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海賊のひまつぶし  作者: 櫂矢 真衣
海賊王の娘
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第64話 メアリーの話③

 デビーはエルモからアップルパイをもらって、上機嫌で舌鼓を打った。

「とってもおいしい! 気に入ったわ!」

 みんなのぶんもあるから、とエルモに勧められるまま、船の上でおやつの時間が始まった。

 ジョナサンは、アップルパイをまじまじと見つめる。手のひらほどの大きさの狐色のパイは、中に収まっているリンゴの水分のせいか、見た目の割に重い。

 ジョナサンにとっても、アップルパイはあまり馴染みのある食べ物ではない。

 故郷の村には菓子を売るような店はなかったし、一人暮らしの食卓には、基本的に焼いただけ、さばいただけの簡単なものを乗せていた。

「ジョナサン? 食べないの?」

 デビーがジョナサンに尋ねた。

「いいや、食べる食べる。ちょっと物珍しくてな」

「そ、そうよね。実は嫌いだったりとかしないわよね」

「ん〜? さてはデビーちゃん、「もう一個欲しいなー。ジョナサンが譲ってくれないかなー」とか思ってたのか?」

「ち、違うわよ! この私がそんな意地汚いこと考えるはずないでしょう!?」

「だよな〜。天下の大悪魔デビー・ジョーンズともあろうお方が、下僕の食べ残しに興味を持つはずないもんな〜」

 匂いを嗅いでみる。香ばしい、焼けた小麦とバターの香りに、火の通ったリンゴの甘酸っぱい匂いが混ざって、食欲をそそる。

 デビーにガン見されているのを感じながらこれ見よがしに一口かじる。パリ、とパイの層が音を立てて割れた。口の端から破片がこぼれてしまうので、慌てて空いている手を添える。

 甘い。リンゴは生のままで食べるよりも酸味が抑えられていて、食感も柔らかい。サクサクのパイも、バターと小麦粉のほのかな甘みを帯びていて、飲み込んでしまうのが惜しいほどにおいしい。デビーが「やっぱりもう一口欲しい」という顔をしているのもわかるというものだ。

 横目に見ると、デビーは「本当に食べちゃった……」とでも言いたげな悲しげな顔をしている。

「本当にうまいな」

「でしょー。いい店があってよかったわ」

「はっ、そうだわ。お店、ってところにはまだこれがあるのよね?」

 デビーの目が怪しげに輝いた。ジョナサンは嫌な予感に身震いする。

「デビー様、なにをするおつもりで?」

「大津波を起こすのよ。この港を沈めてお店ごと私のものに……」

 ジョナサンは昔聞いた迷信を思い出した。優れたものは神や精霊に好まれてしまい、人ならざる世界に持って行かれることがある。だから、優れた物は壊れやすいし、優れた人は早くに死ぬのだと。

