ。
「ジョナサン、私にはいつも乱暴はダメって言うくせに」
ピストルを取り出して、メアリーはジョナサンの腹に突きつけた。
メアリーの目線がさまよう。
銃とジョナサンを順繰りに見てから、最後に肩にかけているポシェットを見下ろす。
自分でもどうすればいいかわからない、という顔だ。
「メアリー、待つんだ。まだ、ジョナサンと戦ったのが君の父上だと決まったわけじゃない。エドワードなんてよくある名前だ」
クラフトが懸命になだめようとするが、メアリーの目はジョナサンを捉えて離さない。
そこへ、船の外から誰かが呼びかけてくる声が飛び込んできた。
「おい! なにやってんだ! その物騒なもんをしまえ!」
驚く間も無く、桟橋の方から誰かが船に飛び乗ってきた。その誰かは瞬く間にメアリーを押さえつけ、その手からピストルをもぎ取ってしまう。
「子供にこんなもん持たせるなんて! お前らなに考えてんだ!」
突然の乱入者を見て、ジョナサンは目を丸くした。
そこにいたのは故郷の村の村長ではないか。
「村長?」
「あ? なんだてめえ。……ちょっと待て。お前ジョナサンか?」
思いがけない再会に、ジョナサンはどんな顔をすればいいのかわからなくなってしまった。
驚いているのは向こうも同じなようで、まん丸に目を見開いて、嬉しそうに両手を広げた。
「ジョナサン! しばらく見ないうちに背が伸びたんじゃねえか? ええ? おい! どこほっつき歩きに行ったのかと思ったらこんなところに!」
完全に村長の注意がジョナサンに向いた隙に、メアリーは逃げ出してクラフトの後ろにぴったりと隠れた。
「なんで村長がここに?」
「お前が出てった後、引きこもってるのがバカらしくなってな。海に出たいって言った他の海賊崩れたちと一緒に、俺も船を出したんだ。今は流れ者の用心棒ってとこだな」
渡りに船とはこのことだ。今の、とても座りの悪い状況を、この人ならはっきりさせられるかもしれない。
「いいところに来てくれた! あんたに聞きたいことがあるんだ! 大海賊エドワードについて!」
「エドワードについて? なんで今更」
「あの子なんだけど……」
ジョナサンに指し示されて村長に視線を向けられると、メアリーは居心地悪そうにクラフトの後ろで縮こまる。
「エドワードの娘かもしれないんだ。あんた、なんか知ってるか? 同じ船に乗ってたんだよな?」
「エドワードの娘だあ!? 嬢ちゃん、もっと顔をよく見せてくれ」
「やだ」
詰め寄られて、メアリーはますますクラフトにひっついた。知らないおじさんが嫌なようだ。間に挟まれて、クラフトは困ったように苦笑いを浮かべている。
「言われてみりゃあ、似てなくもないなあ。口のあたりとか。奴も機嫌が悪いとあんな風に口をへの字に曲げるんだ。よしわかった!」
村長はその場にどかっと座り込んだ。
「話してやろう。エドワードってのがどんな男だったか。その子についての手がかりもあるかもしれねえ」
話を始めようとする村長に、ジョナサンは待ったをかけた。
「ちょっとだけ待ってくれ。酒を用意するから。再会を祝して乾杯しようぜ」
船倉から酒とジュースの便を何本かと、軽くつまめる食べ物を持ち出して、ジョナサンたちは村長を囲んだ。
「みんな、紹介するよ。この人が俺の村の村長。ガキの頃から世話になってた人だ。村長、こっちは俺の船の頼もしい仲間たち。左から、デビー、クラフト、ラヴ、エルモ、メアリーだ」
