第46話 説得
男の正体についてあらかた語り尽くして、それっぽい説も、「いやいやないだろう」という案も出尽くした頃、一行はクラフトの故郷にたどり着いた。
島の人々は、前回同様クラフトの帰りを喜んだ。
しかし、あれやこれやとかまおうとしてくる島民たちが話しかける隙もなく、クラフトは一直線に家に向かって走り出す。
「悪いな! ちょっと急いでるんだ! デビー、留守番頼んだぜ!」
あまりの急ぎように戸惑っている島民たちと、船に残るデビーに声をかけつつ、ジョナサンたちもそのあとを追う。
家に帰り着くと、クラフトの長兄ハンスは居間の椅子でぼうっと座っていた。
クラフトが兄を運ぼうと、肩を貸して歩き出すと、大慌てで使用人が走り寄って来て手を貸した。
「どちらへ?」
「寝台に寝かせてくれ。兄上の魂はここにある。胸の上でこの貝を割れば、目を覚ますらしい」
屋敷は上を下への大騒ぎになった。
クラフトの帰郷を聞きつけた家族も飛んで来て、ハンスの寝室はあっという間にぎゅうぎゅう詰めになってしまう。
胸の上に貝を置くと、クラフトはそれを両手で包むように握りしめ、えいっと力を込めた。ぱきり、と軽い音がして、貝にヒビが入り、割れる。
部屋の中が静まり返った。全員の目が、ハンスの顔に注がれている。
茫洋としていて、どこも見ていなかったハンスの目が、不意に焦点を結んだ。
「……クラフトか?」
久々に声を発したせいか、随分と掠れた声だった。
「兄上!」
部屋は歓声に包まれた。泣いている者、笑っている者、飛び上がっている者もいる。ジョナサンは名前も知らない執事に抱きつかれて、戸惑いつつもハグを返す。
「船長、頼みがあるんだが」
クラフトが歓声に負けないように声を張り、ジョナサンに話しかける。
「おう、なんだ?」
「みんなに土産話をしたい。少しの間、この島に逗留したいんだが、構わないか?」
「もちろんだ。お前はそのために頑張ったんだしな。ちょっと長めに滞在するか」
それを聞いた父親が、不思議そうな顔で首をかしげる。
「妙なことを言うんだな。まるで、少しここで休んだらまた出かけるみたいじゃないか」
「ええ、そうです父上。僕は彼の船で航海士をすることになったんです。少し休んで、みんなに旅先での話をしたら、また海へ行こうと思います」
ぴしり、と、さっきまで喜んでいた人々が固まった。
「……今度は、なにをしに行くんだ? 目的地は?」
「まだ決めてませんが、次もきっと素敵なところへ」
母親が、クラフトの目の前にしゃがんでその手を握った。
「こうしてハンスも帰って来たのよ? せっかく家族がみんな揃ったのに、わざわざここを離れることないじゃない。私たちと暮らすのが嫌なの?」
まあ、こうなるだろうな、とジョナサンは内心で呟いて、周囲の様子を伺う。旗色が悪いようなら、いつでも援護に入るつもりだ。
「そうではありませんが、僕のいたい場所は彼の船なんだ」
強い調子でクラフトは言うが、その肩の上でラヴが鳴いた。
「ゴメンナサイ」
「故郷を捨てるつもりはないんです。時折こうして、土産話をしに帰って来ます」
「ゴメンナサイ」
「こら。静かにしろラヴ。……こほん。みんなが反対するのはわかっていますが、僕は意見を変えるつもりはありません」
「カゾクヲムゲニスルナンテ、ボクハワルイヤツダ」
「ラヴ! 今は真面目な話をしているんだ! ジョナサン! こいつを部屋の外へ連れて行ってくれ!」
みんなが不思議そうに、鳥と言い争う末っ子を見ている。不思議そうに、母親が問いかけた。
「クラフト? その鳥は?」
「ラヴと言います。海の上では、声を出せない僕の代わりにこの鳥が僕の代弁をしてくれるんです」
「まあ! すごい鳥ね!」
「オヤフコウナボクヲユルシテクダサイ」
「こら! 黙れって言ってるだろ!」
じっとラヴを見ていた父親が、しかめっ面をして言った。
「見た所、悩んでいるようだが、なぜだ? ずっとここにいればいい。私たちはお前を愛している。不自由をさせたことはないだろう?」
ぐっ、とクラフトが黙り込んだ。
「不自由してんだよ。愛してるから閉じ込めさせろってか?」
ジョナサンが口を開くと、クラフトの両親はきっと目を釣り上げた。
「閉じ込めるだなんて、そんなつもりはない! 私たちは、クラフトが心配で……」
「そうです。この子は昔から泣き虫だったんですよ?」
「あんたたちはこいつを甘ったれの坊やだと思ってるようだが、こいつは頼りになる俺の相棒だ。こんなに腕のいい航海士、籠の鳥にしとくのはもったいねーよ」
「あなたにこの子の、なにがわかると言うの!?」
