第38話 ジョナサンの話⑦
ジョナサンは、一旦話をやめてクラフトに尋ねた。
「お前ならどんな質問をする? 三つしかないから、すげー悩んだんだよなあ」
クラフトは即座に答えた。
「三つも必要ないだろう。「箱の中身はなんだ?」って聞けばいい。番人は嘘をつかないのだろう?」
ジョナサンは唖然として一瞬黙ってから、ゲラゲラと大きく口を開けて笑い始めた。
「どうした。なにがおかしい」
「ははっ、いや、悪い。変だってわけじゃねえんだ。お前バカだけど頭いいな。俺もそうすればよかったぜ」
「矛盾してないか?」
「してないしてない。そんな素直な質問、俺には思いつきもしなかったよ。ちなみにエルモは?」
問いかけられて、エルモは少しだけ考えてから言った。
「要は、セイレーンと人間の争いは終わったと示せればいいんでしょう? つまり、「箱の中身がどうであれ、大事なのは許す心を持つことです」的なことをつらつら語って話の論点をすり替えるのが簡単だと思うな」
「うわぁ……。今後その手の話を純粋な気持ちで聞けなくなりそう……。メアリーならどうする?」
ジョナサンが尋ねると、メアリーはうーんと考えてから返事をした。
「ピストルで撃つの。そしたら、箱に穴が空いて中が見える。開けちゃダメとは言ったけど、壊しちゃダメとは言われてないもん」
「わーお、治安が悪い」
このままだと教育上よくないかもしれない。ジョナサンの故郷も大概治安が悪かったが、銃を出すのは荒事の時だ。武器とは、こんな風にあると便利な日用品みたいなノリで出すものでは断じてない。
ジョナサンは心の中で「次の島に着いたら、メアリーに殺傷力のないゴム鉄砲かパチンコかなにか買ってやろう」と決めた。
「それで、君はどうしたんだ、ジョナサン」
続きを催促するように、クラフトが尋ねた。
「ああ、悪い。それじゃあ続きを話そう」
ジョナサンは、やっぱりこの相談、試練本番でやりたかったなー、と内心で思いながら話を続けた。
俺はまあ、謎かけだー! ってテンション上がっちまってな。いかにスマートにヒントを引き出すか頭をひねったわけよ。
夜、船でデビーと晩飯を食べながら、たくさん考えたわけだが、うまい質問はなかなか浮かばなかった。
「やっぱ、特徴を聞くのがベタだよな。「触るとどんな感じがするか?」とかさ」
「そうねえ。その剥製がどの程度説明上手なのかはわからないけど。ねえ、りんごが食べたいわ」
「りんごはデザートだ。まずはご飯食べような」
「いいじゃない。早くよこしなさいよ」
「ダメダメ。バランスよく食べないと好き嫌いおばけが出るぞ」
「ふん。そんなもの恐るるに足りないわ。どんなおばけか知らないけど、この大悪魔デビー・ジョーンズよりも恐ろしいものなんてあるはずないでしょう?」
「そうだな。それじゃあ、誰よりも恐ろしくて誰よりも強い完全無欠のデビーちゃんなら、好き嫌いせずにご飯食べれるよな?」
「当たり前でしょう? 私を誰だと思ってるの?」
そう言って、デビーは食卓についた。
いやー。チョロ……。待て待て待て! 待って! カモメは勘弁してくれ! ぎゃー!
ま、待たせて悪かったな。続けるぞ?
食事をしながら、俺たちは質問を考えた。
「候補を絞れる質問とかいいよな。「海のものか?」とか「食べられるものか?」とかさ」
「それで一つの答えまでたどり着こうと思ったら、果てしないわよ。三つしか質問できないんだから、ちょっと現実的じゃないわね」
奥歯で干し肉をグリグリ潰しながら考える。
「そうだなー。候補が多すぎるもんなあ」
この世に、あの箱に入っているかもしれないものがどれだけあるのか、見当もつかねえよ。
「なんて聞いたら答えがわかると思う?」
「試練を受けているのはあなたよ。自分で頑張りなさい。私はあなたが四苦八苦する様を見て楽しむことにするわ」
俺は、考えた。
これは単なるなぞなぞじゃない。
愛する夫を殺されて怒り狂ったセイレーンが、争いを嫌って家出した息子が帰ってくるのであれば矛を収めよう、っていう意図で作った質問だ。
つまり、ここで聞かれているのは「過去にあった争いを許すか?」ってこと。
父を殺したセイレーンを許して信用し、再びここを自分の故郷だと認めるか? って末っ子に聞きたいわけだ。
逆に、なにを言い当てられたらセイレーンを許したことになるんだ? って俺は考えた。
そして色々考えて、質問を三つにまとめてから眠った。
朝は、気持ちよく晴れてたな。
俺が「行ってくる」って言うと、デビーは「健闘を祈るわ。せいぜいのたうち回りなさい」って送り出してくれたよ。
前の日と同じように剥製の前に立つと、奴の目がこっちへ向いた。
「聞きたいことは決まったか」
「おう」
「では問うがいい」
「それは、人間とセイレーンが同じ時を一緒に過ごした、思い出の物なんじゃないか?」
剥製は即座に答えた。
「いかにも」
俺は質問を続けた。
「それは、帰ってきた末の子を歓迎するためのものか?」
剥製はまた、即座に答えた。
「いかにも」
俺は最後の質問をした。
「俺は、その中身は長旅を終えた息子のために用意した、そいつの好きなものなんじゃないかと思う。末っ子君がこの海のもので一番好きだったのはなんだ?」
剥製は少し考えてから答えた。
「末の子は、海そのものを愛していた。よく小船で遠出したり、時間や季節で表情を変える水平線に目を細めたりしたものだ」
しくった! って思った。三つの質問は使い切ったけど、答えがわからない。
海そのもの、って言ったって、問題の箱は両手で抱えられる程度の大きさだ。あそこに、海のどの部分を切り取ったのかなんてわかりっこない、って焦ったよ。
「質問は終わりだ。今度はそちらの答えを聞こう」
「ちょっとタイム! 一晩考えさせてくれ!」
「よかろう。回答は三度までだ。よく考えるがいい」
俺は、船に戻って事の次第をデビーに報告した。
デビーは愉快そうにクスクス笑って俺を見る。
「へえ。面白くなってきたじゃない」
「あのー、神様仏様デビー様。もし俺が失敗して波にさらわれたら、助けてくれたりする?」
「郷に入っては郷に従うべきよ、ジョナサン。確かに海は私の領域ではあるけど、ルールは守らなきゃ。試練に失敗したら、波にさらわれて海の底へご招待。この試練はそういうルールなのでしょう? デビー・ジョーンズ・ロッカーはあなたを歓迎するわ」
スッゲー嬉しそうに言うから、ちょっと怖かったな。
昔話で聞いた「残酷で気まぐれ」って評判はこういうことなのかな、ってちょっと納得したよ。
俺ってば下僕にしてはかなり大事にされてると思うし、親しみを込めて接してるけど、俺が死ぬかもって話でにこにこ笑うんだからさ。
そういえばこいつ悪魔だったな、って思い出したよ。普段はあんまり威厳ないからうっかり忘れるところ……ごめんなさい違う違うデビー様はいつでも威厳たっぷりです何卒お許しを! ぎゃー!