村長は一同を見回して、日に焼けた頬をわずかに緩ませた。
「ほー……。ジョナサンが船長ねえ。信じられねえが、いい船じゃねえか」
それから、一口酒を舐めて喉を湿らせてから、遠い目をして昔語りを始めた。
俺がエドワードと出会ったのは、まだ駆け出しの海賊だった頃。
ええと、当時の俺はジョナサンよりもちょっと年上くらいだったかな。そうそう、エドワードがジョナサンと同じくらいの年頃だった。
今でこそ海賊たちはある程度まとまってる。自由な海の男にも、守るべき掟や超えちゃあならねえ境界線ってもんがある。
だが、あの頃。海賊の黎明期にはそんなもんはない。各々が好き勝手に暴れて、己がルールだって言って憚らなかった。
俺は海ってところが好きだ。
どこまでも広くて、たくさんのものを運んでくる。毎日表情を変えながら、俺たちに恵みをくれる。理不尽な暴雨風で荒れ狂うこともあるが、それはご愛嬌ってもんだ。
若い頃は……っていうか今もか。結構な暴れ者だった俺は、故郷の町に居場所がなくてな。そんな俺でも、海は受け入れてくれる。だから俺は海賊船に乗った。
俺は小さな海賊船のボスだった。俺と似たような、居場所のないあぶれ者を放っておけなくてな。そういう奴らの面倒を見ていたら中には慕ってくれる奴もいて、だんだんと海賊団は大きくなっていったよ。
エドワードが仲間になったのもそんな時だったな。
俺たちの海賊団はどんどん強くなっていく最中だったからな。海は俺たちのものだって、肩で風を切っていた。
意外かもしれねえが奴は俺と出会った時、普通の捕鯨船に乗ってたんだ。
俺たちが海賊旗を掲げて脅しをかけると、その船はすぐに白旗を揚げた。
海賊船と出くわした時はな、被害を抑えようと交渉に入るのがセオリーなんだ。降伏するから手心を加えてくれ、ってとこだな。
俺と捕鯨船の船長は、交渉のテーブルに着いた。俺は、子分たちに話がつくまで手出しはするなときつく言い置いて捕鯨船に乗った。
「積み荷は渡せない。これを持って行かれたら俺たち全員路頭に迷う」
それが船長の言い分だった。
それなら、「交戦するしかない」と子分たちに合図を送ろうかと思ったが、話には続きがあった。
「代わりにこいつを連れて行ってくれ。好きにこき使ってくれて構わねえ。トラブルばかり起こす暴れ者だが、海賊船になら案外馴染むんじゃないか?」
そうだ。そうやって交渉の材料にされ、足元に転がされた下っ端船乗りが、当時まだ若造だったエドワードだ。雑に縛られて轡をかまされて、殴られた痣が顔中についていたが、その目は、反抗的にぎらついていた。
ムカムカと腹が立った。トカゲの尻尾切りみてえに下っ端一人に全部を押し付けて、自分たちだけ助かろうっていうそいつらに、虫唾が走った。
「いいだろう」
俺は頷いて、短剣で縄と轡を切った。そして小僧に聞いたんだ。
「お前はこれから俺たちの仲間だ。俺たちは仲間を傷つける者を決して許さない。お前の敵は俺たちの敵。わかるか?」
エドワードは一瞬あっけにとられたが、黙って頷いた。俺はピストルを一丁、奴の手に握らせた。
「今回の指揮権はお前にやる。どうしたいか言ってみろ」
奴は迷いなく、さっきまで自分の船長だった男の頭を撃ち抜いた。
「皆殺しだ」
血と脳漿を浴びたエドワードの目は、水を得た魚のように生き生きしていたよ。
こうして奴は海賊になったわけだ。随分派手な海賊デビューだろう?