「私たちはずっとこの子を見てきたんだ!」
どう言い返そうかジョナサンが一瞬考えを巡らせた間に、ハンスが声を絞り出して言い争いをさえぎった。
「父上、母上。行かせてやってください」
みんなの目が、寝台にいる長兄の方へ注がれる。
長らく動かしていなかったがために衰えた、枯れ枝のような体を起こして、ハンスはクラフトの方をじっと見た。
「セイレーンの住処へ行ったんだな」
「はい」
「怖くなかったか?」
「怖かったです。でも、彼らが助けてくれました」
「ここへこうして帰って来たと言うことは、三つの試練は達成されたんだな」
「ええ」
ハンスは、悔しそうに呟いた。
「僕は二つ目で失敗したんだ」
「二つ目と言うと、鏡の試練ですか?」
「ああ。鏡にお前が映った。どこともわからない異郷の港町で首をつっていたよ。自分の乗った船がことごとく沈むことに耐えきれなくなったのだろう。僕は、どうすればお前を救えるかと問われて、「故郷の島から出さない」と答えた」
沈痛な面持ちで、ハンスは目を伏せている。
「すると、鏡の中の景色が変わって、今度は自分の部屋で首をつっているお前の姿が映ったんだ。僕はお前を応援しているつもりでいたが、心の底ではお前の理解者にはなれていなかった。それがわかった瞬間に、荒波にさらわれて、海の底へ引きずり込まれたんだ」
すっ、と軽く息を吸って、ハンスは辺りを見回しながら言う。
「引き止める必要はありません。クラフトは、荒波を越えて、僕にも無理だった困難に打ち勝ち、こうして戻ってきた。これ以上ここへ引き止めるのは、心配ではなく侮りです。この子はもう、立派な海の男だ」
ジョナサンは、ホッと胸をなでおろした。これ以上、自分が家族の問題に口を挟む必要はなさそうだ。
クラフトの望みは聞き入れられ、一行は手厚くもてなされた。
ジョナサンは、またあんなに丁重に扱われたらやりづらいな、と思って苦笑いを浮かべたが、エルモとメアリーは素直に質のいい料理に舌鼓を打ち、通された客間が豪華なことに驚き、ふかふかのベッドではしゃいだ。
泊まって行くといい、という誘いを断り、ジョナサンは船に戻る。
デビーが拗ねるだろうと思ったし、船の手入れをしたかったからだ。致命的な傷はないが、あれだけの嵐にさらされたのだから、目につくところだけでも補強しておきたかった。
次の目的地は決まっていない。強いて言うなら腕のいい医者に眼球の代わりにはまっている真珠を取ってもらいたいくらいだが、別に急ぎではない。
毎日、会う人会う人に「クラフトをよろしく」と言われ続けることに辟易し始めていた頃、エルモが素っ頓狂な声をあげ、すごい勢いでジョナサンに詰め寄った。
「ジョナサン! ごめん! 連れてって欲しいところがあるんだけど、いい!?」
木の板を張り替えるために木槌を振るっていたジョナサンは、不意打ちで驚かされたものだから、危うく自分の指を木槌でたたくところだった。
「お、おう、いいけど。どこだ?」
「ここ!」
そう言って、エルモはたたまれていた紙の束を広げて見せた。
「なんだこれ」
「新聞、って言うんだって。世の中であったいろんな出来事が書いてあるの。さっきそこで会った船乗りが譲ってくれたんだ」
「へー! そりゃすごい!」
「発展してる大陸で最近作られ始めたみたいでさー。で、私が行きたいのはここなんだけど……」
「なになに? すごそうね。私にも見せなさいよ」
興味を持ったデビーも、新聞を見にやってくる。ジョナサンはあぐらをかいて膝の上にデビーを座らせ、新聞を広げて見せてやった。
エルモが指差したところには、大きな文字で「この世の地獄、リバタリア」と書いてあり、その側に小さな文字で細かい内容が記されている。
ざっくりと目を通すと、とある神父が一つの島を地獄に変えた、という内容だ。
「えーと、なになに? 地獄? なんでわざわざそんなところへ行くんだよ。地獄に落ちるようなこと、したのか?」
ほんの、軽口のつもりだった。
いつものように聖職者ジョークを交えて返してくれると思っていたジョナサンだったが、いつになく真面目な顔のエルモを見て、失言だったことを悟った。
「地獄でもなんでも、行かなきゃいけない」
「へえ。おもしろそうじゃない。次の行き先が決まったわね。船出の準備をしましょうか」
風も波も十分だ。島の人々があれやこれやとお裾分けを届けにくるので、備蓄も十分すぎるほどある。むしろこの重さで船が沈む心配をしなければいけないくらいだ。
ジョナサンは、島でゆっくり休んでいるクラフトと、それにくっついて行ったメアリーを呼びに行くために、船を降りて町の方へと歩き出した。