「待って! ダメダメ! デビーちゃんステイ! 俺が悪かったよ! からかいすぎた!」

 ジョナサンが冷や汗をかいて大慌てでデビーをなだめすかしていると、そこへ救世主が現れた。

「デビーちゃん、おかわりもあるよ? いる?」

 エルモに声をかけられて、デビーはパッと顔を上げる。

「いる!」

 危ういところでこの島は救われた。ジョナサンはホッと安堵の息をついた。

 さて、この後はどうしようか。

 ジョナサンはぼんやりと考える。隣では、クラフトがラヴにパイのかけらをやっている。つい先程この港が沈みかけたとは思えない、平和な光景だ。

 アップルパイと、メアリーの服。買い物は無事に済んだ。

 ギベッドはまだ戻ってきていないが、そのうち医者を連れて戻ってくるだろう。

 その医者に目にはまっている真珠を取り出せないか診てもらったら、この街での用事はもうない。

 次の目的地はどこにしようか。

「クラフト。次の行き先は、メアリーに委ねようって言ったらどうする?」

 ジョナサンが尋ねると、クラフトは頷いた。

「いいと思うぞ。僕たちもメアリーも、もっと外の世界を知るべきだ」

 驚いたメアリーは、ごくんと口の中のパイを飲み込んでから、二人に尋ねた。

「いいの?」

「ああ。そういえば聞いたことなかったと思うんだが、メアリーは行きたい場所、あるか?」

 お花の綺麗な島、とか言われるかな。とジョナサンは思っていたが、メアリーの返事は意外なものだった。

「パパのところ」

「パパ? 誰だかわかってるのか?」

 驚いて聞き返すと、メアリーはこともなげに答えた。

「うん。何回か会ったことあるよ」

 ジョナサンは考え込んでしまう。

 それなら、この船よりも父親の元で暮らした方がいいのではないか。

 いいや、面識があったらあったで、メアリーがあの母親と暮らしているのを容認していた無責任な男だってことになる。

 そんな奴のところに連れて行っても、無駄にメアリーを傷つけるだけではないか。

 ぐるぐると考えつつ、ジョナサンはメアリーに聞く。

「そのパパってのは……、どこにいるんだ?」

「わかんない。海賊だもん。海のどこかにはいると思う」

 困り果てて頭の中がごちゃごちゃしているジョナサンに変わって、クラフトが質問を続けた。

「お父上の特徴とか、教えてくれるかい?」

 ジョナサンは、自分とメアリーの母親であるアンのことを思い浮かべた。

 女でありながら根っからの海賊。失った親友の身代わりを求めて、自分とメアリーを生んだ。あの女が気に入った男とは、どんなやつなんだろう。

「えーっとね、大きくて、強い」

「ふむ。名前はわかるかい?」

「ママは「エド」って呼んでた」

 どっかで聞いた名だな。ジョナサンは直感的に思った。

「最後に会った時はどんな様子だった?」

 クラフトの質問に、メアリーは記憶を辿りながら答える。

「えーっとね……」

 メアリーは、アップルパイの最後の一口を口に入れ、モグモグと味わい、飲み下してから話を始めた。




 えっとね。

 ママはパパが嫌いだったけど、私はパパのこと、嫌いじゃなかった。

 いつも一緒にいたわけじゃないけど、会えた時は私のこと、かわいがってくれたよ。

 パパは大きい海賊団の船長なの。

 普段は別々の船に乗ってるけど、時々、私たちの前にやって来た。

 それで、私にこう言うの。

「お前は将来、俺を超える大海賊になるぞぉ」

 ママは、そのたびにすっごく怒る。

「この子はあんたの娘なんかじゃない! メアリー。この男の言うことを信用しちゃダメよ? 誰がなんと言おうと、あなたはあなただからね?」

 それで、喧嘩が始まる。喧嘩、って言うか、殺し合い。二人が満足するまで終わらないの。

 パパは、私が「メアリー」じゃないのを知ってた。だから、ママのところから自分のところへ連れて帰ろうとしてた。今思えば、そういうことなんだと思う。

 でもある時、二人の喧嘩に決着がついた。

 二人は、一つ約束をしたの。

 ママがね、パパに「デビー・ジョーンズの真珠、〈魂の灯台〉を持って来なさい。その真珠と交換なら、メアリーを連れて行っていいわ」って言ったの。

 そうして、パパは真珠を探しに行った。

 出発の前にね、私にプレゼントをくれたの。

 葉巻タバコを一箱。私、タバコなんて吸わないよって言ったんだけど、いいから受け取れって。

 私、ママに取られないように頑張って隠してたの。何回か濡らしちゃったけど、そのたびに乾かして、まだ大事に持ってる。今は、ジョナサンにもらったカバンに入れてるの。

 だってね、パパが不思議なことを言ってたから。

「この葉巻はなぁ、魔法の葉巻だ。もしお前が、一人きりで寂しくなったら火をつけて、会いたい人を思い浮かべながら煙を吸い込め。それから、フーッ、っと吸った煙を吐き出すとなぁ。思い浮かべた人に会えるんだ。すげえだろ?」

 本当かどうかは知らないよ。だって使ったことないもん。

 それっきり、パパには会ってない。

 だから、どこにいるかはわからないけど、もし会えたら「もう真珠は探さなくていいよ」って言ってあげなきゃ。




 クラフトが大真面目に言った。

「よし、早く探しに行こう。ダメじゃないかメアリー。そんな大事なこと、どうして今まで黙ってたんだ」

「だって。どこにいるかもわかんないし。……それに、私。パパの船よりこの船の方が好きだし。パパに会ったら、あっちの船に連れてかれちゃうかもと思って……。でも、ずっと真珠探しを続けたままだと、パパがかわいそうだからいつかは会いに行かなきゃと思ってたんだけど……」

 ジョナサンはデビーの方を見た。

 デビーもジョナサンの方を見ている。

 海賊団の船長。

 大きくて強い。

 魔法の葉巻。

 呼び名はエド。

 そして、デビーの真珠を探していた。

 恐る恐る、ジョナサンはメアリーに尋ねる。

「なあ、メアリー。その……。パパの名前さ。エドってのは略称で、エドワードって名前だったりする?」

 どうか人違いであってくれ。ジョナサンは心の中で祈った。

 故郷の島を旅立った日、罠にはめてデビーの餌食にしたあの海賊。あれがメアリーの父親だなんて。自分がメアリーから父親を奪ったなんて。

 そんなの、なにかの間違いだ。


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