さっきまで同じ船の仲間だった同僚を一人残らずぶち殺したエドワードの残虐さは、しばらく仲間内でも語り草だった。
捕鯨船のクズ船長は、一つだけ正しいことを言った。
エドワードは誰よりも海賊に向いていたんだ。メキメキと頭角を現し、あっという間に俺たちの船の一等航海士、つまりはナンバー2になった。
俺の海賊人生で一番大きな出来事は、間違いなく奴を見出したことだろう。
海賊って生き物として、あれが完成形なんだ。
海と自由を愛し、破壊と略奪に躊躇がない。俺は、隣で船団を支えていた年下の部下に、憧れに近い感情を抱いていた。
何度思ったかわからねえ。「こいつが船長だったなら」ってな。
その頃になると、俺たちの海賊団はまとまりを失い始めていた。呆れるほどに大きくなった海賊団をまとめ上げるほどのカリスマが、俺には備わっていなかったからだ。
人数が増えれば増えるほど、そいつらをまとめるのは困難になっていく。
なにしろ、海賊ってのは基本的に荒くれ者のクソ野郎だ。陸のルールに馴染めなくて船に乗った奴らが、船のルールを簡単に守るはずがない。
奴らを統率するにはどうすればいいか困っていた俺は、ついにエドワードに提案した。
「お前が船長をやれ」
エドワードは慌てて断ったよ。
「俺はなぁ! あんたの下だから海賊やってんだ! ふざけるなよ!」
あれで結構義理堅い奴だ。俺に拾われたって思ってくれてたんだろう。
だがなあ……。あれほどの男に慕われるのは、俺にはちょっと、荷が重かった。どう考えたって、あいつの方がすげえ奴だった。
「いいか、エドワード。最近、俺らの仲間がすごく増えてきただろう? こうなってくると秩序と象徴が必要だ。今までみたいに好き放題やってると、内輪でもめて仲間同士で殺しあうことになりかねない。俺は、それが嫌だ。絶対的なボスが必要なんだ」
俺の時代はとっくに終わってた。俺はただの、ちょっと面倒見がいいだけのお山の大将さ。
でも、エドワードは俺を立ててくれるあまり、船長の座に興味を示さなかった。
「海賊にも、そろそろ王様ってやつが必要なんだよ。船頭のいない船は沈むしかない。俺はな、お前こそが王の器だと見込んで言ってるんだ。お前ほど海賊ってものを体現した人間を、俺は他に知らない。他の奴らも納得するだろう。俺は、お前にこの船団を譲るために今日まで船長をやってたのかもしれねえ」
エドワードは最後までいい顔をしなかった。
だから、俺は奴を海賊王にするために一計を案じることにしたんだ。
なに、難しいことはしちゃいねえ。そもそも、手下どもだってみんなエドワードがボスを張ったほうが自然だって思ってたからな。簡単だったよ。
俺はただ、必要以上に厳しい規則を作って海賊どもを縛るだけでよかった。海賊の掟だって、言ってな。
理不尽なほどに厳しいルールに、子分どもは不満をため込んだ。海賊船ってのは意外と民主的なもんだ。下に不満がたまれば、トップは簡単に降ろされる。そして、その処遇を決めるのはナンバー2であるエドワード。
これで晴れて、理不尽なルールをぶち壊し海賊たちに自由を取り戻したカリスマ海賊王の誕生、って寸法よ。
奴は恨みがましい目で、牢屋の中で処分を待つ俺を見た。
「俺にアンタを追い出せって言うのか? ええ、おい、元船長よぉ」
「そうだ。お前は俺を始末して、名実ともに海賊たちの王になるんだ。おめでとう。新たな時代の始まりだ」
もう引き返せないところまで来ていたからな。奴に逃げ場はなかった。
「わかった。アンタがそこまで言うならな仕方ねェ。俺は海賊王。新しい時代にアンタの居場所はない。俺は一生、アンタの理想に縛られ続ける。それで満足だろぉ?」
あとはまあ。お前も知っての通りだ、ジョナサン。
俺は置き去り島に放り出された。
あのままあそこで飢え死にしてもよかったんだが、最後にエドワードが言ったんだ。海に飛び込めってな。
「せめて、俺が作る海賊の世って奴をさぁ、どっかで見ててくれよな」
あいつは海図を読むのがうまかったからな。海へ飛び込めば流れの先になにがあるか、ちゃんとわかってたんだ。
……ジョナサン。お前、あいつに勝ったんだな。
びっくりしたよ。エドワードに魂を奪われてここまでかと思ったのに、気がついたら奴らは壊滅してて、お前がしたり顔で出航するところだった。
お前みたいな甘い考えのいい子ちゃんが、あの血と暴力の権化に勝っただなんてなぁ。どんな手を使ったんだ?
頑張ったじゃねえか。褒めてやるよ。
そんで、その子……。メアリーって言ったな。
奴に子供がいたかどうかは、俺にはわからねえ。その子の年齢的に俺が締め出された後で生まれた子だしな。子供を欲しがるような家庭的な奴でもない。
ただ、抜け目ない奴ではあるからなあ。
俺たち、もういい歳のおっさんだ。そろそろ代替わりを考えててもおかしくねえ。
もしエドワードが自分の子に後を継がせようとしていたとしたら、なにか渡してるんじゃないか? 「次世代の海賊王がここにいるぞ」って一目でわかる、目印みてえなものをさ。
例えば、奴の気に入ってた葉巻とか。あれは不思議な品だから、ふかしてみたら何か起こるかもしれねえぞ?




